エコキュート開発物語

エコキュート開発物語

驚異の省エネ技術

エコキュート開発物語

ECOCUTE PRODUCT DEVELOPMENT HISTORY

自然冷媒で給湯革命を

1998年、デンソ一の開発陣はフロンの代わリに自然冷媒を使ったカーエアコンの開発に全力を挙げていた。自然冷媒は、万ー放出されてもオゾン層や地球温暖化への影響が少ない次世代技術である。そこへ東京電力と電力中央研究所から「自然冷媒を使った家庭用給湯機の共同開発」が持ち込まれた。新しいパートナーとの異分野への挑戦。
しかしこの出逢いが脅威的なエネルギー効率を備えた給湯機の誕生をもたらす。


給湯革命は一編の論文から始まった

1993年夏、冷暖房開発1部の山中康司は、猫の手も借リたいような日々を送っていた。カーエアコンの冷媒に使われている特定フロン(CFC-12)がオゾン層破壊物質と判明し、91年から94年までに影響が少ない代替フロン(HFC-134a)に切リ替えることになったのだが、膨大な車種のモデルチェンジが一巡する間に一気に対応せねばならない。
そんな時期に、同部署の平田敏夫から「おもしろいものがあリます」と、ノルウェー工科大学のグスタフ・ローレンツェン教授が著した一遍の論文を見せられた。そこには「環境保護の観点から冷媒には代替フロンよリ自然冷媒の二酸化炭素(CO2)を」という研究が記されていた。そのとき山中は「多忙な時期に、なんと浮世難れした話だ」という程度の感想しか持たなかった。しかし、平田は論文に共感し、ローレンツェン教授に手紙を送った。これがきっかけとなり教授との交流が始まる。そして、代替フロンヘの切り替えが一段落すると、環境問題に関心の高い欧州の自動車メ―力ーから「次世代の冷媒をどう考えるのか」構想を示すよう要請があり、にわかに自然冷媒の存在が重みを増した。

給湯革命は一編の論文から始まった

それは、まったく別の生物を
作り出すようなものだった

1995年山中たちはローレンツェン教授から自然冷媒に関する基本特許や実験装置を借り受け、冷媒用ガスの基礎研究を開始した。二酸化炭素(CO2)、ブタン、プロパン、アンモニアなどを環境性や安全性の側面から評価していく。その過程でCO2のすぐれた特性が浮上した。

  1. CO2は地球温暖化係数が特定フロンの8100分の1、代替フロンの1300分の1と環横負荷がきわめて低い

  2. 不燃性ガスで無害のため、万一漏れても安全

  3. 冷暖房の効き目を実感する即効性にすぐれている

  4. 化学工場で二次的に発生するCO2を再利用できる

超臨界

しかし、冷媒を単純にフロンからCO2に入れ替えれば済むほどコトは簡単ではない。フロン系冷媒は10気圧で気化・液化を繰り返して冷暖房を行うが、CO2は気体のまま100気圧に圧縮して温度を上けて暖房し、冷房の場合は急速に減圧して温度を下げる。100気圧とは、気体と液体の境界がなくなる「超臨界」の状態をつくり出す圧力で、カーエアコンのように苛酷な使用環境で安全に作動させるのは至難の技だ。代替フロンへの切り替えがマイナーチェンジなら、CO2カーエアコンの開発はまったく別の生物を作り出すようなものだった。


力を合わせれば
給湯革命を起こせるかもしれない

新型カーエアコンの開発は、日米欧の自動車メーカーと連携しながら取り組んだが、完成にはまだまだ時間が必要だった。そして1998年6月、デンソーの開発陣はノルウェーのオスロで開催される「自然冷媒国際会議」で開発成果の一部を発表することになった。
この時、客席で驚きを持って講演に聞き入る日本の研究者がいた。(財)電力中央研究所(以下、 電中研)の斎川路之氏である。氏は脱フロンに向けた自然冷媒を研究する先駆者の一人だった。「我々が研究している次世代給湯システムの原理と同じだ。デンソーの到達レベルは高い」。
電中研では、家庭用最終エネルギー消費の3割を占める給湯を効率化するため、CO2冷媒を圧縮して熱いエネルギーを取り出す「ヒートポンプ」の研究を続けていたのである。そして、帰国した彼を待っていたのは、新たな製品開発を模索している東京電力(株)の調査チームだった。斎川研究員が国際会議で発表されたデンソーの技術を紹介すると東京電力である構想が生まれた。
「力を合わせれば給湯革命を起こせるかもしれない」。


異業種3社が手を結びプロジェクトが始動

1998年7月、特定開発室の伊藤正彦は、東京電力と電中研の来訪を受け、しばしとまどった。「自然冷媒によるヒートポンプ式給湯機の共同開発」の申し入れである。
しかし、伊藤はその構想を聞くうちに得心した。
「なるほど、ヒートポンプ式ならお湯を温める主役は空気で、電気はあくまでサポート役だから消費電力は格段に抑えられる。エネルギー効率の高いCO2冷媒を使えば効果は大きいだろう。しかも、冷暖房の複雑な装置を小型化してエンジンルームに分散して搭載するカーエアコンより、密閉して設置する給湯器の方が実用化しやすい」。
こうして10月には、異業種3社が手を結んだ共同開発ブロジェクトがスタートした。

室外機

改良につぐ改良、そして商品化へ

ブロジェクトチームに課せられたテーマは数々あった。CO2冷媒を超臨界にするため100気圧に圧縮するが、微量でも漏れると製品寿命に関わるため高度な密閉技術の確立が不可欠だった。タンクなどすべての装置の小型化、夜間運転での静粛性も必須条件である。
CO2の密閉では、漏れないように部品を締め付けすぎると、その箇所にダメージを与えで性能が落ちる。チームは、コンプレッサ(圧縮機)の形を模索しながら、ついに独特の密閉構造を考案した。これらの課題解決には、新型カーエアコンの開発で生まれた新技術や技能者による微細な加工技術が惜しみなく投入された。
こうして何台も試作品をつくリ、電中研に送っては評価・改良をくり返した。そしてプロジェクトが発足して1年。北海道から沖縄まで約30のモニタ一家庭に試験機を設置し、操作性や運転音などの感想を集める段階に至った。運転状況のデータは、携帯電話回線を通じて刻一刻とデンソーの研究室に送られてくる。技術者たちは、それを確認しながら新たな課題を抽出する。
「使用中のお湯切れを避けるにはタンク容量を大きくすべきだ」「お湯の使い方には各家庭の特性がある。装置に学習機能を加え、湯量・温度・時間を自動調節すれば効率的に運転できる」など改良は続き、2001年早春に商品化の目処が立った。
最後の課題は販売ルートだった。新型機を普及させるには住宅市場に強い設備機器メーカーの協力が不可欠だ。そこで、数社のメーカーブランドで販売し、デンソーは給湯機本体を製造供給することになった。そして、他の電力会社もライセンス生産に名乗リを上げ、電力業界として共通の商品名で売リ出す戦略が決まった。
新製品は「エコキュート」と命名された。

改良につぐ改良、そして商品化へ

地球温暖化防止技術の日本代表に

2001年5月エコキュ ートが発売されると、独創的な仕組みと驚異的なエネルギー効率に人々は目を見張った。
「空気の熱で90℃のお湯を沸かす全く新しい給湯方式、消費電力は電気給湯器の3分の1、ランニングコストはガス式給湯器の5分の1(デンソー試算)」
その技術は産官学の各界で注目を集め、受賞の知らせが次々に舞い込んだ。「日経地球環境技術賞」「省エネ大賞経済産業大臣賞」「十大新製品賞」「EPA(米国環境保護庁)環境賞」「オゾン層保護・地球温暖化防止大賞」・・
圧巻は、2003年12月にミラノで開催された気候変動枠組条約締約国会議(COP9)で、エコキュートがプリウスやノンフロン冷蔵庫とともに、日本が誇る地球温暖化防止技術として世界に紹介されたときだった。
一方で政府は、2002年度から購入補助金制度を設け、エコキュートの普及促進に乗リ出した。
こうした中で、ブロジェクトチームは喜びにひたる間もなく、寒冷地仕様、 浴室乾燥、床暖房機能などバリエーション機種の開発に追われた。
03年に冷暖房技術部がエネルギー損失を大幅に低減する「エジェクタサイクル」を開発すると、その技術を採り入れてエネルギー効率を20%向上させた。
多忙な日々にも拘らず、チームのどの顔も充実感にあふれていた。エコキュートで花開いた給湯革命は着実に普及し、多くの家庭で環境負荷を減らしているのだ。
技術者にとって、これほどの幸福はない。

改良につぐ改良、そして商品化へ