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私たちが生活を送るうえで、「物流」は欠かせない存在です。しかしいま、ドライバーは長時間労働の常態化や、労働時間に見合わない低賃金※といった深刻な課題を抱えています。デンソーは、物流における幹線中継輸送に注目し、物流網全体を最適にコーディネートしていくことで、ドライバーがウェルビーイングに働くことができ、地球環境にも優しい物流の実現を目指しています。
この記事の目次
「物流」 が支えてくれる、私たちの暮らし
いまだ収束する気配のないコロナ禍の中で、私たちの生活が 「物流」 に支えられていることを、だれもが実感していることでしょう。家に籠っていてもWEB上で 「購入」 ボタンを押せば、玄関までしっかりとモノが届く。誰もが 「届けてくれる」 幸せを感じているはずです。
しかし、その裏側に目を向ければ、届ける方のドライバーは過酷な労働環境に置かれています。世界各国で深刻なドライバー不足が起こっており、経済産業省のレポート※によると、日本国内においてもドライバーの労働時間が増える一方で、それに見合わない低賃金が続いているといった課題が存在しています。
今後も物流ニーズは高まっていくことが予想される一方で、モノを届けるドライバーは減り、これまでの運送の仕組みを維持することが難しくなるかもしれません。物価が高騰したり、スーパーマーケットの棚の中からモノが消えたりといった未来が訪れる可能性もあります。荷物が空のまま長距離を走る非効率な運送は、地球環境への悪影響も懸念されるでしょう。
そのような社会課題の中で、届けられる人だけでなく、ドライバーと地球環境にもきちんと幸せがとどく 「 新しい物流のかたち」 が求められています。
モノが運べなくなる...物流業界の危機「 2024年問題 」
2024年問題とは、働き方改革関連法によって、2024年4月1日から「自動車運転業務における時間外労働時間の上限規制」が適用されることで、物流業界に生じるさまざまな問題のことです。
その結果、全国各地で労働時間の減少によりモノが運べなくなることが危惧されています。
いま多くのドライバーは、渋滞がなく運賃の安い深夜にトラックを走らせ、早朝に到着してから届け先の開店まで待機する非効率な運用を続けざるをえない状況が続いています。また、荷物が空の状態で帰路を走る状態にならないように、半日以上も集荷のために待たされることも。その結果として深夜に出発し、帰ってくるのは翌日の深夜。この一泊二日の長時間運行に耐えられなければ、ドライバーは務まらない状況が生まれてしまっています。
2024年に起こる規制強化、通称「2024年問題」では、罰則付きの時間外労働の上限規制(年間960時間)が適応され、ドライバーひとりあたりの仕事量が制限されます。すなわち、賃金低下をハードワークによって克服していたドライバーは、収入の低下に耐えきれず、これまでの働き方では生活苦に陥る可能性が高くなっています。
その結果として、2028年度には全国でドライバーが27.8万人不足すると予想されており、現状のシステムのままでは、約4分の1の荷物は運べなくなると考えられています。
幹線中継輸送による 「物流」 の変革へ
こうした課題を踏まえて、デンソーのグループ会社デンソーテンでは、「 新しい物流のかたち 」 を生み出すためのプロジェクトである 「 SLOC(Shuttle Line Of Communication) 」 を立ち上げました。
SLOC は、浜松を中継地点とする東西のゲートウェイで幹線と支線を分離することで、東京から大阪に荷物を運ぶトラックが浜松で一度荷物を下ろし、大阪から浜松に来たトラックがその荷物を受け取り、大阪まで運ぶという仕組みです。
SLOCでは、荷台とそれを載せる台を分離できる 「スワップボディコンテナ車両」 を使用します。これにより、トラックの荷物を荷台ごと次のトラックへと受け渡せるようになります。
関西発の荷物と東京発の荷物を浜松で中継することで、帰りの空荷がなくなるだけでなく、一泊二日の長時間運行がなくなるというメリットがあります。それによって、家庭の事情や身体的負担によって長時間運行に従事しにくい女性や高齢者がドライバーとして活躍可能となり、「2024年問題」で不足が見込まれるドライバー人口を確保できる可能性も見えてきます。
こうした取り組みは、「ドライバー当人たちからも歓迎されている」と、デンソーテン 新事業推進本部 事業企画室に所属し本プロジェクトを率いる野村さんは語ります。
「実際に運転したドライバーのなかには、『毎日決まった時間での運行になるのが嬉しい。ぜひやらせてください』と言ってくださる方も多く、非常に嬉しく感じました。ただし、荷主さんや物流の担当者の方は当然ながらコスト面も重要な検討事項になります。そのため、中継輸送によるドライバーの働き方改善の効果は理解してもらえるものの、今後はそうしたコスト面の課題解決が重要になってくると考えています」(野村)
第三者の立場だからこそできる新しいシステム構築
SLOCの社会実装を進めていくうえでは、多くの課題が残されています。例えば、東西両方の荷物がバランスよく必要なこと、中継輸送を行うためにコンテナを交換する場所が不可欠なこと、出発時間や納品時間の調整が必要なことが挙げられます。SLOCへの参加企業が増え、かつ複数の企業の間を取り持つコーディネーターとしての役割をデンソーが果たせなければ、運用はできません。
また、SLOCに参加するにはスワップボディの車両が必要となるため、各企業に初期投資として新しいトラックの購入をお願いをすることもあります。こうした交渉や調整を、第三者の立場として地道に行うことが事業が成立するためには不可欠だ、と野村さんは語ります。
「私たちが物流の効率化に取り組む際に、『もともと運送業界の企業ではない』ことが強みになると考えています。SLOCの仕組みを成立させるには、さまざまな企業からの協力が必要不可欠です。物流業界の外側にいる第三者の立場だからこそ、業界や産業の垣根を超えた最適化に取り組めるはず。最近のDXでは、『システムをつくればすべて改革できます』と謳うケースもありますが、物流はそう簡単ではありません。ステークホルダーとなる協力企業との信頼関係が鍵であり、競合他社がやりたがらない地道な交渉にもデンソーは向き合い続けていきたいと思っています」(野村)
そうした課題に向き合いながらも、現在は実証実験を重ねています。2022年の3月にはとある荷主候補の企業と協力し、スワップボディをもつ運送会社が倉庫や工場から荷物を運ぶ実証実験を行いました。
また、運行管理システムの開発も進めています。2021年6月に実施した実証実験では、QRコード(デンソーウェーブの登録商標)を使用した簡易システムを構築しました。各中継拠点にて、ドライバーがコンテナを載せ間違え、そのコンテナを間違った場所に運んでしまうという課題を解決するべく、運送会社を跨いだ運行管理のシステムが求められるわけです。
こうした実証実験を積み重ねることで、日常的に荷物の運送を担うオペレーションがSLOCで可能になることを証明していきたい。そのためには、物流問題の解決に向けて足並みを揃えて協力していただける協力企業の存在が必要だ、とデンソーテン 新事業推進本部 事業企画室に所属し本プロジェクトに参加する関さんは語ります。
「SLOCに協力してくれる荷主企業のなかには、過去に『モノはつくったもののトラックが手配できない』ことで、モノが運べずにお客様に迷惑をかけてしまったという経験をもつ企業もいます。『このままでは本当に運べなくなる』と危機感を持ち、SLOCに参加してくれる企業が少しずつ増えていることに、明るい兆しを感じています」(関)
SLOCを構築するうえで重要だと考えているのは、「物流最適化」だけではなく、そこに幸せの連鎖が生まれ、働く人々にとってウェルビーイングが担保されること。SLOCのシステムが洗練されていけば、ドライバーの待遇向上にもつながっていくと考えています。
「ドライバーになりたい」と思う人を増やしていく
SLOCの事業は、社内スタートアップ大会 「DIVE」から始まりました。野村さんたちのチームのアイデアがグランプリを受賞し、事業化へと話が進行するなかで多くのドライバーにヒアリングを重ねました。その過程で再認識したのは、運送会社が抱える課題の深刻さでした。
「私たちが願っているのは、『労働者の環境を変えること』。さらにいえば、ドライバーという職業をもっと若い人たちが目指せる仕事にすることです。さまざまなドライバーと会って話をすると、彼/彼女らはものすごく真面目で、荷物を運ぶことに誇りを持っているわけです。しかし、とあるドライバーは、自分の仕事のことを周囲に話すと『なぜ?』と聞かれるそうです。ドライバーの仕事は大変で、給料が安い職業というイメージが定着しているからです。まずはデンソーが中心となり、ドライバーの労働環境の向上を目指したい。若い人がどんどんやりたいと思える、人の幸せを運ぶ、新しい物流の仕組みをつくっていきたいと考えています」(野村)
SLOCは実証実験を重ねて、ついに本格運用が始まります。現在は、少数の企業によるマッチングで運営していますが、将来的には多くの企業にパートナーとして参加いただければと考えています。
ビジョンに共感する参加企業の輪が広がれば広がるほど、中継地点は増えて、マッチングの精度も高まっていく。そして、ドライバーの労働環境も改善されていきます。
SLOCの、その先に。
「SLOCがプラットフォームとして機能するようになれば、デンソーが持つさまざまな技術が活きてくる」 と、シンガポールで商用トラックの自動運転の実証実験を担当してきた鈴木さんは語ります。「シンガポールは海運国家であり、コンテナ輸送の中心地でした。自動運転の実証実験を重ねる中で感じた限界と、同時に “これならやれそうだ” という手ごたえと。その両方の感覚を掴んで日本に戻ってきました。」 そんな中、このSLOCというプロジェクトの存在に出会うことになります。
「まず自動運転の普及が進むのは、工場内や施設内、そして幹線道路など。ある程度環境を整備し、コントロールできる場所。そのとき、この幹線と支線を分けて物流をマッチングをする、というSLOCのアイディアを聞いたときに、これは自動運転ともすごく親和性が高いサービスだと感じました。」 そこからは、SLOCメンバーのプロジェクトを全面的にサポートする立場として、プロジェクトに参画しています。
「 私はもともとトラックが大好きで、商用車の自動運転だけではなく、ブレーキシステムの開発にも携わってきました。大型トラックを運転できる免許もとって、網走のテストコースで、自分で評価試験もしてきました。会社のデスクもトラックのミニチュアだらけだよ。 」 と言って、鈴木さんは笑います。こういった挑戦の根底にあるのは、トラックが好きだ、物流業界をなんとか良くしたい。という気持ち。
「 私たちがなんとかしたいと思っているのは、ドライバー不足という社会問題。それは、2025年には誰の目にもあきらかな状態として表面化してくることが予想されています。つまり、もうそんなに猶予はありません。だからこそ、社内外のいろんな協力者を得て、国やインフラとも深く連携しつつ、日本社会が一丸となって、この課題解決に取り組むべきだと考えています。SLOCをきっかけにして、使える技術はなんだって使っていく。そういうスタンスで、プロジェクトに臨んでいます。 」 そう語る鈴木さんは、協力者を集める役割に奔走しています。
地球にも幸せを届ける、物流のあり方を目指す
また、この取り組みはカーボンニュートラルにも貢献し、環境問題の改善にもつながります。荷物が空の状態でトラックが復路を走らなくなることで、1日2便で換算すると年間約400トンのCO2削減量を実現できる見込みです。
「ドライバーをやりたい」と思う若い方々を増やしていくために。そして、持続可能な地球環境に寄与するために。働く人、消費者、地球環境といったステークホルダーすべてにとってよい物流のあり方を目指していきます。
「できてない」 を 「できる」に。
知と人が集まる場所。