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有賀 靖晃(ありが やすあき)
ベンチャー企業で人事の基礎を身につけた後、2014年にデンソーセールス(現デンソーソリューション)に入社。人事部門に所属し、就業規則作成などで会社基盤の整備に尽力。現在は人事部責任者として労使協議などを通じ社内の一体感醸成に奔走する傍ら、アーチェリー早川漣、園田稚両選手の広報兼マネジャーも務める。
デンソーソリューションでアーチェリー選手の広報兼マネージャーを務める有賀 靖晃。社内で前例がないアスリート支援制度を整えただけではなく、マイナースポーツの振興にも心血を注いできました。常識にとらわれず道を切り開く姿は、社内で働く人たちの模範にもなります。その熱量と実行力はどこから湧いてくるのか、有賀の源に迫りました。
この記事の目次
よりよい成果を得るために。積極的に三遊間のゴロを拾う「ベンチャー精神」
──現在、アーチェリー選手のサポートに奔走されているとお聞きしました。スポーツに関心を抱いた原点を教えてください。
小学6年生まで野球をしていて、当時はプロ野球選手になりたかったです。テレビで野球中継や五輪を見ていて、多くの観客を集めるステージに自分も立ってみたいという漠然とした夢がありました。結局、無理な練習がたたってけがをし、夢は断念しましたが、その後も大舞台や世界で戦うアスリートへの憧れや尊敬の念は持ち続けていました。
──スポーツに関わりたい思いから、大学時代はテレビ局で野球中継などに携わったそうですね。
はい。まず東京ドームの球場係員として働き、テレビ局の中継車を訪ねて「この業界に興味があるので車内を見せていただけませんか」とお願いしたり、大学の先輩をたどって人脈を築いたりしました。その中でテレビ局のスタッフに誘われ、アルバイトとして野球やサッカー、ボクシングなどの中継に携わることに。
野球中継では字幕や得点を表示させたり、審判の手の動きを見てストライク、ボール、アウトのボタンを押したり、選手にまつわる情報をディレクターに伝えたりと、4年間、いろいろな裏方仕事を通じてメディアの仕事の一端に触れました。
──スポーツ業界で得がたい経験を積み、大学卒業後は何をされたのでしょうか?
スポーツ業界以外にもチャレンジしたくなり、常に数歩先を見て変革や創造を意識しながら仕事することに魅力を感じて、ベンチャー企業に就職しました。そして、ある程度経験を積んだのち、2014年にデンソーセールス(現デンソーソリューション)に転職。当時、国内8社が統合し新制度や新規則を作ろうとしており、チャレンジするには絶好の環境だと思いました。
──誰もやっていないことに挑戦することが大好きなのですね。
そうですね。前例がないことに挑戦すると、自分の成長につながると思うんですよね。
しかし、実際は大変でした。入社してみると、やるべきことが山ほどあって「ボールがあちこちに転がり、拾いにいく人がいない状態」も見られました。何もないところからルールを整備したりとハードな日々が続きましたが、乗り越えた壁が高かった分、感じた「やりがい」も大きかったです。
──確固たる信念がなければ、尻込みしてしまいそうな仕事ですね。
私は積極的に「三遊間のゴロを拾う」、つまり誰がやるかが決まっていない仕事に率先して取りかかる、もしくは誰の役割かを明確にするよう心がけています。野球部時代、補欠で球拾いが得意だったのも影響しているかもしれませんね(笑)。「これは自分の仕事じゃない」と決めつけてしまうのは、自分の成長を止めてしまうように感じるので、「会社を良くするためなら」というマインドを自分の土台として持ち続けています。
アーチェリー五輪メダリストの試合でも観客はほぼゼロ。メディアに働きかけ、認知度アップに腐心
──ご自身がアスリート支援をすることになったきっかけを教えてください。
当社ではそのころスポーツ関連の仕事はありませんでした。しかしデンソーグループ各社ではアスリート支援をしている会社もあり、縁あって当社でも乗り出すことになったのです。担当者を誰にしようかという話になった際、かつてスポーツの仕事に関わり、大学でもメディア学を専攻していた私の名前が挙がったのがきっかけです。
──社内で誰もしたことのない仕事。不安はありませんでしたか。
むしろ、わくわくしました。ゼロから何かを生みだすことはとても良い経験になると思いましたし、なんといってもスポーツに関われることは、私が小さいころから望んできたことです。社内にアスリート支援に関する知見がなくても、三遊間に転がるゴロを拾える強みを生かして、いろいろ聞き歩き、「会社と選手はどのような契約を結び、どんな支援をしているのか」「社員に対してはどうPRしているのか」などを一から学び、デンソーグループとしてどう盛り上げていくかを考えました。
──今ではデンソーグループの中でも「アスリート支援なら有賀さんに聞けばいい」と言われているとか。
ありがたいことに、良くご連絡をいただきますね。皆さんに頼られる存在であるとしたらうれしいことです。
──今までご支援されてきた選手のことを聞かせていただけますか?
まず、2012年ロンドン五輪のアーチェリー女子団体銅メダリスト、早川 漣(れん)選手です。彼女との出会いは、自身の転機となりました。
──彼女のどのあたりに魅力を感じましたか。
トップアスリートとしての実力に加え、人間力です。誠実な人柄で、常に自分の立場を理解して行動しています。それでいて笑顔を絶やさない。「苦労と努力が随所に垣間見え、人に好かれる存在になる」と面接した社長も支援を即決したほどです。その言葉の通り、多くの後輩や関係者から慕われていることがわかりました。当社の行動スローガン「明るく楽しく元気よく」を体現している選手とも言えます。
──早川選手との間で、印象深いエピソードは。
2019年のことです。当社が早川選手と契約した直後に行われた大会に、社長や役員ら5人で観戦に行くと、彼女が「5人も応援に来てくれたのは初めて」と喜んでくれたのです。私は「五輪メダリストなのだから、普段はもっと応援者が来てくれるのでは?」と思ったのですが、その後アーチェリー会場に何度も足を運ぶうちに事実を突きつけられました。
まず、観客席がありません。メダリストなどトップ選手が出場している大会でも、訪れるのは選手の家族や知人ぐらい。「観客」という意味ではほぼゼロなのです。
──そんな状況を目の当たりにし、どう感じましたか。
私の心に火がつきました。マイナースポーツを盛り上げるには、まずメディアの力が欠かせません。試合会場にいる数少ないメディア関係者に声を掛け、アーチェリーにより関心を持ってもらうよう働きかけを続けました。そのかいあってか、有名番組で早川選手が人気アイドルとアーチェリー対決をするなど、多くのテレビや新聞で取り上げていただいて手応えを得ました。まだ道半ばではありますが、今後もメディアへの露出を増やしていけたらと思っています。
待っていては何も起きない。奮闘する選手の姿を励みに、プロとして仕事に全力を
──メディアへの働きかけ以外にも、競技を盛り上げる試みをしてきたのでしょうか。
試合会場に観客席を設置させていただいたほか、選手らのYouTube配信を始めたり、国内アーチェリー界では初となる学生選手とのスポンサー契約を早稲田大学の園田 稚(わか)選手と締結したりしました。また、アーチェリー関連のイベントには、選手に積極的に参加してもらっています。五輪での体験談を話したり、獲得したメダルを見せて子どもたちと記念撮影したりして、多くの人と交流を深めるのも大事なことですよね。
──ある大会に、デンソーソリューションの社員100人が応援に駆けつけたことが アーチェリー界の「伝説」になっていると聞きました。
東京五輪の代表選手選考試合でした。平日開催でしたが、負けたら終わりの大一番を多くの社員と一緒に応援したいと思って上層部に掛け合い、社内の各部署から観戦希望者を募ることにしたのです。すると、用意した観戦枠が全部埋まって。あるアーチェリー関係者は「衝撃でした。競技を知らなかった企業が新しい風を吹かせてくれましたね」と言ってくれました。
──一連の取り組みは、日本のアーチェリー文化を変えていると言ってもいいかもしれませんね。
たしかに、アーチェリー競技の世界に足を踏み入れてから現在に至るまで、さまざまなチャレンジをしてきて、多くの「前例」をつくることができていると思います。ただ、こうしたチャレンジができているのは、われわれのような新参者でもアーチェリー業界全体で仲間として受け入れていただいているおかげだと感じています。
──アーチェリー競技の振興にそこまで情熱を注ぐ理由は、なんなのでしょうか。
実際に目の前で試合を見ると、アスリートの「すごみ」が伝わってきます。アーチェリーは重さ3キロの弓を持って20キロの力で引き、70メートル先の的を狙います。1試合あたり72~144本も矢を放つので、筋力や持久力が必要です。的の中心が10点満点で、トップ選手には平均9点以上が求められるため、1本のミスが命取り。強靭(きょうじん)なメンタルも備わってなければなりません。
そんなシビアな競技に日々向き合い、第一線を走り続けているトップアスリートに対して私は尊敬と愛情、憧れを持っています。だから自然と「支えたい」「力になりたい」という思いになるのです。実際に弓を持たせてもらったことがあるのですが、固定するだけでも腕が震え、はるかかなたにある的なんてまず狙えません。すばらしい技術を持っていることや、結果を出すために練習を重ねている姿を、もっともっと多くの人に知ってほしいのです。
──スポーツが持つ「力」は大きいですね。
スポーツには見ている人たちの心をひとつにする、不思議な力があると思っています。試合が行われている間、観客の思いは同じ方向に向いているのです。にわかファンでもいいじゃないですか。その時間だけでも共通の話題で盛り上がり、知らない人とハイタッチしたり抱き合ったりしてつながることができるのがスポーツの魅力です。「みんなで応援しよう」という一体感がすてきですよね。
──その強い思いが、有賀さんを実際の行動に駆り立てているのですね。
待っているだけでは何も起きません。目標に向かって突き進むアスリートの姿を原動力にして、「集中力」や「やる気」を養って、「やり抜きたい」。そう思っているのです。
パリ五輪へ有力候補と共に。将来は「選手と社員、さらにはデンソーグループ、トヨタグループをつなぐ懸け橋に」
──今夏にはいよいよパリ五輪が開催されます。
早川選手は育児休業中ですが、園田選手は3月の五輪国内最終選考会を1位通過。次は6月にトルコで行われる世界最終予選に出場し、日本女子団体の五輪出場権獲得をめざします。実力勝負の狭き門ですが、練習に集中できる環境をつくりたいと思っています。
園田選手は東京五輪の選考会で敗れた後、悔しさをばねに力をつけ、世界ユース選手権や世界ユニバーシティー大会において日本の金メダル獲得に貢献しました。21歳と若いですが、自己コントロールがよくできている選手です。目標を達成するためには何をすべきかを冷静に見定めつつ、学業と競技を両立。五輪の出場権を得た上で、めざしたいのは男女通じて日本アーチェリー界初となる金メダルです。
──有望な選手をそばで支えられるのは、大きな喜びですね。
子どものころにアスリートとしての活躍を夢みていた私は、かなえられなかった夢を選手たちに託しているのかもしれません。早川選手や園田選手の夢は、私の夢でもあります。学校の中で1番になったこともないような私が大会に向けて選手たちと助け合い、共に喜びを分かち合えるのはとても幸せなことで、この巡り合わせに感謝したいです。
──有賀さんは今後、どのような挑戦をしていきたいですか。
デンソーグループ、トヨタグループ全体ではマイナースポーツを含めて多くの競技を支援していますが、横の連携が足りないように感じています。私は今後、アスリートと社員、デンソーグループ、トヨタグループをつなぐ懸け橋になりたいです。
デンソーグループの社員16万人に対しても競技を普及できるよう、最近はグループ内の各競技事務局と連携し、みんなで応援に行きたくなるような仕掛けを検討しています。各競技の選手たちが社内の朝礼に出向いて観戦を呼びかけたり、選手と社員が一緒にプレーして交流したり……。多くの社員たちが、夢や目標を追いかけるアスリートを応援するようになれば、仕事にもいい影響が出てくるはずです。
──日本のアーチェリー界に対して、どんな未来を期待しますか。
アーチェリーは、年齢や障がいの有無を問わずにできるスポーツ。ボウリングのように多くの人たちが気軽に会場に立ち寄り、楽しめるようになるのが願いですが、現状ではプレーできる場所はまだまだ少ないです。
そんな中、一筋の光が見えました。ある県のアーチェリー協会がわれわれの一連の取り組みに刺激を受け、ショッピングモールで初心者向けのアーチェリーイベントを始めてくださったのです。未来の子どもたちのために、アーチェリー界の発展のために、近年開催を続けてくれています。このような活動を広げていくため、われわれも歩みを止めてはいけません。前進あるのみだと思っています。
COMMENT
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