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クルマの電動化に欠かせない「パワー半導体」。BEV(バッテリー電気自動車)とHEV/PHEV(ハイブリッド車/プラグインハイブリッド車)など、複数ある電動化の方向性に対応するためには、パワー半導体にも進化が必要です。
高い耐熱性や耐圧性を持つSiC(炭化ケイ素)を材料に用いた「SiCパワー半導体」をこうした電動化の流れに応じたさらなる性能向上と量産化に向け、デンソーでは次世代のSiCパワー半導体のチップ開発に取り組んできました。
デンソーのモノづくりのノウハウを活かした、その開発プロセスとはいかなるものだったのでしょうか。第3世代SiCパワー半導体のチップ開発をリードしたパワーデバイス技術部の伊藤孝浩、三角忠司、山本建策が開発の裏側を語ります。
この記事の目次
クルマの電動化を加速させる「パワー半導体」
BEVやHEV/PHEVの電動システムはバッテリー・モーター・インバーターに加えてコンバータなどの電力変換機器で構成されています。車両内部では、これらにより大量の電力変換が行われます。その際、エネルギー損失を最小限に抑え、高電圧・高電流を効率よく制御するのが「パワー半導体」の役割です。
電力変換時のエネルギーは熱となり、パワー半導体が発熱します。発熱量が大きいと、その分大きな放熱機構が必要になり、車内のスペースは狭く、車体重量が重くなる課題が存在しています。
そこで注目を集めているのが、従来のSi(シリコン)ではなく、SiCなどを用いた次世代のパワー半導体です。SiCは従来のSiと比較し、電力損失を約70%低減でき、インバーターやパワーモジュールの小型・高効率化を実現します。これにより航続距離の延長、小型・軽量化につながり、CO₂排出量削減にも寄与しています。
また、パワー半導体の製造プロセスは、原子が規則正しく並んだ固体構造であり、電気的特性の基礎を決定づける「結晶」の成長に始まり、この結晶を薄くスライスして磨き上げた円盤状の基板(ウエハ)上では、微細な回路が形成され、電流を高速かつ高効率に制御できるように設計されます。加工を終えたウエハは小片に切り分けられ、電力のスイッチングを担うデバイス本体であるチップとなります。複数のチップは、絶縁材や封止体、電極接続などの構造体と組み合わせてパワーカードにモジュール化されています。
BEVとHEV/PHEVを支える、第3世代SiCパワー半導体開発における課題
デンソーでは第3世代SiCパワー半導体の開発を進め、実用化に向けた取り組みを継続しています。1.5世代、2世代は、業界をリードする高性能なデバイスで着実に車載実績を積み上げてきました。それに対し、第3世代SiCパワー半導体は高性能と大幅なコストダウンの両立に成功しました。その開発のプロセスとは、いかなるものだったのでしょうか。
EV(電動車)の本格的な普及を支えるためには、BEV向けの「平置きパワーカード」とHEV/PHEV向けの「積層パワーカード」の両方に対応する第3世代SiCパワー半導体のチップ開発が必要でした。要件としては、パワーカードの枚数を減らし、インバーター全体の小型化と高出力化のための「大チップ化」。そして、その高度な製品の「大量生産」の実現でした。
まず、「積層パワーカード」について。BEV向けに小型化、低コスト化、そして低損失化を高い次元で実現するには、Siを用いたパワー半導体である従来のSi-IGBT(絶縁ゲート型バイポーラトランジスタ)と共用してきた「積層パワーカード」では対応が困難でした。
なぜなら、積層構造は縦方向に配置されるため、BEV向けインバーターには高さの制約があり、また電気的な観点からもインダクタンスが大きくなるという課題を抱えていたのです。そこで、SiCの性能を最大限に引き出すため、BEV向けには「平置きパワーカード」という新たな構造の開発が必要となりました。
一方、HEV/PHEV市場も世代進化の過程で転換点を迎えていました。長年HEVを支えてきたSi-IGBTは、性能の限界に達しつつあります。HEV/PHEVの次世代システムに向けて、高い耐熱性や耐圧性を持つSiCを材料に用いた、「SiCパワー半導体」の導入検討が始まりました。
デンソーが基礎研究から携わってきたSiCパワー半導体は、独自の3D構造により世界最高レベルの性能を誇っていたものの、その構造の複雑さゆえに「大量生産には不向き」という課題を抱えていました。性能は高いが量産が困難——この矛盾を解消しなければ、EVの本格普及期に対応することはできません。
これらの課題を乗り越えるというミッションに挑戦したのが、パワーデバイス技術部です。同技術部は、研究開発部門から要素技術を継承し、顧客の要望にあわせた製品開発を行い、設計・性能評価・耐久性の検証を経て、製造部門へと引き渡す役割を担っています。
「先進的な設計技術」と「量産品質技術」の融合
パワーデバイス技術部が開発において採用したアプローチは、デンソーが長年培ってきた2つの技術を融合させることでした。まずは構造を量産に適した設計へと見直し、高性能・高信頼の特長を活かしながら、新たに生産性の高い加工方法を開発しました。
「さまざまな環境で利用されるクルマにおいて、確実に動作する半導体を作り上げるには、どのような検査を行い、どのように品質を担保すればよいのか。後工程での使われ方を熟知しているからこそ可能な設計や、市場での使用実態を反映した信頼性評価技術が私たちの強みです。
これらのノウハウは、トヨタ自動車の工場を前身とする現デンソー広瀬製作所で1997年の初代プリウス向けIGBT開発から車両部門と連携しながら積み重ねられ、デンソー半導体部門と共に長年にわたり培われてきました」
(三角忠司)
こうした技術を融合させることで、第3世代SiCパワー半導体チップは、高性能と大幅なコストダウンを両立することに成功しました。
しかし、第3世代SiCパワー半導体チップ開発後、その実用化に向かうためには他にも技術的なブレイクスルーが必要でした。それが「大チップ化」です。
パワー半導体は、チップ1個あたりの面積が大きいほど、より大きな電流を流すことができ、出力密度を高められます。多くのメーカーが複数チップで対応するところを1個でまかなえれば、パワーカードの枚数を削減でき、インバーター全体の小型化と高出力化に直結します。
しかし、SiCウエハは結晶欠陥が多く、チップを大きくすると良品率が減ってしまうという課題がありました。当時、業界の標準的な最大サイズは5.0mm角程度でした。これを大幅に超える大チップを、量産レベルの良品率で実現することは、技術的に極めて困難とされていました。
「この打開策として選択したのは、独自のRAF法(低欠陥SiC結晶製造技術)を大規模量産品にはじめて導入することでした。RAF法は、成長させたSiC結晶をスライスし、最も欠陥が少ない部分を切り出し、再度結晶成長させるサイクルを繰り返す手法です。ウエハを作る際の種(シード)の段階から欠陥を極小化することで、高品質なウエハを実現するというものです」
(伊藤)
この技術導入により、デンソーは従来比でSiC結晶の欠陥を競合比3分の1まで低減。業界他社の標準である5.0mm角を大幅に上回る9.0mm角以上の大チップを、高い良品率で実現しました。高い耐熱性や耐圧性を持つSiC素材の採用と半導体1チップの大面積化を組み合わせることで、パワーカードの枚数を減らしつつも従来より高効率化を実現する設計を考案したのです。
「今回のプロジェクトでは、品質を追求したチップを、これまでにない規模で生産する必要がありました。製造部門や国内外の生産拠点の並々ならぬ尽力と協力なくして、この量産化は決して実現できなかったと考えています」
(伊藤)
しかし、「インバーターの小型化」を実現するには、RAF法の導入のみでは十分ではありませんでした。
インバーターに用いるウエハの供給源は、RAF技術を用いて生産するものと、量産パートナーから供給されるものとに分かれていました。これらは微妙に品質が異なります。結晶欠陥の量、種類、分布——これらの違いが、製造後のインバーターの電気特性や良品率に影響を与えます。同じ品質のウエハが安定的に供給されることを前提とした設計では、量産時に想定外の問題が発生するリスクがありました。
問題はそれだけではありません。車載半導体は大電流・高速スイッチングに耐えなければならないのですが、アカデミックな研究においてもほとんど知られていない「想定外の挙動」に直面することもあったといいます。
こうした課題を乗り越えるために重要だったのが、デンソーの「垂直統合のモノづくり」でした。チップの開発部門であるパワーデバイス技術部は、SiCの物性レベル・結晶構造レベルから現象の原理・原則を理解し、特性を調整することで挙動を抑制する対策を講じました。一方、インバーター部門は、車両での実際の使われ方を熟知する立場から、インバーターとしての制御で挙動を抑え込む対策を提案します。そこに研究部門も加わり、想定外の挙動の解明に取り組みました。
「デバイスにおける課題に直面した際、デバイスだけで解決するのではなく、インバーター、モジュールを含めて対策を考えることができる。これこそが、デンソーが垂直統合のモノづくり体制を構築してきた強みだと考えています」
(三角)
デンソーのBEVとHEV/PHEVに関するプロジェクトの中核に
現在、第3世代SiCパワー半導体はデンソーにおけるクルマの電動化を支える2つの大きなプロジェクトの中核技術となっており、BEVとHEV/PHEVそれぞれに対して最適化されたかたちで実装が進んでいます。
ひとつは、BEV向けの「eAxle内蔵インバーター」プロジェクトです。このプロジェクトは、デンソーも含めた3社協業で進み、デンソーは主にインバーター開発を担当しました。
EVに搭載される「eAxle(イーアクスル)」は、モーター、インバーター、トランスアクスル(変速機と差動装置を一体化した機構)を一体化した駆動ユニットです。
デンソーが開発したSiCパワー半導体は、このeAxleに内蔵されるインバーターの心臓部として採用されており、BEVとHEV/PHEVの領域でそれぞれ成果を上げています。
BEV向けとしては複数の専用モデルに搭載されているほか、HEV/PHEV向けとしてもインバーターの「小型化」と「電力変換効率の大幅な向上」を両立させました。これにより、燃費と動力性能を高め、HEV/PHEVの魅力をさらに引き上げています。
SiCパワー半導体の次なるステージへ──8インチウエハの開発
こうして開発された次世代のSiCパワー半導体は、この先どのような展望のもと開発が進められていくのでしょうか。伊藤は、次のステージに向けた構想を次のように語ります。
「第3世代までは6インチで量産してきましたが、コスト競争力を高めるには、より大口径のウエハへの移行が不可欠です。世界中で開発競争は厳しい状況ですが、魅力あるデバイスを開発し、世界中のお客様にデンソー製のSiCを使っていただきたいと考えています。その先には、クルマの枠を超えた展開も視野に入ってくるでしょう。デンソーのSiCパワー半導体は、その高効率性と高信頼性から、グリーンエネルギー分野でも大きな価値を持つと確信しており、社会インフラへの展開も期待されます。そのためには、世界各地のニーズをつかみ、世界中の研究機関などとも連携し、より競争力のあるデバイスを開発し続けていきます」
(伊藤)
また、チーム内で20年以上にわたるパワー半導体開発の経験を持つ三角は、こうした現状と展望をふまえて、次のように振り返ります。
「私がパワー半導体開発に携わり始めた当時は、HEVがこれほど普及するとは想像もしていませんでした。その間、Si-IGBT開発で直面したさまざまな課題を解決してきた知見・ノウハウ。そして、SiC独自の課題に対して、長年の基礎研究の末に蓄積してきた技術。この2点こそが、デンソー半導体の大きな強みです。SiCパワー半導体に関しても、まだまだ伸び代があると確信しています。高性能化や低コスト化を追求し、世界中のお客様に使っていただくことを通じて、カーボンニュートラルの実現に貢献していきたいと考えています」
(三角)
一方、山本は入社2年目からSiCの研究開発に携わってきました。関わり始めた当時は、ウエハの直径も2インチという小さなサイズで、手作業でビーカーの中でデバイスを作っていた時代です。
「SiCパワー半導体は第2世代でBEVのモーターを動かすインバーターに搭載され、第3世代で普及版の低コスト化を進めるフェーズに到達しました。SiCはまだまだ伸び代がありますから、世界中のEVにデンソー製のSiCパワー半導体が搭載されるように、より高性能化、低コスト化を追求していきたいと考えています」
(山本)
さらに、8インチウエハでの開発を進めるとともに、SiCに続く新材料や新構造を用いた次世代パワー半導体の研究開発にも取り組んでいます。
「厳しい市場環境ではありますが、目指している未来像は明確です。顧客ニーズへ柔軟に対応できる高品質、低価格のパワー半導体を開発し、世界中の顧客に提供すること。そして、環境・安心を担うモビリティ社会を世界規模で実現し、地球温暖化の抑制に貢献していくこと。そのために直近では、さらなる低コスト化と生産性向上を実現する『8インチウエハ』の開発及び『次世代デバイスの開発』を推進していければと考えています。これらの技術革新により、モビリティ分野のみならず、再生可能エネルギーや産業機器など幅広い領域での応用拡大も期待されています」
(伊藤)
COMMENT
「できてない」 を 「できる」に。
知と人が集まる場所。




