多様な生活シーンを支える、コールドチェーンの革新

食品や医薬品の輸送・保管が、もっと「安心」に、「スマート」に

スーパーで新鮮な野菜や果物を買ったり、病院で高品質な医薬品を用いた医療を受けられたり、私たちの安心安全な暮らしは“目に見えない”さまざまな仕組みに支えられています。その一例が、欲しいものを最適なタイミングで届けてくれる高度な物流網や、輸送の際の温度管理のためのソリューションです。

こうした仕組みが欠けてしまえば、生鮮食品は輸送の過程で品質や鮮度が落ちたり、温度管理が必要となる医薬品においては商品の信頼性が保てなかったりするなど、さまざまな問題が生じてしまいます。

だからこそ求められるのが、生産地から消費地までを適切な環境(温度)でつなぐ技術。温度管理が求められる商品を、生産地から消費地まで一貫して低温に保つ物流システムは「コールドチェーン」と呼ばれており、その実装により物流業界は大きく発展してきました。

この記事の目次

    積み重なる物流の課題。安心安全なチェーンへの高まる期待

    近年、半導体や精密機械の輸送にも温度管理が必要になっており、コールドチェーンは生活基盤のさらなる発展に不可欠な物流の仕組みになっているといえます。世界のコールドチェーン市場を見ても、2021年の2,423億9,000万ドルから2028年までに6,474億7,000万ドルに成長すると予測されています。

    しかし、コールドチェーンの現場に目を向けてみると、商品に合わせた適切な温度管理を実現するための設備投資や業務フローの導入に大きなコストが発生していたり、輸送や温度管理の過程で多くのエネルギーが発生し環境負荷が高くなったり、そもそも温度管理の機能をもつトラックの台数や輸送に関する人手が足りていなかったりと、さまざまな課題が発生しています。

    このような課題を解決すれば、アクセシビリティはさらに高まります。食の分野では、国内外の食品をより高品質な状態で手に入れたり、物流における食品廃棄リスクを大幅に軽減しフードロスの問題に貢献したりできます。

    こうした課題意識から、デンソーはモビリティ開発で培った技術を活かし、ハードウェアとソフトウェアを組み合わせたコールドチェーンソリューションを開発。冷凍輸送のハードルを下げ、輸送時の環境負荷を低減できる未来に向けて挑戦を続けてきました。

    解決のカギを握るのは、「小型モバイル冷凍機」

    なぜ、デンソーがコールドチェーンの開発に取り組むようになったのでしょうか。その経緯を、コールドチェーンビジネスの立ち上げに関わっていた商用サーマル事業部の山崎は、次のように語ります。

    「もともとデンソーでは、カーエアコンの技術をベースに約50年前から車載用冷凍機の製造・販売を実施していましたが、これらの技術を車載以外にも応用すべく、『生産地から消費地までをコールドチェーンでつなぐ』というビジョンを2011年に打ち出し、新たな価値創造に向け活動を開始しました。

    具体的には生産地、消費地共に抱える食品廃棄の課題に注目した鮮度維持技術開発、Eコマースの急成長に伴うラストマイル(※)への対応などです。顧客の困りごとの解決に向け、寄り添い、実証試験を重ねながら、現在も挑戦を続けています」(山崎)

    ※ラストマイル:最終拠点からお客様に物・サービスが到達するまでの物流の最後の接点

    ラストマイル対応へのソリューションとして、デンソーが2018年より開発を始めたのが、小型モバイル冷凍機「D-mobico®(ディー・モビコ)」です。

    D-mobico®の最大の特徴は、あらゆる車両に後乗せできること。 専用車両がなくても、さまざまな配送ニーズに対応することができます。D-mobico®は小型・軽量で持ち運び可能な冷凍機で、断熱箱と組み合わせて使用します。組み合わせる断熱箱の形状や寸法は、使用用途や荷量に応じて自由に選べるため、どのような商品の配送であっても柔軟に対応できます。

    「農家の人々が、採れたての野菜や果物を冷蔵保管する」「スーパーで買った生鮮食品を、普通車やバス・タクシーで定温配送する」「キッチンカーや野外イベントの屋台で、食品を安全に保存する」など、実際に私たちの生活に関わる多様なシーンでの活用を想定しています。

    また、D-mobico®はデンソーが2035年に達成を目指す「カーボンニュートラルな未来」にも貢献するプロダクトとして設計されています。モバイルバッテリーで駆動するため輸送車のエンジンに負荷をかけず、さらに冷却にドライアイスを使用しないため、CO₂の排出を抑制できます。

    ハード×ソフトで導く、“個別最適”物流の時代

    デンソーではコールドチェーンのさらなる発展に貢献するべく、ソフトウェアソリューションの提供にも取り組んでいます。

    そのひとつである冷凍機見守りサービス「D-FAMS®(ディー・ファムス)」は、冷凍機の稼働状況を読み取り、遠隔から見守り・管理ができるサービスです。従来、車やトラックに乗せた冷凍機が正しく動作しているかどうかは、ドライバーが常に気にしておく必要がありましたが、このサービスを活用すれば遠隔での監視が可能となり、ドライバーは運転だけに集中することが可能となります。

    さらには、デンソーが生みの親である“QRコード”とブロックチェーン技術の掛け合わせによる、「トレーサビリティ」サービスの導入も進めています。これにより、冷凍機で運送されている商品・製品が「いつ、どこで、だれによって作られ、どのように運ばれたのか」が見えるようになり、コールドチェーン輸送に対する信頼度や安心度を高めることができます。

    「理想とする未来の実現に向けて、ハードウェアとソフトウェアの両面から提供すべきサービスを検討・拡張していけるのが、デンソーの強みのひとつ。顧客や生活者に寄り添いながら、強みを生かした新たな価値を社会に実装していきたいですね」(山崎)

    また、現在コールドチェーン領域の事業展開を担当するFVC事業推進部の西田は、これから実現していきたい未来について、次のように語ります。

    「時代の変化に伴って、同一の商品を大量に輸送するスタイルではなく、Eコマースの活用といった個別最適の物流スタイルが浸透しつつあります。人々は自分の欲しいものを自分の好きな時間帯に手に入れることを求めており、即時配達などのサービス需要が拡大しているのです。

    このような変化を踏まえてデンソーでは、人々のライフスタイルにマッチしたコールドチェーンの新たな選択肢を整備し、チェーンに関わる人々や地球環境に負荷の少ない“持続的な輸送”を実現していこうとしています」(西田)

    世界各国の「コールドチェーン」を支えていきたい

    またコールドチェーンによる課題解決の対象は、日本国内だけにとどまりません。現在デンソーでは、ASEAN(東南アジア諸国連合)や中国など世界各地の成長市場に目を向けた事業展開を進めています。

    ASEANでは経済の発展や新型コロナウイルスの流行を背景に、オンラインフードデリバリーやEコマースの需要が急速に拡大しています。しかし、ASEANでは慢性的な交通渋滞の課題があり、輸送サービスに対して人々の不満が募っているのが現状です。「予定通りの時刻に商品が届かない」「輸送の時間が長いことから消費の品質が落ちてしまっている」という声もユーザーからはよく聞かれます。また、温室効果ガスやPM2.5の影響で、一部の都市では大型トラックの通行規制が施行されるなど、いまだ安定したサプライチェーンが築けていない状態です。

    そんなASEAN地域でのコールドチェーンの導入状況について、現在デンソー・インターナショナル・アジア(所在地:タイ)に出向し、現地で展開活動を進めている田口は、次のように語ります。

    「デンソーでは、こうした地域特有の課題にも目を向けて、コールドチェーンソリューションを展開中です。大型車の規制に該当しない、小型車へのD-mobico®の導入を進めています。実際に、タイのネットスーパーや高級志向のフードデリバリーサービスにて実証実験を重ねており、サービスに関するクレームの件数が激減したという成果も出ています。ゆくゆくは、ASEAN全域、および世界各地にも導入・展開していきたいです」(田口)

    世界各国への普及を見据えたコールドチェーンソリューションの今後の展望について、プロジェクトリーダーを務めるFVC推進事業部の安藤は語ります。

    「D-mobico®による『定温物流の個別最適化技術』とD-FAMS®やQRコードなどのデジタルと連携してデンソーの基礎にある『モビリティ開発に関するノウハウ』をさらに磨いていくことで、電動車(EV)が普及した社会や無人配送の時代も見越した世界のコールドチェーンを支えるソリューションを開発していければと考えています。

    社会の変化やそれに伴う人々のニーズの変化を柔軟に捉え、安心安全な輸送を “あらゆる場面 ”で整備することがデンソーのミッションのひとつです。誰もが新鮮な食品や高度な医療に簡単にアクセスできる未来を実現し、コールドチェーンをめぐる課題の解決に貢献していきます」(安藤)

    世界各国でコールドチェーンによる課題解決を推進するには、デンソーのみでできることは限られています。物流・流通領域にとどまらない多様なステークホルダーと連携をしながら、人々の暮らしを支える新しい物流システムの構築に、これからも挑戦していきます。

    ※記載内容は2023年9月時点のものです。

    ※「D-mobico」「D-FAMS」は株式会社デンソーの登録商標です。

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    執筆者:Inquire

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