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山田 隆太 | RYUTA YAMADA
1996年、航空管制・防衛レーダーのシステム開発にてSEのキャリアを開始、2002年からコンサルタントとしてソフトウェア工学の研究や実践指導を経て、2009年から現職。車載ソフトウェアの構造解析・改善活動をしたのち、ソフトウェア人材が活躍できる環境づくりとしてSOMRIE™認定制度を立ち上げる。専門はオブジェクト指向分析・設計。「SEの基本」等の書籍執筆、IPA情報処理技術者試験委員(2002~2025年)も務める。モットーは「プロフェッショナルであれ!」。
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佐藤洋介 | YOHSUKE SATOH
大学時代はソフトウェア工学を専攻し、オブジェクト指向やLinuxに精通。ナビのUML設計のアルバイトが縁となり2002年デンソー入社。入社後はまさかのC言語とRTOSを一から叩き込まれ、ソフトPF国際標準化活動AUTOSARに従事。これが縁となり、2014年北米に出向。セキュリティやビッグデータ解析、MaaS事業に携わり、2021年に帰国。現在は、生成AIを活用した車載システム構築を鋭意創作中。新技術探索をこよなく愛する。
デンソーでは近年、ソフトウェア人材、エンジニアの育成強化を主眼とした独自の認定制度「SOMRIE™」の導入を進めています。その背景にはいかなる狙いが隠されているのでしょうか。SOMRIE™にかかわるふたりの人物にその解を求めました。
自動車産業は現在、CASE化(「Connected:コネクテッド」「Automated/Autonomous:自動運転」「Shared & Service:シェアリング」「Electrification:電動化」)による大変革期を迎えています。モビリティが社会システムの一部となり、開発において求められる知識や技術の多様性が著しく増すなか、デンソーは2022年、エンジニアの自律的なキャリア開発を支援する「SOMRIE™認定制度」を導入しました。

社内に閉じた個別最適な人材の育成を超えて、人材の流動化による産業全体の底上げを見据えた取り組み。「若いときにこの制度があれば」とデンソーのエンジニアが語るSOMRIE™認定制度は、デンソーの枠を超えた人材を、いかに創り出そうとしているのでしょうか。
この記事の目次
数千人が取り組むSOMRIE™認定制度
SOMRIE™認定制度は、自身の能力を把握するために、個人の保有スキルを社外アセッサーも交え、客観的に認定する制度です。社会価値創造要素、管理要素、開発技術要素、専門技術要素の4区分において、データサイエンティストやセキュリティスペシャリスト、システムアーキテクトなど、計18種の専門性(ケイパビリティ)を定義。それぞれについて7段階のレベル認定を行ないます。社内に閉じた認定制度となることを避けるために、各ケイパビリティの審査には大学の教授やIT企業のプロフェッショナルなど、その道の専門家といった外部のアセッサーが参画し、公平性と適切な専門性判断を確保する設計となっています。

2024年12月現在、レベル4以上の認定者は105名、最高位のレベル5取得者は約20名に上ります。レベル6とレベル7の認定者は、現時点ではまだおりませんが、それぞれ「業界における第一人者」「業界で潮流をつくる」レベルのプレイヤーとされ、エンジニアたちの挑戦目標として機能しています。SOMRIE™認定制度の運用をリードし、自身も「人材開発スペシャリスト Lv.5」を取得しているデンソーの山田隆太は、同制度をスタートした背景にモビリティ産業の構造変化があると説明します。
「モビリティ業界はいま、CASEの進展により自動車は単なる移動手段から、社会インフラの重要な構成要素へと進化しました。それに伴い、開発に求められる知識・スキルも、物流やエネルギー、環境……従来の自動車工学の枠を大きく超えて社会システム全体へと拡大しており、従来のやり方では自分たちの役割を果たせなくなってきています。さらには、IT人材だけでも2030年には60万人が不足するといわれるなか、あらゆる手段を用いて幅広いスキルをもった人材を産業・社会全体で育成していかなければならないのです」

実際、現代のモビリティ開発において求められるスキルはソフトウェア開発から人工知能、データ分析、またAIの発展や空間情報の解析が組み込まれていくにつれてプライバシーの論点も加わってきます。さらに、社会課題の解決や新たな価値創造につなげる構想力もモビリティというプロダクトには重要です。SOMRIE™認定制度は、この急速な変化に対応するためのプラットフォームとして機能することを目指した取り組みとなっています。
若いころにこの制度があったなら
こうした背景のなかでスタートしたSOMRIE™認定制度について、社内のエンジニアの反応はいかなるものでしょうか。「システムアーキテクト Lv.5」を取得したエンジニアの佐藤洋介は、SOMRIE™認定制度を技術者としての通過点程度に捉えていた当初から、次第に予想外の価値を見いだしていったと語ります。

「以前は、これまでかかわってきた仕事で培った知識やスキルを自分のなかで試行錯誤しながら、暗黙知的に体系化してきました。しかしSOMRIE™認定制度の登場によって、日々の業務に忙殺されてなかなか目を通せないでいた国内外の論文や知識体系に触れる機会が増えたことで形式知に変換できた。それを活用して自身の設計の質を高めたり、チームメンバーに共有して全体の開発力を上げることもできていると感じます」

CASEの時代においては、従来の経験則だけでは対応できない課題も噴出しています。例えば、車載カメラの映像をクラウドに上げる際のプライバシー保護や、生成AIの「ハルシネーション」への対応など、従来の自動車開発では想定していなかった新しい論点が次々と生まれているわけです。
「日々の業務に追われていると、新しい知識の習得がおろそかになりがちですが、制度を通じて社内外の知見や最新の技術動向、社会的な論点にもアンテナを張ることで、よりよい判断ができるようになっています。たまたま読んだ論文が、新しい企画にフィットする……といったケースも実際にあり、直接的に業務に役に立つこともあるんです。何より、必要な知識や強み、目標を明確にして通るべきキャリアプランをより最短経路で構築できる。若いころにこの制度があったなら……そう思うこともしばしばです」

佐藤がそう表現する理由として、SOMRIE™認定制度で緻密に規定されたソフトウェア開発の能力マップや専門性ごとのオープンなコミュニティによって、専門知へのアクセスや情報共有のハードルが下がったことも挙げられます。誰がどのような技術や専門知識を有しているかが公開され、認定項目・専門性ごとに設けられたコミュニティで気軽に相談することができるのだといいます。
「各技術分野には『その分野といえばこの人に訊け』といわれる、いわゆる“王様”のような存在のエキスパートがいます。しかし、王様にいきなり相談するのは恐れ多い。認定制度では誰がどんな専門知をもっているかが公開されているので、新しい分野に取り組む際に誰に相談すればいいかがすぐにわかり、相談のハードルも低くなっているんです」
暗黙知やスキルが形式知に変換され、可視化されることでアクセスもしやすくなる──。そのメリットは、個人だけでなく組織においても同様だと、山田は説明します。

「CASE社会になり、先人の知恵や経験では賄いきれない場面が非常に増えています。どれほど優秀な上司だったとしてもその得意領域は限られており、例えば認定制度の18のケイパビリティのうちすべての分野で指導することは不可能です。だからこそ、専門性を可視化し、適切な指導・評価ができる仕組みが必要なのです」
人材の流動性の先に見据える、デンソーの価値
SOMRIE™認定制度の特徴は、組織・企業において求められる固有の専門性(ジョブロール)と、産業・社会全体のなかで備えていくべき専門性(ケイパビリティ)、双方の観点から定義されていることにあります。目の前の業務において必要な技術を磨いて価値を生み出しながら、産業、あるいはそれを飛び越えて社会全体で通用するスキルの獲得をサポートする仕組みが現在のモビリティ産業においては重要になると、山田は語ります。

「従来、個人の成長やキャリアパスは、入社した会社、さらには配属された環境によるところも非常に大きいのが事実です。これでは、その環境において個別最適な人材は生まれるかもしれませんが、加速度的に広がりを見せるモビリティの世界で活躍する人材を生み出すには十分ではありません。産業のなかで自分をどう位置づけるかを主体的に考えながら経験を重ねていく仕組みが必要になるのです」
社内に閉じない幅広いスキルを社員が獲得していけば、おのずと彼ら/彼女らの選択肢も広がっていきます。それは、逆にいえば育てた人材が企業、あるいは業界を飛び越えて巣立っていく、つまり人材の流動性が高まるということも意味します。これは短期的には損失も大きい半面、長期的なデンソーの価値につながると、山田らは信じています。さながら、イーロン・マスクやピーター・ティールといったPayPal出身者らを指す「PayPalマフィア」のような存在を輩出していく──。そんな可能性を見据えているということでもあるかもしれません。

そのために現在デンソーが取り組んでいるのが、SOMRIE™認定制度のISO認証取得です。「あくまで日本の、デンソーだけの基準」とならないためには、業界・国境を超えて通用する資格であることを示さなければなりません。審査基準や定義した知識体系を陳腐化させることなく常に更新していくことが求められます。
「どこでも通用する認定制度だと誰からも思ってもらえるようになれば、この制度そのものも、人材の底上げや流動化も活性化していくはず。いまの産業界の採用・配属は、本人の意思と必ずしも一致していないのが事実です。モチベーションがなければ、目の前のことをこなすだけで成長が止まってしまう。長期的には、例えば『デンソーで制定したSOMRIE™ 認定制度の Lv.5を取得した人材は信頼できる』という評判が広がれば、さらに新たな人材が集まってくる。それがきっと、産業全体の発展につながっていくはずです」

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