2050年には、地球上に約100億人が暮らすようになると言われています。近い未来にこれだけの人数が生活するために、今、世界中がさまざまな場面で環境に与える負荷を減らし、サステナブルな社会の実現を目指しています。

現在、既に多くの国でCO2削減に向けた取り組みが進んでおり、日々の移動に使われてきたエンジン車※1をEV(電気自動車)に乗り換える動きが加速しています。
しかし、いざ自分が乗り換えを検討するときに気になるのが、EVの航続距離※2がエンジン車より短いこと。

航続距離の課題を解決し、環境に負担なく快適に移動できるEVを実現するための手がかりは、身近ながら知られていない、とある技術にありました。

※1 エンジン車:ガソリン車やディーゼル車などのエンジンを搭載した車
※2 航続距離:燃料や電力などエネルギーを最大まで積んだ状態で走行できる距離のこと

環境にやさしいEVで、もっと遠くまで心地よくドライブするには?

そもそも、EVがエンジン車より航続距離が短いのはなぜか、ご存じですか?
実は、EVのバッテリーで蓄えられる電気エネルギーは、クルマの本来の目的である“走行”以外に、“空調”にも多く使われています。これが、EVの航続距離を短くしている主な理由の一つ。

エンジン車は、エンジンで燃料を燃やすことで走行するエネルギーを生み出します。その際に出る熱を、暖房に利用しているのです。一方、エンジンのないEVは、走行のためのエネルギーと暖房のためのエネルギーを、それぞれ別に生み出す必要があるため、エンジン車よりも多くのエネルギーを生み出さなくてはなりません。

例えば冬場、暖房(電気ヒーター式)をきかせたEVはエンジン車よりもたくさんのエネルギーを消費するため、航続距離がなんと約40%も短くなります。さらに言えば、寒い場所ではバッテリーの性能が落ちるため、電力消耗も激しくなります。つまり、気温の低いところを走行すると、EVの航続距離はより短くなってしまうというわけです。

寒さが厳しい国では、冬場の航続距離を延ばそうと、車内のエアコンを我慢して運転するドライバーもいるとか。でも寒いときにこそ、冷たい風を体に受ける自転車や、乗り換えのある電車ではなく、クルマであたたかく快適に移動したいですよね。

「さまざまな季節に遠くまで、環境にやさしいEVで心地よくドライブしたい。」 そんな思いをかなえるためには、走行のためのエネルギーを維持しながら暖房に必要な熱をいかに生み出すか、限られた電池エネルギーをいかに効率よく大事に使えるか、この2つがカギになります。

このカギを解くのが、“ヒートポンプシステム(以下、ヒートポンプ)”の技術を使ったカーエアコンです。

ヒートポンプで近づける、エコで快適な理想のEV

私たちの周囲に存在する空気には“熱エネルギー”があります。ヒートポンプは、その熱エネルギーを利用して車室内を暖める技術です。
車外の空気中に存在する熱で車室内の空気を暖めるには、冷媒※3という熱を運ぶ物質を使います。外気中の熱エネルギーを冷媒にとり込み、その冷媒を圧縮することで高温にします。その高温の冷媒で車室内にある空気を暖め、温風を出す仕組みです。

※3 冷媒:熱を移動させる媒体。熱を運ぶために用いられる物質のことで、ヒートポンプに使われる冷媒は、圧縮すると高温に、膨張すると低温になる。

ヒートポンプの技術を使ったカーエアコンは空気の熱を利用するため、電気ヒーターを使ったカーエアコンに比べ、約3倍ものエネルギー効率で車内温度を上げられるのが特徴。ヒートポンプを搭載したEVは、電気ヒーター搭載のEVよりも長い航続距離を実現します。

外気の環境に影響されない車内空間へ

ヒートポンプを機能させ、電気を効率よく使いながら快適な車内環境をつくり上げるためには、さまざまな気候条件に適応する必要がありました。

例えば、冬季など低温の気候。暑い夏はもちろん、寒い時でも空気中に熱のエネルギーは存在します。ただし、気温が0度を下回ると空気中の熱エネルギーが少なくなるとともに、仕組みの要となる冷媒の密度が下がってしまうため、うまく機能しなくなります。これが、ヒートポンプの課題の一つでした。

また、春や秋などに多く見られる激しい寒暖差、高湿度の天候下では、安全のためにも窓ガラスの曇り防止として除湿しながら暖房する必要があります。しかし、車外の気温変化が大きい環境ではヒートポンプの機能が落ちてしまい、窓ガラスが曇りやすくなっていました。

デンソーはこれらの課題を解決するために、気温や湿度などさまざまな条件下でも、暖房の電力消費を抑えつつ快適な車内環境をつくれるヒートポンプの開発を続けてきました。

目指したのは、寒い気候でも航続距離を気にせず快適に走行できること。そこで開発したのが、冷媒の密度を高める製品です。これにより、気温マイナス10度の環境でもヒートポンプによる暖房が可能になりました。
現在は、より気温の低いマイナス20度の地域でもヒートポンプを搭載したEVでのドライブを可能にするために開発を進めています。

もう一つの課題であった効率のよい除湿暖房も、取り込む熱エネルギーを、外気の状況に合わせてコントロールする技術を開発したことで可能になりました。湿度が高く寒暖差が大きい気候でも、適温で心地よい車室内、曇りのないクリアな窓ガラスを維持でき、安全なドライブが楽しめます。
外気の温湿度や日当たりの影響を受けるカーエアコンは、ドライブの道のりで刻々と変わっていく状況に常に対応できるものでなくてはなりません。その一方で、屋内のエアコンに比べると人との距離が近く、吹き出す風が直接当たってしまうため、急激な空調変化は避ける必要があります。ヒートポンプエアコンは、外気の状況をとらえながら、状況に応じて細やかに熱エネルギーをコントロールして車室内の温湿度を調整することで、常に車内を心地よく保っているのです。

ヒートポンプ技術の開発に携わる、デンソー熱マネシステム開発部の斉藤充克(さいとうみつよし)は、快適性の大切さをこう語ります。
「快適さの確保は大前提です。『環境にやさしいから心地よさは我慢していこう』では、環境への取り組みはうまくいかない。快適さを損なうことなく、どのようにして環境負荷を減らせるかを考え、取り組んでいます」

クルマ内部の連携で、もっと遠くまで

スマートフォンのバッテリーが熱くなるように、エンジンを持たないEVも、バッテリーや他の部品から熱が発生します。
デンソーが開発したヒートポンプは、外気から熱エネルギーを取り込むだけでなく、クルマ内部の他の部品と連携してそれぞれの部品から出る熱を回収します。その熱を暖房に利用するので暖房効率が向上し、その分、走行に使うエネルギーを温存できるようになります。
つまり、ヒートポンプと部品の連携によって、同じエネルギーでより遠くまで走行可能になるというわけです。

航続距離には電気エネルギーを蓄えておくバッテリーの性能も関係します。 バッテリーは低温でも高温でも性能が落ち、電力の消耗も激しくなります。電力消耗が増せばその分、航続距離も短くなる。ですから、バッテリー性能を維持するにはバッテリーを適温に保っておかねばなりません。デンソーはヒートポンプシステムを拡張し、バッテリー温度の監視・調整機能を持たせることで、バッテリーの適温維持を実現させました。
それに加えて、ヒートポンプエアコンは電気ヒーターエアコンの約3倍のエネルギー効率で暖かい空気を使用できるため、より省電力でバッテリー性能の低下を防げます。
デンソーのヒートポンプはさまざまな外気温にあってもバッテリー温度を細やかに調節しながら性能を維持し、電力の消耗を抑えることで、EVの航続距離を大きく伸ばしました。

過酷な気候でも、通常と同じエネルギーでより遠くまで走れるよう、デンソーはモビリティ技術の総合力を生かして開発を進めています。

EVを進化させ、人も地球も心地よい社会へ

デンソーは、ヒートポンプの開発で緻密な熱コントロール技術を培ってきました。また、ヒートポンプと各部品との連携は、個々の部品開発にも携わっているからこそ可能になったこと。デンソーは、この「熱コントロール技術」と「総合力を生かした各部品との連携」によってクルマの熱マネジメントを行い、EVにおける車室内の心地よさと航続距離の延長を両立させました。

外気がどんな気温や湿度であっても快適に、環境にやさしいEVで移動できる、人も地球も心地よい世界へ。

デンソーは、EVでの快適な移動体験の提供を通じて、サステナブルな社会を実現していきます。