第6章 デンソー・シンガポールの歴史
苦境からのスタート:シンガポールオフィスの設立と拡張

シンガポールはデンソーの地域機能にとって理想的な場所であり、1995年にはアジア太平洋地域(AAAC)における地域アフターマーケットの営業・サービス・マーケティングの中心として、デンソー・インターナショナル・シンガポール(DISP)が設立された。この統括拠点の目的は、アジア太平洋地域におけるアフターマーケットの営業・サービス・マーケティングの事業活動を管理することであった。


シンガポールに地域アフターマーケット機能を設けた後、デンソーはこの地域の役割を様々な機能に拡充することを検討した。そして世界の他の三つの地域統括拠点に加えて、アジア本社を設置する場所としてシンガポールが理想的である根拠の数々を、一つ一つ検証した。シンガポールは、自由貿易に対する積極的でグローバルな姿勢と、必要とされる経済的・社会的・政治的安定を備えた、数少ない国の一つである。こうした要素を検討した結果、地域統括拠点の機能を持つ持ち株会社として、1998年にデンソー・インターナショナル・アジア(DIAS)が設立された。
このオフィスは、ASEAN(Association of South East Asian Nations、東南アジア諸国連合)、オーストラリア、台湾地域のデンソーの各企業をまとめる地域統括拠点でもあった。
DISPは、ブルネイ、香港、バングラデシュ、スリランカ、ミャンマー、カンボジア、中東など、デンソーが事業拡大の足場を築いていない国でアフターマーケット事業の営業・サービス・マーケティングの管理を担い、点火プラグやバス用エアコンといった地域アフターマーケット製品の有力な販売会社となった。 その後バス用エアコンの開発とエンジニアリング、設計、応用に携わった。
デンソー・シンガポールはシンガポールの公共交通機関の現場に大きく貢献し、これが同社にとって非常に大きな節目となった。同社は高品質のバス用エアコン製品、強力なエンジニアリング支援、サービスおよびメンテナンス担当チームを通じて地域社会に貢献することで、現地の公共交通部門とのビジネスを開始した。スキルと技術的なノウハウを高めるために、エンジニアリングチームが日本のデンソー本社へと派遣された。
デンソー・シンガポールの歴史を振り返って最初に目にとどまるのが、1997年に初めてシンガポール・バス・サービス社(SBS)から2階建てバス50台分のバス用エアコンを受注したことだ。1999年にはさらにトランス・アイランド・バスサービス社(TIBS)から1階建てバス83台分の受注を獲得している。
事業の節目とデンソーMTCの設立
デンソー・シンガポールはアジアの統括拠点として、地域の生産・販売・財務・物流機能の管理に積極的に関わり、地域企業や顧客の生産性やコスト効率の向上に貢献してきた。ASEAN諸国で形成されつつあった自由貿易協定の拡大が地域生産戦略の変化をもたらし、特定の国に主要製品の生産が集中することとなった。こうした変化に促され、デンソー・シンガポール内に地域機能として物流管理センター(LMC)が設置され、地域グループ企業の物流の管理・改善の支援が行われた。


ASEAN諸国の生産会社間における自動車部品納入のために、2002年、デンソー・シンガポールは複数の国々にまたがる初の双方向通い箱制度を導入した。 これはおそらくアジア初の試みである。デンソー・シンガポールは長年経験を積んできた関連産業のパイオニアとして、繰り返し使用できる企業間取引向け梱包材の採用に踏み切った。これによってコスト競争力が高まるだけでなく、段ボール箱の削減を通じた環境保全にも寄与することができる。
こうして通い箱の試験運用は成功を収め、2004年にはデンソーが日本政府、経済産業省からプロジェクト資金の提供を受けた。この資金は、別の地域におけるパレットサイズの外装箱を用いた通い箱プロジェクトの立ち上げと、箱の在庫管理と使用歴調査に役立つ、新たなシステムの確立に使用された。この新しい取り組みが先駆けとなり、ASEAN諸国間の企業間取引ではリターナブルな梱包材の利用が瞬く間に広がった。

2000年にはデンソー・シンガポールのさらなる発展と業界への貢献があった。デンソーによる第3の材料技術センター(MTC)が開設されたのである。MTCは現地の資材購買支援を推進するために導入された。地域のグループ企業のために、部品・材料調達を一元化した。MTCの開設に伴ってオフィスはサイエンスパーク2へと移転し、原材料の試験と検証を行う実験室施設が設置された。
業務の継続的改善
各国がそれぞれ特定製品の生産に特化し、ASEAN諸国間の自由貿易協定の拡大によって企業間貿易が増加したことに合わせて、DIASを通じたOE部品販売のリインボイス化(相互供給)が導入された。地域的役割の一環として、DIASに外国為替(FOREX)のリスクを一元化するためである。 相互供給はASEANからインド(2010年)、中国(2011年)、北米(2013年)、ヨーロッパ(2014年)などの他の地域へも徐々に拡大している。
相互供給を支援するために、外国為替と資金の一元管理によって地域金融コストを最小限に抑えようと、2000年にデンソー・シンガポールがアジア向けFTC(Finance & Treasury Centers、金融財務センター)を設立した。
金融センターとしてのシンガポールの高度な発展を活かし、金融財務ハブとしての機能をさらに拡大したMTCは、2007年にはAPAC地域への金融相殺決済サービスを提供し、グループ企業間の効率的な資金移動を容易にした。この機能は他の地域のグループ企業にも順次拡大している。 2011年には機能をさらに強化して現金管理/監視も提供した。
APACやインドの地域グループ企業向けサービスによって、地域における金融ハブとしての確固たる地盤がさらに強固なものとなった。 その後、グループ企業へのグローバル融資の提供やファンド投資による高利回り化を目的として、米ドル資金運用も導入している。

2001年には組織の開発計画の一環としてサウジアラビアの製造会社、アブドゥル・ラティフ・ジャミール社との合弁会社が設立された。この取り組みは中東地域におけるビジネスネットワークのさらなる拡大につながった。

2011年、デンソー・シンガポールは、アラブ首長国連邦のドバイにおけるデンソー・セールス・ミドルイースト&ノースアフリカ(DSMN)の法人化の管理を任された。本社と緊密に連携してその支援を受け、ドバイのフリーゾーンで事業を立ち上げるための企業要件、商業要件、法的要件、コンプライアンス要件の準備と処理をすべて行うことになったのだ。 DIASはDSMNチームをサポートする主要スタッフも派遣し、デンソー・シンガポールとしての一貫した組織と機能を確保した。
業務の効率化と継続的な拡大
タイに設置される生産設備の増加に伴い、製造関連機能の支援のためにアジア統括拠点(DIAT)がバンコクに追加で開設された。これによって企画、調達、人事、IS、材料調達などの地域機能の一部が、新設された地域統括拠点、DIATへと移管された。
2008年には、シンガポールでの事業を効率化するためにDIASを存続会社としてDISPとDIASが合併し、シンガポールにおけるデンソーのシナジー効果の増大と業務の効率化が図られた。DIASはシンガポールにおける地域アフターマーケット・金融・物流機能を引き続き保持している。同時に、DIASは他の新しい機会も模索してきた。
2010年、デンソーウェーブはハンディスキャナーやQR関連ソリューションなど、自動認識製品の地域拡販拠点をシンガポールに設立し、ASEAN、香港、インドにおける販売エリアをカバーした。
2013年には戦略的に、すなわち国際調達センターの場所を生産拠点に近づけるために、香港調達センターを設立した。この香港調達センターは主に中国から電子部品を購入し、ASEANやヨーロッパ、北米地域のデンソー工場をサポートしている。

続いて2013年にはデンソー・シンガポールのアフターマーケット販売によって、ミャンマー、カンボジアなど、特に中古車向けのカーサービス需要がある国への「PIT & GO」ショップの投資も確立された。 適切と認定されたディーラーが選ばれて「PIT & GO」ディーラーに任命される。設立から研修、開発支援まで、DIASがこれを全面的にサポートする。
デンソーは2014年にバスエアコンのレトロフィット事業も導入した。日本国外では初めて、シンガポールにカーメーカー向けのスターター/オルタネータ修理工場も開設した。 この年は、日本のデンソーの支援を受けてOE相互供給が地域からグローバルへと正式に拡大した年でもあった。
2021年、デンソーは21年度の補完で10億米ドルを達成した。
自動車事業の成果
長年にわたり、デンソーは特にアフターマーケット販売で大きな成長を遂げてきた。販売部門は長年にわたって改善だけでなく成長も続けてきた。様々なプロジェクトを扱ってきた長年の経験をもとに、バスの空調装置に関するより広範な技術知識とノウハウを培ってきた。この中には地域統括拠点とグローバル本部における密接なコミュニケーションや多様な研修が含まれる。
デンソーの販売力強化計画の一環として、技術者に営業とマーケティングの知識を習得させる研修を実施した。この研修を始めたことで、販売面と技術面の両方を扱える多くのセールスエンジニアが生み出されてきた。



この能力強化のおかげで、様々なバスメーカーと密接に連携して高品質なデンソー製エアコン製品を供給できるようになった。2006年にはボルボ社の2階建てバス200台分、2007年にはスカニア社の1階建てバス500台分のエアコン装置を受注している。さらに経験が蓄積された2013年には、MAN社の1階建てバス400台分のエアコン装置を受注した。2021年には、ADL社の3ドア2階建てバス50台すべての契約を獲得した。
このようにして、デンソーがより高い目標に向けてさらなる挑戦を続ける基盤が固められた。