4. 南米通貨危機
(2) 南米通貨危機の発生
熱交換器への投資は慎重に行わねばならなかった。溶接用の炉などに多額の設備投資が必要とされる上に、不安定なブラジル経済においてはリスクが無視できないため、本社からの資金手当ても、将来DNBRが本社に返済する必要のあるダイレクトローンで対応した。にもかかわらず、アジア通貨危機などを契機にブラジルは外貨準備高の落ち込みに耐え切れず、1999年1月のある朝、対ドル為替レートは一気に半値へと暴落した。南米通貨危機である。
デンソー本社からのダイレクトローンをはじめ、買掛金の大部分を占めるノックダウン部品の輸入も全てドル建てであった。つまり債務残高は1日で2倍に膨れ上がったのである。事前に為替予約をしておくという方法もあったが、脆弱なレアルではリスクヘッジそのものがギャンブルと大差ないため行われていなかった。
1999年7月、資金繰りに苦しんだDNBRはデンソー本社に再建計画を提出した。早急に資金借り入れを依頼したが、それに見合う妙案があったわけではない。「再建計画の道筋が見えない」と却下され、至急再建計画を練り直し、コストダウン策や売価見直しを考え尽くし、2度目の上申で承認された。
対策の良し悪しを吟味するというよりも、会社を閉鎖するか否かの決断に等しい状況であった。TOYOTA「カローラ」の生産を開始したトヨタ自動車もレアル暴落で甚大な損害を被っている。デンソーだけがやすやすと撤退していいのか。グローバルに部品を供給できるサプライヤーであることは、デンソーの大きな強みではなかったか。
これは南米の一拠点の問題ではない。そう判断してDNBRの存続が決断されたとするならば、トヨタ自動車のカローラ生産がなければどうなっていただろうか。
いずれにしても、1999年11月に増資、2001年5月にはダイレクトローンを資本に振り替え、2001年12月には再度増資を行った。数百人規模での従業員のリストラを余儀なくされたが、着実に再建計画を実行に移してなんとか金融危機を乗り切った。