第5章 新生の時代

2. 事業の再構築

2017-2024

(1)ソフト開発力の強化

2019年
CASEの時代、自動車の競争力においてソフトウェアの重要性が格段に高まった。当社は開発手法や人材育成などで新たな動きを開始し、「ソフトウェア改革」を重要な経営課題に据えた。

2010年代以降、自動車産業では車載ソフトウェアの重要性が急速に高まっていた。コネクティッド、自動運転、シェアリング、電動化という大きな変化(CASE)が生じていたが、多くは最先端のソフトウェアによってもたらされた。

長年にわたり、当社は自動車業界で品質と信頼性の高い製品開発に取り組んできた。新たな経営環境を迎え、当社はモビリティ社会へ、さらに視野を広げた。

その考え方の基本は、グローバル展開する自動車業界における、ネットワークの強みを活かすということであった。その中で、当社は「つなぐ」という役割を意識しながら、環境にやさしく安心して暮らせるモビリティ社会づくりに貢献していくというあり方である。

深掘り「つなぐ」という役割
当社が意識する「つなぐ」という役割には、大きく分けて三つある。一つ目は、技術領域の異なる構造体であるクルマの中をつなぐこと。二つ目は、クルマとクルマ、クルマと社会をつなぐこと。すなわち、クルマとITやクラウドをソフトウェアでつなぐことである。そして三つ目は、モビリティ社会全体をつなぐこと。これはカーメーカーとカーメーカーをつなぐことともいえる。新しいモビリティ社会は、デジタルツインのプラットフォームに、多くのカーメーカーのクルマがつながる世界である。デンソーはここで架け橋となって、多くのクルマとデジタルツインのプラットフォームを技術でつないでいく。

そこでは価値を生み出す源泉として、ソフトウェアの重要度が格段に増していくと考えられた。

当社は、ソフトウェアの開発力を高めるためには、「先進的な開発手法」の導入が欠かせないと考えた。そこで着目したのが「アジャイル開発」と呼ばれる手法であった。

当社は、コネクティッドや自動運転など、大規模システムを必要とする分野において、全社共通の情報通信技術の基盤を構築する中で、重点的にこのアジャイル開発を活用していくこととした。

深掘りアジャイル開発
アジャイル開発とは、開発途中での仕様や設計の変更が当然あるという前提に立ち、初めから厳密な仕様は決めず、おおよその仕様だけで細かい反復開発を開始し、小単位での実装・テスト実行を繰り返し、徐々に開発を進めていく手法である。
エンドユーザーのニーズの変化が早く多様であると、仕様が決まるのを待って動き始めるのではなく、カーメーカーと一緒になって、エンドユーザーのフィードバックを受けつつ機能を拡張していくアジャイル開発が適していた。

ソフトウェア開発の生産性は、個人の能力によるところが大きい。このため、優秀なソフトウェア人材の採用拡大と能力開発は極めて重要であった。

熾烈な採用競争の中から優秀なソフトウェア人材を獲得するためには、「拠点戦略」、すなわち優秀な人材が多く集まる地域への立地は欠かせなかった。愛知県に事業の本拠を置く当社は、ここに弱みがあった。

東京支社開所式(2016年1月)
東京支社開所式(2016年1月)

さっそく2016年に新たに東京支社を開設したのに続き、2018年には品川にR&D拠点「Global R&D Tokyo」を新設した。こうして東京周辺での拠点の拡充、さらにはソフトウェア人材が働く環境の整備までを迅速に進めた。

能力開発については、「ソフトウェア技術者資格制度」を導入した。

ソフトウェア技術者の知識・スキル・業務経験を「見える化」し、その個々のレベルに応じて必要な教育を的確に施そうという制度であった。

これにより、全社的なソフトウェア技術者の効率的な能力伸展と、それを踏まえた人材の最適配置を図ることが可能となった。

深掘りソフトウェア人材の育成
従来、自動車のソフトウェア開発は、エンジン、コックピットなどの事業領域ごとに、カーメーカーと共同で取り組んできた。一方、モビリティのソフトウェア開発は大規模化・複雑化し、難しさが増した。そうなると、これまでのスキルやノウハウを生かしながら、ソフトウェア技術者の高度化を図る必要があった。
当社における技術者のキャリア開発支援の取り組みが「キャリア・イノベーション・プログラム(CIP)」であった。技術者自身の能力を把握する「ソムリエ認定制度」、必要な知識を獲得する「リカレントプログラム」、最適な活躍機会を提供する「アサインプロセス」、上位認定者が寄り添って現場で指導することにより実践スキルを獲得する「バディ制度」の四つで構成した。