EV(電動車)は“走りながら充電”できるのか

デンソーが挑んだ、走行中無線給電による「50時間連続走行」の実証

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    カーボンニュートラル社会の実現に向けて、電動車(EV)への注目度がますます高まっています。

    しかし、その普及のハードルのひとつとして「充電インフラの不足」があり、課題解決のために「走行中無線給電」の技術開発が世界中で進められています。

    「走りながら給電する」を実現するには、車両と道路それぞれにおいて、さまざまな技術開発と社会実装のハードルが存在します。そうした中、デンソーは、2024年9月に、走行中無線給電による50時間連続走行に成功しました。その成功を支えたのが、メカニクス・エレクトロニクス・ソフトウェアの三位一体のシステム構築力でした。

    電動車(EV)の普及に向け、さまざまなステークホルダーを巻き込みながら進行する「走行中無線給電」の社会実装に向けた挑戦をご紹介します。

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      EVトランスフォーメーションの実現に欠かせない「走行中無線給電」

      電動車(EV)の普及に伴い、発電から蓄電、充電、再利用など、エネルギーマネジメントの仕組み全体を設計し、社会実装していく「EVトランスフォーメーション」が重要になっています。

      しかし、EVトランスフォーメーションを推進するためには「充電インフラの不足」「充電時間の長さ」「電力マネジメントの難しさ」などの課題が存在します。

      EV化への3つの壁 1:充電インフラが足りない 2:充電時間が長い 3:電力マネジメントが難しい

      例えば、現在の電動車(EV)ユーザーは、遠距離移動の際に充電ステーションの場所を事前に調べ、長時間の充電待機を余儀なくされるケースが少なくありません。充電インフラを拡充するにも、その整備には膨大な投資が必要で、特に過疎地域では設置が進まないという課題もあります。

      こうした課題を解決する技術として注目されているのが、走行中無線給電の技術です。地中に埋め込まれた送電装置により、停車中および走行中のEVバッテリーへ自動的に給電するこの技術が実用化されれば、給電レーンの上を走り続けることで、充電ステーションでの長時間の充電を必要とせず、「無限走行」という未来の扉を開く可能性も秘めています。

      さらに、走行中無線給電は、単なる充電技術の進化にとどまらず、社会インフラや経済システムに革新をもたらすと期待されています。社会インフラの面では、道路沿いで再生可能エネルギーを地産地消することで、電力系統への負荷分散が期待されます。一方、経済面ではインフラ投資を通じて新たなサービスモデルの創出が見込まれます。

      また、電動車(EV)と道路間がリアルタイムで情報をやり取りできるようになれば、車両の位置情報や電力使用状況の把握が進み、その結果、交通管理や電力管理の最適化に貢献します。こうした技術の確立により、無限走行による車両の稼働率向上も期待されます。

      走行中無線給電の社会実装に不可欠な、3つの実証基盤

      そうした社会背景のなかで、デンソーも走行中無線給電に関する技術開発と実証に取り組んできました。2024年9月には、技術的な実現可能性に関する実証を行い、走行中無線給電による50時間連続走行を完走しています。

      走行中無線給電の実証用屋外試験コース。アスファルト上に青いラインが引かれた給電レーンと、工場・制御棟・給電設備が見える

      走行中無線給電の実証プロジェクトを支えているのが、デンソーの先端技能開発部です。以下の記事でその活動内容を紹介していますが、同部署では、技術者の構想を具現化することを促進し、ものづくりの視点を入れつつ、企画から参画してアジャイルな開発プロセスを構築することで、デンソーの技術開発における重要な役割を担っています。

      走行中無線給電は大きな可能性を持った技術ではありますが、実用化には多くの技術的課題があります。特に課題になりやすいのが、走行中無線給電の実装においては車載機器単体ではなく、インフラ側の機器との位置関係で特性が変動する中でも給電を行う必要があり、システムが高度かつ複雑なものになる点です。この技術的課題を乗り越える実証のために必要だったのが、先端技能開発部の各メンバーが携わった3つの取り組みでした。

      先端技能開発部による3つの取り組み コンポーネント評価ベンチ・車両改造・魅せるUI

      1つ目が、インフラ側機器との複雑な相互特性を正確に測定するために必要な「コンポーネント評価ベンチ」の構築。

      2つ目が、重量のある受電用コイルの安全な車両搭載、長時間安全に走行する運転技量の確保、走行試験の運用方法の確立など「走行試験を成功させるための準備」。

      3つ目が、他の産業界や国・自治体といったステークホルダーに対して技術価値を直感的に理解してもらうための「デモンストレーション用アプリケーション(魅せるUI)と、それを実現するセンサーデータ収集システム」の開発です。

      「コンポーネント評価ベンチ製作」を先端技能開発部の吉田辰馬、「走行試験を成功させるための準備」を植田弘信、「魅せるUI開発」とそれを実現する「センサーデータ収集システム」を藤原巧と松嶋哲士がそれぞれ担当し、研究開発部の金﨑正樹との連携のもとで総勢70名を超えるメンバーで実証プロジェクトは推進されました。

      全長22メートルの大型ベンチを、シミュレーションを駆使して開発

      走行中無線給電を実現する上での鍵となるこれら3つの領域において、実証を行うための基盤はどのように構築されたのでしょうか。

      まず、コンポーネント評価ベンチの製作について。評価ベンチでの試験とは、エンジンなどの車を構成する部品を作業台に備え付け、稼働させて行うことを意味しており、性能や耐久性、排気効率などを計測するために実施されます。走行中無線給電における評価ベンチは前例がないため、新たに製作する必要がありました。その背景について、先端技能開発部の吉田は次のように語ります。

      「開発のなかで安全性や性能を高めていくためには、実証段階から走行中無線給電が使用される車両走行状態を模した動的環境下を構築し、動的環境下で変化していく給電特性を正確に測定できる装置も含めた評価ベンチが必要になります。しかし、特殊な評価環境ゆえに、世の中に存在せず、私たちでつくるほかありませんでした。そこで、これまでデンソーが培ってきた先端技能の機械設計・電気設計・組付けのコア技能と、社内評価設備や製品製造ラインの事例を組み合わせ、新たな評価ベンチを製作しました」
      (吉田)

      作業をする吉田辰馬

      なかでも最も大きな挑戦となったのは、大型の評価ベンチの設計・製作でした。今回は時速20キロ走行を模擬した、全長22メートルという大型ベンチを、試作品の特性に影響を与えない形で設計・製作しました。特に設計のなかで、重量370キログラムの車両を時速20キロで走行させる必要があることがわかり、重量物の走行の安全を担保するものづくりが求められました。

      全長22メートルの大型ベンチ
      全長22メートルの大型ベンチ

      通常1〜2メートル程度のベンチを製作している同部にとって、これは前例のない規模でした。吉田は、社内の生産ラインの設計部署や各種メーカーへの聞き込み調査を実施しながら、安全性を担保する構造設計を検討。370キログラムの物体が時速20キロで走行する際のリスクシナリオをシミュレーションし、対応する強度の安全設備を用意しています。

      開発効率化の面では、1DCAE*1や社内で開発したデザインVRツール(Design-VR*2)などを活用し、9ヶ月を予定していた工期を1ヶ月短縮することに成功しています。

      ※1 1DCAEとは、製品を機能ブロックとして表現し、設計パラメータの変動を解析/評価できる設計支援ツール

      ※2 Design-VRとは、CADモデルを原寸大で空間に重畳させてレビューをすることで、チームで連携する上でのアウトプットイメージの正確な共有や、事前に作業感覚を体験して製作後のやり直しを防ぐ設計支援VRツール

      前例のない車両改造と走行評価に挑戦

      50時間の連続走行評価を成功させるための準備としては、「車両改造」と「走行評価」という2つの観点からのアプローチが必要でした。

      まず、車両改造では、地中の送電装置からエネルギーを受け取るための受電用コイルを車両に搭載する必要があります。このコイルは給電効率を高めるために大型化が必要で、約130キログラムという重量物を市販車両の底面に安全に取り付けるという前例のない作業が求められました。既存の設備では対応が困難なため、オリジナルの昇降台車を組み合わせた専用の作業環境を構築することで、安全性を担保しながら作業を実施しています。

      オリジナルの昇降台車を制作し、走行中無線給電システム専用の作業環境で作業する植田
      オリジナルの昇降台車を制作し、走行中無線給電システム専用の作業環境で作業する植田

      一方、走行評価では、走行中無線給電システムの安定性と、連続走行が可能であるという社会に提供する価値を検証するための長時間試験が不可欠でした。しかし、この評価には特殊な運用上の課題が伴いました。先端技能開発部の植田は、その困難さを次のように説明します。

      「50時間の連続走行評価では、2台の車両(走行中無線給電システム搭載車と非搭載車)を同時運用し、走行航続距離の比較データを収集する必要がありました。時速10キロで1周約180メートルのコースを1時間に50周近く回る単調な走行条件では、ドライバーの集中力維持が重要な課題となっていました」
      (植田)

      この課題に対して、社内の運転資格を保有している技量の高いドライバーを選定するとともに、運転手と安全監視の1台2人体制で1時間交代、さらに昼夜交代で24時間体制を組み、事前の訓練会で走行ルート・速度などの試験仕様と安全確認ポイントの目線合わせを行って、安全に安定した走行データを収集することを可能にしました。

      メンバーに話をする植田弘信

      魅力的なユーザーインターフェースによって、技術の直感的な理解を促す

      走行中無線給電の実証に向けて取り組んだ3つ目の観点は、「魅せるユーザーインターフェース(UI)による直感的に伝わるデモンストレーション」でした。

      走行中無線給電の社会実装では、自動車業界だけではなく、さまざまな産業界、国・自治体といったステークホルダーからの協力が欠かせません。皆様にお会いできる貴重で短い時間のなかで走行中無線給電の技術や魅力を紹介するには、直感的に理解いただき、魅力を印象づける必要がありました。

      走行中無線給電の充電状態や充電エネルギー・エネルギー収支を表示するインフォテインメント画面

      そこで、先端技能開発部では、開発技術の魅力や嬉しさが伝わる見せ方、すなわち「魅せる化」として、デモンストレーション用アプリケーションを開発。これを牽引した藤原巧は、そこでの工夫を次のように語ります。

      「自動車業界にとどまらない幅広い方々に直感的に理解していただくために、従来の計測器の波形やグラフに代わって、走行中無線給電車両に試乗していただき、人の感覚にも訴える新しい見せ方を生み出す必要があると感じていました。

      車両が給電用コイルの上を走行した際の視覚的インタラクションや音響効果の実装、受電している感覚が伝わるような画面表示、『無限走行』を見据える技術の訴求ポイントを直感的に理解できるUI設計など、資料や動画では伝えきれないことを実際に試乗していただき、リアルタイムで技術を共感・理解・納得できる工夫をしました。

      また、多くの関係者に体験いただくことで、UIデザインや制御方法など、アプリケーションとしての質を高めることに繋げることができたと思います」
      (藤原)

      インタビューに応える藤原巧

      ここでは、魅せる化に必要なリアルタイムデータを抽出するセンサーデータ収集システムも構築しています。車両の通信システムに干渉しない車両情報の読み取り手段を適用し、必要情報を追加で取得するために取り付けた複数のセンサーからの情報を効率的に処理し、必要なデータ周期・量を処理可能な独立した通信構成を構築しました。必要なスペックに合わせた小型計測回路を安価に開発し、車両スペースの制約も解決しています。

      デスクでシステムを開発する松嶋哲士

      センサーデータ収集システム開発を担当した松嶋哲士は、今回の実証プロジェクトの鍵となった要素をこう語ります。

      「技術的な挑戦も多くありましたが、今回の実証プロジェクトが実現したのは、研究開発部が持つコア技術と、先端技能開発部のコア技能を組み合わせられたからだと考えています。たとえ前例が少なく、手探りで進めていかなければならないプロジェクトであるとしても、先端技能開発部に蓄積されてきた知見を組み合わせ、活かすことで、技術の社会実装に貢献していければと考えています」
      (松嶋)

      「私道」から「公道」へ。走行中無線給電を社会実装するための挑戦

      今回の実証プロジェクトによって、走行中無線給電技術の提供する価値実現の可能性を、より広く示すことができました。これを経て、車両メーカーや連携会社に対してモニター出荷を行う段階に移行していくことを目指していくと、研究開発部の金﨑正樹は語ります。

      「先端技能開発部は、多くの部署から依頼を請け、忙しい中でも提案力を持ってプロジェクトをハイパワーで牽引してくださるので、本当に感謝しております。次のフェーズは、これまでの私道ら公道への展開になるため、プロトタイプをデンソー製品としての品質に引き上げていき、よりスピーディな開発サイクルを回す上では、試験効率の高いコンポーネント評価ベンチや車両改造が必要になり、走行評価のバリエーションも増えていきます。また、これまで以上にステークホルダーへの訴求も活発化していくため、走行中無線給電に追加されていく機能や、訴求相手に合わせた魅せ方を用意していくとともに、走行中無線給電の社会実装に向けて加速・複雑化するプロジェクト運営の上で、先端技能開発部の総合力は非常に重要になっていきます」
      (金﨑)

      インタビューに応える金﨑正樹

      また、今回の実証において開発した各種システムは、他業務に応用するための標準化も視野に入れています。今後も、研究開発部における技術と先端技能開発部が蓄積してきた技能を一体化させ、メカニクス・エレクトロニクス・ソフトウェアによる総合力をもって、走行中無線給電の社会実装に取り組んでいきます。

      技術・デザイン

      執筆:inquire 撮影:DENSO

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