【新潮流】なぜいま異業種ソフトエンジニアは、モビリティ業界に飛び込むのか

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    キャリアの停滞感、技術やスキルの陳腐化への不安、より大きな社会的インパクトを求める思い──。

    いま、こうした悩みや思いを持つソフトウェアエンジニアたちが、次なる挑戦の舞台としてモビリティ業界に続々と転身しているのをご存じだろうか。

    その背景には、ソフトウェアによってクルマの価値そのものを定義する「SDV(Software-Defined Vehicle)」という大きなパラダイムシフトがある。

    2030年には1台のクルマに搭載されるコード行数は「6億行」にも達すると予測されており(※)、IT機器のOSやスマホアプリと比べても桁違いの量になる見込みだ。

    ※ デンソー「ソフトウェア戦略説明会資料」(2024年7月)より

    このソフトウェア革命の真っ只中で、異業種エンジニアたちはどのような可能性を見出しているのか。その真相に迫った。

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      ソフトウェアが価値を左右する時代

      ソフトウェアがクルマの価値を大きく左右する時代──。

      かつてクルマの価値は、エンジンの性能や車体のデザインで決まっていたといっても過言ではない。しかし今やSDVの広がりにより、先進運転支援システム(ADAS)から車内エンターテインメントまで、その機能と価値の多くをソフトウェアが担う時代を迎えている。

      SDVの説明図。従来のクルマとSDVの違いを示す比較イラスト。従来車は購入後の機能追加が難しく、SDVはソフトウェアアップデートで進化可能なことを表現

      2004年の新卒入社以来、20年以上デンソーでソフトウェア開発に携わってきた高島亮氏は、その変化をこう実感している。

      高島氏: 「実際、入社当時と比べて、ソフトウェア開発の規模と複雑さはかつてないほど増しています。いまクルマは自動運転やコネクテッド化により、求められる機能は年々高度化・複雑化している。

      たとえばコックピット開発であれば、メーターとナビが統合され、さらにインターネットと通信する機能も加わります。プロジェクトの規模は年々拡大し、求められる技術領域は広がるばかりです」

      デンソーのソフトウェア技術1部担当次長、高島亮氏のポートレート。白いシャツを着用し、眼鏡をかけた笑顔の様子
      2004年にデンソーに入社し、ITS技術部に配属。ナビゲーションシステムの開発を担当。入社以降、一貫してナビゲーションおよびコックピットシステムの開発に従事。3年のOEM出向を経て、2010年からソフトウェア開発のプロジェクトマネージャーを担当。2016年にNTTデータMSEへ出向。現在もコックピットシステムにおける複数プロジェクトを統括中。

      この変革期に、モビリティ業界が異業種のソフトウェアエンジニアを必要としている理由は明確だ。

      高島氏: 「ソフトウェアの開発が加速するなかで、高度な技術力や大規模開発経験を持つエンジニアの存在は不可欠です。

      実際、いま通信業界や家電メーカーをはじめさまざまな分野のエンジニアたちがモビリティ業界にジョインしています。異なる業界で培った知見や視点が、ますます重要になってきているのです」

      異業種ソフトエンジニアが飛び込む理由その1:ソフトウェアがモビリティの可能性を拡張する時代の到来

      異業種から転身を決断した理由

      では、実際に転身を決意したエンジニアたちは、何を期待してモビリティ業界に飛び込んできたのか。

      通信業界から転身した徐昕氏は、前職で音声検索や対話システムの研究に取り組んでいた。その技術を活かして開発したスマホ向けゲームアプリは20万ダウンロードを超えるヒットも記録している。

      その後、海外IT企業の日本市場参入支援プロジェクトでも成果を上げた。しかし、その過程で業界の変化に危機感を抱くようになっていたという。

      デンソーのソフトウェア技術1部担当課長、柴田耕作氏のポートレート。白いポロシャツを着用した笑顔の様子
      2003年、留学のため来日。2016年に北海道大学より学位授与(工学博士)。2007年、大手通信会社入社、音声認識及びマルチ対話システム研究開発。海外企業協業・AI/IoTビジネス企画に従事。2017年、デンソーに中途入社、コネクテッドカー向けの車両システム企画及びアライアンス開拓を担当。2020年からブロックチェーンやデータ流通基盤技術開発、トレーサビリティ事業開発及びシステム開発などに従事する。

      徐氏: 「個人的には、通信キャリアにおける携帯電話など商品開発における主導権を失いつつあると感じていました。新規事業の開拓や商品・サービス開発の競争に勝つためにスピードを重視し、自社開発より投資先など他社の技術を活用することにシフトしつつあった。そのため自分たちの手でモノをつくる機会が減っていった感覚がありました。

      しかし、私が21年前に日本に留学に来たのは、世の中に変化を起こせるようなモノづくりがしたかったからです。モノづくりを通じて社会に大きな影響を与えたい。この初心に立ち返ったとき、次の挑戦の場としてモビリティ業界に最大の関心を持ちました」

      一方、家電業界からの転身組である柴田耕作氏は、「技術者としてモノづくりに真摯に向き合える環境を探していた」と振り返る。

      柴田氏: 「前職では短いスパンで多くのソフトウェアのリリースを繰り返し、現場は設計やテストをする時間が十分に確保できていませんでした。その結果、製品の不具合も起こりやすい状況が続き、プロマネだった私は関係者に頭を下げて回ることが仕事になっていました」

      デンソーの社会イノベーション事業開発統括部 情報トレーサビリティ事業開発室 室長、徐昕氏のポートレート。白いシャツを着用し、眼鏡をかけた様子
      1998年、家電メーカーに入社。半導体部門に配属されソフト開発用ツールの開発に携わる。2011年、マネージャに昇格、デジタルテレビ向けソフト開発のマネージャを務める。2015年、所属していた半導体部門が分離され、新会社となり、転籍。2018年、デンソーに入社。メーターECUのソフト開発を経て、現在、コックピット用統合ECUのソフト開発統括を務める。

      時間に追われる開発の中で、柴田氏は技術者としての危機感を募らせていった。

      柴田氏: 「自分には10年以上かけて確立した技術があり、それを設計や評価に活かしたいと思っても、とにかく目の前のプロジェクトを回すことだけが求められる。

      本来の技術力を活かせる環境に身を置きたい。その思いが日に日に増すなかで、今後ソフトウェアを中心に未来が大きく変わるであろうモビリティの世界に飛び込みたいと考えました」

      異業種ソフトエンジニアが飛び込む理由その2:もう一度、モノづくりと向き合いたい

      異業種から見た衝撃。開発現場のリアル

      同じソフトウェア開発でも、業界が変われば求められる思考や行動も変わる。異業種からモビリティ業界に転じた彼らを、実際の開発現場ではどのような発見が待っていたのか。

      柴田氏は入社後の衝撃をこう振り返る。

      柴田氏: 「アプリケーションの開発でも社内では、人の命に直結するクルマ製品で、『万が一、OSがフリーズしたらどうする?』『万が一、他のECUから応答がなかったら、メーター表示はどうなる?』と“万が一”を想定した問いが延々と飛んでくるんです。家電向けのソフト開発とは明らかに違う世界でした」

      前職の家電業界では、新製品を早く市場に出すことが求められた。一方、モビリティ業界では、人命に関わる製品だからこそ、品質に対する考え方が根本的に異なっていた。

      柴田氏: 「人間にとって安全かどうかをとことん突き詰めるのがモビリティの世界であり、隙のある提案にはゴーサインは出ない。

      だからこそ私たちも考え抜く力が鍛えられるし、“ハードの安全性に責任を持つソフトウェアエンジニア”という希少な経験ができていると感じています」

      異業種ソフトエンジニアが飛び込む理由その3:「人命」を守る開発の責任とやりがい

      徐氏も入社した直後は、ソフトウェア開発に対する考え方のギャップに驚いたという。スマホゲームを開発していた頃は、コンテンツの面白さやアプリの操作性を競争優位性として最も重要視。

      「いかにユーザーを楽しませて、飽きずに長くプレイしてもらえるかということばかり考えていた」と率直に語る。

      徐氏: 「モビリティの世界では、ハードウェアにおける品質保証の思想がソフトウェアでも共有される。自分が開発するのはサプライチェーン追跡・管理システムだとしても、その品質が担保されなければ、クルマの製造、販売や認証は大きな影響を受ける。まさに社会インフラとしての重い責任を日々実感しています」

      またハードウェアとソフトウェア、この両輪の品質を追求する必要があり、その実現には技術領域の広さと深さが求められることも醍醐味だと2人は語る。高島氏は開発現場のリアルをこう補足する。

      高島氏: 「私たちデンソーは、ハードウェアをつくる高度な技術と設備を持っています。だからソフトウェアを開発する際も、工場での製造プロセスまで考慮してシステムを設計します。

      たとえばある製品を複数の車種に搭載したいときに、車種ごとに設計して別々の品番を振ると製造現場での管理が大変です。しかし、1つの製品として開発し、パラメータを変えることでどのクルマにも搭載できる設計にすれば、管理コストを大幅に減らせる。

      自動車は車種も生産台数も多いので、こうした発想が億単位のコスト削減につながります。このハードとソフトを両方手掛けられることは大きな醍醐味になっています」

      「クルマ」だけじゃないから面白い

      社会に大きなインパクトのある仕事、ハードとソフトの融合など多様な醍醐味を求めて異業種エンジニアたちが飛び込むモビリティ業界。

      一方で、異業種からの転職に不安はなかったのか。柴田氏は入社前の不安をこう打ち明ける。

      柴田氏: 「私も入社前は、まったく異なる業界から転職した自分がやっていけるのかと不安もありました。ただ実際に入社してみると、手掛ける領域は想像以上に幅広い。これまでに身に着けた自分の技術を活かせる場が十分にありました。

      デンソーは、自動車関連だけでなく、水素エネルギーや農業などの事業も手掛けています。また徐さんがサプライチェーン透明化・効率化に取り組んでいるように、モビリティ業界のビジネスそのものを支える仕組みも開発している。“クルマだけじゃない”というデンソーの独自性が、技術者としての可能性を大きく広げてくれています」

      異業種ソフトエンジニアが飛び込む理由その4:「クルマ」だけにとどまらないから面白い

      徐氏も「幅広い事業領域を持つデンソーであれば、多種多様なスキルとバックグラウンドを持つ技術者からいつでも学びを得られる」と語る。

      徐氏: 「クラウド、データ分析、暗号化技術。各分野のプロフェッショナルと協働できる環境は、技術者にとって究極の学びの場です。わからないことがあれば、必要な知見をすぐに社内で集められる。私自身もさまざまな技術を吸収できることで、日々成長を実感しています」

      また柴田氏が「クルマだけではない」と語るように、徐氏は現在、QRコードとブロックチェーン技術を活用し、車載電池のトレーサビリティシステムの開発に取り組んでいる。

      これは、車載電池の原材料調達からリサイクルに至るまでのライフサイクル全体の流れのデータを追跡・管理するシステムだ。

      ここから「持続可能な社会の新しい標準技術を世界に発信したい」と徐氏は野望を語る。

      異業種ソフトエンジニアが飛び込む理由その5:日本から世界の標準を生み出す挑戦ができる

      徐氏: 「電池のライフサイクル管理という課題は、モビリティ業界の枠を超えて、社会インフラ全体に関わる重要なテーマです。

      この領域で日本から世界に新しい標準技術を発信することができれば、社会を大きく変えることができる。まさにモビリティの世界に飛び込む前に描いていたことを、いま挑戦できている感覚があります」

      異業種ソフトエンジニアが飛び込む理由その5:日本から世界の標準を生み出す挑戦ができる

      キャリアの転換点で技術を活かせる新天地を探している。より大きな社会的インパクトを求めている。そんなエンジニアにとって、100年に一度の変革期を迎えるモビリティ業界は、かつてない魅力的な選択肢となっている。

      最後に高島氏は、「異業種で培ったソフトウェアの知見を持つエンジニアは大歓迎。ぜひデンソーの門を叩いてほしい」とメッセージを送る。

      高島氏: 「これからのモビリティ開発はソフトがカギとなる。SDVによってソフトウェア開発の規模が急拡大を続ける今、開発プロセスもアーキテクチャの要素も組織のあり方も、日々アップデートを続けています。

      ソフトウェアで未来のモビリティを定義する──。この壮大なチャレンジに、ぜひ多くのエンジニアの力を貸していただきたいです」

      デンソーの採用広告バナー。「ソフトウェアの力で新たな価値を創造する。自分だけの愛車が生まれる、新たなモビリティ社会の未来へ」というメッセージと、DENSOのロゴ、「Crafting the Core」というスローガン、赤いボタンで「詳しくはこちら」と表示

      執筆:塚田有香
      デザイン:小谷玖実
      撮影:竹井俊晴
      編集:君和田郁弥
      2024-12-24 NewsPicks Brand Design

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