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モビリティの多様化・カーボンニュートラルへの要請など、モビリティ産業はいま、大きな転換期を迎えています。
東京大学とデンソーは2026年4月、10年間にわたる産学協創プロジェクトである「デンソー東大ラボ」を始動させました。掲げるビジョンは「走るほど、満ちる社会へ」。走れば走るほどエネルギーが満ち、データが蓄積され、人々の幸せが増していく。そんな未来を実現する鍵として両者が注目するのが、走行中無線給電システム(Dynamic Wireless Power Transfer、DWPT)です。
ラボの始動にあたり、2026年6月に開催された対談イベントには、東大側ラボ長で社会システム工学を専門とする、東京大学 生産技術研究所 准教授の本間裕大と、デンソー側ラボ長で執行幹部の八束真一が登壇。
デンソー シニアアドバイザーの松ヶ谷和沖の司会のもと、DWPTを起点に、モビリティ、エネルギー、データ、人材育成がどのようにつながり合い、モビリティが社会の可能性をどう広げていくのかが語られました。また、対談をリアルタイムに絵と言葉でまとめるグラフィックレコーディングをグラフィック・クリエイターの春仲萌絵が実施しました。
この記事の目次
産学協創の狙いは「個別課題の解決から、関係者が協調する社会全体の最適化へ」
この日の対談は、本間による協創ラボの構想から始まりました。背景にあるのは、モビリティ産業に訪れている「さまざまな構造転換」です。電動化とそれに伴う充電インフラ、自動運転の導入によるAI・計算資源などに併せて、カーボンニュートラル、エネルギー制約、少子高齢化、交通事故死亡者ゼロといった社会の課題や要請も複合化しています。
「個別課題だけを解決していくのではなく、社会全体で物事を一体的に捉え、相互連関を意識しながら、さまざまな関係者と協調して最適化していく。“一体の社会システム”として捉え直すことが重要ではないかと考えており、デンソーともその観点からディスカッションをしてきました」
(本間)
東京大学には、数理最適化、都市設計、自動運転制御、安全保証理論、半導体設計といった横断的な学術知があります。一方のデンソーには、モノづくり力、電動化・知能化技術、車載半導体、ソフトウェアといった知見と、それらの実装力があります。
両者が組むことで、研究から実証、制度設計、社会実装、そして人材育成までを一気通貫で進める「組織対組織」の産学協創が成し遂げられるとして、協定を結びました。期間は2026年4月1日から2036年3月31日までの10年間。東京大学側は生産技術研究所が中核拠点となり、東京大学におけるモビリティ分野初の組織対組織による長期包括連携となります。
「これまで移動やモビリティには『エネルギーを消費する』『時間がかかる』『疲れる』といったややネガティブなイメージがありました。デンソー東大ラボでは、これらを価値を生み出す源泉にしていきたい。走れば走るほどエネルギーが満ちるように、走れば走るほど社会課題の解決や新たな価値創出に活用できるデータが増えるように、そして何よりも私たちの幸せ・満足度が向上するように。社会価値を生み出す源泉としてモビリティを捉えたいのです」
(本間)
走行中無線給電システムは価値の「基盤」となるもの
モビリティにおける価値転換の基盤に位置づけられているのが、走行中無線給電システム(DWPT)です。従来の電気自動車(EV)はコネクタにつなぎ、停車して充電するのが一般的でした。DWPTは、道路に埋め込んだコイルから、走行中の車両に搭載した受電コイルへ無線で電力を送ることで、高速走行しながらでも給電できる技術です。
本間は、DWPTを「どこに、どれだけ埋め込めば社会が滞りなく流れ、経済的にもペイするのか」という観点から研究してきました。高速道路における最適配置の試算では、EV普及率が物流で10%、一般車で20〜30%になれば十分に採算性があるとのこと。需要の95%をDWPTで、残り5%を充電ステーションで賄う「ベストミックス」を前提に、必要十分なDWPTの量を見極めることがポイントです。
市街地については、1台ごとの車の挙動を再現した交通シミュレーション上で、DWPTだけで充電のために止まることなく走り続けられる「インフィニットドライブ(無限走行)」の社会像を提示。道路総延長のわずか1.6%程度の敷設で無限走行が可能になるという試算も示されました。さらに、全国の高速道路ネットワークにインターチェンジ単位の実データを組み込み、最適配置を全国一括で示す研究成果が、2026年5月末の自動車技術会2026年春季大会(※)で発表されたばかりだといいます。
※自動車技術会:自動車に関する研究者、技術者、学生などで構成される日本の公益社団法人。日本における唯一の自動車関連の学術専門団体であり、モビリティ技術の発展と人材育成を目的として活動している。略称はJSAE。
モビリティを通して、エネルギーも、データも、幸せも満たしていく
続いてデンソーから八束が、開発を進めるDWPTの仕組みを紹介しました。
「地面に埋めたコイルから電気を無線で飛ばし、車の底部に設けた受電コイルで受け取り、まずは走行に使います。コイルから受け取った電気は車内のさまざまな装置やエアコンの駆動にも使用され、足りない分はバッテリーで補う。バッテリーの稼働率を減らしながら、走りながら受けた電気をそのまま走ることに使うシステムです。
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インフラが整えば、行きたい目的地まで停車して充電することなくたどり着ける。旅行中の充電が必要なくなり、寝ている間の充電だけで済むという世界を作りたい。このような技術を世界に先駆けて実用化したいと考えています」
(八束)
ここからは対談形式に。司会を務めたデンソーの松ヶ谷がまず尋ねたのは、「走るほど、満ちる社会へ」という言葉に込められた思いです。
「自動車を起点としながらも、『走るほど』は決して自動車に限りません。走るのはバイクでもいいですし、自転車でもいいかもしれません。人間が『歩けば歩くほど』、あるいは『活動すればするほど』、さまざまなものが満ちていく社会を作りたい。私たちが前向きに何かに取り組めば取り組むほど満ちる社会へ、という明るいイメージを込めました」
(本間)
無論、「走るほど、満ちる社会へ」という言葉に込められているのは、抽象的な「思い」だけではありません。そこには実現すべき具体的な社会イメージが投影されています。
日本では日中に再生可能エネルギーの発電量が多く、電力の卸売価格が、ほぼゼロ円になることもあります。その時間帯は、ちょうど多くの車が走っている時間帯でもあります。従来のステーション充電では停車が必要でしたが、DWPTなら電力価格が最も安い時間帯に走りながら充電できるため、停車という時間的なコストと電気代という経済的なコストを大きく抑えることができるのです。
「自動運転との親和性も非常に重要です。大規模なDWPTインフラは、すべての車が共有するインフラになります。自動運転が広がり、個々の車の挙動と信号までを一体で制御できるようになれば、どのタイミングでどの車を赤信号で止めるのか、そしてそのためにどの車をどのルートで走らせるのか、というところまで設計できるようになります。そうなれば、全員で最適にインフラとモビリティをシェアでき、その知見・技術はデータとして蓄積されます。
さらにDWPTは走りながら充電するので、電動モビリティにおいて大容量バッテリーへの依存を低減できる可能性があります。加えて、EVだけでなくPHEVやFCVなど多様なモビリティとの組み合わせも考えられる技術です。いまEVの普及を阻害している要因のひとつはバッテリーです。非常に高額で、非常に重く、作るのも大変。バッテリーサイズが小さくなれば価格は下がり、充電の煩わしさも減り、環境にも良い。まさに人間の幸せにも貢献するのではないでしょうか」
(本間)
「4つの柱」を起点に、モビリティを社会インフラに
デンソー東大ラボは、以下の「4つの柱」を掲げています。
(1)エネルギー循環とデータ連携による社会価値の創出
(2)社会インフラと協調したモビリティの進化
(3)持続的な価値創造を支える技術基盤の強化と深化
(4)未来社会を構想・実装する高度人材の育成
1つ目の柱である「エネルギー循環とデータ連携による社会価値の創出」を支える「走る蓄電池」というアイデアについて、八束が説明しました。
「モビリティを、単にエネルギーを使う存在ではなく、エネルギー循環を支える存在にしたいと考えています。走行中給電システムは電気を受け取るだけでなく、機能としては電気を供給することも可能になっています。
たとえば、再生可能エネルギーの導入で生じる需給の不安定性に対して、安定的にエネルギーをコントロールする機材のひとつになれる。つまりモビリティは、ただ走るだけでなく、社会インフラのひとつとして存在し、エネルギーと情報に常時つながる社会の実現に貢献できるのです」
(八束)
八束は「重要なのは、都市空間、高速道路、物流、電力系統などさまざまなものと統合してインフラの配置を考えること」と続けます。車だけのエネルギー問題を解決するのではなく、モビリティが社会全体とエネルギーをどう循環させ、調和させていくか。デンソー東大ラボは、モビリティ分野に携わる企業や研究機関、自治体など多様なパートナーとともに、将来のインフラや社会課題の解決に貢献するあり方を探究しています。
ここに、2つ目の柱として「社会インフラと協調したモビリティの進化」を掲げる理由があります。
「DWPTを初めて聞いた方は『夢物語じゃないか』と思われるかもしれません。正直、私も初めて聞いたときは同じことを思いました。そう思うのがむしろ自然なんです。ただ、実際に数字を置いて計算してみると、道路のごく一部に敷けば成り立つことが見えてきた。そこで見方が変わりました。もうひとつよく言われるのが『日本の技術は優れているけれど、世界に売り込むのは難しいのではないか』という点です。だからこそ、DWPTを『パッケージ』として考える必要がある。技術単体で捉えるのではなく、インフラも含めた全体の実装パッケージとして示していくことが何よりも重要です」
(本間)
DWPTを機能させるためには、コイルの埋設、エネルギーシステムとの接続、自動運転との制御連携などが必要であり、道路、電力、通信、都市、交通制御といった要素を統合して構想しなければなりません。その「パッケージ」を確立した先には、日本発の実証や知見を蓄積し、国際的な標準化議論へ貢献していく可能性もあります。
さらに自動運転や大規模なデータセンターとつながっていけば、サイバーセキュリティの観点も重要になります。半導体などのハードウェアレベルでセキュリティ技術を担保するという、3つ目の柱である「持続的な価値創造を支える技術基盤の強化と深化」にもつながる議論がすでに始まっているとのことです。
技術を社会実装するためには、技術開発や実装そのものと、それを担う人材の育成が欠かせません。だからこそ、デンソー東大ラボは4つ目の柱として「未来社会を構想・実装する高度人材の育成」を掲げます。
「デンソー東大ラボは、東京大学全体とデンソー全体の、組織対組織の連携です。中核拠点である生産技術研究所では、自動運転がご専門の中野公彦教授と、インフラと協調するモビリティの制御に取り組んでいます。加えて『インフラ協調』の観点では、先端エネルギー工学がご専門である、東京大学 大学院 新領域創成科学研究科の藤本博志教授、『基盤技術の強化と深化』においては、半導体のスペシャリストである工学系研究科の池田誠教授などにご協力いただいています。
DWPTだけでなく半導体技術やAI技術を、東京大学が持つ3つのキャンパスと人材、そして学術的な知を柔軟に活用しながら開発していきたい。そしてその担い手を、大学人材、企業人材、さらに中高生まで踏み込んで、デンソーと一体となり育成していきたいと考えています」
(本間)
「人材育成は非常に重要です。自動車がさまざまな形で社会によりつながっていくとなると、多岐にわたる学術分野の知識と、それらを統合して使うための構想力が必要です。さまざまな技術をいかに社会実装するのか、社会の中でどう使われるのかまでを考えながら、研究に取り組む学生さんたちとこのプロジェクトをご一緒できれば、世界とも戦えるはずです」
(八束)
2036年、日本発の「実装パッケージ」を世界へ
対談の後半は「10年後の2036年に実現していたい姿」がテーマに。本間は、研究、社会実装、世界発信という複数のスケールで構想を語りました。
「社会システム工学の研究者としては、DWPTをどこに敷設し、どう車を制御し、どれだけのコストとベネフィットが生じ、どの順番で普及させ、ステーションとどう連携させればうまくいくのか、を解かなければなりません。
まず取り組むべきは、時間帯のダイナミクスの考慮です。日中は太陽光発電が多く電力価格が下がり、夕方以降は上がる。そこで動的交通流に踏み込み、交通システムとエネルギーシステムがベストマッチングするための理論に、時間帯の観点からきちんと踏み込みたい。さらに、埼玉県の中規模都市で行った一般道のシミュレーションを、『ニューヨークのタクシーに導入したらどうなるか』と飛躍させたところまで展開し、世界中の研究者や産業界が活用できる知見として発信していきたい」
(本間)
そして、本間は繰り返し「実装」の重要性を強調しました。
「東京大学柏キャンパスや、地方自治体と連携して、一般道で、一般車で、トラックで、バスで、タクシーで……と、10年の期間があれば、さまざまな実証実験が可能でしょう。
何より、他分野でも散見されてきた『技術で勝って実装で負ける』を繰り返さないためには、日本発の『実装パッケージ』として世界に提示していくことが重要です。協調できる国を広げ、多国間・有志国間の枠組みで各国の関係者と連携しながら、国際的な標準化議論へ貢献していく。技術開発だけでなく、国際的なルール形成に向けた働きかけまで含めて、10年先までのマイルストーンに組み込んでいきたいと考えています」
(本間)
「私としては2036年には、DWPTや自動運転を含め、次世代のモビリティが社会に根付き、その価値が認識されている状態にまで持っていきたいと考えています。
そして、エネルギーがさまざまな場所で活用されることを想定する以上、業界の垣根を越えてつながることが欠かせません。法規制や技術課題の壁は、東京大学の知をお借りして乗り越えていく。10年あれば多くの学生さんがこの研究に関わってくれるはずですし、東京大学で育った人材がデンソーを訪ねてくれたり、我々が東大で知を学んだりといった循環も生み出したい。10年後、このプロジェクトの『その先』を担える人材を育てることも視野に入れて、協創を進めていきたいですね」
(八束)
グラフィックレコーディングを見ながら振り返り、イベントの最後、松ヶ谷は「モビリティは移動手段としての役割に加え、エネルギーやデータとつながりながら新たな社会価値を生み出す可能性を持っている」という言葉で議論を総括し、「今日の対談が、学生、研究者、そして企業で取り組む人々にとって、今後の進むべき方向を考えるきっかけになれば」と締めくくりました。
本取り組みは、モビリティ分野に携わる企業や研究機関、自治体など、多様なパートナーに開かれた挑戦です。東京大学の横断的な知とデンソーの実装力を結び付け、研究から実証、社会実装、人材育成までを一体で進めることで、モビリティを起点に新たな価値が生まれ続ける社会システムの実現を目指します。
「走るほど、満ちる社会へ」──10年間の協創は、いま始まったばかりです。
COMMENT
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