第7章 デンソー・ベトナムの歴史
1.1 デンソー・ベトナム設立と事業の拡大
ベトナムの経済改革

1991年以降、ベトナムは経済の開放を徹底的に実施して、外国からの新たな投資の波を呼び込んだ。この経済改革はベトナムが世界経済と統合されるプロセスと軌を一にしたものであった。
この時期のベトナムは様々な貿易協定の交渉に参加しており、これが世界経済とよりスピーディーに結びつく原動力となっていた。海外直接投資の流入の受け皿として、国内には工業団地や輸出加工区が次々と誕生した。貿易協定を通じて関税障壁や輸出・輸入規制が緩和・撤廃されたことに刺激を受け、外資がベトナムへと向かった。
経済統合のプロセスに対応して、1990年にはベトナム外国投資法が制定され、新たな状況に適応するように随時改正された。安定した政治とビジネス環境、若く安価な労働力を生み出す政府の政策と努力が功を奏し、多くの外国企業がベトナム市場に投資して事業を拡大した。
2001年 デンソー・ベトナムの設立
ベトナムへの海外直接投資の波に乗り、有利な人件費と勤勉な国民性が競争力の源泉となるグローバルな輸出拠点として、2001年10月4日、ハノイ市ドンアイン県のタンロン工業団地にデンソー・ベトナムが設立された。その総投資額は700万米ドルに上った。同じころ、トヨタのIMVプロジェクトが実施された。「Made in Thailand」や「Made in Japan」ではなく「Made by Toyota」をうたうIMVシリーズは、世界の140を超える国々に供給される。デンソーもコスト競争力に優れた製品をこのプロジェクトに提供し、世界戦略車のラインナップ拡充に貢献した。デンソーは、フォーチュン・グローバル500に名を連ねる自動車産業の世界的リーダーとして、また信頼されるサプライヤーとして、このイノベーションの時代にベトナムに数々の恩恵をもたらした。
2003年 生産開始


2003年、工場の建設が完了して操業が開始された。
デンソーの最初の生産ラインが、可変吸気制御(VIC)製品とともに正式に始動した。同年には落成式も行われた。
デンソー・マニュファクチュアリング・ベトナム(DMVN)はEPE(Export Processing Enterprise、輸出加工型企業)であるため、製品はすべて輸出される。当時の最大の顧客はTMV(Toyota Manufacturing Vietnam、トヨタ・マニュファクチャリング・ベトナム)であった。その後トヨタ以外の顧客への拡販に成功し、グローバルな輸出企業として内燃機関製品に関わる事業を着実に拡大してきた。
2006年 設計室の設立


この年には設計室(DC)も誕生した。
設計室は当初、持ち株会社の製品開発支援を最大の目的として設立された。製品開発に加えて、この設計室は特にCAD、CAEのためのデジタル技術の力を向上させた。
CAEに強い専門性を持つ設計室は、耐久性、運動性、MBDなど、多様なカテゴリーを網羅するCAEを提供した。そしてCAE解析ソフトウェアの大部分を手に入れて、日本のデンソーに次いで2番目に多様なソフトウェアを保有することとなった。
近年、設計室は製品設計支援から生産技術支援へと対象を拡大し、企業全体に対する支援の規模を拡大している。
1.2 人財育成(競争力の源泉)
2013年 デンソー・トレーニングアカデミー・ベトナム設立

2013年9月、ベトナム政府とデンソー本社の援助を受け、デンソー・トレーニングアカデミー・ベトナム(DTAVN)が正式にスタートを切った。その目的は、会社と社会の両方に貢献できるように若い労働者のスキルを高めることであった。トレーニングは二つのコースに焦点を合わせていた。①製造業の未来のキーマンを目指す幅広く多様なスキル(Kosen<高専>コース)と、②ハイレベルで特殊なスキル(ワールドスキルコース)である。
方針として掲げるのは、「心技体」の総合的な育成と、「キーマン」が持つべき問題解決能力の向上である。DTAVNは9年の運営を経て、多くの世代のキーマン(78人)の訓練と育成に成功した。キーマンとは、高い技能だけではなく優れた体力と前向きな思考力を備え、目覚ましい課題解決能力を発揮して厳しい業務要求に応える人財である。
2019年/2022年 技能五輪国際大会での偉業



適切な投資が実り、ロシア、カザンで開催された2019年の技能五輪国際大会で、デンソー・トレーニングアカデミー・ベトナムが偉業を成し遂げる。出場したデンソー・ベトナムのチュオン・テー・ジエウ(Truong The Dieu)が、CNCフライス盤の種目で見事に銀メダルを獲得したのだ。ベトナムがメダルを獲得したのはこれが初めてであった。デンソー・ベトナムとジエウに対して、光栄にもベトナムの首相から2等および3等労働勲章が授与された。この成功に続き、2022年にはベトナムチームが技能五輪国際大会(特別開催)に出場して優秀な成績を収めた。ベトナム代表にとって8回目の出場となる技能五輪国際大会でグエン・タイン・トゥン(Nguyen Thanh Tung)(CNCフライス盤)とグエン・スアン・タイ(Nguyen Xuan Thai)(CNC旋盤)が二つの銀メダルを獲得し、目覚ましい業績を残したのだ。こうした成果は、デンソー・ベトナムが若い世代の職業能力開発に積極的に貢献してきたことの証しであり、デンソーのリーダーシップの長期的なビジョンを示すものである。デンソー・トレーニングアカデミー・ベトナムは職業訓練のパイオニアであるだけでなく、一流のパートナーの参加を呼びかけ、それによって訓練の質をさらに高めて学生たちに多くの就業機会を生み出すことに成功した。
2022年の技能五輪国際大会から帰国したふたりの代表、トゥンとタイはどちらも非常に若く才能がある人財だ。タイはCNC旋盤を選んだ理由について、デンソーでのインターン中に上の世代の熱意を目の当たりにして、そのやる気が乗り移ったのだと語っている。そして今後もさらにデンソー・ベトナムに貢献し、技術を磨いて、次世代のために経験を共有していきたいと語った。
優れたスキルトレーニングの力に支えられ、デンソー・ベトナムは技能五輪国際大会の世界地図における同国の地位を向上させ、ベトナムの若い世代のキャリア形成に前向きな広がりと希望をもたらしている。
1.3 新型コロナウイルス感染症の世界的流行を乗り越える



2019年、新型コロナウイルス感染症の世界的流行が起き、ベトナム全土にも広がった。2019年3月以降、ベトナム北部は新型コロナウイルス感染症とソーシャルディスタンスの時代へと突入した。この感染症の複雑な性質のために、ベトナム政府は2021年8月までに首都ハノイと多くの省で移動を制限し、ソーシャルディスタンス政策を強化することを余儀なくされた。
当社では当時、社員と会社の経営を守るために3本柱の方針を実行し、①社員とその家族の健康を守り(For you)②支出を抑制し(With COVID-19)③明るい未来に備えた(After COVID-19)。創業して初めてテレワーク(オフィス)と「3 on-site(生産拠点内で生産、食事、睡眠の三つを完結させること)」(生産)を実施した。約1,800人の社員が家族のもとを離れ、40日間にわたって業務のために会社に宿泊した。社内のメンバー全員の結束によって、あの困難な時期に新型コロナウイルス感染症の世界的流行がもたらした課題を克服し、顧客の注文に応えながら社員全員の健康を保つことができた。
取締役会から現場の担当者まで、社員はこの偉業を誇りに思った。なぜならそれは素晴らしい結束力の証しであるばかりでなく、困難な状況に立ち向かえるデンソー・ベトナムの能力の証しでもあったからだ。
1.4 明るい未来へ


ビジネス環境は100年に1度のパラダイムシフトの中で変化を遂げた。ベトナムで20年近く事業を展開してきたデンソー・ベトナムは、既存製品からの利益で新製品のグローバルな開発に貢献するとともに、地球環境、安全、安心、人類の幸福の持続可能性に貢献することが自らの使命であると宣言した。
これまでDMVNの競争力の源泉は低い人件費であった。しかし今後も失われない競争力の源泉となるものは、これまでに培われたモノづくりの能力と、Z世代の多様な労働力やデジタルスキルを融合させる、マルチタレントな人財の育成である。加えて、マルチタレントな人財を育成する戦略的パートナーとして、企業や政府との連携を強化する必要もある。こうした重要な要素が、デンソーのモノづくり革新と社会貢献と新事業を生み出し、2030年度に売上高目標6億米ドルを実現するための基盤となるだろう。
モノづくり革新では、ドリームファクトリーを実現して、Real CIM0.8活動による高い競争力を備えたリーン&クリーン生産と、デジタル技術の活用による生産環境の活性化を成し遂げるだろう。モノづくり以外にも、産業だけでなく農業などの新分野におけるソリューションビジネスを新たな発展の柱と定めている。この分野ではオープンイノベーションにおいて顧客、パートナー、政府との連携を強化し、ともにベトナムの社会問題を解決して、当社の使命である人類の幸福に貢献するつもりである。
まだ先の未来に向けて、デンソー・ベトナムは全員が情熱、笑顔、主体性を持って自らの使命とビジョンを実現する。