私たちが地球に住めるのは、藻のおかげ?

地球温暖化——CO2を含めた温室効果ガスの影響による気候変動は、私たちが解決しなければならない、大きな社会問題です。1950年に比べ、地球の平均気温は1℃以上上昇しています。この変化が生態系にもたらす影響は深刻で、IPCC(国連気候変動に関する政府間パネル)のレポートには 「地球の気温が1〜3℃上昇すると、生物種の20〜30%が絶滅の危機に瀕する」 とも記されています。

しかし、歴史を振り返ってみると、誕生したばかりの地球はもっともっと過酷な状態でした。今の比ではない温暖化ガスで満ち溢れ、酸素すらない。大気はずっと100℃を超えるような高温。とても生き物が住めるような環境ではありませんでした。そんな過酷な状態だった地球を、生き物が住めるような環境に変えてくれた救世主がいます。それが、「藻」 です。

今から約25億年以上前、「シアノバクテリア(ラン藻)」 と呼ばれる藻が、原始の海に生まれました。このシアノバクテリアは、地球上で最初に酸素を発生する光合成の能力をもった生き物 です。彼らが海中で繁殖した結果、光合成でできた酸素が海で飽和して、次第に大気へと排出。生き物にとって欠かせない酸素を生み出し、地球を緑豊かな多様な生物が住める環境に変えたのです。さらに彼らが私たちにもたらしてくれた恩恵は、それだけではありません。藻の死骸は沈殿し、長い年月を経て石油に変化しました。生物が住める環境にしてくれただけではなく、いまエネルギー源として私たちの生活を支えています。

そんな藻が、生まれてから約25億年の月日を経て、再びこの地球を救うキッカケとなるのではないか……と密かに注目されていることを、皆さんはご存じでしょうか?

食糧問題だけでなく、クリーンなエネルギーも。

藻が秘めているエネルギーは、私たち生き物の糧として、魅力的な働きを見せてくれます。藻にはタンパク質や脂質、ミネラルといった基礎的な栄養素が豊富に含まれています。加えて、殺菌作用を期待できる機能的な成分を含んだ種も多く、食品やサプリメント、畜産の飼料、水産業の餌料など、幅広い用途での活用が期待されています。

そうした藻は、体内に油分を蓄える性質を持っていて、この油分はディーゼルエンジンなどで使えるバイオ燃料に変換できます。加えて、藻は成長するときに樹木の10倍の効率でCO2を吸収します。工場などで出たCO2を、バイオ燃料に使用する藻の栽培に使えば、環境負荷の少ないクリーンなエネルギーを、効率良く作りだすことができます。

優れた栄養源としての利用価値、そこからクリーンな代替エネルギーへの発展……様々なポテンシャルを持っている藻ですが、社会に普及させるためには、「藻を安価で安定的に大量生産できるようになること」 が不可欠です。

実用化には、1リットルあたりの生産費用を、数百円に押さえる必要があります。そこまでコストダウンをするには、まだまだ多くの技術的な壁を乗り越える必要があります。また、サプライチェーンの確立や、国の政策とも整合させていくことも重要です。けれども、もしそれらの課題をクリアできたら、私たちが今よりもサステナブルな世界を築いていくための、大きな足がかりとなるはずです。デンソーはそんな未来を描き、藻の量産と活用にチャレンジしています。

最高の “藻” を追い求めて

デンソーが藻と出会ったのは、2007年のこと。企業でのSDGs関連の取り組みが今ほど盛んではなかったこの頃から、私たちは「ものづくり産業は、変わらなければならない。このままの体制で、CO2を出し続けていてはいけない」という危機感を持っていました。そして、カーボンニュートラルに向けた製造プロセスの見直し、よりエコなエネルギー源の検討をする中で、バイオ燃料の原料として注目され始めていた、藻の存在を知ったのです。

ずっと自動車産業に携わってきたデンソーに、藻の知見はまったくありません。「自分たちだけではわからないことが多い。ならば、協力し合える仲間を増やそう」と、デンソーは京都大学との共同研究プロジェクトを立ち上げました。

プロジェクトチームがまず取り組んだことは、どんな環境でも育てやすい、タフな藻の捜索でした。そして、全国各地での調査の末、「コッコミクサKJ」 という新種の緑藻を発見しました。見つかった場所は、なんと温泉地帯。高温かつ酸性の強い水質でも生き抜くコッコミクサKJは、まさにチームが求めていた通りの存在でした。また、その魅力はタフさだけに留まらず、ほかにも多くのポテンシャルを秘めていたのです。本プロジェクトの立ち上げメンバーでもあり、バイオの技術開発のリーダーである渥美欣也は「この新種の発見が、プロジェクトの未来を大きく切り開いた」と言います。

まず特筆すべきなのは 「丈夫で成長速度が早い」 という特徴です。これまでの藻と比較しても、群を抜いて大量生産がしやすい品種でした※1

また、それだけでなく、食用としても相当に優れた機能を持ち合わせていました。他の藻に比べて栄養素が豊富で、その数は62種類にものぼります。心理的なストレスを軽減するGABAや、アレルギーの抑制や血栓予防の効果を見込めるαリノレン酸も含まれていて、機能性食品としての利用価値も高いのが魅力です。(渥美)

エネルギー用途だけでなく、副産物でも稼げるようになれば、実用化のハードルを大きく下げることができる。コッコミクサKJならば、量産化・実用化が可能かもしれない――そんな期待を胸に、プロジェクトメンバーは2つのアプローチを取りました。

1つ目は 「バイオ燃料の生産性向上のための品種改良」 です。自社の研究所に最先端の分析環境を用意して、コッコミクサKJのゲノム編集に着手しました。

通常、コッコミクサKJに含まれる油分(燃料の材料部分)は、通常で乾燥重量の30%程度です。この油分の含有率を、ゲノム編集による品種改良によって、倍の約60%前後まで上げることに成功しました。この研究によって、燃料にする際の生産性をグッと引き上げられました※2。(渥美)

※1 農林水産省の委託事業による支援のもと、京都大学 宮下教授、宮下研究室の皆様と共同で成し遂げた成果です。

※2 国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)の委託業務の成果を活用し、中央大学 原山教授、原山研究室の皆様と共同で成し遂げた成果です。

2つ目は「量産化のための大型培養施設の建設」です。この施設は、熊本県天草市にある廃校を活用して作られました。天草は日照時間が長く、屋外での大量培養に適した環境でした。

太陽光を利用する屋外での培養は、室内培養のように光源としての電気を使用しないので、その分環境への負荷が少なくて済みます。一方で、天候によって日々の日射時間が異なり、それによって藻の生産量が一定にはならず読みにくい、という難点もあります。

バイオ事業を推進するリーダーである久野斉は、この「生産が安定しない」という難点を、デンソーならではの視点と技術力でカバーしていると語ります。

藻の培養を“工業的”に捉えて、生産ラインを管理しているのです。それぞれの工程で、培養に影響を及ぼす変数を割り出し、“失敗しない範囲”を数値的に明らかにすることで、どんな天候でも安定的な生産が見込める仕組みを整えています。ここには、今まで車の製造で培ってきた量産化の技術、品質管理の技術が、ふんだんに生かされていますね。この『天候に左右されない藻の生産管理の仕組み』が完成すれば、世界中いたるところに、藻の培養施設を作れるようになるかもしれません。(久野)

課題は、「量産」 と 「活用」。 藻があたりまえにある暮らしを

プロジェクトメンバーたちは、コッコミクサKJの生産の安定化・効率化を図りながら、同時並行で藻を活用した事業の拡大にも注力しています。彼らは、コッコミクサ活用の事業化を「Food」「Feed」「Fuel」の3段階に分けて推し進めています。

第1フェーズの「Food」は、食料としての活用です。コッコミクサKJには、スーパーフードと呼んでもいいほどのポテンシャルがあります。その多彩な栄養機能を押し出して付加価値のある食品をつくり、藻の認知度を高めつつ、大量生産に向けた準備を整えていく段階。直近ではユーグレナ社と共同研究で、口腔ケアの機能性を明らかにし、コッコミクサKJを使った 「コッコミクサのちから」 というサプリメントを商品化することができました。

第2フェーズの「Feed」は、飼料・餌料としての活用です。低コストでの安定的な大量生産が可能になった暁には、ここに注力していきます。今後、人口増加に伴って、トウモロコシや大豆を原料とした飼料は高騰するでしょう。その代替となる飼料を、バイオ燃料製造の際に出る副産物、コッコミクサKJの絞りカスで製造するのです。こうして副産物を有効活用できれば、バイオ燃料の価格も抑えられます。

第3フェーズ「Fuel」は、将来の目標真の目的であるバイオ燃料としての活用です。環境に優しいバイオエネルギーの安定供給を可能にしていくことで、カーボンニュートラルな社会に向けて一歩ずつ歩んでを現実に引き寄せていきます。(渥美)

コッコミクサKJは、さまざまなポテンシャルを秘めた逸材です。それを各分野で最大限に引き出しつつ、多岐にわたる事業拡大を進めていくには、デンソーが持つ技術や知見だけでは不十分です。私たちはもっと多くの協力者、パートナーと共に、コッコミクサKJの魅力を分かち合いながら、「生活の中に藻があるのが当たり前な世界」をいち早く目指していきます。

これまで培ってきたデンソーの技術を存分に生かすことで、藻が再び、地球に住まう私たちにとっての“救世主”になるかもしれません。世間的には「デンソーってクルマの会社だよね」という印象が強いと思いますが、この藻のプロジェクトをもって、私たちは「温暖化やエネルギー問題の解決にも取り組む企業」として世界をリードできる存在になるをしていくことを目指す。そう決意して、今のプロジェクトに本気で取り組んでいます。(久野)

人と地球の、ウェルビーイングな未来のために

大きさは1ミリメートルの1/200ほど、その姿を肉眼で見ることすら叶わない、小さな小さな生き物である藻。そんなミクロな彼らの働きが、直径12,742kmの地球を包み込んで、私たち生物は陸地で生きられるようになりました。

その小さな力が集まることで、気候変動を抑制し、カーボンニュートラルな社会へのひとつの解になると信じて。デンソーはこれからも、自社の技術力を存分に生かしながら、藻の量産を軸にしたバイオ事業を推し進めていきます。