葛藤を乗り越えた先に、見たものは。

2人のバスケットボール選手が開いた新境地

  • しのはら はなみ篠原 華実

    愛媛県出身。小学2年でバスケットボールを始め、愛媛・聖カタリナ学園高校時代に全国高校総合体育大会と全国高校選抜優勝大会で準優勝。デンソーアイリス1季目の2015年、日本代表としてウィリアム・ジョーンズカップ準優勝。2023年、皇后杯全日本選手権でデンソー初Vに貢献。ポジションはシューティングガード。

  • こうざい ひろあき香西 宏昭

    千葉県出身。先天性両下肢欠損。高校2年でU23世界選手権銀メダル。米イリノイ大留学時、シーズンMVP2年連続受賞。卒業後に独1部リーグでプロ契約、2022年リーグ優勝。パラリンピックに4大会連続で出場し、東京大会では3点シュート成功数、成功率共に大会1位の活躍で銀メダル。「NO EXCUSE」所属。

バスケットボール界で飛躍を続けるデンソーアイリスの篠原 華実と、車いすバスケットボール・NO EXCUSEの香西 宏昭。篠原は今季、皇后杯全日本選手権の初優勝に貢献し、香西は東京パラリンピックでの銀メダル獲得など長く日本代表を支えてきました。それぞれが心の葛藤を乗り越えた先に、見たものは何か。チームのベテラン同士が語り合います。

この記事の目次

    車いすと健常者のバスケットボール。違いはあれど共通点も多い

    香西:お会いするのは初めてですね。対談を楽しみにしていました。

    篠原:こちらこそ。私、小学生の時に車いすバスケットボール(以下、車いすバスケ)を体験したことがあります。車いすがめっちゃぶつかり合って、転ぶのが当たり前。ちょっと怖いなって思いました。

    篠原 華実

    香西:ガシャーンとか、音がすごいですよね。でも、健常者のバスケットボール(以下、バスケ)は体同士が当たる一方で、僕らは車いす同士が当たる。転んでも体より先に車いすが床につくから、意外と打撲は少ないんですよ。いきなりですが、篠原さんがバスケを始めたのはいつですか?

    篠原:小学校2年生の時ですね。学校で最初に話しかけてくれた友達がバスケをしていて、誘ってくれました。その子に出会っていなければ、私はここにいないですね。練習ではドリブルやレイアップシュートよりも、パスとか、まずボールに慣れるところからのスタートでした。香西さんは?

    香西 宏昭

    香西:僕は小学校6年生の時、車いすバスケの体験会に参加したのがきっかけです。もともと生まれつき両足がなくて日ごろから車いすに乗っていましたが、普段とは違う競技用の車いすに乗ったとき、すごく動きやすくて速くて、「楽しい!」と感じたんですよ。それを見た千葉県のクラブチームの方が入団を勧めてくれて、入ることにしたんです。友達もできるかなと楽しみにしていましたが、車いすバスケ界にはジュニアチームはなく、大人がいるチーム。一番年の近い人が12歳上でしたね。

    篠原:中学生が大人を相手に戦うのって、大変。いろんなスポーツを選択できたと思いますが、どうしてバスケを?

    香西:車いすユーザーができるスポーツとなると、当時はまだまだ競技の選択肢が少なかったんです。その中でたまたま始めたのがバスケでしたが、楽しいと感じられるスポーツに出会えてよかったです。篠原さんはどこにバスケ競技の楽しさを感じます?

    篠原 華実

    篠原:やっぱりチームで勝った時。自分が点を決めて目立つよりも、チームで同じ目標に向かって協力して戦った上で勝つことの方が、心の底からうれしいと感じます。あと、チームで新しいプレーに挑戦する時は迷いもあるけれど、できるようになる過程がすごく楽しいなと。香西さんは、バスケで海外留学の経験があるんですよね?

    香西:競技を始めて間もない13歳のころ、3泊4日の車いすバスケのクリニックに参加し、アメリカ・イリノイ大学のヘッドコーチだったマイク・フログリーさんの指導を受けました。この競技で世界一のコーチと言われている人に「アメリカには車いすの大学リーグがある。イリノイ大学に来ないか」って誘われて。

    口のうまいおじさんだなと思っていたら、年齢が上がるにつれてメールが頻繁に来るようになって、「この人、本気だったんだ」と。当時はまだ17歳。海外に行くとなると、そう簡単に親に頼ることもできなくなる。決断にはだいぶん時間がかかったけれど、可能性を信じて渡米を決めました。

    篠原:大きな決断でしたね。海外と日本ではプレーに違いはあるのですか。

    香西:海外勢は体が大きく、腕が長い。でもうまくやれば体格差を補えると、マイクさんが教えてくれました。車いすを利用して相手にスクリーンをしっかりかけてブロックし、いかにいいシュートシチュエーションをつくるか。背の高い相手をゴール下に寄せつけないようなディフェンスもします。

    篠原:大きな相手をゴール下から遠ざけることや、スクリーンをしっかりかけるというのは私たちも常に意識していること。車いすバスケとは、何かと共通点も多いですね。

    篠原 華実と香西 宏昭

    勝負の駆け引きで大事なのは「先読み」

    香西:篠原さんはデンソーで10季目を迎えましたね。入団にはどのようなきっかけがあったのですか?

    篠原:最初に声をかけてくれたのがデンソーでした。高校生の時、大会前にデンソーで合宿させてもらう機会がたびたびあって、その時にメンバーの皆さんが優しくて親しみやすいと感じたんです。当時のヘッドコーチが教えるプレースタイルが自分に合っていたことも大きかったです。私は、オフェンスよりもディフェンスが好きなタイプなんです。

    香西:どんな時に、ディフェンスがおもしろいと思いますか?

    篠原:相手のプレーが読めた時ですね。私は決して身体能力が高いわけじゃないので、スピードを出して相手を追いかけるようなことはできない。だから相手の動きを先読みしながら、プレッシャーをかける。出鼻をくじいて、相手の調子を狂わせるようにするんです。ディフェンスからプレッシャーをかけられたら、やっぱり引き気味になるものですよね。そうなったら自分の勝ちだなと。

    篠原 華実
    試合同様に集中し、ディフェンスの練習に臨む篠原

    香西:中には、思いきり突っ込んでくる選手っていますよね。僕は競り合ったときには引かず、「来るなら来い!」という視線を送りますね。それこそ先読みして、相手に接触されそうなところをすっとよけて、すかすのも好き。相手の体勢が崩れたら「ぷぷぷ」みたいな(笑)。

    篠原 華実と香西 宏昭

    篠原:悪いですねぇ(笑)。でも勝負の駆け引きって、そういうものですよね。私は、相手が手を使って圧力をかけてきたら、そこではあえて引いて、別の場面でスチール(ディフェンスの選手がオフェンスの選手からボールを奪うこと)してやろうと燃えます。香西さんはシューターですよね?

    香西:そうですね。いろんなプレーができるようになれば楽しいだろうなと思って、子どものころからオールラウンダーをめざしてきましたが、今は得点の役割を任されることが多いかなと。

    車いすバスケには持ち点制度があって、障がいの程度によって選手に与えられる点数が違うんですよ。障がいの重い選手は、僕たちのような障がいの軽い選手が攻めやすいようにサポートする動きをとるのが一般的。僕も篠原さんと同じで、障がいの重い・軽いにかかわらず、みんなでつないだ末に得点するというプロセスの方が好きですね。

    ドリブルをする香西 宏昭

    「不動心」を追い求めた末に得たものは

    篠原:香西さんのお話を聞いていると、とても前向きな人だと感じます。

    香西:いやいや、そうとも限らなくて。以前は「自分の感情が邪魔でしょうがない」と思っていました。20年ほどの日本代表活動で、僕が一番悔しい思いをしたのが2016年のリオデジャネイロ・パラリンピック。リオ大会が近づくにつれて、やる気がある日と不安になる日の波が激しくなって。

    篠原:感情のコントロールが難しかったのですね。

    香西:そんな時、スポーツ心理学者の田中ウルヴェ京さんにメンタルトレーニングをお願いしました。最初に「”不動心”を手に入れたいです」と伝えたところ、彼女からはまず、起きた出来事と感情をメモするように言われたんです。試合でシュートが入ってうれしかったとか、高速道路で他の車に割り込まれていらついたとか。書くうちに自分の感情の癖がわかってきました。僕はイライラしがちな人間だったんです。そういう人のことが嫌いなはずなのに、気づいたら自分がそうなっていました。

    2023年1月の天皇杯日本車いすバスケットボール選手権大会でプレーする香西
    2023年1月の天皇杯日本車いすバスケットボール選手権大会でプレーする香西(提供:Shingo Ito/X-1)

    篠原:そんなふうには、まったく見えないのに……。

    香西:そして僕の場合、イライラによってパフォーマンスが落ちていることもわかり、そこで始めたのが「感情を予期して記す」こと。たとえば練習前に「自分や仲間のミスでいらつくかもしれない。その場合は深呼吸をしよう」とか。でも、書いて意識をした結果、”不動心”は得られませんでした。

    そりゃあ、そうですよね。人間ですから感情をなくすなんて無理。でも自分を客観視できるようにはなりました。周囲には最近、「雰囲気が変わった」と言われます。かつては近寄りがたかったみたいですが、今では後輩に「ご飯に連れてってくださいよ」などと声をかけられることが多くなりました。少し、照れくさいですが、うれしいですね。

    香西 宏昭

    篠原:へぇ……。心の持ちようがすいぶん変わったのですね。

    香西:変わりましたね。試合中に感情が生まれても、フラットに戻すことができるようになりました。シュートが入らなくても引きずらず、入っても安心しすぎず、すぐにディフェンスの態勢につくという感じで。

    篠原:私はシュートが外れたら引きずっちゃうこともあるので、勉強になります。私はどちらかというと周りの声によってフラットになれるタイプかも。デンソーのヴラディミール・ヴクサノヴィッチ・ヘッドコーチは「10本打って10本外れてもいいから、ちゃんと11本目を打て。あなたの役割は打つこと。迷う必要はない」と背中を押してくれるんです。

    香西さんのように自分の力で感情をコントロールできるようになると、また違った景色が見えるのかもしれませんね。

    香西:でも、シュートを打ち続けるのも大変ですよね。

    篠原:確かに。シュートの時に一瞬でも迷いが生まれると、周りも迷い、チームのプレー全体にズレが出てくる。なので、ひとつのミスにとらわれることなく、新たな気持ちでプレーできるようになればいいんだなと。今のお話を聞いて、そう感じました。

    篠原 華実

    香西:僕は今でも、イライラする自分に戻らないようにと必死ですよ(笑)。気を抜くとすぐに戻っちゃうから。人間の性格はそう簡単に変わらないですね。まだまだ修行中です。

    パラリンピック出場を逃した今こそ、スタートライン

    篠原:あらためて、2024年1月のパリ・パラリンピック予選、おつかれさまでした。

    香西:ありがとうございます。残念ながら予選で敗退して、車いすバスケ男子日本代表のパラリンピック連続出場回数が「12」で途切れてしまいました。

    一方で、僕らと同じく東京五輪で銀メダルを獲得した女子バスケ日本代表は、パリ五輪の切符をつかみましたね。「僕らと同じようにはならないで!」と願いながら予選試合を見ていました。結果、パリ五輪出場を決めて「やったぁ!」と純粋にうれしかったけれど、正直、複雑な心境にもなりました。パリ・パラリンピックに行きたかったと、悔しさがこみ上げてきて……。

    香西 宏昭

    篠原:でも、いろんな感情があっても、出てくる言葉は前を向いていて、すごいなって思いました。

    香西:ここから僕ら代表チームはどうすべきか。まずは選手、コーチ、日本連盟が予選の振り返りをしなきゃいけない。東京パラリンピックは日本人が体格の大きい相手に勝つすべを証明しましたが、今回は他国から研究されて敗れました。

    今こそ、日本代表のスタートライン。このどん底の状況からはい上がるには、大会までのプロセスを見直すなど何かを変えないと。そして今回の負けには、僕らの引退後の長い人生に生かせる教訓、勉強材料が詰まっているような気がするんですよね。生きていく上で大事なこともね。

    香西 宏昭と篠原 華実

    香西:篠原さんは今、日本代表選手がそろうデンソーの中で先発の機会がかなり増えていますね。

    篠原:周りからは「先発ってすごいね」と言われます。確かにスターターにはチームを勢いづけるという大事な役目がありますが、それ以外の面では、途中出場とのマインドの差はないですね。スターターかどうかよりも、与えられた時間で精いっぱいプレーすることが大切。チームのメンバーには代表選手が多いですが、コートに立ってしまえば肩書も年齢も関係ありません。目標は一緒ですから。

    2024年4月の女子バスケWリーグ・ファイナルでハドルを組むデンソーアイリスのメンバー
    2024年4月の女子バスケWリーグ・ファイナルでハドルを組むデンソーアイリスのメンバー

    篠原:今季は皇后杯で初優勝したので、Wリーグでも例年以上に周囲からの期待が大きいように感じます。ただ、ヘッドコーチは「プレッシャーは僕が背負うから、自分たちのバスケに集中して」と言ってくれています。余計なことは考えず、目の前の試合を見据え、チームとして40分間を戦う。それだけに専念しています。

    香西:そうやって心を保てるのはすごいことですよ。

    篠原:昨季は優勝できなかったけれど、チームで戦えたという感覚がすごくあって、シーズンを終えたくないぐらいでした。みんなの表情がすごく生き生きとしていて、向かう先や思いの強さが同じだと実感できたのです。そのベースがある上で、勢いが増しているのが今季。「自分たちは強い」「目標を達成する」という思いをより高いレベルで共有できていて、私はそんなチームをとても頼もしく感じています。

    デンソーアイリスの集合写真
    Wリーグ・ファイナルでは惜しくも敗れたデンソーアイリス。準優勝に終わったが、ファンと一体となって戦いぬいた

    ※記載内容は2024年4月時点のものです。

    キャリア・生き方

    執筆:PRTable / 撮影:BLUE COLOR DESIGN

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