3. 決意に燃えて:DNMXの立ち上げ

デンソーは1994年9月27日にメキシコへの進出を開始した。アポダカ工場の正式な起工式は1995年2月16日に行われた。シャベルを持つのは、デンソーメキシコ初代社長の鈴木「スタン」スグル、ヌエボ・レオン州知事のソクラテス・リソ氏、そしてアポダカ市長のロンバルド・グアハルド氏。計器クラスターの量産は1996年5月に開始された。
28年間デンソーの社員として働くヴィセンテ・ロドリケス(Vicente Rodriquez)は、1995年にデンソーに入社した時のことを次のように語る。「メキシコにはまだ何もありませんでした。工場もありません。本当に何もないのです。そのため、私は研修のためにテネシーに派遣されました」
現在は北米サプライチェーンマネジメント(NASCM)の副社長を務めるロドリケスは、デンソー・マニュファクチュアリング・テネシー(DMTN)社における研修期間があったおかげで、メキシコ、モンテレイで最初のデンソー工場が文字通り「立ち上がる」姿を目の当たりにしたいという熱意とやる気に満たされたと語る。
「メキシコに戻り、私たちはとても小さな建設会社の警備室で仕事をしました。そこで働き、小さなテーブルで食事をし、毎日ラジオを持って建設現場まで歩きました。楽しい時間でした」と、彼はいう。
このアポダカ新工場によって、それに続くデンソー・メキシコ(DNMX)工場のための基礎が築かれた。しかしロドリケスは、当初経営陣と社員が乗り越えなければならないいくつかの障害があったと語る。「そして、優れた製造工場として(株)デンソーと北アメリカの信頼を得る必要がありました」
「当初からDNMXは社員の離職率が高いと見られており、製造関連会社として信頼できるとも経験豊富な社員を維持できるとも考えられていませんでした」と、彼は説明する。「その認識を変えるには、数年の時間と継続的な重要業績評価指標(KPI)の結果が必要でした」
DNMXは時間と努力によってこれらの課題を克服し、「現在は事業開発地域として次なるレベルに向けて取り組んでいます。より高い成果につながる地域としてのさまざまな取り組みを、ここで示すことができます」と、彼はいう。
「現在、DNMXはデンソーの中で最も信頼性の高い製造拠点の一つです。これを可能にしているのが、目的と考え方を共有するチームの取り組みと強力なシナジー、そして北米のさまざまな機能部門やデンソー本社との強力な連携です」と、ロドリケスは語る。
「北米の最初の機能部門である北米調達グループ(NAPG)とメキシコ購買部門の統合を、NAPG副社長のマイク・ウィンクラー(Mike Winkler)と私が協力して主導し、地域または関連会社機能部門を維持するのではなく、北米全体としての機能部門の構築を促しています」と、彼はいう。
ロドリケスは、顧客に対するデンソーの透明性の高さを誇りに思っていると語り、「私たちは決して問題を隠しません。あらゆる問題を解決し、お客様を守るために、問題を明らかにします」と付け加えた。
例えば品質問題が発覚した場合、常に4つの明確な手順を踏む必要があると、彼はいう。「潜在的な問題を確認する必要があります。次に、より適切に行えることは何かについて、明確な評価が必要です。私たちは改善と予防の体系的なアプローチで問題の解決に取り組みます」と、彼は説明する。
そしてこう続ける。「これによって社員への信頼が生まれ、コミュニケーションが促進されます。こうして、改善マインドを持って取り組もうとする社員のやる気が引き出されます。改善の考え方は、品質管理サークルの競争やサプライヤーのプロジェクト管理において特に重要であり、新規プロジェクトの円滑な立ち上げに役立ちます」
「この考え方が、デンソーの工場の間で一つの考え、一つの文化を生み出す力になっているのだと、私は信じています」と、彼は締めくくった。

1999年、デンソーメキシコの北米品質サークルチーム「Huracanes(ウラカネス)」は、グローバル競技会に参加するために日本に渡った。このチームは、DNMX(デンソーメキシコ)から北米で初めて社長賞を受賞し、今日まで続く長い伝統を打ち立てた。