第1章 南米市場の開拓

1. NIPPONDENSO REFRIGERACOES LTDA.(NDB)の設立

(5) 価格ハンディの中での営業活動

GM・ブラジルへの純正エアコン初回納入
GM・ブラジルへの純正エアコン初回納入

NDBは設立の翌年、1976年からサンパウロを拠点に市販ビジネスを本格的に開始した。
最大の課題となったのはコストであった。
ブラジル最北部のアマゾン川流域にはマナウス自由貿易地区があり、部品輸入に関税がかからなかった。その恩典制度ゆえに、NDBのブラジル進出にあたって候補地となったが、カーエアコンの需要地域から遠く、部品メーカーもないため現地生産などの将来的展開には向いていないと判断し、結局サンパウロを拠点にしたという経緯がある。
NDBの競合となったサンパウロ地区の企業は、マナウス自由貿易地区でエアコン部品をキット化していた。一方NDBは日本からの輸入品をキット化していたため、関税というコスト上のハンディがあり、価格を高くせざるを得なかった。
価格のハンディを跳ね返すためには、高品質・高機能の訴求とともに、しっかりとしたサービス網を構築することが不可欠である。そこでまず販売業者にデンソーの技術力の高さや将来性を訴えかけ、取り付け技術習得のため1週間の講習会を実施した。講習会は座学と実習を組み合わせたもので、サンパウロやリオデジャネイロのみならず、ベレン、レシフェなど遠地からも参加者が集まった。
カーメーカーへの直納にも挑戦したが、結果は芳しくなかった。
そこで方向転換し、市販純正の指定を取得してGM・ブラジルへの500台のスポット納入に成功した。その後、装着車種の拡大で毎年倍増近い勢いで伸び、1976年に614台だった販売台数が1979年には5,500台規模になった。それはデンソー本社がGM本社へのアプローチに苦戦しているなかでの快挙であった。この実績はブラジルでの市販活動において、高品質を裏付ける宣伝効果をもたらした。