持続可能な、食の流通を目指して

食の未来を支えるデンソーの「スマート食流通プラットフォーム」

世界中の食材を気軽に手に入れられたり、好きなときに好きなものを食べたり、ライフスタイルに合わせて自炊や外食、デリバリーを使い分けたり……いま、私たちは個々人のニーズに合わせた食生活を送れる時代を生きています。

こうした私たちの豊かな食環境は、生産者や運送業者、卸売業者、小売業者といった人々の連携によって支えられています。特に生鮮品については、生産者は朝日が昇る前に収穫し、運送業者は昼夜を徹し卸売市場まで運び、卸売市場では真夜中に競りを行い、小売店の開店前に店頭に並べられるような流通の仕組みになっています。こうした食流通にも、資材費や物流費の高騰、人手不足の影響が出始めており、将来は、現在のように安心安全な食生活が送れなくなってしまうかもしれません。

食流通を効率化し、持続可能なサプライチェーンへ転換することで食の安定供給を図ると共に、その情報を透明化し、安心安全を担保するソリューションとしてデンソーが開発を進めるのが「スマート食流通プラットフォーム」です。

この記事の目次

    いま、安心安全で持続可能な「食流通」が求められている

    食の未来をより豊かなものにしたい──そう考えたときに重要になってくるのが、生産者から消費者までをつなぐ「食流通」の分野です。食流通における課題として、生産者や卸売業者、運送業者などの多様なステークホルダーによって管理が行われているため、流通に関わる情報の継続的な追跡が難しいことが挙げられます。
    例えば、産地が偽装されていたとしても、その偽装がプロセスのどこで発生したかを見極めることは困難であるため、消費者としても食品のパックにシールなどで貼られている情報を信じるしかありません。そのため、産地や添加物といった情報を正確に追跡し伝えることが、消費者の安心安全な食生活のためには欠かせません。

    また、物流業界はトラックドライバーの時間外労働の規制が強化されることにより、物流の停滞が懸念される「物流2024年問題」に直面しています。兼ねてより厳しいとされていた物流の労働環境を改善するための規制ですが、これにより人手不足の深刻化が懸念されます。特に、食流通は、他の業界よりもトラックドライバーの運転時間が長く、荷物の積み降ろしも人の手で行わなければならないことが多いという特徴がある上、紙や電話・FAXといったアナログな手段による情報の伝達が、連絡ミスや事務負担の増加を招き、より人手不足が深刻な状況となっていて、大きな社会課題となっています。

    これらの社会課題に対して、流通のムリ・ムダ・ムラを取り除き、そこに関わる人々の負荷低減や、少ない人数でも効率的に機能する仕組みへの改善が求められています。

    私たちの生活に欠かせない食流通ですが、その豊かさを未来につなげるためには、生産者から卸売業者、消費者まで、食流通に関わる全ての人々の安心安全が保証されることはもちろん、それが持続可能であることが重要です。

    点在するデータを一元管理し、サプライチェーン全体をつなぐ

    このような課題の解決に向けて、デンソーでは「スマート食流通プラットフォーム」を開発しています。食流通の川上(生産者)から川下(消費者)までの情報をつなぐことで、食のトレーサビリティを高め、消費者の安心安全の担保や、流通業者の業務効率化、物流の最適化の実現を目指しています。

    伝票に印字されたQRコードを、専用スマホアプリで読み取る

    スマート食流通プラットフォームの目的は、食流通のサプライチェーンにおいて事業者ごとに点在していたデータをクラウドで一元管理し、情報を皆で活用・共有すること。これまで、商品・物流・在庫・資材・産地・需給などに関する情報は各事業者が独自に管理するケースが大半で、サプライチェーン全体で共有し活用されることはありませんでした。そのため、事業者間で意思疎通が図れなかったり、全く同じ情報を何度も手書きで記入し直したりするなど、サプライチェーン全体として効率が悪いという課題がありました。

    このような現状に対し、デンソーでは、QRコードを介して流通情報をクラウドで一元管理し、事業者をまたいで活用できる仕組みを構築。各事業者は、必要な情報を必要なときにセキュアにアクセスできるようになります。

    例えば、生産地で商品に貼り付けたQRコードを卸売市場や小売店で活用することで、鮮度管理や在庫管理、決済などが手間無く行えるようになります。また、消費者へのトレーサビリティ情報の提供や、需要・供給のマッチングによるフードロス削減にもつなげることが可能です。

    専用システム・アプリの画面イメージ

    自動車領域で培った工業的ノウハウで「食の未来」を豊かにする

    このようなスマート食流通プラットフォームの開発に至るまでの経緯について、FVC事業推進部の奥村 友裕は「デンソーがこれまで自動車で培った技術をコアとして、多様な領域に貢献するべく活動してきたからこそ生まれた構想だった」と語ります。

    「デンソーの事業を通じて食に関わる現場の人々から話を伺ううちに、食の流通においては長時間労働やフードロス、産地偽造といったさまざまな課題があることがわかってきました。同時に、これまでデンソーが培ってきた自動車領域における技術や、工場の改善で培ったノウハウを活用することでこのような課題の解決につなげられるのではないかと感じるようになりました。そうした経緯から本システムの開発に乗り出しました」(奥村)

    これまでデンソーでは、自動車領域で培った「自動運転」「情報通信」「コールドチェーン」などの技術や、TPS(トヨタ生産方式)に基づく「カイゼン(製造現場での作業効率や安全性の確保手法)」「JIT(ジャストインタイム。必要なものを、必要な時に、必要な量を生産する手法)」といったムリ・ムダ・ムラを無くすノウハウを応用することで、食領域における社会貢献に取り組んできました。

    例えば、2015年には自動車の空調システムやエンジン制御技術を活用した、農業用ハウス内の環境制御装置「プロファームコントローラー」、オランダの施設園芸企業であるセルトン社と共に開発した「スマート大規模農場」、2018年からはラストワンマイルにおけるコールドチェーンを実現する小型モバイル冷凍機「D-mobico®(ディー・モビコ)」を販売しました。

    一連のサービスの開発を通じて食に関わる多様な事業者と協働することで見えてきたのが、「食流通の未来を支えるシステムをつくる必要性」だった、と奥村は述べます。

    開発のカギは、現場に入り込み、課題の本質を理解すること

    東京青果株式会社の津村様へのヒアリング風景(東京都中央卸売市場 大田市場)

    本システムにおいてQRコードを使用した経緯について、FVC事業推進部の足立 善之は「現場でのリサーチを重ねることでたどり着いたソリューションだ」と語ります。

    「私たちのチームは、現場ユーザーの声を聞き、現地現物で課題の本質を理解することを常に意識しています。現場にいる人々にとって、馴染みのある従来の業務フローを変えることには大きな労力がかかります。だからこそ、スマート化を成功させるためには、業務の中で本当に困っていることは何かを洗い出し、その課題の本質と対応策を見出し、このシステムならば大きく業界を変えることができるかもしれないと感じてもらうことが重要だったんです」(足立)

    現地現物で課題本質の理解を行うために、デンソーの開発チームは、東京ドーム8.5個分の規模を有する国内最大の青果卸売市場「大田市場」に入り込みました。卸売市場における課題・弱点を見極めるために大田市場で産地から集荷を行う国内最大の青果卸「東京青果株式会社」と協業し、市場内を細かく観察したり、現場のスタッフにヒアリングを行ったりしながら、市場内の『モノと情報の流れ図(VSM:Value Stream Mapping)』を半年間かけて作成し業務分析をしていきました。

    「いままで誰も実態がわからず、手を付けてこなかった領域であるため、『モノと情報の流れ図』の作成は非常に困難を極めました。しかし、何度も泥臭く現場に足を運び、卸売市場に一カ月間の泊まり込みも行いながら、現場の人々と時には深夜まで粘り強くコミュニケーションを重ねることによって、課題の本質を理解していくことができました。卸売市場をここまで細かく解剖し、可視化した事例は、世界を見てもほとんど無いのではないかと思っています」(足立)

    深夜の卸売市場(東京都中央卸売市場 大田市場)

    『モノと情報の流れ図』の作成や現場へのヒアリングを経て、スマート食流通プラットフォームの開発において、「QRコードの活用」が最適なソリューションだと気付くことができたとFVC事業推進部の深見 実希は続けます。

    「生産者や流通事業者のなかには、デジタルに馴染みのないという方も多くいます。そのような状況のなかでも、デジタルによる情報の一元管理を実現するためにはどのような仕組みが必要か? そう考えたときに、QRコードはワンタッチで必要な情報にアクセスできるため、現場の人々にも馴染みやすく、複雑なフローを必要としないソリューションでした」(深見)

    東京青果株式会社 津村様から、卸売市場での課題やニーズを丁寧に教えてもらっています

    食の安心安全、安定供給という価値を生む

    現場が感じている課題を現地現物で分析することで開発されたスマート食流通プラットフォームですが、その実装により、どのようなインパクトが生まれていくのでしょうか。スマート食流通プラットフォームの構築に取り組んでいるFVC事業推進部の野末 愛子は「食流通に関わる多くの事業者にポジティブな変化を起こすことができると考えている」と述べます。

    現場実証を行いながら、改善を繰り返し、精度を上げていきます

    具体的には、スマート食流通プラットフォームは次の3つの価値──「流通の効率化」「食の安心安全管理」「需給調整によるフードロスの削減」を生み出せると考えています。

    1.流通の効率化

    1つ目は「流通の効率化」です。市場では、産地からのトラックが特定の時間に集中し、荷卸し待ちによる渋滞などが大きな問題となっています。また人手不足から、荷物が捌ききれずにスーパーマーケットなどの小売業者に納品できないということが徐々に増えつつあります。これらの問題に対して、「産地から市場をデータでつなげてシステムで支援することでトラック渋滞の時間が削減でき、市場や倉庫での検品・在庫管理業務を効率化することで人手不足が解消できます。それが食の安定供給につながっていくはずですと野末は述べます。

    「流通の現場を考えたとき、天候等の影響により突発業務が発生することが常であったり、予定通りにトラックが到着せず荷卸しまでに多くの待ち時間が発生したり、複雑な業務フローであることからデジタル化が難しく紙を中心した業務が中心であったりと、現場の人々の負担が高い状況にあります。これに対し、TPS(トヨタ生産方式)の考えに基づいて各工程の作業のカイゼンを行い、天候や渋滞情報、正確な到着時間を予測できるようになれば、より計画的に作業ができるようになり、現場の人々の大きな負担軽減につながるのではないかと考えています」(野末)

    2. 食の安心安全管理

    2つ目のポイントは「食の安心安全管理」だと野末は続けます。

    「QRコードとデータによる流通管理はサプライチェーンに関わる事業者だけでなく、消費者の安心安全な食生活の実現にも貢献すると考えています。消費者がQRコードを読み取るだけで産地や添加物、アレルギー情報や鮮度情報を確認できるようにすることで、食に関する安全・品質性の向上を目指しています」(野末)

    3. 需給調整によるフードロスの削減

    3つ目のポイントは「需給調整によるフードロスの削減」です。データ分析に基づく需要予測により、食品の輸送ロットを小さくして多回納品に変えることでフードロスを削減できるはずだ、と野末は述べます。

    「既存の食流通プロセスにおいては、紙ベースでの情報伝達や情報の属人化により食品需要の予測が困難で、小売店では多くの売れ残りが発生したり、卸売市場や農家では食品を廃棄しなければならないケースが発生したりしています。しかし、本システムを通じて需要量を分析し、それを各事業者にリアルタイムで伝達していくことで、廃棄を最小化するための在庫管理の支援が可能になるはずです」(野末)

    食流通に関わる全ての人々の生活を、より豊かなものに

    現在はスマート食流通プラットフォームの実証実験を進めており、2024年度からは国内大手卸売市場や主要産地の集出荷団体であるJA等にシステム導入を始める予定です。また、今後の展開としては、システムで取得した情報を活用し、物流全体の最適化や、自動運転や自律走行技術と組み合わせたハードウェアとの連携にも乗り出していくことを想定しています。

    「そうした展開の際に重要だと考えているのは、食流通の現場に関わる人々へのリスペクトを決して忘れず、彼らの期待を上回る価値を提供し続け、業界全体をより持続可能なものに転換していくことだ」と奥村は述べます。

    「食流通の現場には、自分達の仕事に誇りをもち、食の未来を支えようとする人々が多くいることを知りました。だからこそ、そうした人々を支える仕組みをいち早く設計できればと思っています。さらには業界の未来のために若年層から高齢者まで、誰もが流通の現場に関わりたいと思えるような環境をつくっていければとも考えています。そのためにもスマート化を通じた食流通の変革が必要です」(奥村)

    さらに野末は、スマート食流通プラットフォームが実装された未来への期待を次のようにも語ります。

    「生産者の方がつくった作物が、廃棄されることなく高品質なまま消費者に届けられる。物流に関わるムリ・ムダ・ムラを最小限にし、業界をより持続可能なものにする。スマート食流通プラットフォームの実装を通じて、食流通に関わる全ての人々の生活をより豊かなものにしていきたい、そう考えています。そのために、引き続き現地現物を大切にし、現場の人々と連携しながらシステムの最適なかたちを模索し、その実装に挑戦していきたいです」(野末)

    企業の壁を越えて、「One Team」でシステムの導入を実現していきます

    ビジョン・アイデア

    執筆者:Inquire

    SHARE

    https://www.denso.com/jp/ja/driven-base/project/food-distribution/

    ・食の流通は生産から小売店まで多様な事業者の連携によって支えられているが、産地の偽装や物流ドライバーや現場作業者の重労働など、さまざまな課題を抱えている

    ・デンソーはこれまで自動車領域で培った技術やノウハウ、QRコードなどを活用し、新しい「スマート食流通プラットフォーム」を開発。サプライチェーンの効率化やプロセスの透明化を目指している

    ・食流通の未来をつくるために、若年層から高齢者まで誰もが流通の現場に関わりたいと思えるような環境をつくり、プラットフォームの実装を通じて食流通に関わる全ての人々の生活をより豊かなものにすることを目指す

    登録はこちら

    「できてない」 を 「できる」に。
    知と人が集まる場所。