【注目市場】なぜ「車載半導体」が、日本半導体の“勝ち筋”なのか

DENSO 赤間貞洋 × DENSO 平光真二

  • デンソー エレクトリフィケーション システム事業グループ赤間 貞洋

    2003年、デンソーに入社。パワーウィンドウや燃料ポンプ用モータコントローラの設計開発に従事後、2011年、車載補機及び主機向けパワーモジュールの製品企画・設計開発を担当する。2018年、エレクトリフィケーションシステム開発部に異動。現在は、電駆動システムの製品企画・設計開発に従事する。

  • デンソー セミコンダクタ事業部平光 真二

    2011年、デンソーにキャリア入社。パワーモジュール技術部に配属。車載補機向けパワーモジュールの新製品企画・設計開発やBEV向けパワーカードの製品企画・設計開発を担当する。現在は、次世代向けパワーカードの製品企画・設計開発に従事する。

この記事の目次

    日本の半導体産業に「希望」はあるか──。
    1980年代に世界シェア5割超を誇った日本の半導体産業。しかし1990年代以降、徐々にその地位を低下させ、シェア1割も満たない存在に凋落した。

    一方、世界の半導体市場の規模は現在約50兆円。2030年には、その2倍となる100兆円市場になる見込みだ。

    出所:「半導体戦略(概略)」(経済産業省)をもとに作成

    この超巨大マーケットを巡り世界で半導体の覇権争いが繰り広げられるなか、日本の半導体戦略において数少ない「勝ち筋」と明言された領域があるのをご存じだろうか。

    脱炭素社会の到来やモビリティの技術革新を背景に、新たな成長が見込まれる「車載半導体」の市場だ。

    すでにPC、スマホなどに使われるロジックやメモリの領域では、米国、台湾、韓国が市場を席巻。そんななか、主に自動車向けに開発され、ロボティクスなどにも使用される車載半導体は、日本の最後の「希望」になり得るポテンシャルを持つ市場としてにわかに注目を集めている。

    そして、その車載半導体市場のカギを握るキープレイヤーとして期待されるのが、世界第2位の自動車部品メーカー「デンソー」だ。

    同社は車載半導体市場において世界5位の売上に相当する半導体を内製し、およそ半世紀前から車載半導体の研究開発に積極投資してきた先駆者でもある。

    なぜ車載半導体市場は、日本半導体の希望になり得るのか。自動車産業の巨大黒子企業デンソーで、約20年以上半導体事業に携わる2人に、車載半導体市場のポテンシャルと勝ち筋を聞いた。

    100年に1度の大変革期

    ──お二人は、約20年以上半導体産業に携わられていますが、現在の大きな変化の波をどのように受け止めていますか。

    赤間:まさにいま、日本の半導体産業は大きな分岐点を迎えていると日々実感しています。

    近年、あらゆる領域でデジタル化が加速していることから、その根幹を支える半導体の需要は大きく変化しています。

    なかでも自動車業界は「CASE」(※)と称されるパラダイムシフトに代表されるように、「100年に1度の大変革期」を迎えたといわれます。

    (※)「Connected(コネクテッド)」「Autonomous(自動運転)」「Shared&Services(シェアリング/サービス)」「Electric(電気自動車)」の頭文字をとった造語。

    そのため旧来の自動車に必要な半導体だけでなく、BEV(バッテリー式の電気自動車)や自動運転車に使用される次世代型の半導体が求められるようになりました。

    さらに現在は、経済安全保障の問題や脱炭素化の潮流など、毎日のように半導体を取り巻く環境が変化するため、これまでにない対応の難易度が求められています。

    平光: もともと半導体産業は、社会変化とともに進化してきた歴史があります。

    生活に身近なところで言えば、トランジスタラジオに始まり、電卓や計算機、パソコン、携帯電話、スマートフォン、太陽光発電と、ニーズが拡大してきました。

    モビリティの領域では、電車や新幹線に始まり、電子制御化(エンジン、ブレーキ)からハイブリッド車や燃料電池車、BEVへと広がっています。

    一方で半導体技術にも大きな進化があり、SiC(炭化ケイ素)と呼ばれる材質の活用が進んでいます。SiCは電力の損失が少なく、電力消費を10%程度効率化することも可能で、EVでの導入拡大が期待される素材です。

    こうした 「社会の変化」と「半導体の進化」の掛け算により、過去にないほどの大きな変化が起きているのが、現在の半導体産業です。

    そしてこの半導体を取り巻く環境が大変化するなか、国家の半導体戦略において、数少ない「勝ち筋」と明言されたのが、私たちの注力領域である「車載半導体市場」です。

    これまでにない大きな期待からも、いまが最大の転換期であり、一人の技術者として日本の半導体産業の未来を左右する時代を迎えていると実感しています。

    半導体市場の成長を上回る、車載半導体領域の成長率

    ──なぜ日本の半導体戦略のなかで、車載半導体領域が期待されているのでしょうか。

    平光: まず世界の半導体市場を見ると、今後も右肩上がりで成長し、 2030年には約100兆円の市場規模になることが見込まれています。これは 「年率7%」で拡大し、10年間で2倍の規模になる計算です。

    それに対し 車載用半導体市場は、市場の成長を上回る「年率9〜10%」の拡大が予測されています。電動化や自動運転車の普及による需要の増加を中心に、脱炭素社会に向けた高い成長率が見込まれているのです。

    ──車載半導体の市場において、日本はどのポジションにいるのでしょうか。

    車載半導体の売上規模を国別に見ると、欧州各国を抑えて 日本が世界トップに位置しています。

    日本にはモビリティの開発を通じて蓄積された豊富な経験値があり、先駆者の強みがランキングにも表れています。そのためこの車載半導体領域に注力することで、日本の半導体のシェア拡大に貢献できるのではと期待されているのです。

    日本は過去から、各メーカーが切磋琢磨して車載用半導体の性能を進化させてきました。

    これからBEVや自動運転車の普及が進み、車のあらゆる機能が電気で動くようになれば、車載半導体のニーズもさらに伸びるのは間違いありません。

    これまでの実績を強みにできて、なおかつ市場として成長が見込める。この領域では日本に一日の長があり、蓄積された経験を活かして世界をリードできると考えています。

    パワー半導体に勝機あり

    ──そもそも車載半導体は、どのような種類に分けられるのでしょうか。

    赤間:大きく3つの種類の半導体に分けることができます。

    私たちはよく半導体の役割を人間の体にたとえますが、車載半導体に限っていえば、 周囲の状況を把握したり、距離を測ったりするセンサーは「目や耳」

    計算処理を行うマイコンは「脳」に該当します。

    そして 手足となるモーターを動かす「筋肉」が、「パワー半導体」です。高い電圧、大きな電流を流しても壊れないことが特徴です。

    平光:BEVの充電設備、太陽光発電や風力発電、5Gの通信基地局など、社会インフラの領域への広がりも期待されるパワー半導体は、車載半導体のなかでも特に今後の成長が期待される半導体です。

    パワー半導体は、電力のオン・オフを切り替えるスイッチの機能を持つため、無駄な電気の消費を防ぎながら、効率よく電力を供給することができます。

    電力のロスを極力少なくできることから、脱炭素社会における重要な役割を果たす次世代の半導体として期待されているのです。

    デンソーが開発するSiC素材を使用した次世代型パワー半導体「SiCパワー半導体」。SiC素材を使用したSiCパワー半導体は、電力の損失が少なく、電力消費を効率化することが可能になる(画像提供:デンソー)

    ──日本のパワー半導体が優れている点とは?

    赤間:日本のパワー半導体の強みは「品質」にあります。

    パワー半導体に限らず、日本の製品は高品質であることが強みであり、ものづくりの過程で評価・検証に手間と時間をかけて、品質を徹底追求します。

    物事を突き詰めることが得意な日本人の職人気質な民族性にメリット、デメリットはありますが、その日本の国民性とパワー半導体の製品特性は非常に相性がいいのです。

    BEVやHEV(ハイブリッド自動車)、太陽光発電などに使われるパワー半導体は、膨大な電気の流れに耐えうるために非常に高品質な製品である必要があります。

    そのため高度な技術が必要とされ、参入ハードルが非常に高い分野です。米国や韓国、中国企業も容易に参入できない領域となっています。

    しかし、当然悠長に構えていては、すぐに市場を奪われてしまうでしょう。

    私たちもパワー半導体をはじめとした次世代の車載半導体の開発に積極投資することで、日本の半導体の勝ち筋を見出したいと考えています。

    必要なのは「選択」と「集中」

    ──車載半導体の売上で日本は世界トップですが、デンソーはどのようなポジションにいるのですか。

    平光:車載半導体の売上を企業別で見ると、2021年時点でデンソーは世界5位に相当する事業規模です。1位はInfineon(ドイツ)、以下NXP(オランダ)、ルネサス(日本)、ST Micro(スイス)が続きます。

    デンソーの車載半導体の売上高は約4200億円相当になりますが、2025年にはその約2割増の5000億円の売上を見込んでいます。

    ──これからさらに半導体市場の競争が激しくなると予測される中、どのような勝ち筋を描いていますか。

    平光:誤解を恐れずにいえば、「日本だけでやることにこだわらない」という視点を大切にすることが、結果的に私たちや日本の半導体の未来にメリットをもたらすはずだと考えています。

    半導体のサプライチェーンが世界中に拡大したいま、そのすべてを日本だけで担おうとするのは現実的に難しい。であれば必要なのは 「選択」と「集中」になります。

    たとえば、メモリやロジックなど他国に競争力がある分野に全力投球するのではなく、日本の長所を活かせる分野で力を発揮する方が、結果的に社会により良い価値を提供できるはずです。

    そして、その一つの領域が車載半導体だと考えています。品質とコストのバランスを考慮したうえで、パワー半導体のように品質にこだわることで競争優位性を保てる領域や技術の見極めがこれからより大切になるのでないでしょうか。

    日本の強みは「品質」へのこだわりですが、それは裏を返せば製品や技術を市場に投入するのに時間をかけてしまうことを意味します。物事を突き詰める完璧主義の気質を持つからこそ、それは弱みにもなり得ます。

    だからこそ日本企業の「品質主義」を強みにできる領域の見極めが大切だと考えています。日本の長所を最大限活かせるかつ成長のポテンシャルがある領域を見極め、そこにリソースを集中することが日本半導体の勝ち筋になりえるはずです。

    またその集中する環境をつくるためには、グローバルな連携をして大きな枠組みを用意し、不得意な分野は他の国や企業に役割分担することも必要になります。

    ですから今後は、より仲間づくりも大切になるでしょう。デンソーだけで何かを成し遂げようとするのではなく、提携やM&Aなどで仲間を増やすことで、グローバル規模の半導体サプライチェーンを構築することが重要になると思います。

    競争力の源泉は「研究開発力」と「ポジショニング」

    ──デンソーの競争力の源泉はどこにあるのでしょうか。

    赤間:当社は世界初のQRコードを発明したことでも知られていますが、デンソーの競争力の源泉は 「研究開発」にあります。

    デンソーは世の中に電卓が登場した頃の1968年から半導体事業を始動し、約半世紀にわたり車載半導体を生産し、技術力を蓄積してきました。

    デンソーは将来的に自動車部品が電子制御化されることを見越し、1968年に半導体の研究開発を行うIC研究室を開設した(画像提供:デンソー)

    その長年の経験の蓄積があるからこそ、電動化や自動運転などCASE時代のモビリティに求められる半導体の提供にいち早く対応できているのだと思います。

    また外部と研究開発を行う環境づくりにも注力しています。

    たとえばトヨタ自動車とともに立ち上げたミライズテクノロジーズは、パワー半導体をはじめとした次世代の車載半導体をいち早く開発し、未来を進化させることを目的に設立しました。

    トヨタ自動車のモビリティとデンソーの車載半導体の知見と技術力を結集することで、BEVや自動運転の技術革新のカギとなる次世代の車載半導体の研究開発に取り組んでいます。

    売上高比率で約9%の約5000億円を研究開発費に投資するなど、私たち技術者のチャレンジを応援する文化もあります。こうした「研究開発」に投資する経営方針が、デンソーの競争力の土台となっています。

    参考:デンソー会社案内(2022年3月時点)

    平光:加えて、デンソーは 唯一無二の「ポジショニング」であることも、競争力につながっています。

    多くの自動車メーカーさまと非常に近い距離にいて、半導体がどう使われるのかを深く聞き出せる立場だからこそ、私たちは半導体の使われ方を知り尽くしている。それは当然、設計開発力の向上にもつながります。

    また弊社の 売上比率の半分はトヨタグループですが、残り半分は世界各国の自動車メーカーとの取引によるものです。

    このように私たちは、世界中の自動車産業に関するあらゆるニーズや情報を知ることができる独自のポジションにいます。だからこそ、世界と日本の橋渡し役として、お互いの知見を組み合わせながら、次世代をつくる新たなアイデアを提案することができる。

    これはデンソーで車載半導体の研究開発に携わる者でなければ味わえないダイナミックな体験だと感じています。

    日本を代表する自動車産業と、日本が世界トップに位置する車載半導体産業の両方に属する企業は、デンソーだけです。

    このポジショニングと研究開発力を最大限に活かして、日本の半導体の未来に「希望」を届けられるような存在を目指していきたいと思います。

    執筆:塚田有香
    撮影:竹井俊晴
    デザイン:小谷玖実
    編集:君和田郁弥

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