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知的財産部所属阪田 瞬
大学時代はニッケル水素電池の研究を行う傍ら、弁理士の専門学校に通い知財関連の知識を身に着ける。その後、大手電機メーカーの知財部門を経て、2020年にデンソーに転職。前職での知識や訴訟対応の経験を活かし、自動車業界における通信関連の特許問題の解決のために奮闘している。
知財のエキスパートとして、自動車業界の特許問題に取り組む阪田 瞬。大手電機メーカーで培った知見と経験を武器に、特許権者への対応やサプライチェーン内の課題解決に取り組んでいます。技術を“守る”知財の領域で、“攻め”の姿勢を貫いてきた阪田。戦い続ける理由、仕事のやりがいについて語ります。
この記事の目次
大学時代に芽生えた知財への関心。どんどんと惹きこまれる、そのマニアックな世界
「知財の仕事は、おもしろい」
私は、新卒で就職してから14年ほど経った今も、その思いは変わらず、知財の仕事を続けています。
知財=知的財産の仕事は、簡単にいうと「自社の技術や発明を守る仕事」です。
特許や商標を得るために、関連する法律の勉強をしたり、他社の動向を調査したり、特許の出願をしたり。泥臭く、地道な仕事のイメージが強いかもしれませんが、時には“攻める”ことも知財の大事な役割になります。権利侵害などで他社との訴訟が発生した場合は、訴訟に勝つために体制を組んで、攻めのスタンスで戦略的なアプローチをしています。
“攻め”の役割も含めて、幅広い能力が求められるこの仕事に、とてもやりがいを感じているんですよね。
そんな私が知的財産の世界に興味を持ったのは、大学時代のことでした。
大学では工学部の応用化学科に進学したのですが、1年生で単位を取りすぎてしまい、2年生になったときに空いた時間が生まれてしまって。その時間を埋めるために始めたのが、弁理士の国家資格取得のための勉強です。
弁理士とは「知的財産に関する専門家」のことなのですが、弁理士資格を取得したいと思った理由はふたつありました。ひとつは、何かの分野のエキスパートになりたかったこと。もうひとつは、弁理士には技術・法律・英語と多岐にわたるスキルが求められるため、取得することで自分の市場価値を高められると思ったことです。すごくマニアックな世界ですし、どこかビビッと来るものがあったんですよね。
また、当時の首相が国家戦略として「知財立国」と打ち出していたことも、興味を持ったきっかけのひとつでした。
弁理士の専門学校に行きながら勉強をしているうちに、その面白さにどんどん惹きこまれていき、「知財が活かせる仕事をしていきたい」と思うようになっていました。
知的財産争訟の最前線。後がないプレッシャーと、チームで戦う“楽しさ”
大学卒業後は、大手電機メーカーへ。知財部門で働ける会社を探していていた結果、縁があって入社することができました。その会社に入社を決めたのは、知財まわりの幅広い業務に若いうちから関われるとのことで、「これはおもしろそうだ」と思ったからです。
配属後は、リチウムイオン電池の特許出願や、他社との交渉などを担当しました。
とてもやりがいを感じながら仕事をしていたのですが、入社5年ほど経った後に事業売却されてしまうことに。知財の人間としてあまり事業に貢献することができず、自分のキャリアの中で最も低迷してしまった時期だと思います。
そんな折、訴訟対応を行う部署に異動になります。最初は規模の小さな訴訟を担当していたのですが、もう少し大きな訴訟も経験してみたいと上司に相談していたところ、たまたま発生していた非常に大きな訴訟を担当させてもらうことになりました。
そこでは訴訟バトルが勃発していました。
同業他社が特許侵害でわれわれを訴えてきたため、それに対抗するためにこちらからも訴え返すといった状態です。相手からの訴訟に対抗するディフェンスチームと、相手に訴訟を起こすオフェンスチームとの二手に分かれて応戦し、私はオフェンスチームとして関わっていました。しかし、先にディフェンスチームが負けてしまい、こちら側の製品の販売が差し止めに。このままオフェンスチームも負けてしまうと、事業への影響が大きく、もう後がない状況でした。
これまで経験したことのないようなプレッシャーと責任を感じながら、“勝つ”という目標のためにひたすら戦い続けました。勝つことを目的に大きな裁量権を与えられていたので、勝ち筋をどう作っていくかをチームで話し合いながら、実行に移していきました。非常にハードではありましたが、信頼し合える優秀な仲間たちと一丸となって仕事に取り組めたのは、とても楽しいものでしたね。
訴訟が終わるまで3年かかりましたが、無事、オフェンスチームは勝利を収めることができました。
良い結果に終わったこともあって、このときの経験は自分の中に深く刻まれています。当時の仲間達と今でも飲みに行ったりするのですが、いつも 「あの時、楽しかったね」と振り返っています(笑)
新天地を求め、デンソーへ。盛り上がりを見せる、自動車業界の特許問題の解決のために
そんな大きな訴訟の後、再び特許出願を担当する部署に戻ったのですが、他社と訴訟で戦っていたときと比べると、自分がどう貢献できているかが実感しづらくなっていました。そんな中、新たな環境で挑戦してみたい気持ちが強くなり、2020年にデンソーへの転職を決めました。
自動車市場では近年、自動車のIT化が進んでおり、クルマが外と通信できるようになったことで、MaaSや自動運転などさまざまな新技術が生まれています。そんな自動車業界の発展に欠かせない“通信技術”ですが、実は特許の世界でも盛り上がりを見せています。
少し専門的な話になるのですが、クルマが外と通信を行うためには、通信の標準規格に準拠する必要があります。その標準規格を使用するために標準必須特許(SEP)と呼ばれる特許のライセンスを取得しなければならないのですが、そのライセンスをめぐってSEPを保有する特許権者との間でたびたび問題が起こり、世界中で訴訟が発生しています。かつてスマートフォン業界でも似たような問題が発生していたのですが、自動車業界の問題はそれよりも複雑な状況でした。
複雑化の一番の原因は、異業種間における商慣習のズレでした。
スマートフォンなど情報通信の世界では、完成品メーカーがすべての部品のライセンスをまとめて取得することが一般的です。SEPを保有する特許権者も同じ通信業界にいるため、その商慣習が染みついています。しかし自動車業界では、各部品のライセンスを、それぞれの自動車部品サプライヤーがあらかじめ取得した上で完成車メーカーに納める商慣習があります。SEP特許権者からしてみると、想定外の相手からライセンス取得の依頼が来ることになるため、そこで考え方のズレが発生します。そういった異業種間の商慣習のズレが衝突を起こす原因となり、特許問題をより複雑化させてしまっているのです。
自動車業界の命運を左右するこの特許問題。「自分も力になりたい」と思い、デンソーに飛び込みました。デンソーは通信技術を多く保有していますし、自動車部品サプライヤーとして特許権者と接する機会が多いと聞いていたので、それが入社の理由でしたね。
現在知財部内でチームを結成し、問題解決に取り組んでいます。
「こうすれば解決できる」という答えがないので、世の中にアンテナを張ったり、他の部署とも相談をしたりしながら、日々解決策を模索。経営戦略上、重要な問題となるため、経営役員とも密に連携をしていますね。
この問題は、特許権者とのやり取りだけではなく、自動車のサプライチェーン全体が関わってくるため、非常に難解です。「どの会社が何をしたか」、「どこでどんな判決が出たか」、各社も常に注目している状態で、知識の差が今後の動きを左右するといっても過言ではないので、知識量でも絶対に負けられない戦いになりますね。
正直なところ、すべて投げ出したいと思うこともありますが、もしここで自分たちが折れてしまったらこの先がないので、必死に食らいついています(笑)。
知財は、社会に貢献できる仕事。自動車業界の未来のために、これからも挑み続ける
知財を守ることは、技術を守ること。
技術を守ることは、その技術を作ってくれた人や、そこに関わる人々の生活を守ることになります。つまり、われわれ知財の仕事は、自分の会社の利益だけではなく、産業や社会にも貢献できる仕事といえます。
「日本の知財の底上げのためならいつでも会社を辞めていい。いろんなところで活躍してこい」
前職の知財担当役員がよく言っていた言葉なのですが、その言葉の通り、昔一緒に働いていた先輩たちは今いろんな業界で活躍されていますし、私自身もデンソーで新たな挑戦を始めています。デンソーの知財部にも、他業界から熱い情熱や使命感を持って転職してきた人達が集結しています。みんな一体となって「日本の知財を変えてやろう」という気概が、この知財の世界にはありますね。
私が直面する自動車業界の特許問題は、問題が中々に大きく、社会に貢献できたといえるようになるには時間がかかるかもしれません。しかし、決して解決できないものではないと信じています。
自動車業界の明るい未来のために、そこに関わる人々のために。
これからも、攻めの気持ちで立ち向かっていきたいです。
【あとがき】
強い責任感を持って、知財としての人生を駆け抜けてきた阪田。
社会人になったばかりの頃は弱気だった彼も、さまざまな苦労を経験してきた中で、今の強いメンタルが培われたそう。
また、仕事に全力で向き合うだけでなく、私生活も大切にしています。
正常なメンタルを維持するために、運動は欠かさず、自転車で通勤したり、ジムに通ったり。
家に帰れば、3人のお子さんや奥さんとの時間を大切にしています。
そうやって心も体も正しく保ちながら、これからも知財の道を歩み続けるのです。
COMMENT
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