第3章 確立と安定

7. シリコンバレーで金属にペダルを踏み込む

2014年10月、カリフォルニア州サンノゼのシリコンバレーオフィスのチームメンバー。写真左から右へ: Takashi Sato, Tony Cannestra, Jun Kosai, Akihito Iwai, Koji Mori, Tetsuo Kurita and Naoki Morita.
2014年10月、カリフォルニア州サンノゼのシリコンバレーオフィスのチームメンバー。写真左から右へ: Takashi Sato, Tony Cannestra, Jun Kosai, Akihito Iwai, Koji Mori, Tetsuo Kurita and Naoki Morita.

LAが巨大な高速道路だとすれば、サンノゼは企業がイノベーションを加速させる超伝導高速道路だ。

森幸示(Koji Mori)は当時のデンソー社長の直命を受け、2010年にデトロイトからカリフォルニア州のシリコンバレーへと移り、この名高いハイテク企業の集積地でソフトウェアの研究開発チームを立ち上げた。これは、より安全で便利なモビリティを実現するために交通業界で高まりつつある、ソフトウェアへの依存を見越した動きだった。

デンソーの北米研究開発担当部長である森と2人の社員は、2012年までにオフィスを開設し、現地のテクノロジー専門家トニー・カネストラ(Tony Cannestra)にこれから行われる初期投資への支援を依頼した。カネストラは2014年にチームに加わり、コーポレートベンチャーキャピタルグループ(CVC)を結成して現在は部長を務めている。

こうした初期の取り組みを経て、デンソーのシリコンバレー・イノベーションセンターが正式に立ち上がった。デンソーはごく初期にサンノゼに進出した自動車業界大手の一つとなった。

2012年1月9日の北米国際自動車ショー(NAIAS)の記者会見で、エンジニアリング担当上級副社長のダグ・パットンは、テクノロジーアイデア創出のためにカリフォルニア州シリコンバレーに新しいオフィスを設立する計画を発表した。
2012年1月9日の北米国際自動車ショー(NAIAS)の記者会見で、エンジニアリング担当上級副社長のダグ・パットンは、テクノロジーアイデア創出のためにカリフォルニア州シリコンバレーに新しいオフィスを設立する計画を発表した。
社外イノベーション

「デンソーは、自動車業界が開発をさらに加速していることを理解していました」と、2013年にこの取り組みに参加し、デンソーの北米研究開発担当副社長を務めるロジャー・バーグ(Roger Berg)は説明する。

「シリコンバレーのチームは輸送のためのIT、自動運転、データアナリティクス、サイバーセキュリティに専門に取り組んでいます」と、バーグは続ける。「私たちの目標は、開発期間中に定期的に顧客とコンタクトしながら迅速かつ頻繁に試作品を製造することを通して、製品開発と技術開発に長けた企業とパートナー関係を作り上げることでした。これは当時デンソーが採用していた従来の『ほぼ準備が整った』モデルとは違いました」

デンソーの経営陣は、21世紀のイノベーションが過去数十年とは様相が大きく異なることに気付いていた。社内研究開発は引き続き重要であった一方で、より強力でコストの低い社外イノベーションにはそれとはまた別の重要性があった。

「デンソーは、この地域において存在感を確立し、迅速な開発戦略が当たり前だったシリコンバレーのスタートアップ企業を調査した最初の自動車1次サプライヤーの一つでした」と、カネストラはいう。「これはデンソーにとってまさに研究開発の節目となりました」
チームの使命はシンプルだった。地域の研究開発に対する新しいアプローチを通じてデンソーのグローバル事業に貢献し、米国の経験と文化から「独自の成果」を得るためのベストプラクティスを確立することだ。

あまりに無謀。あまりにリスキー。

これらの活動はデンソーの研究開発を大きく変えるものであり、迅速でアジャイルな試作品製造という考え方は強い抵抗を受けた。それはデンソーWAYといえるものではなかった。
「デンソーが負うリスクがあまりにも大きく、コントロールがあまりにも利かないという社内の意見に対処する必要がありました」と、バーグは語る。「業界はますます複雑になり、AIなどのテクノロジーが輸送の重要な要素になりつつありました。これは、デンソーはそれまでとは異なる対応を迫られているということでした」

道を開く

しかしデンソーの経営陣からサポートを受け、日本と北米の研究開発チームと頻繁にミーティングを行うことで、シリコンバレーのチームは最初のハードルを乗り越えた。

課題はほかにもあった。この地域のテクノロジー人材の間では、デンソーは変化や革新に疎い業界における伝統的な日本企業だと思われていた。

「初期の興味深いCVC投資は、人々がデンソーのシリコンバレーでの事業機会を知るとても良い機会をもたらし、私たちの事業に対する認識と好奇心を高めるのに役立ちました」と、カネストラは回想する。「この土地でソフトウェアの研究開発を育み維持するという当初めざした取り組みを成功させる上で、これは非常に重要でした」

重要なのは今やシリコンバレー・イノベーションセンターがデンソーのCASE変革をリードする基盤として機能し、デンソーの二つの大義を推し進める体制が整ったことだった。実際、デンソーがいち早くシリコンバレーに進出したことで、カリフォルニア大学バークレー校などとの重要な関係がいくつも生まれ、シリコンバレーチームが取り組むプロジェクトの種類が広がった。

「このグループのおかげで、社外イノベーションの価値と、それをいかに活用してテクノロジーの最先端にとどまることができるかについて、デンソーの研究開発の考え方が格段に進歩しました」と、カネストラは指摘する。「昨年だけでも、デンソーの北米と日本の研究開発グループの両方を、モビリティアプリケーション向けの特定技術に取り組むスタートアップ企業と連携させることができました」