【水素研究の第一人者】ゼロから学ぶ、水素エネルギー入門

いま知っておきたい水素の話

近年、次世代エネルギーとして、大きな注目を集める「水素」──。

燃やしてもCO₂を発生しないことで知られる水素は、水はもちろん、ガスや石炭など多様な資源から製造することができる。

またロケット燃料に使われるほど大きなエネルギーを持つことからも、「未来のクリーンエネルギー」として期待を集めている。

そのポテンシャルの高さから、現在水素の実証実験が加速する一方で、実用化には技術力やコスト面などさまざまな課題も指摘される。

そもそもなぜいま水素エネルギーに、これほどまでに大きな期待が寄せられるのか。水素社会実現の壁や実用化のカギはどこにあるのか。

水素研究の第一人者である九州大学水素エネルギー国際研究センター長の佐々木一成教授と、水素の実証実験を進めるデンソーの経営役員 海老原次郎氏が、水素の基礎の基礎から水素社会実現のカギまで余すことなく語り合った。

九州大学 水素エネルギー国際研究センター内にて

この記事の目次

    水素がわかる「3つのポイント」

    ──そもそも水素とは、どのような性質を持つエネルギーでしょうか。

    佐々木 水素は、宇宙で最も多く存在する元素です。地球上では他の元素と結合し、水や化石燃料などの化合物の状態で存在しています。

    九州大学 副学長・主幹教授、水素エネルギー国際研究センター長。1965年生まれ。93年スイス連邦工科大学にて博士号取得。95年ドイツ・マックスプランク固体研究所客員研究員を経て、99年九州大学大学院助教授。05年九大大学院工学研究院教授。現在、次世代燃料電池産学連携研究センター長も兼ねる。主に、固体酸化物形および固体高分子形燃料電池の材料・プロセス研究に従事し、九大「水素プロジェクト」を先導している。

    最も注目すべき特性としては、「燃やしてもCO₂を出さないこと」があげられるでしょう。

    燃焼とは、酸素(O₂)と化学反応することですが、水素(H₂)はその分子に炭素(C)を含まないため、CO₂が出ることはない。燃やしても、出るのは水(H₂O)だけです。

    また水素は燃やすと、酸素と激しく反応し、宇宙ロケットの燃料に使われるほどの大きなエネルギーを生み出すことも特徴の一つです。

    さらにより専門的にいうと、水素は「二次エネルギー」に位置付けられます。これは見落とされがちですが、水素を理解するうえで重要なポイントです。

    そもそも一次エネルギーとは、石油や天然ガス、石炭などの化石燃料、太陽光や風力など、自然界から得られるエネルギーを意味します。

    そしてこの一次エネルギーを加工して、電気や熱のように人間社会で使いやすいように変換したのが二次エネルギーです。要するに、二次エネルギーの水素は製造が可能なエネルギーになります。

    また水素は 「貯める」こともできます。

    二次エネルギーのなかでも、私たちの生活で現在よく使われるのは電気と熱です。ただこの2つのエネルギーは、貯めることが難しい。

    電池に蓄えられる電気の容量はわずかですし、熱いお風呂のお湯も翌朝には冷たくなってしまう。電気も熱も常につくり続ける必要があります。

    一方で、水素は一度製造すれば、それを貯蔵し、必要な時に必要な量だけ使うことができる。災害などで停電が起きた場合もエネルギーとして利用できます。

    海外で安価な原料から低コストで水素をつくり、船で日本へ「はこぶ」こともできる。資源に乏しい日本はこれまでエネルギーの調達に苦労してきましたが、エネルギーの安定供給や安全保障の観点からも期待されます。

    そして最大のメリットは、やはりどれだけ使用してもCO₂を排出しないこと。このように「つくる」「ためる・はこぶ」「つかう」の3つの視点を意識すると、水素エネルギーが注目される理由が少しずつ見えてきます。

    ──一方で、水素の実用化にはその製造工程やコスト面などさまざまな課題もたびたび指摘されています。

    佐々木 おっしゃる通り、たとえば水素は天然ガスや石炭など化石燃料を原料とする場合、製造工程でどうしてもCO₂が発生してしまいます。

    そのため水素は、「何からつくられているのか?」も重要な視点の一つです。

    そもそも水素は製造方法によって「グレー水素」「ブルー水素」「グリーン水素」の3種類にわけられます。

    グレー水素は、化石燃料から水素を取り出した後、製造時に排出したCO₂をそのまま大気中に捨ててつくられる水素です。グレー水素も使う時はCO₂を排出しませんが、その過程で地球環境に負荷をかけてしまいます。

    ブルー水素は、製造工程で排出されたCO₂を回収して固定化し、地中に埋めたり、原料や燃料として再利用したりして、大気中へのCO₂排出量を削減する手法でつくられた水素です。

    そしてグリーン水素は、太陽光や風力などの再生可能エネルギーからつくられた電気で、水を電気分解してつくられる水素です。製造工程においてもCO₂は排出されません。

    現在は、この再生可能エネルギーから生成されるグリーン水素を効率よくつくり、適切に利用することが求められています。

    “炭素循環”から“水素循環”型の社会に変わるために、現在さまざまな企業が実証実験に取り組んでいるわけですが、その実用化にはコストやインフラの整備など多くのハードルをこえる必要があるのも現実です。

    実用化を阻む「経済合理性」の壁

    ──水素エネルギーの実証実験を進めるデンソーとしては、実際にどのようなハードルを感じていますか。

    海老原 佐々木先生のおっしゃる通り、水素エネルギーの実用化にはさまざまな壁があります。

    まず製造過程では、クリーンで効率が高い水素製造の技術開発が必要になります。そして製造した水素を貯蔵する施設や輸送手段も構築する必要がある。

    生産革新センター長/FA 事業推進部担当。1964年生まれ。1988年 名古屋大学大学院工学研究科 卒業後、 日本電装株式会社(現:株式会社 デンソー)に入社。 EHV機器製造部部長、生産技術部部長を歴任。2013年 常務役員、 2019年 執行職、 2020年 エレクトリフィケーションシステム事業 グループ長を経て、2021年 経営役員に就任。

    また水素を安くはこぶことができても、水素を燃料とするFCEV(燃料電池車)※1や水素を活用した発電、産業などが世の中に普及しないと水素をはこぶ事業は継続しません。

    ※1:FCEV(燃料電池車):燃料電池で水素と酸素の化学反応によって発電した電気エネルギーを使って、モーターを回して走る自動車

    このようにサプライチェーン全体の再構築が必要なわけですが、一企業としては“経済合理性の観点”からも克服すべき課題がたくさんあります。

    佐々木 やはりコスト面は大きな課題ですよね。これは水素に限った話ではなく、新しいモノが世の中に登場した当初はサプライチェーンもインフラも存在しないため、必ず高コストになります。

    その後ユーザーが増えるにつれてサプライチェーンやインフラが整備され、モノを安く大量に供給できるようになる。

    よって初期コストが高くても新しい取り組みを進めなければ未来はないのですが、現実には「鶏が先か、卵が先か」の議論がついて回ります。

    結論からいえば、初期コストは、国の政策や公的支援によって圧縮するのが現実的なですが、並行して多くの企業が実証実験を進めることも必要になるでしょう。

    「つくる」「ためる・はこぶ」「つかう」の技術開発

    ──具体的にはどのような実証実験を行っているのでしょうか。

    海老原 いま取り組んでいるのが、水素のサプライチェーン構築に向けた「つくる」「ためる・はこぶ」「つかう」の領域における技術開発です。

    「つくる」の領域では、水を電気分解して水素を製造する、次世代型の「水電解装置(SOEC)」を開発しています。これにより自社内に設置した太陽光・風力発電設備で自家発電した再生可能エネルギーを用いて、水素を製造することが可能になります。

    水を電気分解して水素をつくる水電解装置「SOEC」。効率よく水素をつくるため、次世代型の水電解装置を開発している

    「ためる・はこぶ」についても、輸送コストの低減を目指し、自社内で製造した水素を自家消費する「水素の地産地消」への取り組みに注力しています。現在、デンソー福島ではトヨタ自動車をはじめ複数のパートナー企業と実証実験を進めているところです。

    「つかう」領域においては、世界初のFCEV(燃料電池車) であり、水素をエネルギーとする自動車TOYOTA「MIRAI」のシステム関連製品の開発・量産に貢献してきました。今後は、そこで培ったモビリティ技術の活用領域をさらに広げることを目指します。

    一方で、水素社会を実現するには、デンソー1社だけでなく、各企業が持つ技術やノウハウを集結させることが不可欠です。

    とても1社だけの努力で解決できるレベルの問題ではないため、パートナー企業と協業しながら、これからもさまざまな挑戦をしたいと考えています。

    佐々木 用途が広がらないと水素の需要も増えませんから、企業の取り組みによって「つかう」分野が広がることを私も期待しています。

    水素の用途を広げるうえで次の主戦場となるのが商用車で、2020年代半ば頃から本格的に実用化が進むと見込んでいます。

    その次が発電で、国のエネルギー基本計画でも2030年には日本における電力の1%を水素発電にすると明記されています。

    さらに化石燃料への依存度が高い化学工業や製鉄産業などでも水素の活用が進めば、カーボンニュートラル実現も視野に入ってくるはずです。

    海老原 一方でカーボンニュートラルへの過渡期には、化石燃料を一気に水素に置き換えるのは経済性や利便性の面から難しいケースも出てくると考えられます。

    そのタイミングでは化石燃料から排出されるCO₂を回収・再利用する技術を活用するなど、さまざまな技術を併用して大気中への排出量を増やさないことが重要です。

    私たちは、現在「SOFC」という燃料電池の開発にも取り組んでいますが、これは水素からクリーンな発電を行うことができる技術です。過渡期においては、従来の天然ガスからも高効率な発電を行うことができ、CO₂の排出量を大幅に削減することが可能です。

    加えて、デンソーはCO₂を回収し、固定化して再利用する技術も保有しています。製鉄など水素への転換に時間がかかる産業には後者の技術を活用するなど、私たちが持つリソースを合わせ技で駆使しながら、カーボンニュートラルの実現に貢献したいと考えています。

    水素の「地産地消モデル」を世界へ

    ──今後、水素エネルギーが社会全体へ普及するには何がカギを握ると考えますか。

    佐々木 日本はこれまで「技術で勝ってビジネスで負ける」と言われてきましたが、水素についてはそんな結末は避けねばならない。

    そのためには、国や民間企業、大学など官民学一体となって、水素社会の実現を目指す必要があります。

    水素関連の技術開発については、現時点で日本が世界の中でも一歩リードしています。欧米では、政府が巨額の予算を投じて水素の普及を推進しようとしていますが、かといってお金を出せば技術がすぐに生まれるわけではない。

    すでに高い技術を持っていることは、日本の大きな強みです。ですから強さの源泉である技術をしっかり磨き、発展させれば、まだ2050年に日本が先頭でゴールを切れる可能性はあると私は考えています。

    特に自動車産業が持つ技術力は素晴らしいですから、デンソーのように世界に通用する技術を持つ企業の取り組みには大いに期待しています。

    海老原 ありがとうございます。私たちの挑戦はまだ始まったばかりですが、水素社会の実現に貢献するには、現在の取り組みを利益の出せる事業へと発展させ、長く継続できるビジネスにしなければいけません。

    その目標を達成するには、やはりモビリティ分野で培ってきたコア技術を活かすことがカギになります。

    水素の利活用において、実は自動車の内燃機に使われる技術を応用できる領域が数多くあります。セラミックなどの素材技術が活かせる場面も多い。

    これらの技術を活用すると、たとえば燃料電池自動車を動かす電池の発電効率を高めるといったことが可能です。

    また自動車はどんな環境でも走行できる信頼性が求められるため、私たちのノウハウを応用すれば、エネルギーインフラとして安心して使っていただける水素の利活用システムも構築できます。

    新しい技術を稼げるビジネスに育てるのは難しいチャレンジですが、デンソーが自動車分野で磨き上げてきた技術を活かせば、コストを下げながら需要を拡大していけると信じています。

    ──水素社会の実現に向けて、今後デンソーはどのような挑戦をしたいと考えていますか。

    海老原 水素の「地産地消モデル」を世界へ展開することです。

    先ほど紹介したように、デンソーでは地域で製造した水素を地域で消費する「エネルギーの地産地消」の仕組みづくりに取り組んでいます。

    デンソー福島の実証実験はまさにその一歩です。こだわっているのが、小規模事業者でもエネルギーの地産地消を実践できる技術を開発すること。

    エリアごとの小さな単位で水素をつくり、地域内で貯蔵して、必要な時に適切に活用できる技術があれば、地域ごとにエネルギーを安定的かつ無駄なく活用できます。

    大規模な発電所やインフラへの応用技術を得意とする企業は他にもありますが、私たちが持つモビリティの技術を用いれば、コンパクトな範囲で完結するエネルギー循環システムの構築が可能です。

    その実現のためにも、佐々木先生をはじめさまざまな専門家の方や企業とコラボしながら、新しい未来を切り拓いていきたい。

    そしてデンソー福島を起点に、水素の地産地消モデルを世界へ展開し、カーボンニュートラルな社会を実現する。

    それが私たちデンソーの次の挑戦であり、目指す未来です。

    執筆:塚田有香
    撮影:竹井俊晴
    デザイン:吉山理沙
    編集:君和田 郁弥

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