CPU、GPUに次ぐ第3のプロセッサ「DFP」が実現する未来

“即断即決”できる新しい頭脳が、自動運転を実現に近づける。

これからのスマートモビリティやロボットが複雑な社会のなかで機能するには、膨大な情報を処理し、“即断即決”できる賢さが必要になります。デンソーはそうした未来を見据えてCPU、GPUに次ぐ新しい半導体「DFP」を開発することで、自動運転のみならず、工場やエッジコンピューティングなどのさまざまな産業領域を支えようとしています。

この記事の目次

    社会のスマート化を下支えする半導体技術

    自動運転技術の発展によるスマートモビリティの実装や、工場の自動化や都市のスマート化など、いまさまざまな局面で社会のトランスフォーメーションが進んでいます。

    複雑な環境のなかでモビリティやロボットをスムーズに動かすには、外部環境からの膨大な情報の処理が求められ、従来の数千倍の処理能力が必要になると考えられています。

    また、自動運転の社会実装には、外部から取り込んだ情報をもとにした行動の予測や“即断即決”の判断といった、環境のなかで臨機応変に対応できるシステムが欠かせません。そうしたシステムを支えるのが、次世代の半導体です。

    「判断」に強みを持つ、新しい半導体「DFP」

    それでは、「その場の状況に応じて」リアルタイムに考えて、人間と同じように臨機応変に対応できる頭脳とは一体どのようなものでしょうか。

    まず、運転を例に考えてみると、目の前から「歩行者」「バイク」「飛んできたレジ袋 」が同時に近づいてきた際に、「レジ袋が最もリスクが低い」と瞬時に判断をしているはず。 その思考プロセスをひも解くと、人間は車の周囲360°の状況を見渡し、何がそこにあるかを認識し、そこから「危険を見つけ出す」「何をするかを判断する」「車を操作する」といった順序で危険回避の行動を取っています。

    瞬時にそうした最適解を判断できる“賢さ”を自動運転に実装するためには、走っている車にまず周辺環境から危険を見つけ出す「認知」を行わせます。その上で、どんな経路で移動するのが最も安全かを決定する「判断」をし、決定した方向へと車を制御する「操作」を行います。これらを自律的に判断して実行するためには、高度な知能が欠かせません。

    そこでデンソーは、「判断」の処理に強みを持ち、即断即決・反射神経に特化した「DFP (Data Flow Processor)」という半導体の開発に取り組むことにしました。その背景について、 DFPの開発に携わる片野 智明(NSITEXE 事業推進部)は次のように語ります。

    「他社の半導体ベンダーは、『規則性のあるものをいかに速く処理するか』という観点から、高性能で効率がよい半導体を開発されてきました。一方で私たちが注目したのは 『人間の脳のように機能する』こと。DFPの開発にあたり、私たちは『いかに適切な判断を下す半導体をつくるか』を目標にしました。ソフトウェアエンジニアがグループ内にいるデンソーだからこそ、さまざまなアプリケーションや処理を組み合わせながら、最適解を模索できていると考えています」

    DFPの4つの強み

    CPUとGPUに続く「第三のプロセッサ」とも呼ばれるDFPは「高い電力効率」「リアルタイムモニタリング」「機能安全」「柔軟なカスタマイズ性」という4つの強みを兼ね備えています。

    まずは「高い電力効率」です。GPUなどと比較してDFPは演算ユニットを効率よく活用できるため、発熱量の増加に伴って必要となる冷却装置のサイズも小さくでき、組み込みの際にメリットがあります。それを数値で表すと、GPUと比較して10分の1の電力消費量となる一方で、従来のCPUと比較して40倍の性能を発揮します。

    次に、不具合が発生した際に「リアルタイムでの素早い対応」のためにモニタリングできることも強みのひとつです。システムの置かれた状況を短い周期でモニタリングし続けることで、異常が起こっていないかを確認しています。

    そして、「機能安全 」です。エラーが起きたときには、すぐにリカバリーできる冗長性が担保されています。もしもエラーが発生した場合にも、その内容を把握し、すぐにでも停止したほうがよいケースの場合は機能を停止させられます。また、停止してはいけないケースでは、エラーが起きていない部分でエラーを補いつつ、動き続けられるという設計がなされています。

    最後に「柔軟なカスタマイズ性」です。搭載するシステムによって必要な機能は異なり、そのシステムに応じたカスタマイズが求められます。例えば、複雑な処理を効率よくこなすタスクが多いのか、それとも単純な処理を大量に処理するタスクが多いのか、システムによってさまざまです。たとえ自動車ほどの大きさがないロボットであっても、システムに応じて機能を組み合わせられるため、車載に限らず数多くの産業システムなどへの応用が期待できます。

    自動運転以外の「組み込みシステム」への応用

    これら4つの強みがあり、高い信頼性が求められる“車載”領域での開発にデンソーが取り組んできたからこそ、 DFPは自動運転だけでなく、工場 や農業の生産現場で動くロボット、エッジコンピューティングなど他分野の「組み込みシステム」への転用も期待されています。

    自動車に積み込む「車載」や産業機器用の半導体はいまでも市場の1/3を占めています。そして、その需要はさらなる高まりを見せており、この大きな市場にDFPは応用できると片野は語ります。

    「“車載半導体”は高い処理能力だけでなく、熱や衝撃など過酷な環境に耐えるタフさが必要です。車載としての賢さやタフさを磨いてきたからこそ、『組み込 みシステム 』における共通の課題の解決につながっていくと考えています」

    IPとして開発し、半導体メーカーと協働

    DFPの開発体制のもうひとつの特徴は、半導体チップではなくIP (Intellectual Property:知的財産権)として開発していること。モビリティを はじめとする組み込 みシステムは、製品ごとに仕様が多種多様。IPライセンスを提供することで、半導体メーカーがより効率的に導入できるような体制を整えるIPビジネスとしての展開を予定しています。IPとして開発に取り組む背景について、片野は次のように話します。

    「DFPがどのように未来の自動車に役立つかを伝えた上で、半導体の製造メーカーと協力体制を構築できるように取り組んでいます。産業用途への展開では、ファクトリーオートメーション分野のお客様と実現性の確認や試作などを進めています。 ハードウェアの技術や開発力を持つ企業に対して、デンソーが持つアプリケーションやソフトウェアの知見を提供しながら、新しい可能性を一緒に模索し始めているんです」

    オープンな協力体制で、開発期間と人数を大幅に削減

    他社との協力体制の構築は、IPの提供だけに限りませんでした。DFPそのものの開発も、「パートナーとのオープンな協業が成功要因として大きい」と片野は語ります。

    いま、最先端の半導体技術の研究開発は、開発費も製造費も高騰しており、一社だけでまかなうことが難しいという現状があります。そこでデンソーでは、さまざまなパートナーとの提携や、コミュニティの力をお借りしながらDFPの開発を進めてきました。

    たとえば、シリコンバレーのスタートアップBlaizeとの協業を締結 。同社が提供するGPUよりも高性能かつ低消費電力を実現した半導体製品と、それを利用するためのソフトウェア製品群の技術協力を受け、DFPのコンセプト構築から携わっていただきました。また、オープンアーキテクチャのRISC-Vという 規格も用いており、そうした協力体制があったからこそ、限られた人数と時間で開発を進められた、と片野は語ります。

    「DFPの開発は、200人規模で10年間を要する見込みだったんです。しかし、結果的に開発はわずか50名、たった3年で完了しました。開発期間と人員を大幅に削減できた理由は、『頭を使わない部分を決める』こと。自分たちはプロセッサ開発に注力し、それ以外はパートナーやオープンな規格に頼ることで、その労力を大幅に削減できたんです」

    開発期間を短縮できたもうひとつの要因は、組織体制です。DFPの開発に取り組んでいるエヌエスアイテクス(NSITEXE)社は、半導体の開発に特化したデンソーの子会社です。別組織として裁量が与えられたことで、意思決定のスピードや開発効率が向上。関わるメンバーで合宿を行い、仕様に関する重大な議論を進めたこともあります 。そうした環境で朝から晩まで根詰めて頭を悩ませて問題に向き合い、それでも難しい部分は外部パートナーからの協力を受けるといった姿勢が、DFPの製品化につながっていきました。

    合宿でのディスカッション。さまざまなアイデアが練られ、スピーディな開発につながった。

    次なるスタンダードを生み出すために

    今後、DFPの販売戦略においては、標準的なプロセッサを用意しながらも、自動運転やファクトリーオートメーションにおける工場ラインの監視 といった個別のニーズに応えるべく、拡張できるシステム を準備し、カスタマイズ可能な製品の提供を進めていきます。

    今後は求められる計算量が増える製品などに順次対応するだけでなく、分野を問わず使いやすさを追求していく予定です。お客様の製品開発にIPを使うだけでなく、他社のチップも使える状態を目指していくと片野はその展望を語ります。

    「一番の狙いは次なるデファクトスタンダードになることです。半導体製造メーカーの他社と競合するのではなく、IPを提供して利用いただく共生関係を築きたい。それが、自動車に限らずDFPを世の中で広く使ってもらうために重要だと考えています。日本の半導体産業は、“ガラケー”にこだわり世界的なスマートフォンの波に乗り遅れてしまいました。だからこそ、次の波である自動車産業の変革で、iPhoneのような 影響力を取り戻したいと思うんです」

    ハードな環境に耐えながらも、賢く判断し、人間を支援してくれる。DFPを搭載したそんなスマートモビリティやロボットが、私たちの生活を支える日はもうすぐそこまで近づいています。自動運転にとどまらず、ファクトリーオートメーションや農業といったさまざまな産業領域を支援していくために、これからもDFPの開発を続けていきます。

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