このままでは食卓から魚が消える? 知られざる海の危機

「最近、スーパーで見かける魚が値上がりしている?」
そんなちょっとした変化に心当たりがある方も、おそらく多いのではないでしょうか。こうした魚介類の値上がりの原因のひとつに、消費の拡大があげられます。ここ半世紀の間に地球人口は2倍に増加し、その影響から、世界全体での魚介類消費量は約5倍にまで跳ね上がりました。需要に対して供給量が少なければ、そのぶん価値が上がり、値段が高くなるのは必然です。普段の生活の中ではなかなか感じられにくい変化ですが、人類は今、ものすごいスピードで海の資源をのみ込んでいます。
2006年、アメリカ、カナダなどの合同研究チームが、学術誌『Science』で衝撃的な研究報告を発表しました。彼らは、海洋生物の多様性が漁業によって急速に壊されていることを指摘し、「このままのペースで人類が海で魚を獲り続けたら、2048年には世界中の海から食用魚が消える」と指摘したのです。

これまで、海洋での漁業は「大漁がよしと」される世界でした。なぜなら、多少誰かが獲りすぎたとしても、魚は広大な海の中で増え続けており、その影響は微々たるものだったからです。

しかし時が進み、食文化の多様化や人口増加によって、市場が求める魚の量は急増しました。高まる需要に応えるため、漁業も次第にアップデートを遂げていきました。その結果、船の機動力や漁の技術は大幅に向上し、漁業の効率と漁獲量が飛躍的に上がりました。そして、求めるがまま増やしていった漁獲高は、いつしか海の生態系を崩すほどの量にまでなっていたのです。魚たちは今、驚くほどのスピードで減り続けています。

海洋資源全体のことを考慮しきれないまま、それぞれが個別に資源を求めすぎてしまったがために、大きな危機に瀕している海。生態系を守りながらも、海の恵みである魚をこの先も食べ続けるために、私たち一人ひとりができることはあるのでしょうか。

欲望のままに海を壊さない、そのために私たちができること

実は、お店で魚を買う際に、「海を守る」という観点で選ぶ方法があります。その時の判断材料になるのが、MSCおよびASCラベルです。

MSCラベルとは「水産資源と環境に配慮し適切に管理された、持続可能な漁業で獲られた天然の水産物の証」であり、ASCラベルは「環境と社会への影響を最小限にして育てられた養殖の水産物の証」です。このラベルが付いた製品を買うことで、消費者は持続可能な漁業と、そこに従事する人々を応援することができます。このような、海の持続可能性に配慮して漁獲された水産物を「サステナブル・シーフード」と呼びます。

サステナブル・シーフードは、イギリスで生まれ、発展した概念です。イギリスの国民食とも言える「フィッシュ&チップス」にはタラが使われています。そのタラの大部分は、カナダの東側の海で獲られていました。しかし1990年代に入って、乱獲の影響によりタラの漁獲量が急激に落ち込み、国民食が食卓から消えてしまうほどの事態に陥りました。慣れ親しんだ魚がいなくなり、食べられなくなるかもしれない――このとき、イギリス国民に深刻な危機意識が芽生えました。

そんな世間の空気を汲み取るかたちで、世界自然保護基金(WWF)と世界有数の多国籍企業ユニリーバが、持続可能な漁法で獲った魚に「水産のエコラベル」を付けて流通させ、消費者がこのラベルの付いた魚を優先的に選ぶようになれば、漁業全体がサステナブルに変わっていくという構想を発案しました。両者が協力し、1997年にロンドンで独立した非営利団体として発足したのがMSC(Marine Stewardship Council・海洋管理協議会)です。MSCラベル、ASCラベルは、こうした思想から生まれたのです。

MSC認証、ASC認証はこれから消費者と共に成長していく仕組みであり、
MSC・ASCラベルが付いたサステナブル・シーフードを選ぶことは、消費者一人ひとりが取り組める、持続可能な環境を作るための活動です。私たちデンソーは、サステナブル・シーフードを通じて、この海の環境問題に向き合っていきたいと考えています。

  • MSC「海のエコラベル」

身近な「食」から、一人ひとりの意識を変える

漁師が無理に漁獲制限することなく、また、消費者も無理して環境に配慮した製品を選ぶのではなく、ごく自然に持続可能な選択ができるよう、地球にやさしい状態をつくっていきたい。そんな思いを体現する施策のひとつとして始まったのが、サステナブル・シーフードへの取り組みです。

デンソーでは、海の資源問題についての認知やSDGsへの意識向上を目的に、2019年3月から月に一度のイベントとして、各事業所の食堂でサステナブル・シーフードを使ったメニューの提供を開始しました。実施する事業所は徐々に増え、現在は全国10カ所の食堂で実施されています。

生活に密接な食にアプローチすることで、社員が日常的に環境を意識した選択ができるように、また、事業の中で行うSDGsにも高い意識で取り組めるようにと願いながら推進しているこの活動。少しずつ認知が広まってはいるものの、目指すところはまだまだ先にあります。社内のサステナブル・シーフード推進に携わるデンソーウェルの多田真夕と猪飼礼実は、さらなる社内浸透を図っていきたいと意気込みます。

「アンケート調査によると、全社的な認知度はまだ3割ほどです。中には『サステナブル・シーフード』という言葉は知っていても、特定のメニューの名前だと勘違いしている方もいらっしゃいました。
今後のイベントでは、サステナブル・シーフードのメニューを目立たせるとともに、その背景にある環境問題を知ってもらうためのきっかけを積極的に提供できるように、アプローチの方法を工夫していきたいと思います」(多田)

「サステナブル・シーフードに限らず、例えば海洋プラ廃止を意識して『小分けドレッシング』を『ボトル式ドレッシング』に変更するなど、食堂全体が『サステナビリティ食堂』と名乗れるくらいに取り組みの幅が広がっていけるのが理想的だなと思います。社員全員にとって、環境にやさしい選択が日常になるように、その意識変容のきっかけを食堂がつくっていきたいですね」(猪飼)

デンソーの食堂でサステナブル・シーフードメニューの調理を担当している、エームサービス株式会社の管理栄養士 池田梨恵と調理師 永井紀和子は、この取り組みの始まりがきっかけとなり、今起こっている環境問題を知り、生活の中での意識が変わったと語ります。

「この取り組みをスタートする前に社内で講習を受け、サステナブル・シーフードの知識やルールを学びました。このままでは、いつも食卓に並んでいる魚が食べられなくなってしまうかもしれない、という事実に驚きました。
地球規模の大きな環境課題に対しては、普段だったら『私にできることは、あまりないのかもしれない』と思いがちです。けれども『配慮した食材を選んで食べる』という小さな行為が、海洋問題を解決する確かな力になることを知って、それはとても素敵なことだなと思いました」(池田)

「スーパーで買い物をしているときに、『これ、この前サステナブル・シーフードで扱った魚だ』『これはどうやって獲られているんだろう』というところに意識が向くようになりました。MSC・ASCラベルのついた魚介類を見かける機会はまだまだ少ないですが、情報に触れ、実際に自分もそれを選んで食べたことが、意識や行動の変化にもつながってきているなと実感しています」(永井)

実生活での小さな、けれども確かな意識の変化を感じている池田と永井。食堂でのサステナブル・シーフード の取り組みも少しずつ慣れてきて、今では「少しでも広まってくれたら」との思いを込めながら、自分たちなり の工夫を取り入れていると話してくれました。

「調理面では、サステナブル・シーフードの存在感を強めて印象を残せるように、見た目や盛り付けに配慮しています。例えば、あるイベントでは、ASC認証を受けたエビを使ったかき揚げ丼がメニューになりました。いつもはすべての具材をいっぺんに混ぜてしまいますが、その時は野菜などを混ぜ込んでから最後にエビを添えて揚げることで、揚がった後の見た目でもエビが目立つようにしました。
思えば、普段から『この食材をどうしたら、最もお客様に美味しく楽しんで食べてもらえるだろう』と考えながら調理をしているので、サステナブル・シーフードを扱う際も、やっていることは同じなのかもしれません。ただ、素材を生かそうという意識は、普段より少し強めに持っていますね」(永井)

  • ASC認証を受けた海老を使ったかき揚げ丼

「どんなに環境に良いものでも、やはり美味しくないとお客様にはなかなか選んでもらえないと思います。素敵な取り組みだからこそ、少しでも多くの人に『環境に良いだけじゃなくて、美味しいから』という視点で自然と選んでもらえるように、チームみんなでこだわりを持って作っています。
扱う魚介類は月ごとに変わるので、扱う食材がニッチだったり、あまり馴染みのない料理になったりすると、頼む人は減る傾向にはあります。けれども、最近は『今日はサステナブル・シーフード置いてあるんだね』と、メニューにかかわらず頼んでくれる人が増えてきました。広まっていることを肌で感じられて、とてもうれしいです」(池田)

サステナブル・シーフードに限らず、デンソーではすべての事業活動において「Reduce,Reuse,Recycle=無駄なく使い、再利用し、再生させること」を意識し、いついかなる時でも地球にやさしくあることを目指しています。例えば、生産工程で排出されるCO2、あるいは工場排水を使って微細藻類を育て、自社バスのバイオ燃料にしたり。その燃料を作る時に出る搾りかすを、養殖の飼料として活用したり。ほかにも、CO2を排出しないモノづくりを目指したり……。ものづくりを担う会社として、持続可能な社会のためにできることは、もっと広げていけるはずです。

食堂の1皿が、社会を動かすかもしれない

環境に負荷のないアクションを定着させるためには、理想を追い求めるだけでなく、楽しみつつ無理なく続けられるものであることが重要です。理想を見失わないようにビジョンをしっかり持ちつつ、現場が主体的に取り組めるような仕掛けや仕組みを見いだしてこそ、そのアクション自体もサステナブルになっていくでしょう。

デンソーはこれからも、自社の活動のすべてを地球にやさしい循環型の事業活動にしていくことを重点課題と捉え、推進していきます。こうした文脈の活動のひとつとして、サステナブル・シーフードの取り組みも、今後、順次拡大していく予定です。社員全員、そしてその周りにいる家族や友人たちが、地球環境を意識した行動を自然と取れるようになることが、この活動の真のゴールです。
デンソーで働く17万人が足並みをそろえて一歩を踏み出せば、より多くの人がSDGsに向き合うきっかけとなるはず。そうなれば、世界は大きく動き出します。食堂で出す1皿が、社会を持続可能な未来へと踏み出す大きな一歩に変わるように、私たちはサステナブル・シーフードを、さらに普及・浸透させていきます。