選んだ道を正解に

──自動車の電動化に挑み続けるネクストリーダーのキャリア観

デンソーのなかでも若くして部長に昇進した進藤 祐輔。一見順風満帆に見えるキャリアですが、本人は「正しい道を選んだのではなく、選んだ道を正解にしてきたのだ」と話します。入社から今にいたるまで自動車の電動化に向き合ってきた彼の仕事を振り返り、そのキャリア観に迫りました。

この記事の目次

    入社早々“世界初”に挑戦。電動化の黎明期を支える

    ──進藤さんは、新卒で入社してから一貫して電動化関係のお仕事をされてきたと伺いましたが、デンソーへの入社を決めた理由は何だったのでしょうか?

    進藤:「もともと子どものころから車が好きだったんです。工作など手を動かすことも好きで、小学生の夏休みの宿題でも、先生たちやみんなが驚く、誰もつくったことのない『動くもの』を作ろう!とはりきっていました(笑)。

    そのまま自然と自動車に関わる仕事がしたいと考えるようになり、大学では電気電子工学を専攻しました。いずれ自動車も電動化されていくだろうということは漠然と当時から考えており、大学院で研究を進めるよりは早く現場で実践しながら学ぶ方が有意義だろうと、大学卒業時にデンソーへの入社を決めました」

    ──入社後、一番最初に取り組まれたのはどういったプロジェクトでしたか?

    進藤:「サーマル事業部で、ハイブリッド車に使用されるエアコン用電動コンプレッサ開発に携わりました。エンジンのみで作動する従来のコンプレッサは完全な機械部品だったのですが、モーターで駆動する電動型に切り替えるには、新たにインバータの開発が必要だったんです。この機電一体化は“世界初”の試みでした。

    しかし、当時サーマル事業部には、いわゆる“電気専攻”がほとんどおらず、もともと大学で電気電子工学を学んでいた自分に白羽の矢が立ったんです。私はインバータ一体型の電動コンプレッサを実現するために、別の事業部に出向しインバータの知識を得ながら製品企画の一端を担いました。企画をしたのだから開発もしたいという思いもあって開発部へ異動し、自ら書いた仕様を基にインバータの開発も担当させてもらいました」

    ──若手としてはかなりの抜擢という印象がありますが、苦労も多かったのではないでしょうか?

    進藤:「実際、当時参加したチームの中では私は飛びぬけて年齢的には若かったですね。一番年が近い人でも10歳程度離れていました(笑)。若手だからこそ実務面でもいろんな仕事を任され、先輩方から鍛えてもらったなと思います。専門領域外である機械的なことやソフトウェアに関する知見も磨かなくてはならず、とにかく勉強することは山積みでした。ただ、同時にそれがおもしろくもあったんです」

    ──特にどういったところにおもしろさを感じていましたか?

    進藤:「一番は、裁量の大きさですね。入社前には、自動車とはとても大きなシステムであって、部品をつくる自分の役割なんて小さなものだろうと思っていたんです。ところが、入社早々に最先端の製品を任せてもらえることになり、チームの一員として自由度も高くやらせてもらえました。当初のイメージとギャップがあったからこそやりがいも大きかったですね」

    ──最先端の製品に挑戦するという意味では、プレッシャーも感じられたのではと想像しますが。

    進藤:「入社したばかりの自分としては、学びながら開発を進めるという意味ではどのチームであっても変わりがなかったと思うので、そこまで“最先端”を意識しているわけではありませんでした。ただ一方で、世の中の人が本当に必要とする製品になるのか、という不安はありましたね。というのも、当時は電動化された自動車といえば初代プリウスぐらいのころで、まだまだまったく市場のメインストリームではなかったんです。

    しかしその後、2代目プリウスのヒットに伴い、電動コンプレッサの需要は急速に高まっていきました。足掛け4年かかりましたが、世界初のインバータ一体型電動コンプレッサの開発に、設計から量産化まで携わることができたのは良い経験だったと思います」

    経験を広げ43歳で部長に。電動化部品開発をけん引するリーダーへ

    ──その後はどういったご経験をされたのでしょうか?

    進藤:インバータ一体型電動コンプレッサの開発を終えた後も、主にパワーエレクトロニクスの開発担当として、デバイスの駆動技術や回路技術の開発を続け、多数の特許も取得することができました。

    特に、電動車の動力となる主機インバータの開発を担当することができたのは嬉しかったですね。コンプレッサ用インバータとの大きな違いは、電動車を動かすためのメイン回路に使われる点です。仮に主機インバータが止まってしまえば、即時に電動車も動かなくなってしまうので、安全性の観点で大きな責任感を持って開発に臨みました。また、エアコンと比べても10倍以上のパワーを支えなくてはいけないので、設計の面でも新たな試みが求められました。

    ──トヨタ自動車にもその後、出向されているんですよね。

    進藤:はい。デンソーのなかでひとつの車種に対する開発を一通り経験していたので、自ら希望して出向しました。トヨタ自動車では、4代目のプリウス開発に携わり、歴代のプリウス開発をけん引されてきた経験豊富な方々と一緒に仕事ができました。

    そして、実際に自動車のパーツとしてどのように使われているのかを学ぶことができました。

    出向から戻ってからは係長として、引き続きさまざまな製品開発に携わっていきました。

    ──部長に昇進されたのはいつのことですか?

    進藤:2022年です。エレクトリフィケーションシステム開発部の部長として、インバータやコンバータ、バッテリーといった電動モビリティ製品を、車両システムだけでなく社会システムにどのように組み込み、最適化を図っていくかといったテーマも含めて開発チームを率いることとなりました。

    ──かなり広範なテーマですね。

    進藤:電気自動車の熱マネジメントシステムから自動車を動かす中枢システム、インフラとの連携まで手がけました。部員も250名ほどいましたね。

    ──熱マネジメントシステムとは、どういったものですか?

    進藤:「従来のガソリン自動車は、エンジンが発する熱を暖房に転用していたんです。電動化によってエンジンがモータ・インバータに置き換わると、この熱源が無くなってしまいます。さらに、ガソリン車では存在しなかったバッテリーが電動車では車両の性能に大きく影響しますが、バッテリーは低温時に性能を引き出すことができません。

    ですので、クルマに搭載しているさまざまな部品やシステムを組み合わせながら、いかに燃費への影響を抑える形で熱を生み出し、暖房やバッテリーの温度調整に活かせるかが重要となってきます。クルマ全体で熱をコントロールしていくこと、それを熱マネジメントシステムと呼んでいます。

    バッテリー駆動する電動車が普及する今、この『車の熱マネジメント』というのが重要課題になっているんです。デンソーは、昔から自動車のさまざまな部品を手掛けてきたので、自動車全体を見ながら効率的なシステムを考えるという点では、非常に強みがある会社です。携わる立場としても有利だと思うし、おもしろみも感じますね。そうしたデンソーのポートフォリオに関心をもっていただく海外のお客様も増えてきたと感じています」

    部長として若手一人ひとりと向き合いたい

    ──2023年1月には、現在のエレクトリフィケーション機器先行開発部の部長になられていますよね。マネジメントの歴も長くなってきたかと思いますが、若いメンバーと接するうえで心掛けていることはありますか?

    進藤:「まず、私がかつてそうさせてもらったように、若い人には色んな経験をしてほしいと思っています。もちろん本人たちの意志を尊重することも大事です。ちょうど、部内の若手50名ほどと一人ひとり面談をしているところで、デンソーという組織におけるそれぞれのWill-Can-Mustを引き出すためにも、まずは一人一人がどのような人柄なのか、そして私がどのような人柄なのかお互いに知ることからだと思っています。そのうえで、適切なアドバイスをしつつ、キャリアの方向づけをしてあげることが私の役割だと思っています。

    自分も若手のうちは、ひたすらに技術を深堀りしたいと思っていた時期がありました。しかし、当時の上司が『このタイミングでこういった経験をして幅を広げることが将来のためになる』とアドバイスしてくれたおかげで今があります。

    本人がやりたいことと本人が描いている未来が必ずしも一致するわけではありません。そのことを念頭に置きながら、客観的に見て本人のやりたいことが本人のためになるのか、何かしてあげられることはあるかと、一人ひとりの話に耳を傾けているんです」

    ──50名もの若手の方と面談を行うのは時間的にも大変ですよね……!

    進藤:「すごく楽しいですよ!未来ある若者と話をするのは本当におもしろいんです。雑談もしながら会話をすると、仕事に対する考え方や価値観が、私が若いときとはだいぶ違うなとも思いますし。最近は、はっきりとした意志を若いうちから持っている人が多いと実感するんです。『自分はこれがやりたいんだ』という確固たる願いを持っている。だからこそ、なんとかかなえてあげたいとこちらも思いますね」

    ──部長となったことで得た学びはありますか?

    進藤:「海外との取引に中心的に関わるようになったことで、流暢ではないですが多少なりとも英語が使えるようになりました。正直、英語の勉強なんて、それまでまったくしてなかったのですが、必要にかられるとやるしかなく(笑)。苦労した分、これまでわからなかった海外の方の考え方の根底にある文化的背景を学ぶことができたと思います。互いの考え方を理解しあゆみ寄るという貴重な経験が、人と人の対話で成り立つマネジメントの幅を広げてくれていると思います」

    ──進藤さんが考える、デンソーのマネージャーに求められる資質とはどのようなものでしょう?

    進藤:「私が入社したころとはマネージャーの役割がだいぶ変わってきているのでは、と思っています。従来は純粋に管理能力を求められる傾向が強かったのですが、今では自分自身の考えや価値観をもとに発揮するリーダーシップや変革能力が重要になってきている。

    昨今は、正解がない世の中と言われています。予測が難しい未来に対して正しい判断を下していくには、人間力も必要なんです。会社のマネジメント研修や、リベラルアーツ教育(基礎力や教養を身につけながら広い視野で物事を判断できる力を養う教育)を受講させてもらうなどして刺激を受けています。

    世の中のトレンドをつかんで、専門性をいっそう高める努力をし続けることは技術者として当然ですが、業務と直接関係のない領域でも学びがあるはずです。最近では、中学生のころに一度はまったプログラミングを久しぶりにはじめてみたんです。扱う言語も変わっていますが、楽しみながら勉強できていますね。管理職としてそうした姿を見せることが、若手にも良い影響を与えるのではないでしょうか」

    正解にしたい道を信じて、描く未来

    ──これまでキャリアを築かれてきたなかで、進藤さんが大切にしている価値観とはどういったものか、教えてくださいますか?

    進藤:「そうですね……、サッカーの長友選手がヨーロッパリーグで活躍されていたころ、所属チームの選択に迷っていたときに『正解を選ぶことより、選んだことを正解にする』という言葉。自分のキャリアに重なるところがあり、長らく大切にしている言葉です。

    今は先行きが不透明な時代です。いろいろと考え尽くしてから正解を選ぼうとするのでは、もはや時代遅れになっていることすらあるくらいに移り変わりも早い。だとすれば、自分が信じたことを誰よりも先に実現することで時代を切り開いていくしかないと思うのです。世界中の技術者が同じことに向かって開発を進めているなか、誰も思いつかない特別な技術というものは、なかなか生まれません。

    でも、あえてそこに挑戦し人よりも先に課題を解決することで、世界初の技術を世に送り出すことができると思います。選んだ道を正解にする。その積み重ねがイノベーションにつながり、世の中のためになると信じています」

    ──正解がわからないなかで道を選ぶことは大変だと思います。どちらかを選択しなくてはいけないとき、何を大切にしていますか?

    進藤:「これも経験から学んだことですが、目先のことだけを見て判断すると必ず失敗します。それは正解を選ぼうとしていることと同じだからです。大事なのは、どちらを正解にしたいか。苦しくても、この道を正解にするにはどうすればいいのかということを“考え続けられる”道を選ぶのが良いと思います」

    ──ご自身の将来はどのように考えられていますか?

    進藤:「私が描いている未来は個人的でシンプルなものです。30年後、自分で車を運転できなくなったときに、電気自動車が自動運転で勝手に家の駐車場に駐車してくれて充電もしてくれるなら、子どものころから大好きな車にずっと乗り続けていられるかもしれない。そんな世界を実現するために、自分はこれからどう動いていくべきか。今はそれを考え続けています。

    先行きが不透明な時代だからこそ、私たちの経験をもとにするだけでなく、若い人の新しい感性を織り交ぜて考えていきたいですね。そうしてはじめて一番良いものが生まれてくると思うんです」

    ──最後に若い人たちに期待するからこそ、伝えたいことはありますか?

    進藤:「物事は捉え方次第だということですね。チャレンジと思うか苦労だと思うかは考え方次第です。社会の課題を自分ごととして捉えて、受け身ではなく自ら考えて動けば、苦労したこともきっと楽しい思い出に変わるでしょう。正解かどうかわからなくても、正解にしたい道を信じて挑戦してもらいたいですね」

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