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熱マネシステム開発部大船 悠
大学時代は機械系を専攻し、CFD(数値流体力学)に関する基礎研究に従事。2004年デンソー入社後は排気系熱交換器の新規開発・設計を担当。2017年から熱マネジメントシステムの開発に携わり、主に電動車両向け熱マネジメント制御の先行開発を推進している。
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まちづくりシステム開発部東谷 光晴
大学時代は最適化アルゴリズムの研究に従事。2007年、デンソー入社。現在、車両エネルギーマネジメントの基盤構築として、エネルギーマネジメントアプリケーションを容易に適用できるシステム制御アーキテクチャおよび標準システムシミュレーターの開発を推進している。
BEV(Battery Electric Vehicle:電気自動車)は、単にICE(Internal Combustion Engine:内燃機関)のガソリンエンジンを電動モーターに置き換えたものではない。駆動系のパワートレインが変わってくるのはもちろん、エネルギーを制御する仕組みについても根本的な構造から変えていかなければならない。近い将来登場する次世代BEVでは、どのようなエネルギーマネジメント機構が搭載されるのだろう。
この記事の目次
EVで変わる、エネルギーマネジメントの意味
近年、BEV(Battery Electric Vehicle:電気自動車)が普及し始めてきました。車内環境を快適に保つため、ガソリン車などのICE(Internal Combustion Engine:内燃機関) では極めて緻密にカーエアコンの制御が行われていましたが、BEVではどのような制御が行われているのでしょう?
東谷:ICEとBEVではカーエアコンも含めたエネルギーマネジメントの意味合いが大きく変わってきます。
ICEの場合、エンジンという熱源を搭載しており、これが発する熱がとても大きいのです。カーエアコンで車内を暖めるにもエンジンからの熱が使えますから、熱を得るために困るケースはそれほど多くありません。
ところがBEVとなると、バッテリーの電力を使って熱を作らなければなりませんから、下手な電力の使い方をすると走行にまわせる分が減ってしまう、つまり航続距離が短くなってしまうんですね。
現在のICE自動車でも、アクセルペダルの反応をマイルドにしたり、エアコンの設定を変えたりして燃費を良くするエコモードを搭載しているものがありますが、それとは違ってくるのでしょうか?
大船:ICE、あるいはハイブリッドのエコモードは、単純に出力を抑えるようになっています。ところが、BEVはバッテリーの特性や、給電ポイントなどのインフラの問題があり、単純に出力を減らせばいいというわけにはいきません。
東谷:特にBEVならではの大きな課題としてバッテリーの温度があります。バッテリーを使う際に内部抵抗により発熱するのですが、熱くなりすぎると性能が落ちてしまいます。基本的にバッテリーには最適動作温度があり、どの温度で使うかによって寿命も左右されます。バッテリーを適切に冷やすことも、エネルギーマネジメントの役割です。
ガソリンエンジンの方がすごく熱くなるという印象がありますが。
東谷:ICEの場合、高速走行を続けて、エンジンがすごく熱くなっても、ラジエーターで放熱して冷却することができます。ところが、バッテリーは一度温まるとなかなか冷えません。
BEVでは、カーエアコンなどの熱と走行のエネルギーのバランス、バッテリー温度のバランスまで含めて、エネルギーマネジメントを行っていかなければなりません。ICEに比べて、「長い目線」でエネルギーの使い方を計画する必要があります。
現在私たちが研究を進めているのは、BEV車両全体のエネルギーマネジメントを行う技術です。

ニーズに応じて走り方を変える賢いクルマ
「長い目線」でとは、どういう風にエネルギーの使い方を計画するのでしょう?
大船:例えば、500km離れた目的地にできるだけ早く着きたいとしましょう。従来のICEであれば、当然ですが、スピードを出せば出すほど早く着けますよね。
ところが厄介なことに、BEVでは必ずしもこの常識が通じないのです。
スピードが高ければ高くなるほど、電池温度は上がります。また、目的地までの中間地点で急速充電するとバッテリー内に大電流が流れて、さらに温度が上がります。温度が上がり続けるとバッテリーが故障してしまいますから、一定以上の温度になると電流を抑えてゆっくり充電を行います。
つまり、早く着こうとスピードを出しすぎるとバッテリーが過熱し、充電に時間がかかってしまう。スピードを出しても目的地に早く着けるとは限らないというのは、こういうことです。
どういう風にエネルギーマネジメントするか、ユーザーや用途によっていろいろな解がありえます。
目的地に最短時間で着くため、途中の充電ポイントまで車速を落として走り、給電時間も含めた所要時間を短くするのも1つの解です。また、バッテリーの寿命が長持ちすることを最優先にするユーザーや、できるだけ電気代を抑えたいというユーザーもいらっしゃるでしょう。
エネルギーマネジメントを車両全体で行うことで、さまざまなニーズに応じた使い方を提案できます。

そうした機能を実現しようとすると、車両自体のアーキテクチャも変わってくることになりそうですね。
東谷:そうなります。現在のBEVでは、駆動系やエアコンなど領域ごとに制御を行うECU(Electronic Control Unit:電子回路の制御装置)が用意されており、バッテリーに関してはバッテリーECUが制御を担当しています。車両メーカーが想定した使い方に基づいたバッテリーのパラメーターがあらかじめ設定されており、それを元にバッテリーECUが制御を行っています。バッテリーの温度予測にしても至近のものに限られます。
ところが、車両全体のエネルギーを正しくマネジメントしようとすると、全体を俯瞰する司令塔が必要になってきます。1つの司令塔、セントラルECUにエネルギーに関する情報を集約してそこから命令を出す、そうした制御のための論理アーキテクチャの研究を現在進めているところです。
セントラルECUは、どうやって処理を行うのですか。
東谷:エネルギーと一口に言いますが、実はエネルギーにはいろいろな形態があります。熱や電気の形になっているエネルギーもありますし、車両を走らせる運動エネルギーも一形態です。
バッテリーには今どれくらいの電力があるのか、出力することができるのか。モーターなどの駆動系は、どれくらいのパワーを出すことができて、どれくらいの電力を必要としているのか。カーエアコンは今どういう状態で、これからどれくらいの電力を必要とするのか。
どれくらいのエネルギーを利用できるのかということを、我々は「availability」と呼びますが、各領域、各機器のECUが把握しているavailabilityに関する情報は、その上位にあるセントラルECUへと集約されます。セントラルECUは、それらの情報を総合的に分析し、各領域での割り振りを決め、それぞれのECUに伝える。下位の各ECUは、その指令を元に責任を持って制御する、という流れになります。
セントラルECUが、モーターやバッテリーを直接制御するわけではないんですね。
東谷:どのような処理をどこが受け持つか、そのあたりのバランスが非常に重要になってきます。先に例に挙げたユーザーニーズに応じたエネルギーマネジメントとなると、セントラルECUの中心的な仕事は予測になりますが、あくまで予測ですから不確定の情報をたくさん含みますし、その時々で状況も変わってきます。
高精度で重い計算処理をセントラルECUで行うのではなく、セントラルECUはどうエネルギーを使うのか、大まかな方向性を出すようにすると考えています。
例えば、ユーザーが荒い運転をする人で、いつもならバッテリー満タンの状態から100kmしか走れないのだけど今日の目的地は120kmもある、今日の気温は昼頃から上がっていく、信号機の間隔はこれくらいという状況だったら、「今はこの程度のスピードで、空調は控えめに」といった具合です。
人間の仕事に例えるなら、上司と部下の関係に似ていますね。上司がざっくりとマイルストーンを決め、ここまでには上げてくれという期限を設定する。細かい実際の作業に関しては、部下1人ひとりが責任を持ってやり遂げる。
私たちが開発しているエネルギーマネジメントのアーキテクチャは、こういうイメージになっています。

予測のためには、AIや機械学習などの技術が使われるのでしょうか。
東谷:きめ細かなエネルギーマネジメントをしようとすれば、膨大な計算量が必要になりますから、AIや機械学習を活用することはありえます。弊社には、そうした分野の要素技術開発を行う部隊もありますから。
ただし重要なのは、AIや機械学習の技術そのものではなく、何がお客様にとっての価値になるかということです。エネルギーマネジメントの開発を進めていく上では仮説検証を重ねて、さまざまな課題を解決していくことになりますが、その中でいろいろな技術を使っていくことになるでしょう。
バッテリーのマネジメントというのは、基本的にソフトウェア的に行うことになるのですか。
大船:ソフトウェアはもちろん重要ですが、ハードウェアもセットで考えていく必要があります。ハードウェアだけを頑張って作り上げたとしても、きちんとそれが制御されなければ価値は出せませんし、逆にソフトウェアでいくら緻密な制御を行ってもハードウェアがついていけなければ意味がありません。
ハードウェアとしては、バッテリーの温度調節がやはりキーとなる技術でしょう。先にも述べたように、どういう温度にするかはソフトウェア的に制御することになりますが、意図した通りに冷やすためには、バッテリー冷却システムが必要です。この電池冷却器、冷却システムの開発も、ソフトウェアと並行して進めています。

システムとしてのクルマを作っていく
お話を伺っていると、クルマというより、OSのようなシステムを開発しているような印象を受けました。
東谷:これからのクルマでは、メーカーやユーザーのニーズに応じてさまざまなアプリケーションを抜き差しする必要が出てきます。それが容易にできる構造はどうすべきかを考えていくと、イメージ的にはOSに近いものになっていくこともありえますね。
エネルギーマネジメントが進化していくと、クルマ自体の開発プロセスも変わっていくのでしょうか。
東谷:どういう価値をクルマが提供できればユーザーは嬉しいのか、エネルギーマネジメントのアーキテクチャはどうあるべきか、弊社が考える理想のあり方をしっかりと考え、車両メーカーに提案していく形になるでしょう。
大船:現在多くの車両メーカーが、「コネクティッド前提のプラットフォーム開発を急いでいます。さまざまなアプリケーションを入れ替えたり、更新できるようなプラットフォームですね。
こうしたコネクティッド前提のプラットフォームが本格的に普及するのは、2025年頃からになるでしょう。デンソーとしても、これらのプラットフォームに対応したエネルギーマネジメントのシステムを提案していく予定です。
先に伺った「ニーズに応じて走り方を変えるクルマ」も登場しますか。
大船:そうした統合的なエネルギーマネジメントのほか、バッテリーマネジメントなどのサブシステムについても、車両メーカーに合わせて提案していきたいですね。
自家用車だけでなく、事業者向けのクルマでもエネルギーマネジメントは大きな役割を果たすことになりそうですね。
大船:まだアイデア段階ではありますが、配送事業者向けのサービスも考えられます。バッテリーの温度調節をうまく行うことができれば、バッテリー寿命を伸ばして交換費用を抑えたり、充電をスピーディに行って稼働時間のロスを減らしたりと、ユーザーにとっての価値を提供できるでしょう。
次世代のエネルギーマネジメントでは、開発体制も変わってきそうですね。
東谷:弊社でも開発体制を少しずつ変えてきましたが、今後はさらに変わると思います。
これまでの開発体制では熱関係、駆動系、電気系など、さまざまな部署がそれぞれサブシステムのコントローラーを設計していました。
今後は、全体的な論理アーキテクチャを把握しつつ、サブシステムの制御仕様へと落とし込んでいく。部署間を正しくつなぎ、相互に連携しながら開発を進めることが必要になっていくと思います。
「できてない」 を 「できる」に。
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