努力と平常心を胸に刻んで。

卓球界の新星が抱く「万里一空」のマインド

2024年1月、卓球界で話題をさらったデンソーポラリスの赤江 夏星。高卒ルーキーは全日本選手権でノーシードから快進撃を見せ、パリ五輪代表選手を破って4強進出を果たしました。注目を浴びた一戦で、19歳の感情はどう動いたのか。普段から準備を怠らない姿勢や、試合での「感情のコントロール」についても明かします。

この記事の目次

    故郷を離れても、支え続けてくれた家族

    ──まず、卓球を始めたきっかけを教えてください。

    私が始めたのは5歳のころです。父と2人の兄が卓球をしていて、その練習についていくようになったのがきっかけ。小学2年でクラブチームに入るまでは、卓球経験者の父に教わっていました。当時の私は、両親に「ラリーが続けばアイスを買ってあげるよ」と言われたら、張り切ってやっていたようです(笑)。ラリーをうまく続けられるようになったことで、さらに競技にのめり込んだ感じですね。

    ──中学の時に大きな環境の変化があったとか。

    そうなんです。中学2年生の時に兵庫の親元を離れて大阪の強豪アカデミーに移り、寮生活を始めました。親と離ればなれになることがすごく寂しくて、正直、家に帰りたいって思う瞬間もありました。

    ──家族の存在の大きさを感じたのでは?

    離れてみて、家族の大切さをあらためて実感しましたね。私のことを一番に考えてサポートしてくれる、本当にありがたい存在だなと。当時、ジュニアナショナルチームのメンバーに初めて選ばれて、海外遠征が一気に増えたんです。遠征には何を持っていけばいいのかすら、わからなくて。そんな時、母が寮に来て準備を手伝ってくれてすごく安心し、私も練習に集中することができたんです。遠征からの帰国が深夜になる際には母が空港まで迎えに来てくれるなど、たくさんの時間を割いてくれました。

    ──赤江さんの一番のファンは両親なのかもしれませんね。

    確かにそうかもしれません。両親だけじゃなくて、2人の兄もさりげなく支えてくれていますね。私の身体のことを心配して、兄は私が何も言わなくてもストレッチ器具やマッサージボールを送ってくれました。家族は「自分の道を貫きたい」という私の思いをくみ取って支え、遠方であっても試合の応援に駆け付けてくれます。家族のおかげで、私は今こうして頑張ることができています。

    武器はラリーでの粘り。勝つための準備を怠らない

    ──高校卒業後はなぜデンソーポラリスへ?

    高校3年生の時にインターハイ(全国高等学校総合体育大会)で優勝できて、プロで頑張りたいと思ったのですが、まだ自分の実力を高めたくて、日本リーグで試合の経験を積もうと考えました。自分に合う環境のチームはどこだろうと探し、たどり着いたのがデンソーだったんです。

    ──自分に合う環境とは?

    私は中学・高校時代、どちらかというと自分の考えを強く持って練習していました。当時の監督も「自分が考えたようにやってみたらいいよ」と、自由に伸び伸びと練習させてくれたんです。自由にやる代わり、自分の意志がしっかりしていないと成長もできないので、「ここで妥協したら駄目」という気持ちをいつも強く持っていました。なので、社会人になっても自分で自分をコントロールできる環境に身を置きたくて、デンソーを選びました。

    ──チームの雰囲気はどうですか。

    選手は私を含めて6人。みんな、自分の考えをきちんと持っていて、人に流されません。それぞれが自立しながらも、練習や試合は楽しい雰囲気でやれています。団体戦になると、全員でひとつになって頑張れるチームですね。

    ──赤江さんの持ち味といえば?

    ラリー戦で粘れること。粘った末に、一瞬の隙を突いてフォアハンドで得点するのが得意です。私は幼いころからかなりの負けず嫌いで、勝ちへの執着が強い。試合でどうやったら勝てるかを家でもずっと考えています。勝つためには、準備を怠らないことが大事。「このラリーには負けない」と試合同様の感覚で練習を重ねた上で、「もう練習をやり尽くしたから、これ以上やることはない」と思えるようになってから本番に臨んでいます。

    ──意識高く練習しているのですね。普段はデンソーの社員と交流する機会もあるとか。

    私はデンソー湖西製作所(静岡県)の練習場を拠点に活動していて、時折社員のいる職場に出向いて大会の結果を報告しています。たくさんの社員が時間を割いて集まってくれるのが、とてもありがたくて。「応援しているよ」と直接声をかけられるとサポートの大きさを実感して、「皆さんのためにも頑張ろう」とやる気がみなぎってきます。

    ──プレーを通じて、皆さんにどんな姿を見せたいと?

    私は、豪快なプレーをするのが特徴です。点数を取ると大きな声を出して自分を高める姿から、ガッツがあるとも言われます。そんな姿を見て共感し、応援したいと思ってくれる人が増えたらうれしいですね。

    失うものはない。力を出し尽くし、五輪代表を破る金星

    ──全日本選手権ではベスト4入り。大躍進でしたね。

    この大会で、自分の過去最高はベスト64でした。だからノーシードからベスト4に進むなんて、まったく想像していなくて。準々決勝ではおそらくパリ五輪代表の平野 美宇さんと対戦することになるだろうから、そこにたどり着きたいとは思っていました。

    ──平野さんとの準々決勝は第1ゲームを3-11で落として……。

    正直、もう無理かもって思いました。でもそこで吹っ切れたんです。第1ゲームの後にベンチに戻り、考えました。「ここまで来たら、負けても失うものはない。自分が持っている力を出しきって、やれることをやろう」と。このまま負けたら、相手に対して何もできなかったという悔いが残ってしまうと思いましたね。

    すると不思議なもので、打つボールがどんどんコートに入るようになって。第2、3ゲームは連取して、対等に試合できるようになった感じです。いつもなら相手の心理を読み、対応を考えるのですが、この時は相手がどうこうではなく、自分が何をするかを一番に考えてラケットを握っていました。

    ──11-9で競り勝った最終ゲームは、どんな気持ちでしたか。

    純粋に、ここまで来られたことがすごいなって思いながら戦っていました。最終ゲームでは初めはリードしながらも平野さんに一度逆転され、これがトップ選手の実力かと。それでも、諦めたくなかったんです。タイムアウトを取って、「私には失うものがない。全力を出す」ともう一度自分に言い聞かせ、思いっきりプレーしました。そうしたら、会場が沸いていました。「ああ、勝てたんだな」と。平野さんからの1勝は、本当に大きな自信になりました。

    ──気持ちをうまくコントロールできていたのですね。

    以前は試合で不利な展開になると、イライラしたり焦ったりしてプレーが雑になり、負けてしまうことが多かったんです。目の前の試合ではなく「上位にいきたい」「優勝したい」と考え始めると、空回りして本来のプレーができなくなる。

    そこから経験を積むうちに、少しずつ自分の気持ちをコントロールできるようになって、結果も出始めましたね。中でも全日本選手権では自分を最大限に落ち着かせ、想定外のことが起きても我慢しながら試合を進められたなと。大会を通して、自分の可能性を感じることができました。

    世界選手権のメダルへ。プレーの鍵は「感情にのまれないこと」

    ──大きな成果を残した赤江さんですが、今、何か課題はありますか。

    最近では試合でイライラする場面は減ったものの、完全になくなったわけではありません。とくに大事な試合でうまくいかないとき、どう気持ちを立て直すかが課題ですね。湧き上がる感情にのまれないこと。何があっても平常心を保つことができるようにメンタルを強化していきたいです。

    好きな言葉は「万里一空」。ひとつの目標に向かって努力し続けるという意味です。私はやっぱり負けたくない。だから、目標を掲げて地道に頑張ることを大事にしたいと思っています。

    ──その目標とは?

    引退するまでに出場したいのが世界選手権で、最終目標はメダル獲得です。そのために国際大会で活躍して世界ランキングを上げていき、まず100位以内に入りたいですね。今、Tリーグにも出場していますが、同じチームの早田 ひなさんや伊藤 美誠さんと一緒に練習したり、間近で試合を見たりして大きな刺激を受けています。ふたりからたくさんのことを吸収し、糧としていきたいです。

    ──あらためて卓球って、子どもからお年寄りまで幅広い世代に愛されるスポーツですよね。

    卓球台は学校や旅館など身近な場所にあって、小さい子から大人まで誰もが楽しめます。勝ちにこだわって頑張るのもいいし、健康目的で続けるのもすてきなこと。観戦するだけでも、さまざまな年代の人たちに楽しんでいただけると思います。

    卓球を通して、これまで多くの人たちとコミュニケーションをとってきました。試合では観客席からお客さんが声援を送ってくれて、終われば私たち選手がサインを書いたり、お客さんと一緒に写真を撮ったりすることも。ちっちゃい子やお年寄りなど、たくさんの方々に「応援しています」「頑張ってください」と言われると、よりモチベーションが高まりますね。

    ──ファンからもらうパワーは大きいですね。最後にメッセージを。

    今後はもっと多くの人たちに応援され、いつかは「赤江選手みたいになりたい」と言われる存在になれたらと。そして、卓球に関心のない人たちにもこのスポーツの魅力を届けたいです。私はデンソーポラリスの一員として日本リーグを制することや、世界選手権への出場をめざし、今できることに力を注いでいます。皆さんにもきっと、人生の目標があるはずですよね。時には壁に突き当たることもあるかもしれませんが、一緒に乗り越えていきましょう!

    ※ 記載内容は2024年3月時点のものです

    • 赤江 夏星(あかえかほ)

      兵庫県出身。5歳で卓球を始め、大阪・香ケ丘リベルテ高校時代に全国高等学校総合体育大会のシングルスを制した。2023年4月にデンソーポラリスに入団し、6月の日本リーグ前期で優勝に貢献、最高殊勲選手賞などを受賞。24年1月、皇后杯全日本選手権大会シングルスで平野美宇選手を破って4強に進出した。19歳。

    キャリア・生き方

    執筆:PRTable / 撮影:BLUE COLOR DESIGN

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