あなたが実現したいこと、学びたいこと、可能性を広げたいことに、この記事は役に立ちましたか?
ぜひ感じたことを編集部とシェアしてください。
さまざまな産業で、製品の品質向上や安全性の確保のために製品の情報を追跡可能にする「トレーサビリティ」の導入が進んでいます。
貴重な資源を取り扱っている「電池」のトレーサビリティは重要度が高く、各国で法規制が定められている状況にあります。
こうした法規制への対応はもちろん大切ですが、ただ守りの姿勢で対応するだけでなく、日本の製造業の競争力を高める標準化やエコシステム構築を行う攻めの姿勢も欠かせません。
デンソーがQRコードとブロックチェーン技術を活かして開発する「バッテリーパスポート」は、攻めと守りを同時に実現することを目指しています。
この記事の目次
高まりはじめている、車載電池のトレーサビリティの需要
日本政府は2050年までにカーボンニュートラルの実現を目指すことを宣言しており、2030年から2040年にかけての乗用車・商用車の電動化目標を定めています。電動車のなかでも、BEV(Battery Electric Vehicle:バッテリー式電気自動車)の占める比率は年々高まり、世界規模でみると、2035年には過半数を超えると予想されています。
クルマの電動化が進むと考えられるなかで、対応すべき重要なテーマが存在します。それは「クルマに搭載する電池(以下、車載電池)」のトレーサビリティです。車載電池は、ライフライクルのなかでも原材料の「調達」と、「再利用」に課題があり、サステナブルな電動車の提供のためにはこれら課題解決が必要不可欠です。
まず、車載電池の開発には、原材料であるリチウムやコバルトが必要です。この原材料は非常に希少であり、これらの資源が一部の国に偏っている問題があります。
もうひとつの課題が「再利用」。BEVの車載電池の寿命は一般的に5~8年といわれます。一部の国においては、BEVの販売開始当初に市場に出回った車載電池が寿命を迎えるタイミングにあり、それらが再利用やリサイクルされずに放置されてしまうという課題に直面し始めています。放置されず、再利用を進めるためには、「電池の寿命がそろそろ切れそうだ」という情報を把握できるようにしなければなりません。
日本においても、2030年ごろから、寿命を迎える車載電池が多く出始めることが見込まれています。販売後の車載電池の状態を可視化し、最適な交換タイミングを明らかにするようなトレーサビリティが求められているのです。
循環型社会に向けた、欧州発の法規制への対応
こうした変化を背景に、車載電池を取り巻くさまざまな国際的なルールや法制度が生まれています。国際的ルールの象徴例として挙げられるのが、欧州における「デジタルプロダクトパスポート(DPP)」です。
DPPとは、製品の原材料調達からリサイクルに至るまで、ライフサイクル全体にアクセスできるデータを記録し、開示する仕組みのことを指します。欧州委員会が2022年3月に発表した「持続可能な製品のためのエコデザイン規則案」の一環として、2026年より自動車産業で、2030年より織物産業において規制開始が予定されています。
DPPは最新のルールですが、以前から車載電池の取り扱いについては法規制が進んでいました。2023年8月17日に施行された「欧州電池規則」では、車載電池や産業用電池など対象電池製品の製造場所・製造日・容量・寿命などの情報を電子記録することの義務化や、各ライフサイクルでのカーボンフットプリントや製造時の材料使用率の評価基準を定めています。遵守しない場合、EU内での販売が全面的に禁止されてしまいます。
これらの法規制に対応するため、現在各企業が試行錯誤を行っている状況にあります。しかし、個々の企業が各国の複雑な法制度や規格に対応しながら、広域なサプライチェーンの情報を追跡するには限界があり、多大なコストも生じます。
さらには、国際的な法規制のみならず、各国はデータの主導権を自国で握るためのデータエコシステムの構築に取り組み始めています。欧州の「Catena-X」がその代表例です。日本でも経済産業省主導による企業や業界を横断した一連のイニシアチブとなる「Ouranos Ecosystem(ウラノス・エコシステム)」の構築が2023年4月から始動しています。そのイニシアチブのファーストユースケースとして、蓄電池のトレーサビリティ環境構築が進められています。
車載電池のトレーサビリティを高める社会的責任の大きさに加えて、世界的な法規制や各国のデータエコシステムに対応するという大きなハードルが存在しています。
デンソーの技術が、電池のトレーサビリティを実現する
グローバルに製品を提供するデンソーにとって「トレーサビリティ」への貢献と対応は重要ミッションのひとつです。
法規制に対応しつつも、自動車産業やサプライチェーンにおいて新たな価値を創造できないか──
そうした思いから、人流・物流・エネルギー流・資源流・データ流という「5つの流れ」を事業ドメインとする社会イノベーション事業開発統括部は、「情報トレーサビリティ事業開発室」を設立。同室は「データ流」に位置づけられ、デンソーが目指す「幸福循環社会」の実現に向けて、事業化を進めています。
情報トレーサビリティ事業開発室の徐 昕は、トレーサビリティ対応への難しさを踏まえて、開発しているソリューションへの意気込みを語ります。
「法規制への対応は非常にコストがかかり、さらにはサプライチェーンを横断したトレーサビリティの実現は、非常に広範なデータ収集と複雑なシステム構築を要するため、技術的な難易度が非常に高いです。そういった状況を踏まえて、いま私たちが開発を進めているのが、QRコードを活用した『バッテリーパスポート』です」(徐)
「バッテリーパスポート」は、QRコードとブロックチェーン技術を組み合わせ、車載電池を含む電池製品のライフサイクルをサプライチェーン全体の流れのなかで追跡・管理する仕組みです。
車載電池には、原材料から部品、電池、自動車と形を変えても保持し続け、また二次利用やリサイクルユースできるトレースIDが付与されます。トレースIDには、製造・利用・リサイクルといった各工程や、原料メーカー/材料メーカー/電池メーカー/完成車メーカー/中古車業者/リサイクル業者といったバリューチェーンの各プロセスにおけるCO₂排出量・リサイクル材含有率などの情報を埋め込み、クラウド上のブロックチェーンに紐付けられます。
サプライチェーン全体でオープンにする必要のある情報を共有することで改ざんを防止するとともに、各企業の機密情報を守るための暗号化プログラムを採用しています。それらの情報には、QRコードを読み取ることでアクセスできます。さらに、多様なお客さまのビジネスシーンにマッチするために、デンソーが開発した「QRinQR」などの特殊なQRコード技術を組み合わせることも可能です。
「デンソーはQRコードを生み出し、またブロックチェーン技術の開発に長年取り組み続けてきました。そこで蓄積してきた技術やノウハウが、このサステナビリティとトレーサビリティが絡む新たな領域において、さらなる可能性を発揮しようとしています」(徐)
お客様と共同検証を進め、柔軟に社会実装していく
デンソーは、バッテリーパスポートの基礎部分の試作システム開発を終え、今後は量産・事業化に向けてプロトタイプをお客様に提供し、国際的な法規制を確実にカバーしているかの共同検証を行います。
共同検証では各企業の状況に合わせて、欧州電池規則の要求をクリアできているか、サプライチェーンを横断した商取引のさまざまなパターンを議論。検証によって見えてきた要件やパターンをバッテリーパスポート技術に反映して、実装する段階にあります。
また、自社のデータを守るための信頼性・秘匿性が高いレベルで実現できているか、そこにデンソーが開発するQRコードやブロックチェーン、データ交換技術が正しく貢献できているかといった観点からの検証も実施しています。
「バッテリーパスポートを導入することによって、欧州電池法規で要求される『バッテリーの個体管理』に関する情報提出に対応できるのが特徴ですが、その他の法規制への対応にはまだ課題も存在します。
さまざまな国で法制度化に向けた取り組みが行われていますが、詳細内容が決定されるまでには時間を要します。しかし、それらを待っていてはシステム側の対応はとても間に合いません。不明確なものが多いなかで、ある程度の予測を行いながら進めていく必要があります。
デンソーには、各国の規制の動向を把握するための専門部隊が世界中の拠点に存在し、グローバルに連携を取り合いながら予測の精度を高めています。そのようなグローバル連携がとれることも、デンソーの強みであると考えています」(徐)
業界横断、さらには業界を越えたあらゆる産業への貢献にむけて
こうした取り組みは、デンソーの事業としてだけでなく、自動車産業ひいては日本のサプライチェーンにとっても非常に重要だと、徐は語ります。
「データが産業の競争力を左右する時代において、ひとつ企業、あるいは組織にデータが一極集中するリスク──つまり『誰がデータを保有しているか』は、産業や国益に関わる重要な論点のひとつです。」(徐)
自動車産業のサプライチェーンにおいて非常に多くのデータを取り扱っています。産業基盤を維持し拡大するために、生産拠点の変更や調達先の把握などサプライチェーンの強靱化が喫緊の課題となり、データ・デジタル技術による事業者全体の取り組みの連携が重要です。そうした状況においてデンソーは、NTTデータと共に、日本政府が進める「電動車向けバッテリーに関する業界横断のエコシステム」の構築にも協力しています。
「各企業が個別に対応するのではなく、バリューチェーンを構築するさまざまな企業間でセキュアにデータを共有しながらグローバルな法規制・標準に遵守できる次世代情報インフラの整備が必要です。その実現に向けて、企業の枠を超えた連携を進めています」(徐)
バッテリーパスポートについても、量産・事業化を終えた後は、その他自動車領域への展開や、物流、エネルギー、農業、衣料といった非自動車領域にも適用していきたい、と徐はその展望も語ります。
「事業という大前提はあるものの、『日本の産業やサプライチェーンにどう貢献できるか』『社会に対して新しい価値を提供できるか』を軸において取り組みを進めることが最も重要だと考えています。その大義に共感してくれる方と共に、社会にイノベーションを起こしていくための挑戦をこれからも続けていきたいと思います」(徐)
「できてない」 を 「できる」に。
知と人が集まる場所。