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セーフティセンサ&コンポーネント技術1部 担当係長辻 夏央Natsuo Tsuji
2013年にデンソーへ入社。単眼カメラによる歩行者・車両検出のソフトウェア開発に従事。1年間の育児休暇を経て、2020年より単眼カメラによる標識認識のソフトウェア開発を担当。認識性能だけでなくソフトウェア品質の作り込みも行っている。その一方で、学生フォーミュラ日本大会のルール委員長を務めている。
大学生や専門学生がフォーミュラカーを1年かけて造り上げる「学生フォーミュラ」。この挑戦は、多くの技術者にとって原点となっています。
「学生フォーミュラのルールを全部読んでから新歓に来た1年生がいる」——経済学部の辻 夏央は、サークルの先輩たちの間でそう噂されていました。
文系から学生フォーミュラの世界に飛び込み、少人数チームのリーダーとしてフォーミュラカーを作り上げた経験。それは今、デンソーでの量産開発と、学生フォーミュラ大会のルール委員長という二つの顔につながっています。支援を受けた学生は、どんなキャリアを歩んでいるのか。学生フォーミュラ特集第1弾に続き、「その後」を追いました。
この記事の目次
この機会を逃したら、もう二度とクルマと関われない
物心ついた頃からクルマが好きだったという辻。大学入学後に見つけたのが「自動車工学研究会」というサークルでした。経済学部というバックグラウンドを持つ辻にとって、それは大きな転機となる場所だったのです。
辻:「もともと理系科目も苦手ではなかったのですが、最終的に文系に進んだため、『この機会を逃したら、もう二度とクルマと関わることはないかもしれない』と思いました。『誰でも大歓迎』という言葉に惹かれ、挑戦を決めました。入部前に学生フォーミュラのルールをひととおり読み込み、新歓イベントに参加したところ、先輩たちにドン引きされました」
その熱量は、今も変わっていません。
入部当初は先輩たちのサポートから始め、3年生の時には、チームリーダーを務めることに。メンバーが少人数だったため、多岐にわたる作業を担当しました。
辻:「前年度のエンジンが故障して使えなくなり、急きょ別のエンジンに変更したことは大きな決断でした。設計から部品調達、スポンサー交渉まで、あらゆる課題に全力で向き合いました。ここで得たのは、クルマづくりの知識だけではありません。不確実な状況でも、目標に向かって仲間と協力しながらプロジェクトを進めていく経験。仕事にも通じるこの学びを、学生のうちにできたことは人生の糧になりました。
中学・高校と帰宅部で、集団で何かに本気で取り組んだ経験がほとんどなかった私にとって、学生フォーミュラは初めて“協働”の意味を知った場所でした。チームメンバーはもちろん、他大学の仲間たちとも交流が生まれ、長く続く友人関係を築けたことも財産になっています。体力も気力も最大限注ぎ込んで、自分の限界を知ることができた。それがその後の社会人生活の土台になりました」
この時期、デンソーとの最初の接点もありました。
辻:「当時の『コスト審査』という競技ではマシンの製造工程を調べて発表する必要があったため、デンソーに勤めているサークルのOBからイグニッションコイルについて詳しく話を聞かせてもらい、学生だけでは届かない“現場の解像度”を体感できました。さらに、スポンサーとしてスパークプラグを提供していただくなど、物心両面で支えてもらいました」
卒業後、辻はIT業界に進みました。距離画像カメラを用いたジェスチャー認識システムの開発など、プログラミングを仕事にする日々。悪くない環境でした。
ただ、2年ほど経った頃、気づいてしまったと言います。
辻:「やっぱりクルマが好きなんですよね。その気持ちがどんどん強くなって、クルマの世界に戻る道を探し始めました。そんなとき、画像処理の経験が活きるポジションがあるとサークルのOBから聞き、デンソーへの転職を決めました。入社後は画像処理技術に一貫して携わり、標識認識などのソフトウェア開発を担当しています」
自分のコードが「製品」になり、画像処理×C言語でクルマの安全性に貢献するというやりがい
現在、辻は標識認識ソフトウェアの開発チームを率いています。入社当初は立ち上がったばかりの部署で、何もかもが手探りでした。
辻:「C言語でハードウェアを直接叩いて、処理速度の限界を追求する。学生フォーミュラで夜中までプログラムをいじっていた頃と、やっていることの本質は同じなんですよね」
ただ、決定的に違うことがあります。
辻:「自分の書いたコードが製品になって、街を走るクルマに載る。それが誰かの命を守っている。この手応えは、量産開発でしか味わえないものだと思います」
研究開発の仕事では、成果が世に出ないことも少なくありません。一方、量産開発は自分の仕事が社会に届くまでの距離が短い。辻が感じるやりがいはそこにあります。
また、周囲の仲間や会社の風土にも支えられていると話します。
辻:「今の部署は忙しい時期もありますが、メンバーが本当に良い人ばかり。彼らと一緒にプロジェクトを進めるのは、大変ながらも楽しい時間です。
デンソーに入社してから学生フォーミュラの運営スタッフを始めたことも、大きなモチベーションになっています。『好き』や『挑戦したい』という想いを会社が後押ししてくれるカルチャーがあるからこそ、日々の仕事に全力で打ち込めています」
「このままでは、大会が続かなくなる」
学生フォーミュラに選手として参加していた頃から、「この大会をさらに素晴らしいものにしたい」という想いを抱いていた辻。社会人になってからも、いつか運営に携わりたいと思っていたと振り返ります。
辻:「デンソー入社後、最初は個人のボランティアとして大会に関わっていました。その後、デンソーの社員であれば業務の一環として大会運営に携われると教えてもらったのです。デンソーは学生フォーミュラの大会スポンサーとして長年関わっており、社員の参画も推奨していました。
辻:そこからは、かつて自分が支援を受けたように、デンソーの一員として各チームの相談を受けながら、学生をサポートするようになりました」
より良い大会運営のヒントを求めて、辻は自費でドイツ大会の視察に行きました。その行動力が大会実行委員長の耳に入り、声がかかります。
辻:「ルール委員長をやってくれないか」
気づけば、大役を任されていました。
ルール委員長となった辻が向き合っている最大の課題は「世代交代」と「大会運営の仕組み化」です。運営のノウハウが属人化すると、次世代への継承が難しくなる。一方で、本業で活躍する優秀な卒業生ほど多忙で、運営に携わりにくいというジレンマも抱えています。
だからこそ辻は、経験者が無理なく質の高い運営に関われる体制を作ることが必要だと考えています。学生フォーミュラは「人材育成」の場。その運営自体が持続可能でなければ、未来の学生にとっての「次の挑戦の場」を失うことになってしまう。よりシステマチックな組織に改革し、次の世代へバトンを渡すことが今の使命だと話します。
本業があるから、ライフワークがある
ライフワークといえる学生フォーミュラの支援活動を、辻はどのように本業と両立させているのでしょうか。
辻:「自身が大切にしている活動を応援してくれる会社には、本当に感謝しかありません。それに加えて、給与や福利厚生などの制度面がしっかりしていることも、安心して挑戦を続けるための基盤になっています。
育休を1年間取得した際もスムーズでしたし、現在は上司と相談した上で東京に拠点を移し、リモートワーク中心で働いています。こうした柔軟な働き方ができる点もありがたいですね」
辻には、一つだけ決めていることがあります。
辻:「学生フォーミュラを理由に、本業をおろそかにしない」
大会期間中も、メールチェックやメンバーへの指示は欠かしません。業務に穴をあけないことが、この活動を続けるための最低条件だと考えています。
さらに、今後の展望について、以下のように話します。
辻:「学生フォーミュラの運営改革をやり遂げるには、あと10年は頑張らなければいけない。本業と高いレベルで両立させるために、仕事では効率的に成果を出すことを常に意識しています。本業での成長がライフワークを支え、ライフワークでの情熱が本業の活力になる。この好循環こそが、未来への挑戦を続ける力になると信じています」
最後に、学生フォーミュラに打ち込む、学生たちへのメッセージを聞きました。
辻:「学生フォーミュラで得られるのは、自動車工学の知識だけではありません。私が最も価値を感じているのは『答えのない課題に対して、1年を通して仲間と大規模なプロジェクトをやり遂げる』という経験そのものです。
予算や人員が限られる中でさまざまな困難を乗り越え、ひとつの目標に向かっていく。この経験はどんな業界、どんな仕事に進んでも、必ず役に立つはずです。やるからには本気でぶつかってほしい。その過程で得られる学びと成長が、大きな財産になります。
量産開発という現場でその経験を活かしながら、学生フォーミュラへの情熱も持ち続けられる道がある。自分の作ったものが社会に届く瞬間に立ち会える──そんな環境が『次の挑戦の舞台』になれば嬉しいですね」
学生時代、ルールを全部読んでから新歓に現れた1年生は、今、そのルールを作る側になりました。次の世代へバトンを渡すために、辻の挑戦は続きます。
※ 記載内容は2025年9月時点のものです
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