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福島県の中心から東に位置する、福島県田村市。市全体の60%以上を山林が占めるという自然豊かなこのまちで、いまある次世代エネルギーの実証実験が行われている。
近年、未来のクリーンエネルギーとして、大きな期待が寄せられる「水素」だ。
燃やしてもCO₂が発生しない水素は、そのメリットを活かしてさまざまな用途への展開が期待されている。
そんななか、今年3月からデンソー福島を舞台に水素の実証実験が開始。
デンソー、デンソー福島、トヨタ自動車の共同で、グリーン水素の製造や工場での活用を検証し、水素を活用した「カーボンニュートラル工場」の実現を目指す。
また実証実験を通じて得た知見やノウハウの展開も目指し、「福島発、水素地産地消モデル」構築の未来も描く本プロジェクト。
福島の地で実証プロジェクトに挑むキーパーソンのインタビューから、水素社会実現に懸ける思いに迫る。
この記事の目次
カーボンニュートラル工場の実現へ
2050年までに、温室効果ガスの排出を全体としてゼロにする──。
2020年10月、政府は「カーボンニュートラル」の実現を目指すことを宣言。あらゆる産業にとって、「CO₂の排出削減」は喫緊の課題となった。
なかでも日本のCO₂排出量の約4割を占めると言われる製造業において加速しているのが、工場の脱炭素化、いわば「カーボンニュートラル工場」の推進だ。
今年3月から、デンソー福島を舞台に行われている水素活用による実証実験も、まさにカーボンニュートラル工場の実現に挑む取り組みになる。
燃やしてもCO₂を出さない「水素」の利活用によって、工場の脱炭素化を目指す。その先に見据えるのは、地域で製造した水素を地域で消費する「エネルギーの地産地消モデル」の確立である。
福島に赴任して以来、水素社会モデルの構築に取り組んできた樋口和弘氏は、今回の実証実験の全体像を次のように説明する。
「これまでデンソー福島の工場では、主に化石燃料由来の系統電力(電力事業者から購入する電力)とLPG(液化石油ガス)をエネルギーとして使用してきました。
しかしながら、どちらも発電や使用の過程でCO₂が排出される。そこで私たちは、4つのアプローチで脱炭素化に取り組もうとしています」(樋口氏)
1つ目は、省エネの推進。工場で使用されているエネルギーを見える化し、無駄なエネルギー消費の削減につなげる。
2つ目は、自家発電した再生可能エネルギーの導入率向上。デンソー福島では、敷地内に太陽光・風力発電施設を設けており、今後は太陽光パネルによる発電量をさらに増やす計画だ。
3つ目は、外部から調達する系統電力を再エネ由来の電気に切り替えること。
そして4つ目が、従来LPG(液化石油ガス)を使用していた熱需要に対する、水素の利活用だ。デンソー福島では、自動車部品のうち熱交換器と呼ばれるラジエータ(放熱装置)やエアコンモジュールを製造しており、その製造工程に製品を加熱するガス炉がある。
この一部を電気炉に置き換えるとともに、工程で発生した排出ガスを無害化するアフターバーナー炉※1は、燃料をLPGから水素に置き換える。
トヨタ自動車の燃料電池車「MIRAI(ミライ)」の技術を応用して開発している「水電解装置」を導入し、水素も自社で製造する。
「燃料電池は、水素と酸素を反応させて電気をつくる。水電解では、水の電気分解で水素と酸素をつくる。
つまり反応が逆になっただけで、両者の構造は基本的に同じ。よってMIRAIの技術を水電解装置に転用し、材料や部品も共通化することで、高い信頼性を備えた水素製造システムを低コストで導入できると考えています」(樋口氏)
自家発電した再生可能エネルギーを使用してグリーン水素※2を製造し、敷地内の設備で貯蔵する。そして必要に応じて工場へ供給し、製造現場で活用する。
これは水素のサプライチェーン構築に必要な「つくる」「ためる・はこぶ」「つかう」が地域で完結することを意味しており、この取り組みが成功すれば、水素を活用したエネルギーの地産地消モデル構築へ大きく前進する。
日本のものづくり産業を持続可能に
エネルギーの地産地消は、地域におけるエネルギーの安定供給や効率的な活用を可能とするだけでなく、地域活性化にもつながると期待されている。
福島県は、東日本大震災からの復興の柱として、再生可能エネルギーの活用による新たな産業基盤の創出を目指す「福島新エネ社会構想」を策定し、水素社会実現に向けた取り組みをリードしてきた。
2021年6月からは、福島県とトヨタ自動車が「福島発」の水素技術を活用した未来のまちづくりに向けた社会実装の検討に着手。水素の利活用への気運が一層の高まりを見せている。
長年モビリティ領域の生産技術に携わってきた垂井裕幹氏は、自社が持つコア技術を活かして新たな挑戦ができることに大きなやりがいを感じている。
「私たちはトヨタグループの中で福島に拠点を置く部隊として、この地で水素社会の実現に必要な技術や仕組みを開発し、福島から世界へと発信する使命を与えられたのだと受け止めています。
これは大変チャレンジングな取り組みであり、プロジェクトに関わる全員が非常に高いモチベーションで挑んでいます」(垂井氏)
今回始まったカーボンニュートラル工場の実現に向けた実証実験は、水素の地産地消モデル実現への起点となる重要な取り組みだ。
水素のサプライチェーン構築に向けて地元事業者と意見交換を重ねてきた安藤充宏氏は、工場の脱炭素化は日本のものづくり産業を持続可能なものにするために不可欠な取り組みだと語る。
「カーボンニュートラル工場を実現する最大の意義は、ものづくり産業を守ることにあります。かつての製造業は、安くて性能の良いものをつくれば製品が売れた。
それがいまや取引先から温室効果ガス排出削減量の証明書を求められ、基準値を満たさない企業はサプライチェーンから外されかねない時代が来ています。
つまりカーボンニュートラルは、ものづくり産業がビジネスの場に参加するために最低限必要なエントリーシートみたいなもの。CO₂削減に取り組まない企業は、近い将来自分たちがつくった製品を売ることができなくなる。
私たちがカーボンニュートラル工場の仕組みを確立し、そのモデルを日本全国に広めることで、この国のものづくりを守るために貢献したいと考えています」(安藤氏)
福島で展開される水素プロジェクトの取りまとめ役であり、自治体や地元企業との連携にあたっている小泉雅史氏も、この実証実験が担う役割の重要性を実感している。
「福島の地元企業の方たちも、『このままではものづくりができなくなるのでは』と強い危機感を持っています。しかし具体的に何をすればいいのかわからない。そんな声を数多く耳にしてきました。
ですから今回の実証実験の内容や成果は可能な限りオープンにして、地域のみなさんと技術やノウハウを共有していきたい。
エネルギーの地産地消に向けた取り組みは、とても1社だけでできることではありません。地域企業や行政などさまざまな関係者との連携をはじめ、仲間づくりにも力を入れていきたいと考えています」(小泉氏)
水素の使い方を見極める
実現すれば日本社会や産業に大きなインパクトをもたらすことが期待される水素の地産地消モデル。
しかしそこへ辿り着くには、技術面やコスト面でいくつもの課題をクリアしなければいけない。さらに水素の実用化には、「水素の有益な使い方」を見極めることも難しい課題になるという。
「たとえばデンソー福島の工場では、エネルギーとしてつかわれる熱がそれほど多くないので、自社内に設置した水電解装置でつくる水素だけで置き換えられます。しかし、他社の工場ではもっと大量の熱を使用しているケースもある。
エネルギーの消費量が多い工場でも、本当に水素がつかえるのか。つかうとしても、デンソー福島での実装モデルとは別のアプローチを考えなくてはいけないのか。自社工場での実装がうまくいけばそれでいいわけではなく、多様なユースケースを想定しながら水素の使い方を見極めないと、水素の地産地消モデルを他の製造現場へ横展開できません。
先ほど話に出たように、水素を活用して脱炭素化を図りたいと考えている地元企業は数多くあるので、各社と情報交換をして製造現場の状況を把握し、水素の使い方について課題の洗い出しをしているところです」(樋口氏)
水素はメリットの多いエネルギーだが、かといってすべてを水素に置き換えるのが正解というわけではない。
今回の実装施設でも、製品を加熱する炉では水素ではなく再エネ由来の電気を使っているように、電気をつかうべきところはクリーンな電気をつかったほうがいい場合もある。
「前述の通り、水を電気分解すれば水素はつくれますし、水素と酸素を反応させれば電気もつくれます。でも目の前に電気をつかうべき工程があるのに、わざわざいったん電気分解して水素をつくり、それをまた電気に戻すのはエネルギーのロスになる。
よってこの場合、電気は電気のまま使えばいいと判断できます。ただし電気は水素と違い、貯めるのが難しい。日照時間の長い時期に太陽光発電でたくさん電気をつくっても、つかう量が少なければ余剰分は無駄になってしまう。
そんなときは太陽光エネルギーから水素を製造して貯蔵し、日照時間が短くて再生可能エネルギーが調達できない時期に、水素から電気をつくってつかえばいい。これなら水素の利点を活かせます」(樋口氏)
水素の実用化に向けた取り組みは始まったばかりで、誰も答えを持っていない。だからこそ水素のユーザーとなる企業や事業者の声を聞き、社会にとって本当に役立つ水素の使い方を見極めることが求められている。
福島発、「水素の地産地消モデル」を世界へ
カーボンニュートラル工場実現に向けた実証実験は始まったばかりだが、すでに地元では大きな関心を集めている。
大手企業の関係者から小さな町工場の経営者まで、現場には毎日のように見学者が訪れていることからも、福島における水素活用への期待の高さがうかがえる。
「現在、地域企業である約30社と連携しながら社会実装や実証実験を進めていますが、福島の経営者のみなさんは地元の産業を活性化させたいという強い思いをお持ちです。『今はまだ復興途上で苦しいこともあるが、福島で水素産業が発展すれば、若者の県外流出に歯止めをかけて地元を元気にできるのではないか』と。
自分の会社が儲けるためではなく、福島の未来の子どもたちのために水素社会を実現したいとおっしゃる方もいます。その想いに応え、福島に新たな産業と雇用を生むために貢献することが私たちの責任だと思っています」(小泉氏)
福島で水素の地産地消モデルを確立できれば、その仕組みを全国各地へ広めていくことも可能になる。
福島県とトヨタ自動車は水素の社会実装を展開するにあたり、30万人程度の都市を想定して水素のある暮らしの実装モデルをつくり、全国の同規模の都市に展開することを目指すと宣言。
福島には福島市、郡山市、いわき市と3つの30万都市があり、まずはそれぞれの地域で水素の社会実装に取り組み、他の都市へ展開していくことが目標となる。
さらにその先には、日本発の水素技術や地産地消モデルを世界へと発信していく未来を描いている。
「日本が水素社会に必要な技術や設備をいち早く完成させ、それを海外に輸出すれば、日本のものづくりの力を世界に発信できる。
日本の設備によって世界中で水素がつくられるようになれば、日本がエネルギー分野で世界をリードする立場になれるし、エネルギー安全保障でも優位に立てるかもしれません」(樋口氏)
福島から日本全国へ、そして世界へ──。今後も、未来を大きく変える可能性に満ち溢れた水素の地産地消プロジェクトから目が離せない。
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