クルマからモビリティへ~デンソーのエンジニアがソフトウェアを強みにモビリティの未来を支える~

強みである「三位一体」のシステム構築力を活かして

自動車部品業界では世界第二のメガサプライヤであるデンソー。今日のクルマは、自動運転やコネクティッド、電動化などに向けて、より複雑で大規模なシステムへと変貌を遂げつつある。そんな各システムを具現化し自動車メーカーに届けるデンソーが、今、ソフトウェア領域において、さらなる進化を遂げようと挑戦している。そんなデンソーの魅力を、同社のソフトウェア開発の総責任者であるChief Software Officer林新之助氏(以下、林)と、同じくデンソーの技術顧問を務める及川卓也氏(以下、及川)のお二人に語っていただいた。

  • 林 新之助

    CSwO(Chief Software Officer)、ソフトウェア改革推進室長、モビリティシステム事業グループ統括部長(電子 PF・ソフトウェア領域)、デンソークリエイト社長

  • 及川 卓也

    Tably株式会社 代表取締役 Technology Enabler、株式会社デンソー 技術顧問

この記事の目次

    「モビリティ社会のTier1」としてデンソーだからこそ提供できる価値

    自動車産業が大きな変革期を迎える中でデンソーの立ち位置をお教えください

    林:私たちは創業以来、「技術で夢を形にし、お客様に貢献する」ことに拘ってきました。「形にする」というのは、「コンセプトだけで終わらせない。自分たちの手で製品やシステムを具現化し、世に出せるレベルまで完成度を高める」ということを意味します。また、クルマは「人の命を乗せる」ものであり、常に品質の確かな製品を提供する必要があります。確かな技術で夢を形にすることで「自動車業界におけるTier1」として、お客様である世界中の自動車メーカーより、評価していただけていると考えています。

    クルマが社会につながり、クルマ単体だけの価値に加え、モビリティ社会全体で価値が創られ、提供される時代が来ています。この変革期を迎えても「技術で夢を形にし、お客様に貢献する」というデンソーの姿勢は全く変わりません。ただ、それを発揮していくスコープはモビリティ社会全体へと広がっていくので、例えば「自動車業界のTier1」から「モビリティ社会のTier1」に進化するというイメージですね。

    クルマが進化する中、デンソーが果たす役割とはどういったものでしょうか?

    林:「つなぐ」という役割を意識しながら、環境にやさしく、安心して暮らせる、そして共感し合えるモビリティ社会を目指しています。具体的に言えば、環境はカーボンニュートラルな世界、安心は交通事故のない世界の実現です。

    この「つなぐ」という役割には、大きく分けて三つあります。まず1つ目は、クルマの中を「つなぐ」こと。クルマは、メカニカルな技術や、エレクトロニクス技術、ソフトウェア技術といった、領域の異なる技術が一つの構造体の中でつながっています。デンソーは、カーエレクトロニクスで50年、カーソフトウェアで40年の歴史を持っており、これらの技術と技術をつなぎ、高度なシステム製品を手掛けてきました。クルマの中を様々な形で「つなぐ」ことで、高度で付加価値の高いシステム、製品が生み出されるのです。今、私たちが手掛けているモビリティコンピューター(クルマ全体の制御とデータを統括する頭脳コンピューター)なども、クルマの中をつなぐ技術による、一つの成果です。

    2つ目は、クルマとクルマ、クルマと社会を「つなぐ」ということ。これは、クルマとITやクラウドをソフトウェアでつなぐことを意味します。リアルとサイバーがつながり、デジタルツインとしてデータが管理される世界が来ます。5Gなど通信技術の進化もあり、クルマ同士や、クルマとサーバーがリアルタイムにつながることで、今現在の情報をやりとりするだけでなく、デジタルツイン上のデータを使い、未来の状況をAIで予測。その予測を共有することで、より最適化されたモビリティシステムが構築できるわけです。

    デンソーのMobility IoT Coreを活用した、デジタルツインの一例

    これからのモビリティ社会においては、クルマの安全性能はもちろんのこと、交通事故の防止や都市交通のスムーズ化など、社会全体に、より安心・安全、利便性をもたらすことが重要になってきます。これらを実現するために、これまであまり交わりのなかった自動車業界のエンジニアとIT業界のエンジニアたちにつながりが生まれています。異なる分野がつながることで、価値の連鎖がより広がっていくというわけです。

    デンソーの社内には、IT業界など、他業界からキャリア転進して来てくれた新しい仲間が多く活躍しています。クルマをよく知るエンジニアとITをよく知るエンジニアが力を合わせ、クルマの中と外の世界を、より高速に、より確実に、より便利につなぐプラットフォーム技術を開発しています。新しいものを作り出すために、互いに知恵を絞る姿は、とても活き活きしていますね。
    これからのモビリティ社会では、クルマの提供価値がクルマの中だけに閉じるのではなく、クルマもIoT端末の一つとして様々なモノやインフラとつながり、これまでにはなかった新しい価値を社会全体に提供していくことが必要だと考えています。

    3つ目は、モビリティ社会全体を「つなぐ」ということ。これは、お客様である自動車メーカーと自動車メーカーを「つなぐ」と言い換えられるかもしれません。新しいモビリティ社会は、デジタルツインのプラットフォームに、多くの自動車メーカーのクルマがつながる世界です。デンソーは、世界中の自動車メーカーとの長年に渡るさまざまな開発を通じて、各メーカーのこだわりや大切にされたい価値を深く理解し、それを信頼につなげてきたと感じています。これから多くのクルマとデジタルツインのプラットフォームを技術でつないでいくなかで、デンソーが懸け橋となっていく。お客様の期待に応え、貢献しなければならないことだと考えています。

    及川:自分はIT業界に長くいて、デンソーという会社を正直あまりよく知りませんでした。自分なりに調べたり中の人たちと話すことで解ったのが、デンソーという会社は、とても大きな規模の会社であるということ。例えば年間の研究開発投資額も5000億円と、昔から有名なIT企業と比べても倍ぐらいの規模感です。自分が知らなかっただけで、とてつもないグローバル大企業だなと改めて感じました。

    特に自動車産業が、今100年に一度の変革期と言われている中、以前からエレクトロニクスや電子制御の領域で、ソフトウェア開発にもしっかりと取り組んでいます。デンソーは、実は知られざるコンピューター企業、とまで言うと言いすぎかもしれませんが、ソフトウェアに関しても、しっかりとした実績があり、技術を持っている会社だといえます。

    クルマという小宇宙が、社会という大宇宙へとつながる

    デンソーの強みとされている「三位一体のシステム構築力」とはどういったものでしょうか?

    林:デンソーの持つ技術領域は、大きく分けると、メカとエレクトロニクス、ソフトウェアといった三つの領域です。これら三つの技術を組み合わせ、これまで多くの三位一体のシステムを構築してきました。高精度な燃料噴射システム、次世代インバーター、コックピットシステムや先進安全システムなどがそれです。数々の三位一体のシステムの開発を通じて、デンソーには「お客様の真のニーズを理解した上で、最適なアーキテクチャを設計し、異なる技術を組合わせ実装しきる」、そんな力が培われたと考えています。それこそが「三位一体のシステム構築力」です。

    どういったところにこの力が活かされてくるのでしょうか?

    林:今後、私たちが手掛けるべきシステムは、正直、これまでのシステムと比べ、ソフトウェアの比重が高まっていくでしょう。新しいモビリティ社会では、クルマの価値が相対的にソフトウェアにシフトしていきます。自動運転、OTAプログラミング、統合コックピットシステム、さらには、クルマの中と外をつなぐ統合電子プラットフォームなど、よりソフトウェアリッチなシステムにシフトしていきます。ただし、システムが何であれ、先ほどお話しした「お客様の真のニーズを理解した上で、最適なアーキテクチャを設計し、異なる技術を組合わせ実装しきる」というシステム構築力は必ず必要となる強みの源泉であり、新しく広がる技術の世界においても、この強みが活かせると考えています。

    及川:私も以前は、「クルマ=閉じたシステム」という印象をもっていました。ところがデンソーとかかわって勉強をすると見え方が一変。インターネットを世界中のサーバがつながる宇宙とするならば、クルマの中は小宇宙じゃないかと考えるようになりました。

    クルマの中にはECU( Electronic Control Unit)が100以上も搭載されていて、そのECUが当たり前のようにネットワーク化されています。クルマでの使用を前提として開発された通信プロトコル「CAN」のように高速化されたネットワークがあったり、さらにセンサーやアクチュエーターがつながるところには、別のネットワーク体系があったりするのです。

    これは、私が昔開発に携わっていたパソコンのOSの中身と、基本的な仕組みは一緒ではないかと感じました。もしくは今のクラウドでマイクロサービスがつなぎ合うというところでも、メタ化して考えたときには一緒。そう考えると、実は「クルマの世界が閉じている」といっても、実は閉じてはいるけれど、とてつもなく大きい小宇宙だと考えるようになりました。

    また、当たり前のように、クルマがクラウドなどにつながるということにも、標準化の流れがあります。世界とつながるということが数年前から一気に広がってきて、このクルマという小宇宙が、中宇宙や大宇宙へとつながるようになって、もっともっと魅力的な世界が広がっていると感じています。

    エンジニアが最後まで製品を形にすることで、技術を磨くことができる

    新しいモビリティ社会のためにデンソーが重要視していることは?

    林:やはり大切にしているのは、エンジニアの力ですね。デンソーでは車載組み込み系とITクラウド系の領域の異なるソフトウェアエンジニアが活躍しています。In-Car(車内)の制御・電子デバイスなどに関わる車載組み込み系と、Out-Car(車外)との通信・コネクティッドなどに関わるITクラウド系。このIn-CarとOut-Car連携の界面を制することが、モビリティの将来を制することだと考えています。

    ソフトウェアを強化するうえで、開発を担うエンジニアの育成についてはいかがでしょうか?

    林:エンジニアが自立的に学べる様、教育システムにも力を入れています。クルマのソフトウェアを極めるための基礎研修から、上級アーキテクト、プロジェクト・マネージメント研修、さらには実践教育など、多面的なカリキュラムを揃えています。「夢を形にする」ための技術ですから、教科書どおりの技術研修では駄目だと考えています。育成カリキュラムは、常に実践的な技術を学べる場となっています。また、近年の教育プログラムではCASE(Connected・Autonomous・Shared & Services・Electrification)の進展に備えてIT系のカリキュラムも導入しています。ITの新しい技術をクルマのエンジニアが学ぶことで、新しい価値を提供できるのも魅力のひとつ。エンジニアが自分のキャリアを自ら描き、実現できる環境が整いつつあります。

    また、学べる場だけでなく、腕試しの場もいろいろ仕掛けているところです。例えば、先日社内で開催したクラウドコンテストには、組み込み系のエンジニアのほか、ソフトウェアエンジニアではない人も合わせると230人、若手からベテランまで多くの社員が出場し、腕を競い合いました。チームに分かれ、様々なクラウドシステム障害を解決するというもので、技術とスピードが問われます。こういう場で腕試しをするというのは、楽しみながら学べるという意味でも意義があると思います。ちなみに、私も出場しましたが、チームの足を引っ張るだけの結果になってしまいました。(笑)

    クラウドコンテストは一例ですが、これらのイベントを通じ、電子デバイスの制御ソフトを開発してきたエンジニアが、クラウドの技術に触れ習得していく、そんな機会を作っています。

    及川:ソフトウェアとハードウェアというのは、明確にバウンダリーがあって分かれているものではありません。例えばある特定の技術をソフトウェアで実装するか、もしくはハードウェアで実装するかというような、境界領域のものがいくつもあります。それをどちらで実現するかということを使い分けられる人たちが、今後は強くなっていきます。

    例えばハードウェアのプロセッサの話でも、FPGA(現場で書き換え可能なゲートアレイ)のような製造後に構成を設定できるプログラマブルな集積回路のようなものが存在したり、逆にソフトウェアを得意とするGoogle自身がTensorFlow用のプロセッサを出しているような状況です。様々な利用シーンにおける制約状況を考えたときに、どちらでもできるというのがいちばんの武器になります。デンソーはハードウェアとソフトウェアの両方を持っているところに大きな可能性があり、いちエンジニアとしてもすごく楽しい部分だと感じています。

    エンジニアの視点から自動車開発を考えてみると、クルマの開発は非常に多様な技術を活用しており、最終的にはそれらを統合してドライビングというリアルな体験を提供するものなので、モノ作りとしての楽しさを味わうことができます。世の中には今でも様々な要素技術がありますが、例えばIoTひとつをとっても、実際に社会実装され、活用されている例は必ずしも多くは無いのではないでしょうか。今後5年、10年、15年とモビリティが大きく変わっていきますが、明らかに先進技術の開発と社会実装の流れの中心は「クルマ」でしょう。

    100年に一度の変革期と言われていますが、ADAS(先進運転支援システム)の単なる延長ではないところに、AD(自動運転)がある。そういったことをできるのは、やはりクルマ作りの魅力だなと考えています。その先には日本政府が言っている「Society 5.0」のような、サイバーフィジカルワールドのようなものも体験でき、具現化できる。クルマやモビリティだけではなく、さらに広い範囲にも取り組めるのが、今のデンソーのとてつもなく面白いところではないかなと思います。

    クルマを原点にエンジニアが社会全体に貢献していく

    100年に一度の変革期におけるデンソーの使命とは?

    林:新しいモビリティ社会に変わっていく中で、これまでの“乗って楽しいクルマ”という価値に加え、クルマは“一つのIoT端末である”という価値が加わります。先ほどお話ししたように、デンソーは「自動車業界のTier1」から「モビリティ社会のTier1」という立ち位置を目指します。クルマの開発で培った力を元に、クルマとクルマ、クルマと社会、そしてモビリティ社会全体をつなぎ、社会全体への貢献を行っていくということです。

    エンジニアたちの持つ確かな技術、先進的な技術によって、クルマの中だけでなく社会全体の見えないところを技術で支えていきます。そしてデンソーが、長期ビジョンとして掲げる、環境問題のない世界、交通事故のない安心な社会の実現を果たしたいですね。

    そういった意味では、デンソーは現在も「電動化」、「自動運転」、「コネクティッド」、「非自動車事業(ファクトリーオートメーション/農業)」の4つを“未来を動かす重点分野”としており、自動車産業以外にも力を入れています。次世代農業用ハウスの開発や、橋梁点検ドローン(UAV)の開発、さらには微細藻類を使った研究など幅広い分野に広がっています。

    自動車メーカーとのつながりと同様に、ソフトウェア開発もグローバルですすめられているのでしょうか?

    林:デンソーのソフトウェア開発は、グローバルにも広がっています。米国・デトロイトには、北米のお客様向けのシステム製品を手掛ける部隊がおりますし、シアトルやシリコンバレーには、IT企業との共同開発や先端ソフトウェア開発の研究機能を備えています。また、ドイツ・ミュンヘンには、欧州の標準技術を取り込むための組織を置いており、AUTOSAR(自動車業界のグローバル開発パートナーシップ)の各機関と共に標準規格を検討しています。さらに中国・上海では、中国における新たなモビリティサービスを手掛けるアジャイル開発チームも稼働していますし、タイのモデルベース開発拠点、インドやフィリピンのソフトウェア開発拠点など、各地域の強みを生かした開発拠点が稼働しています。その他にも、世界の自動車メーカーのニーズに合わせ、システム製品のソフトウェア開発拠点を様々な国に配置しているのが現状です。もちろん、現地のエンジニアの方々が活躍しているわけですが、日本からも多くの技術者がグローバルに派遣され、各地域での技術を吸収しながら、グローバルなソフトウェアネットワークを構築しており、人と技術で世界のモビリティ社会に貢献していく計画です。

    また同時に、デンソーのグループ会社であるデンソークリエイトやデンソーテクノ、デンソーアイティーラボラトリなど、ソフトウェア領域でそれぞれ得意分野を持つ企業でも技術と人のネットワークを強化し、グループ全体でソフトウェアの力を高めていきます。

    ただし、私たちの原点というのは、自動車産業の中で培ったものです。クルマとのつながりが社会や世界に広がるからといって、クルマのことが置き去りになるのではなく、クルマの中の革新も今からまだまだ続いていく。自動車産業の中で培ってきたものを原点として、そこにこだわり続け、高め続けながら、社会全体にも大きく目を向けていくということを目指しています。

    お二人の対談から見えてきたのは、「三位一体」のシステム構築力をキーワードとして、デンソーのソフトウェア領域の面白さや、モビリティ社会全体を視野に入れたTier1としての考えについて。そして、領域の異なるソフトウェアエンジニア同士が交わりながら、技術を磨き、キャリアを描ける環境があることなど、デンソーの考えるエンジニア育成とはどのようなものなのかをうかがえました。これからの未来を変えてゆく「実現力のスペシャリスト集団」として世界で活躍できる舞台がデンソーには用意されています。

    執筆: Tech Crunch Japan

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