デンソーが北海道伊達市で美味しい野菜を栽培中?

“スマート農業ハウス”からはじまる地域活性化の挑戦

北海道で建設された、この農業ハウスでは、この夏、真っ赤なミニトマト、色とりどりのパプリカ、きゅうりが実りを迎えました。

デンソーでは、モビリティ領域で培った技術を活用し、就農人口の減少や気候変動による不安定な農業生産といった課題の解決や新たな価値創出に取り組んでいます。

2022年9月、北海道の伊達市とデンソー、デンソーアグリテックソリューションズは、「農業の地域活性化に関する包括連携協定」を締結し、 農業の担い手の育成と地域産業の振興を目指して、ICTを活用した農業ハウスでの栽培の実証実験を進めてきました。

今回は、伊達市に出向しているフードバリューチェーン事業推進部の小林 正幸さん、山根 智樹さん、田村 武裕さんのもとを訪れ、実証実験の背景やハウスの様子、今後の展望を聞きました。

左から山根さん、田村さん、小林さん

この記事の目次

    地域活性化への思いから始まった、農業ハウスの建設

    伊達市との連携の背景について、「農業を用いて、地域産業振興を実現したいとの想いが一致した」と小林さんは語ります。

    小林さん「伊達市は年間を通じて、道内において比較的温暖な気候をしています。また、伊達市は農業も盛んで、明治初期の開拓以来、いち早く西洋式農法など先進諸国の新しい知識・技術を積極的に導入してきた地域です。近年では『伊達野菜』のブランド化を図りPRにも注力するなど、農業を軸にした産業振興、地域活性化に取り組まれています。

    しかし、若年層の都市部への流出により農業従事者の高齢化比率が全道・全国平均を大きく上回っており、担い手不足は深刻な課題です。

    この課題解決に向けて、デンソーとしては、食農領域で開発しているシステムやソリューションを活用したスマート農業により、経営の安定化や農業の魅力づくりに繋げていこうと考えています。それにより、既存農家支援だけでなく、多くの人材が集まる新しい形での就農の促進など、農業による地域活性化が図れるのではという考えが、伊達市と一致しました」

    取り組みの第一弾は、農業ハウスにおけるICTを活用した営農実証です。なぜ、農業ハウスから着手したのか、山根さんが教えてくれました。

    山根さん「農業ハウスは部品生産工場と同じで『閉じられた環境』です。世界中でモノづくりを行ってきたデンソーの技術を農業ハウスに応用することで、周年で安定した栽培環境の構築や計画的な収穫の実現を目指してきました。

    北海道のような寒冷地での施設園芸は伊達市としてもチャレンジ。デンソーの農業ハウスなら何ができるのかをしっかり説明した上で、場所をどうするか、エネルギー源をどうするかなど、一つずつ議論を重ねながら進めました」

    栽培する作物は、市場の需要が高く、比較的高値で流通するミニトマトを中心としたスナック野菜(スナックサイズのトマト、きゅうり、パプリカ)を採択したそう。「北海道のような寒冷地において、冬には栽培が難しい果菜類の周年栽培を実現することで、安定経営や冬季の雇用創出にも貢献できれば」と山根さんは語ります。

    旧稀府(まれっぷ)小学校跡地に建設された農業ハウス

    モビリティ技術を生かしたスマート農業の実践

    現在、農業ハウスの運用をメインで担うのは、2021年にデンソーに入社した田村さん。日々、ハウス内の機器の運用や栽培の効率化に取り組んでいます。

    取材当日は田村さんにハウスの様子を案内してもらいました。

    取材を行った8月上旬は、ちょうど果菜類の収穫が始まる時期。ハウス内には真っ赤なトマトと、黄色など色とりどりのスナック野菜が、たくさん実り始めていました。

    小さくてかわいい「スナックきゅうり」が実っていました

    ハウス内の温度や湿度の調節に欠かせないのが、デンソーの環境制御機器の「プロファーム®」です。ハウスには3台が設置され、制御を行っていました。

    デンソーが独自に開発した環境制御機器と強制換気システムによって、ハウス内の温度・湿度ムラの発生を抑制し、作物が育ちやすい環境条件に自動で調整しています。また、ハウス外からの侵入部を最低限にし、換気で室内制御を行うことで、害虫の侵入が少なくなるため、農薬の散布量も削減可能です。このように、デンソーの技術によって従来難しい・厳しいとされていた農業のやり方・働き方を改善できるそうです。

    しかし、寒冷地での施設園芸では、「冬季の暖房コストが高く大きな課題になっている」と田村さんは言います。その課題解決のため、「生産統合管理システム」が導入されていました。このシステムは、ハウス内環境を監視し使用エネルギーの見える化を通じて、コスト削減を図っています。

    さらに、伊達市が推進する地域のエネルギー資源である木質バイオマスを活用した暖房機器も設置されていました。地域資源を活用することで、カーボンニュートラル化への取り組みも後押ししています。将来的にはカーボンマイナス化を目指しているそうです。

    実は「生産統合管理システム」が見える化するのはエネルギーの使用状況だけではありません。このシステムは、栽培状況を数値や画像データとして共有できる機能を持っているそうです。具体的には、圃場(ほじょう:作物の栽培現場)の様子をデータで可視化することで作物の異常を初期段階で素早く検知し、データにもとづく定量的な指導を可能にしています。これを活用することで、担い手不足の課題解決にも取り組んでいます。「見て覚える世界から、データをもとにした指導や育成が可能になりますよ」と田村さんは言います。

    ハウス内で作業をしていても泥や土で汚れることはなく、スニーカーで作業をされている様子が印象的でした

    ハウス内を歩き回って話を聞いていると、農業のイメージが変わっていくのを感じました。

    細かな環境の管理や制御は技術の力を借り、データをもとに作物の状態や収穫の時期を見極めることで、必要な作業や思考に人間が集中できるようにする。“スマート”な新しい農業の未来が垣間見えた気がします。

    全体に土を入れているのではなく苗を置いているだけ。収穫後の処理もしやすいそう

    次代の農業の担い手を育て、地域の持続的発展に貢献

    現在、この農業ハウスでは地元農業法人の協力のもと、生産物の販売まで含めた営農実証を進めています。市は2年後を目途に「稀府(まれっぷ)農業研修センター」として研修生の受け入れを開始し、伊達市における次世代の農業の担い手を育成していく計画を立てているとのこと。そこでは進行中の営農実証から得られたデータをもとに、卒業した研修生たちが、独立後も持続的に成長できるような、魅力あるモデルケースを作ろうとしているのだそう。

    山根さんは「地域をよくしたい」という思いも共有してくれました。

    山根さん「現地で暮らすなかで、伊達の人々は本当にいい人たちばかりだなと感じています。同時に、このプロジェクトに対する地域の期待も感じており、農業の振興によって人々が幸せに暮らせる街づくりに少しでも貢献したいと思っています。『やっぱりデンソーが来て良かったね』と言ってもらえるように頑張りたいです」

    田村さんと小林さんも同様の思いを抱いています。今後は地域の方に取り組みを知ってもらうための試行錯誤を重ねたいと語ります。

    田村さん「この取り組みを地域の活性化につなげていくために、地元の人々との会話を通じて、営農実証をはじめとするデンソーと伊達市の目指すことや意図を積極的に伝え続け、伊達市の皆様の期待に応えていきたいと考えています」

    デンソーと伊達市との連携による実践は、今後どのように地域活性化や、地域経済の持続的な発展といった成果につながっていくのでしょうか。現地でお話を聞き、実際にハウスを見て、次の“収穫”の便りがますます楽しみになりました。

    「プロファーム」は株式会社デンソーの登録商標です。

    ビジョン・アイデア

    執筆者:Inquire / 撮影:BLUE COLOR DESIGN

    SHARE

    https://www.denso.com/jp/ja/driven-base/project/hokkaido-date-agriculture/

    ・気候変動による「不安定な農業生産」や「就農人口の減少」という課題を解くために、いまスマート農業へのシフトが求められている

    ・デンソーと北海道伊達市は、農業の担い手の育成と地域産業の振興を目指した協定を結び、ICTを活用した農業ハウスでの栽培の実証実験を進めてきた

    ・デンソーは「部品生産工場」と「農業ハウス」が閉じられた環境である共通点に着目。モノづくりの技術を農業ハウスに応用し、周年で安定した栽培環境の構築や計画的な収穫の実現を目指した営農実証を実施している

    登録はこちら

    「できてない」 を 「できる」に。
    知と人が集まる場所。