デンソーの物流を支える女性マネージャーの挑戦

挫折や海外赴任から学んだチームワークの大切さ

2005年にデンソーへ入社した山下 久乃は、経済連携協定(以下、EPA)に関する知識・経験を活かしてリーダーシップを発揮しています。これまで多くの壁を乗り越え、海外赴任など、あらゆる経験を糧にキャリアを築いてきました。「一緒に仕事する仲間のおかげで今の私がある」と語る山下のチームへの想いを紐解きます。

この記事の目次

    EPAに精通した物流のスペシャリスト。入社の動機は「この先輩と一緒に働きたい」

    山下はデンソー生産管理部 海外生産管理室に所属し、デンソーの輸出品に対し関税を減免するしくみであるEPAの推進のため、社内体制や運用構築を担当。2022年1月からマネージャーを務めています。

    山下: 「EPAを結んだ国や地域の間では、輸出入の際に掛かる関税を減免できる恩典があるのですが、活用するには産品の原産地を証明する必要があります。そのためのルールは非常に複雑で、万が一、間違って適用してしまった際には厳しいペナルティを受けるリスクをともないます。そのような事態にならないよう、正確かつタイムリーな原産地証明を、日々心がけています」

    原産地を証明するために欠かせないのが、社内外の関係者との連携です。

    山下: 「原産地証明に必要な生産や価格に関する情報は、社内のさまざまな部署から取り寄せる必要があるため、各事業部にEPAの担当者を選定してもらい、約60人の体制を構築しています。デンソーだけでは日本原産であることを証明できない製品の場合は、調達部門を通じてサプライヤーやデンソーグループ会社の皆さんの協力を仰ぐ必要もあるのです。

    また証明には専門性の高い協定条文の解釈や、HSコードという貿易の際に利用する品目番号を駆使する必要があり、社外専門家の心強いサポートも欠かせません」

    デンソーの生産品の輸出競争力強化に向け、EPAに関する知識・経験をもとに全社をリードする山下ですが、もともとデンソーへの入社を希望したのは、選考過程で出会ったデンソー社員に惹かれたという純粋な動機からでした。

    山下: 「愛知県出身ということもあって、もともとデンソーには親しみがありました。県外の大学に通っていましたが、自然な流れで地元の企業にも応募し、デンソーの採用プロセスでは目がキラキラと輝く先輩社員と出会うことができました。デンソーで成し遂げたいことを熱く語ってくれたり、初めて会った学生にも関わらず親身になって相談に乗ってくれたり。先輩社員が作り出す輪の中が、すごく心地良かったことを覚えています。

    また子どものころに海外に住んでいたことから将来は海外で働きたい夢もあり、私の強みである英語力も活かせそうと感じ、デンソーで働きたいと思いました」

    英語力だけでは通用しない。目の前の仕事に向き合い続けて得た自信

    海外で働くことを夢見て入社した山下でしたが、入社して担当することになったのは国内の物流現場での仕事でした。海外に行くためにアピールを続けたものの、思うようにはいかなかったと山下は言います。

    山下: 「今振り返ると、海外で働くことが目的になっていたんですよね。大事な部分が空っぽだったんです。

    そう気づけたきっかけは入社3年目のとき。当時の私は、ただ海外へ行きたい一心で、別の仕事の選択肢を探っていました。そのときに見つけたのが人材育成制度の一つで、海外の大学院へ留学して経営学(MBA)を学ぶプログラムです。「これだ!」と意気込んだ私は、迷わず応募をしました。しかし、結果は書類選考で落選。面接にすら進めないという現実を突きつけられました。

    今思うと受かるはずないですよね。『ただ、海外へ行きたい』ということだけしか考えていなかったんですから。でも、そのおかげで自分に向き合うことができました。『自分は海外で何がしたいのか。何に貢献できるのか』をちゃんと見つけようと」

    海外に行くという夢が簡単にかなえられるものではないという壁にぶつかった山下。

    「まずは自分にできるものを身につける」ことが大事だと考え、目の前にある“国内物流”という仕事に専念し、地道に経験を積み重ねていきました。

    そんな山下に、2008年、ステップアップにつながるチャンスが舞い込みます。リーマンショックの影響を受けていたデンソーから分社化された物流系のグループ会社「株式会社デンソーロジテム(以下、ロジテム)」の支援です。

    山下: 「デンソーはそれまで右肩上がりに生産を拡大していましたが、リーマンショックの影響で、一時的に生産を中止し、その後も大幅な減産をしなくてはなりませんでした。ロジテムの物流現場ではこの影響を受け大混乱。本社の物流部門から人を出すことになったんです。自分にできることを身につけたいと奮闘していた私は、自ら手を挙げて『行きます。私に行かせてください!』と志願しました」

    3カ月の出張を終えた山下は、その経験や実績を買われ2010年に、今度はロジテムに1年間の長期出張を命じられます。リーマンショックを受けてデンソーの物流部門とロジテムの間の役割分担が見直され、その中で任されたのはロジテムが担っていた業務をデンソーへ移管する一大プロジェクトでした。

    山下: 「移管したのは国内輸送購買といって、デンソーの製品をトラックなどで輸送するサービスを調達する仕事です。移管にあたり、それまで主にハンド作業で行われていた煩雑なプロセスをロジテムのメンバーと一緒に洗い出し、無駄を省いてシンプルにした上でデジタル化を進めるなど、業務の再構築から着手しました。

    すごく大掛かりな仕事でしたが、両者でチームを結成し、みんなで協力して知恵を出し合うことによって、無事にやり切ることができたと思います。初めて自分に自信が持てるようになった大切な経験でした」

    山下が得たのは自信だけではありません。プロジェクトを通じて、仕事を成功させるために大切なことを学びました。

    山下: 「ひとりでできることは限られています。それまでは自分だけでもできると思って仕事に取り組んでいたこともありましたが、経験を積む中で、デンソーには多岐にわたる業務があり、さまざまな人とやり取りをしながら仕事を進めなければならないことを痛感しました。それぞれの部署の立ち位置やポリシーを互いに理解し、それらがかみ合わさることで、はじめて力が発揮されるものだと思います。

    ワンチームをめざして、同じ目的に向かって賛同してくれる人を集め、仲間を増やす。とくにこのプロジェクトでは、チームを作って、コミュニケーションをしっかり取りながら仕事に臨む大切さを教えられましたね。もし、入社間もないうちに海外へ行っていたならば、このようなことを学ぶことはできなかったかもしれません」

    念願の海外赴任。新たな環境がマネージャーとしての成長を促す

    国内物流の領域で地道にキャリアを積み成果を上げてきた山下のもとに、2016年、デンソーヨーロッパへの出向辞令が下されました。ミッションは、地域本社として欧州域内の物流をリードするほか、日々の供給リスクや、新規発効された日EU・EPAやブレグジットなどの地域課題への対応。さらにマネージャーの役割も任されました。英語以外の強みが認められて、念願の海外赴任がかなったのです。

    山下: 「あれからも、海外へ行きたい想いは持ち続けていましたが、昔ほど執着はしていなかったんですよね。でも、それまでの私の歩みを見守ってくれていた役員が『海外へ行ってみてもいいんじゃないか』と後押ししてくれたんです。今まで蒔いてきた種から芽がでたような瞬間でした」

    欧州での勤務を通じて、多様な価値観を大切にすることを学んだと言います。

    山下: 「オランダにあるデンソーヨーロッパの社員は国籍が多様で、当然、価値観もバラバラです。また生産・販売拠点も欧州各国にあり、日本人として『当たり前』 と思っていた仕事の進め方では、うまくいかないことがよくありました。

    赴任中、彼ら、彼女らと過ごすうちに、一方の価値観を押し付けるのではなく、まずは相手を理解するために耳を傾けることが重要だと気づき、とにかく相手の話を聞くことを心がけるようになりました」

    メンバーとどう向き合うべきか、あらためてコミュニケーションスタイルを見直すこととなった山下は、マネージャーとしての素養を磨いていきます。

    山下: 「ヨーロッパに行く前の私は、仕事での会話を“ディベート”のように思っていました。相手を論破したときの気持ち良さをどこかで楽しんでいたように思います。それは見方を変えると相手のミスを特定し、ネガティブに攻める行為でもありました。

    ですが、多様な価値観にふれたことによって、相手の立場になって考えるようになり意識が変わったと感じます。誰もミスをしたいと思っているわけではありませんし、組織や業務のルール・構造が原因の可能性もあります。大事なことは、いかにミスを繰り返さない仕組みをつくるかということに気づき、トラブルが発生した真因をしっかり議論し、チームが納得する再発防止策を一緒に考えていきたいと思うようになりました」

    その後、日本へ帰国した山下は、部下に対しても、自信が持てるような経験をしてもらいたいと思うようになりました。

    山下: 「とくに意識しているのは、仕事を任せる際に背景や目的、期待値をしっかり説明するということ。できる限り、『どう思う?』『これ、どうしたらいいかな?』と問いかけて、メンバーに考える時間を持ってもらうようにしています。私の立場からの発言が答えになりかねないので、なるべく先に自分の考えを伝えないようにして、メンバー自身が考え抜けるよう努めていますね」

    夢を追う人から、応援する人へ

    英語力だけでは通用しないと目の前の仕事に専念し、地道にスキルや信頼を得てきた山下。一時は「いつ海外へ行けるのか」と焦りを感じることもありましたが、今となっては、これまでの歩みを前向きに捉えられるようになりました。

    山下: 「私は、寄り道やときには遠回りをしながら、ゆっくり成長してきたタイプ。振り返ってみると、全部必要なことで今につながっていると思えます。これまでの歩みの中で、挫折や壁を前にするたびに、先輩をはじめ、上司・同僚に支えてもらいながら、なんとか踏ん張ってきました。だからこそ、このキャリアを歩み続けてこられたのだと心から感謝しています」

    自分ひとりの力でやってこられたわけではない。そんな想いが、彼女の視線を内から外へと広げ、活躍の幅を広げたいという新たな目標につながっています。

    山下: 「この数年は、デンソーだけでなく自動車業界全体でEPA業務を標準化し、デジタルツールを導入する働きかけを行ってきました。自動車業界は完成車、部品そして素材メーカーなど裾野が広く、多数の企業のチームワークを得て初めてEPAの適用が完結するものです。

    それぞれの立場は違いますが、『日本のものづくり』 が海外からさらに評価され、世界中のお客様へお届けしやすくなるように、自動車業界でワンチームとなってEPAの普及活動にチャレンジしていきたいと思います。」

    また、長く自身の強みとしてきた英語についても同様です。

    山下: 「英語はツールの1つですが、活用できることで自分の世界は確実に広がります。仕事の幅を広げたいという人に、いつか英語を教えたり、グローバルなビジネスシーンでの処世術をアドバイスしたりするような活動をしていきたいですね」

    夢を追う人から、夢を応援する人へ──。あきらめることなく地道な歩みを続けてきた山下だからこそ、キャリアに悩む多くの人に共感し、力強く支える存在になっていくでしょう。

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