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PROJECT
2022.7.27
【入門】日本の半導体復権のカギは「集団脳」にある
東京大学 黒田忠広教授 × DENSO 山内庄一
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東京大学大学院 工学系研究科教授黒田 忠広
1982年から18年間、東芝で半導体集積回路を研究開発。2000年から20年間、慶應義塾大学とカリフォルニア大学バークレイ校で教壇に立った。現在は、東京大学システムデザイン研究センターd.labセンター長、先端システム技術研究組合RaaS理事長、国際会議VLSIシンポジウム委員長を務める。IEEEと電子情報通信学会のフェロー、慶應義塾大学名誉教授。
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デンソー セミコンダクタ事業部 事業部長山内 庄一
1992年に新卒入社。2017年、半導体プロセス開発部 部長、半導体デバイス事業部 副事業部長に就任。2019年に車載搭載システム向けのアナログIC、パワーモジュール事業を担うセンサ&セミコンダクタ事業部事業部長に就任。2021年に執行幹部(セミコンダクタ事業部 担当)に就任し、現在に至る。理学博士。
この記事の目次
日本の半導体産業の凋落が叫ばれて久しい。
1980年代の日本の半導体産業は世界シェア5割超を誇ったものの、1990年代以降、徐々にその地位を低下させ、いまやシェア1割にも満たない存在へ凋落した。

その一方で、世界の半導体市場は、PCやインターネット、スマホ、データセンターといったデジタル化の急速な進展により、空前の盛り上がりをみせている。
現在の市場規模は約50兆円とされているが、2030年にはその2倍となる100兆円規模を突破し、超巨大マーケットへと成長する見込みだ。

世界各国で半導体をめぐる覇権争いが繰り広げられるなか、日本の半導体産業が新たな成長を描くための“勝ち筋”とは何か。そもそも私たちは普段目にする機会のない半導体をどのように理解すればいいのか。
日本の半導体産業の再興に研究開発の立場から取り組む東京大学大学院工学系研究科教授の黒田忠広氏と、30年以上半導体産業に携わるデンソー セミコンダクタ事業部事業部長 山内庄一氏が語り合った。
Q1.なぜ半導体を理解する必要があるのか
──なぜいま、ビジネスパーソンは半導体市場の動きを理解する必要があると考えますか。
黒田 たとえばもし今この瞬間、自分のスマホの電池が突然切れたり、電波が入らなくなったりしたらどう思いますか? きっと「スマホが使えないと何もできない」と少し慌てる人が多いのではないでしょうか。
一昔前なら、半導体はテレビやパソコンなど限られた用途にしか使用されませんでした。ところが今は、電池が入っていたり、コンセントにつながっていたりするものすべてに半導体が使われているといえます。

つまり現代社会のありとあらゆるところに半導体は存在していて、いまや半導体がなければ私たちは文化的な生活を営めなくなっている。
かつて「半導体は産業のコメである」と言われましたが、もはやその表現さえ古いくらいで、すでに「社会を支える公共財」となっているのです。
山内 「半導体は産業のコメ」というたとえを耳にする度に、ユヴァル・ノア・ハラリのベストセラー『サピエンス全史』の人類は農耕民族化により「穀物の奴隷」 になったという一節を思い浮かべます。
人類と穀物との関わり方について、消費者の立場でいえば当たり前にあるものとして浸透を受け入れ、従事者の立場では土地の拡大こそが正義となっている姿を「奴隷」という表現をしていました。
豊かさを求めて始めた農耕でしたが、その実態は、小麦の世話という激務、土地の奪い合いによる騒乱、追いつかない食料の供給、一方的に増えていく子供を養うために畑を拡大し、大人は飢餓と激務に苦しむ世界が待っていました。
私自身、どこか現代の半導体産業に通じるものを感じてしまい、半導体に過度に依存する未来を危惧しています。
こうした未来を回避する突破口が、黒田先生の「資本集約型社会から知識集約型社会への転換に向けて、半導体は“社会の基盤”とならなければいけない」というお考えにあるのではないかと感じています。
知識集約型社会における「資源」とはデータであり、「価値」とは情報である。そして「価値」を消費者に届けるのが半導体の役割になる。
私なりに解釈すれば、システムを通じてユーザーに提供する体験こそが「価値」であり、その価値を導き出すことが半導体の役割だと考えています。
だからこそあらゆる産業に携わるビジネスパーソンが半導体を理解し、能動的にその価値を引き出すスキルが必要な時代を迎えているのだと思います。
黒田 まさにそうですね。現状では、最先端の半導体を設計できるプレイヤーはごく一部の巨大資本企業に限られます。
新しいチップを一つ作ろうと思ったら、50億円から100億円規模の開発投資が必要で、しかも1〜2年の時間がかかる。
それを搭載したスマホが1億台売れてようやく利益にできるかどうかのビジネスです。最近ではGAFAMも半導体を設計していますが、それは会社に資本力があるから手を出せるわけです。

しかしいまやデジタルは社会を支えるインフラであり、そのデジタルは半導体が支えています。日常生活に半導体が不可欠となった今、一部の資本家だけでなく、誰もが扱えるようにしなければいけない。
私はこれを「半導体の民主化」と呼んでいます。そう遠くない将来、コンピュータの専門家ではない一般の人も、日曜大工のような感覚で半導体チップを自作する時代が来るでしょう。
だから日本企業の研究者や学生はもちろん、技術者ではないビジネスパーソンにもぜひ半導体に興味を持ってもらいたいのです。
山内 加えて、ビジネスパーソンの方たちに知っていただきたいのが、半導体産業の規模感です。
半導体は技術的に難易度が高い製品のため、それを支えるサプライチェーンはグローバルに広がり、かつ多層的でとにかく深い。
設計・製造を担うプレイヤーだけで世界の市場規模は50兆円を超える。そこに設計支援や製造装置、素材メーカーが加わって巨大市場を築き上げています。

半導体の年間出荷台数は1兆3000億台に上りますが、これは自動車の1億台やスマホの15億台と比べても桁違いです。
この数字を見ても、すでに半導体がコメや麦と同様に、私たちの生活に浸透していることをお分かりいただけると思います。半導体が不足して大騒ぎになったのも、人々の生活のなかに当たり前に存在していたものが手に入らなくなったからです。
たとえば一台の車には数百個以上の半導体が使われていますが、その中の半導体が一つでも欠ければ車は動かないことになります。
Q2.なぜ半導体不足が起きたのか
──そもそもなぜ半導体不足が起こったのでしょうか。
黒田 地政学リスクや脱炭素の加速、コロナ禍により在宅勤務が急激に増えたことで2~3年先に想定されたニーズが前倒しで到来するなど、さまざまな要因が複雑に絡み合っています。
皆さんは「足りないなら作ればいいじゃないか」と思うかもしれません。ところが半導体はすぐに増産できない。作ることに非常に時間がかかるのです。

山内 半導体はリードタイムが長く、設計から製造、出荷まで年単位の時間がかかります。設計を除いた製造以降のプロセスだけでも、早くて3ヶ月、長ければ半年が必要です。
コロナ禍によって世界中の人々のライフスタイルや価値観が一変しました。これだけ大きな需要の変動が起これば、世界中に浸透している半導体が影響を受けます。その変化にサプライチェーンが追いつけていないことが、半導体不足を引き起こしているのです。
黒田 しかも先ほど説明があったように、半導体産業は多数のプレイヤーが集まって巨大なエコシステムを構築している。
だからどこか1社がブレーキを踏むと、関連する他のプレイヤーも次々とブレーキを踏み始めてしまう。サプライチェーンに大渋滞が発生してしまうわけです。
山内 加えて、半導体は「クリーンルーム(※)」という大変特殊な環境下で製造されていることもサプライチェーンに与える影響は大きいと考えています。
(※)空気中に浮遊する微粒子や微生物が限定されたレベル以下の清浄度に管理されており、不純物やゴミを持ち込まないようにするための部屋。
いまや半導体の加工寸法は最先端のものだと4nm(ナノメートル)まで微細化しています。
これだけ高精度の製品を作るには、手術室の10万倍もの清浄度を備えたクリーンルームの維持管理が必要です。なぜなら、空気中を漂うホコリや細菌などが半導体の集積回路間に微量でも落ちれば、半導体は機能しなくなるからです。

さらに、そこに設置されている製造装置の多くが大気圧の10兆分の1程度の真空雰囲気で性能を発揮する装置であり、私たちの日常からは想像を絶する環境で24時間、365日工場が稼働しています。
こうした環境を維持するためにも地震や火災に対する備えを厳重に行っているわけですが、残念なことに東日本大震災や半導体工場の火災など、工場を停止せざるを得ない状況が続いています。
こうしたことが続くと、サプライチェーンに大きな影響が出ることから、業界が一体になって被災工場の復旧支援に携わり、サプライチェーンの正常化に努めています。

このように半導体サプライチェーンの規模感と特殊性を理解し、安定供給につながる進化を止めてはならないと考えています。
黒田 また半導体不足の背景には国際政治も絡んでいます。
半導体のホットスポットである台湾や韓国にある半導体をいかに自分たちの供給網に取り込むかで、米中が競い合っている。
これまでグローバルネットワークでつながっていたサプライチェーンに分断が起こり始めていて、それが半導体不足に拍車をかけています。
かつてはエネルギーの奪い合いが原因で戦争が起こりました。しかしこれからは、半導体の奪い合いで国同士が争う時代になる。半導体はそれくらい重要な戦略物資ということです。
Q3.なぜ日本の半導体は凋落したのか
──1980年代の半導体産業は世界シェア5割を誇ったものの、いまや1割にも満たない状況です。日本の半導体が凋落した要因をどのように分析されていますか。
山内 量だけを見れば、日本の立場が他の国々に置き換わったのは事実です。その最大の要因は、日本勢と海外勢ではそもそもターゲットが違っていたことにあります。
日本の半導体メーカーは、設計から製造まで自社や関連会社で一貫して行う垂直統合型が中心でした。よって「自分たちが使うものを使う分だけ作る」という発想のなかで成長をしてきました。
一方で海外の半導体メーカーは、自分たちの製品をグローバルに供給することを前提としている。世界中のユーザーがターゲットなので、量を追求するビジネスモデルになります。

ただ私としては、量だけを見て単純かつ一律に凋落という言葉で包括するのは思考を止めてしまいかねないと考えています。
なぜなら、あくまで半導体はシステムとの融合による価値として評価されるべきであり、それをより引き出す手段としての垂直統合には大きな強みがあると考えているからです。
たとえば、デンソーは電動車が拡大するなかで、重要なシステム製品であるインバータで大きな強みを持っており、その強みを創り出す手段としてパワー半導体(※)を進化させてきました。
(※)電力の制御・変換・供給を行う半導体。高い電圧、大きな電流を流しても壊れないのが特徴で、自動車や家電、パソコンやスマートフォン、産業機器などに幅広く使われる。

パワー半導体の進化は、ハイブリッド車の燃費性能向上であり、EV車においては最大の課題であるバッテリーの航続距離を伸ばす技術に直接つながる「価値」を引き出します。
黒田 半導体は基本的に資本集約型の産業であり、国力を映す鏡のようなものです。
1990年代以降に起こった日本の半導体産業の地位低下と、日本の経済力低下は完全に相似しています。
ではこのまま国力の衰退と共に日本の半導体産業も衰退する一方かといえば、そんなことはない。半導体が重要な戦略物資となった今、国も総力を挙げて強化する方針を掲げています。
もちろん未来は誰も予想できません。日本の挑戦は成功するかもしれないし、失敗するかもしれない。ただ一つだけ言えるのは、現状に立ち向かっていない者が成功する確率はゼロだということです。

「これまで何をやってもダメだったのだから、うまくいくはずがない」と言う人もいますが、未来はそれほど単純には決まらない。未来とは過去の延長ではなく、いくつもの偶然がランダムに積み重なった結果です。
日本が一時強かったのも偶然なら、日本が弱くなったのも偶然。ただし偶然のなかにチャンスがあり、立ち向かっている者でなければそれを掴むことはできません。
Q4.半導体産業の「勝ち筋」とは
──世界で半導体をめぐる覇権争いが繰り広げられるなか、日本の半導体産業の勝ち筋はどこにあると考えますか。
黒田 私は日本の強みを活かせる波がもう一度やってくると予想しています。
これまで半導体市場にはテレビ、パソコン、スマホと、大きな需要の波が3回やってきました。
日本の半導体が強かったのは、1980年代に起こった第一波のテレビ用でした。テレビは物理空間を快適にする道具です。
そして第二波のパソコンは仮想空間を生み出し、第三波のスマホは仮想空間を持ち歩けるようにした。こうして需要の本質を物理空間と仮想空間に分けた時、日本が得意なのは前者です。
均質を好み、お互いの空気を読み合う日本人の気質は、現場で「すり合わせ」ながら物理空間をより良くする作業に向いています。

一方、米国が得意なのは後者です。移民の国で言葉さえ通じない相手も多いので、すべてをマニュアル化し、お互いの担当や役割を明確に区切る。
これは極めてデジタルな発想であり、米国は仮想空間での作業に向いています。よって第一波は日本が勝ち、第二・第三波は米国が勝ちました。
──得意分野の違いが明暗を分けたと。
黒田 問題は第四波です。次に来るのは、デジタルツインによる物理空間と仮想空間が融合した世界です。
たとえば、自動運転車はまさにこの仕組みで動いています。
物理空間の状況をセンサーで認知し、仮想空間にデータをコピーして計算処理を行う。判断した結果をアクチュエーター(駆動・制御を行う装置)で物理空間にフィードバックする。物理空間側のセンサーやアクチュエーターは日本の得意分野です。

ですからCASE時代も到来するいま、再び日本の強みを発揮できる時代がやって来ると考えています。とはいえ知識集約型社会における価値を作り出す場は仮想空間なので、こちらの強化も必要です。
幸いなことに、米国や台湾をはじめとする国々が「一緒にやりましょう」と日本に手を差し伸べてくれているので、これをぜひ追い風にしたいところです。
山内 もはやどの国が勝ち、どの国が負けているかという視点で捉えるべき問題ではないのでしょうね。重要なのは役割分担をした上でお互いの強みを融合させ、強固なネットワークを作り上げていくこと。
半導体産業は広く深いグローバルなサプライチェーンを構築していて、とても一国だけで成立する規模感や構造ではない。
よって各国がそれぞれの得意分野で強みを発揮し、世界全体が役割分担によって半導体の進化とサプライチェーンの強化を実現していくべきではないでしょうか。

日本が得意とするパワー半導体や素材で強みを発揮できるなら、そこは日本が担えばいい。でもメモリやロジックは米国や台湾が強いなら、その役割は任せるという考え方があってもいい。
それらの何かが欠けてもシステムは成り立たないわけですから、結果として、半導体レベルで勝った負けたの世界ではなく、いかにシステムの競争力につなげていけるかという問題だと捉えています。
黒田 その通りですね。世の中がこれだけ複雑になると、すべてを自分でやろうとせず、いかに他の人とつながるかという発想が必要になる。
イノベーションの源泉は多くの人の知恵を集めること、すなわち「集団脳」です。
ホモ・サピエンスが今日の進化を遂げたのは、みなが一緒になって考える習性があったからだとされます。ですから日本の半導体産業を再生させるためにも、グローバルとの連携が大切だと思います。
──半導体産業の未来に向けて、デンソーは今後どのような役割を果たしていきたいと考えていますか。
山内 デンソーが目指すのは、CASE時代を迎えてますます重要となる車載半導体について、さまざまなプレイヤーと垂直統合を超えた新たな連携を構築することです。
EVという拡大市場に対して、デンソーだけの力では到底成し遂げられないこともあります。そこで国内の主要メーカーと連携したサプライチェーンを構築し、各社が持つ設計力やものづくりの知恵を集結させる。そして、100年に一度の変革期を迎えているモビリティ業界に顧客が求める新たな価値提供を実現したいのです。

また私たちは、垂直統合でありながらも内製にこだわらず、複数の主要パワー半導体メーカーと連携した開発から設計、製造までを見据えたサプライチェーンを構築し、ハイブリッドを中心にした電動車市場の期待に応えてきました。
これは、垂直統合の強みを活かしながら莫大な成長市場を牽引する一つのロールモデルだと捉えていますし、EVが急拡大するなかでもその役割を発揮したいと考えています。

サステナビリティや人々の安心を守るといった大義を実現するためには、車載領域にとどまらず、モビリティを取り巻く社会全体に必要なシステム提案が求められます。そのため、半導体事業としてもモビリティ社会を見据えた価値創造に挑んでいきたい。
それを実現するためにも、新たな半導体サプライチェーンの構築をリードする旗振り役こそが、私たちが目指すべき姿であり、パートナーの皆さんとの連携で成し遂げていきたいと思います。
※当記事は、NewsPicksの記事(https://newspicks.com/news/7335061/body/)を転載しております。
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