安心安全な定温物流を支える、スマートなモバイル冷凍機「D-mobico®」

「小型・軽量化」と「性能向上」を両立し、新たな定温輸送を実現

私たちの暮らしを支えてくれる、安心安全な物流システム。生鮮食品や医薬品などが手元に届くまでには、生産から消費までのサプライチェーンの温度管理を実現する「コールドチェーン技術」が欠かせません。

食品はもちろんのこと、医薬品も適切な温度管理をしなければ品質が低下するものが大半です。このような製品の輸送は技術の発展に伴ってコールドチェーンが整備されることで、いまでは国を超えての定温輸送も実現しています。一方で、定温輸送には知識やスキルが必要とされることが多く、専門の輸送会社がそれを担っています。

しかし、輸送における労働力不足やコスト高といった課題が顕在化しています。こうした課題を解決するために、デンソーでは小型・軽量で持ち運び可能なモバイル冷凍機「D-mobico®(ディー・モビコ)」を開発。定温輸送のハードルを下げ、次世代の物流システムを構築することを目指しています。

この記事の目次

    深刻化する物流業界の人材不足。いまこそ革新的な解決策を

    近年ではECが拡大したことにより、輸送に対する需要が高まり、コールドチェーンが活用される場面も増加しています。アメリカの市場調査会社であるReport Oceanの調査によると、世界のコールドチェーン市場は2020年に約2104.9億米ドル(約30兆8,310億円)と評価されており、21年〜27年の予測期間で14.8%以上の成長率が予測されるといわれています

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    ますます需要が高まるコールドチェーンですが、その整備に向けては解決しなければならない課題も存在します。そのひとつが、個人や小売店での定温輸送の課題。現在、定温輸送では冷凍車を用いることが一般的です。しかし、冷凍車での輸送には、設備投資や維持費用の観点から多くの金銭的コストがかかり、運転手や管理者にも多くの専門知識が求められます。そのため、小規模の輸送には向いておらず、個人単位での定温輸送の拡充が難しい側面がありました。

    日本の物流業界は「2024年問題」による深刻な労働力不足に直面しています。トラックドライバーの年間労働時間は全産業平均に比べて2割程度長いことから、労働環境の改善が求められてきました。こうした課題を背景に、2024年度からドライバーに時間外労働の上限規制(休日を除く年960時間)が適用され、さらなる労働力不足が産業全体で懸念されています。2028年度には、日本国内において約27.8万人のドライバーが不足するともいわれており、輸送の担い手を増やしていくことは急務ともいえます。

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    デンソーでは、このような課題を解決し、安心安全で持続可能なコールドチェーンを整備するべく、「誰もが輸送の担い手になる」ことを目指して小型モバイル冷凍機「D-mobico®(ディー・モビコ)」を提供/開発しています。

    D-mobico®のサイクル設計を担当していた商用サーマル事業部の藤田は、D-mobico®が実現するインパクトについて「配達のプロでなくとも、コールドチェーン輸送を柔軟に担えるソリューションの開発を目指した」と語ります。

    「コールドチェーンを実装するには人材と設備の両面で多大なコストがかかるのが実際のところです。デンソーではこの課題を解決するために、既存の大型輸送だけではない、コールドチェーンの新たな選択肢を整備する必要があると考えました。そこで取り組んでいるのが、D-mobico®の開発なんです」(藤田)

    D-mobico®を「誰もが輸送の担い手になる」ソリューションとするために、乗り越えなくてはならない3つの技術的なハードルがありました。それぞれ、どのように乗り越えていったのかを順に紹介していきます。

    1. 急速冷却の実現

    2. 小型・軽量化

    3. 頑丈さ

    「急速冷却」技術で、個人単位での定温輸送を実現

    D-mobico®は、小規模の定温輸送を実現するべく、小型・軽量で持ち運び可能な形状をとっています。断熱箱と組み合わせて使用し、使用用途や荷量に応じて組み合わせる断熱材のサイズは自由に選択できます。これにより輸送に関する多様なニーズに、柔軟に応えることが可能になりました。

    さらに、D-mobico®は冷凍庫内部を即座にマイナス20度まで冷やす急速冷却を実現しています。自動車やバイクなどに載せた状態での輸送を実現するには、外気温によらず、冷凍庫内部をクールダウンさせる必要があります。従来は、エンジンの動力を用いて運搬前にトラックのボディ(荷台)部分全体を冷却する手法が一般的であり、小規模の冷凍庫内部を急速冷却する技術は実現されていませんでした。

    そこでデンソーでは、カーエアコンの開発を通じて培ってきた知見を活用することで、急速冷却を実現しました。実現に向けては、空気の漏れがない密閉構造の設計に注力。D-mobico®は断熱材と組み合わせて使用するため、両者の接続部分となるダクトから空気が漏れてしまうという課題がありました。これに対しても評価や検証を重ねることで、最適な形状を達成しました。その背景を、D-mobico®のハード設計を担当していた商用サーマル事業部の斉藤は次のように語ります。

    「デンソーが約50年前から培ってきた車載用冷凍機やカーエアコンの製造ノウハウなどを基盤に、改善や改良を重ねることで誕生したのがD-mobico®です。これまで世界に実装されていなかった新たな製品をつくるためには、自動車領域で培ってきたノウハウと機器への深い知見が必要不可欠だったんです」(斉藤)

    求められた「小型化・軽量化」と、そのための試行錯誤

    現在、小型配送車や農業機械などの多様なシーンでのD-mobico®の利用を進めていますが、その実装までには数多くの困難があった、と斉藤は述べます。

    「開発の上で小型化・軽量化にはかなりの試行錯誤を重ねました。通常は機能を上乗せするほど重量は増加してしまうので、D-mobico®の利用シーンから逆算し、本当に必要な機能は何かを熟慮することが必要だったんです」(斉藤)

    ソリューションを実装する上でのボトルネックであった「小型化・軽量化」を実現するために、さまざまな施策を検討。なかでも大きな意思決定としては、「バッファータンクの取り外し」を実施しました。

    一般的な冷凍機は、熱を温度の低い場所から高い場所へ移動させるために、「冷媒」という流体を使用します。その冷媒を室外機・減圧機・室内機に循環させ、その一部を放出することで、温度をコントロールしています。バッファータンクは、この冷媒を一時的に貯蔵し、循環する冷媒の量を調節する役割をもちます。それにより、エアコンの駆動を安定化させられます。しかしD-mobico®においては、軽量化のためにバッファータンクを無くし、配管や構造の工夫を行うより、冷凍機を安定駆動させることに成功しました。

    また、さらなる軽量化のために、D-mobico®では「霜取り機能の最適化」も行いました。空気中の水蒸気が冷えることで発生する霜は、冷却機能を低下させるため、一般的な冷凍庫には霜取り装置が搭載されています。その際、冷媒を循環させる役割であるコンプレッサーで発生する熱を、バイパス回路を経由して霜発生部まで運び、霜を溶かすことにより、効率的に冷却できる仕組みとなっています。

    対してD-mobico®の場合は、霜取りの専用のバイパス回路や機能品を追加せずに、コンプレッサーの熱を室内機にまで循環させています。このような仕組みを用いた経緯について、斉藤は次のように語ります。

    「D-mobico®に霜取り装着を設置しないのは大きな決断でした。設置しなければ、熱効率が悪くなるリスクが発生するため、冷凍庫を製造する上では設置は当たり前とされてきたんです。しかし、D-mobico®は小型のため、熱のロスが多くは発生しないこと、輸送の観点では軽量化が優先されることから、このような判断に至りました。D-mobico®の開発では、業界としての当たり前に疑問にもち、本製品にとって最適な性能とは何かに立ち返ることが重要だったんです」(斉藤)

    そのほかにも、小型化・軽量化のために、金属ではなく「樹脂」での筐体設計を行いました。デンソーの生産技術を用いて、金型の数・コストが増えすぎない形状となっています。また、量産段階においては製造側と密な連携をすることで、製品を構成する部品の“ムラ”を無くすことを実現しています。製品が小型化すればするほど、部品ごとの誤差の影響で性能差が大きく出るケースが多々発生しますが、これを抑えるべく、製造側との調整を繰り返してきました。

    さらに、D-mobico®の強みである「頑丈さ」を実現する上でも、これまで蓄積してきたデンソーの技術やノウハウが生きていきました。

    安心安全な輸送のためには、車両や人手での運搬の際、振動に耐えうる設計が必要不可欠です。D-mobico®の開発の際には、デンソー内の専門チームが中心となり、耐久性を担保するための最適な樹脂の形状の調査を実施。路面や砂利道などで安全な輸送ができるかを評価解析し、形状の改善や部分的な補強を重ねました。

    生活者や事業者の多様なニーズに応えた製品改善を

    D-mobico®は今後、より多様なニーズを捉えたサービス展開を計画しています。現在は、主に食品の保管やラストワンマイル輸送に利用されていますが、コールドチェーンソリューションが求められる分野は多種多様です。医療品や精密機器といった分野の製品の輸送への対応や、ラストワンマイルに留まらないチェーンの構築にも挑戦をしています。

    今後の展望について「デンソーが培ってきた知恵や技術をフル活用し、安心安全で、より利便性の高い物流の構築に貢献していきたい」と、藤田は語ります。

    「デンソーのコールドチェーンソリューションが目指すのは 『生産地〜物流〜消費地をつなぐ』ことです。コールドチェーン全体の整備に向けて、今後は生活者や事業者の多様なニーズを汲み取った技術開発を行います。また、物流の無人化も視野に入れ、自動運転に対応した物流ソリューションの開発やデータを活用した輸送の最適化にも取り組んでいければと考えています。 」(藤田)

    デンソーは、安心安全で持続可能な物流システムの構築を推進します。国境をまたいだサプライチェーンの整備や、医薬品や精密機器の輸送までを視野に入れ、パートナーのみなさんとともに挑戦を続けることで、物流と暮らしの未来に貢献していきます。

    技術・デザイン

    執筆者:Inquire

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