人口は少なくてもいい、支え合える「地域力」があれば

杉山:吉本さん、本日はどうぞよろしくお願いします。はじめに、伊根町がどんな町なのかを、簡単にご紹介いただけたら幸いです。

吉本:数字的なところから話すと、面積が62平方キロメートルで、その8割方が山林の町です。その中に小集落が点在していて、人口は2000人弱、高齢化率はもうじき50%を越えようというところ。少子高齢化が進んでいる典型的な地方の田舎町ですね。

基幹産業は農業と漁業。そして、一次産業とコラボする形で成り立っている「伊根の舟屋」を核とした観光産業です。入り江に舟屋の並ぶ景色は「日本のヴェネツィア」なんて呼ばれたりもしています。あのミシュランが出している旅行ガイド『ミシュラン・グリーンガイド・ジャポン』の日本版で二つ星をいただいたこともあって、国内外いろんなところから旅行客の方がいらっしゃいます。

杉山:私も何回も訪れていますが、風光明媚で美しい街並みですよね。町の方々ともよくお話しますが、人口は少ないながらも、皆さんが支え合って暮らしている印象を強く感じています。

吉本:そうそう、数は少なくてもしっかり支え合っていけば、豊かな暮らしは実現できる。そういう自信を持っていますよ、うちの町は。ただ、そのためには「地域力」が大事になってくると思っていまして。

杉山:地域力、ですか?

吉本:端的に言うと、人と人の繋がりから生まれる力です。町内に散らばる28の小集落は大きい所で数百人、小さいと5人ほどしか住んでいない所もあります。一定のエリア内に住んでいる人の数や密度が減ってくると、人同士の繋がりも弱くなって、地域の活気も失われていってしまうんですよ。

過疎の町で人が減ることは致し方ないし、無理に人口を増やそうとは思いません。けれども、それに伴って地域力が低下して、いま町に住む人たちの暮らしが不便になるのは避けたい。そうならないように、それぞれの家庭、一人ひとりの住民の暮らしに寄り添っていくことが行政の務めであり、いま多くの地方行政が抱えている課題です。

過疎化が進み、物理的な距離感が広がりつつある住民たちの繋がりをいかに紡ぎ直して、地域力を保持していくか。そう考えたときに、やっぱりITの力は重要になってくる。むしろ、都市部より地方の暮らしにこそ、ITは必要だと考えています。そういった背景があって、何かいい情報ツールがないかと探していたところ、ライフビジョンに出会ったんです。

杉山:「都市部より地方の暮らしにこそITの力が必要」というのは、まさに私たちがライフビジョンの開発にあたって、強く意識してきたことでもあります。都会の人たち、若い人たちだけが使えるものではなく、誰でも使いやすいものでなければ、町のインフラとしては機能しない。だからこそ、ライフビジョンは老若男女、とりわけ高齢者の方が使いやすいUIを追求してきました。

防災行政無線の代替として、反対意見はゼロだった

杉山:ライフビジョンでは 「行政と住民間のコミュニケーション」 の課題解決のツールとして、さまざまな自治体で幅広く活用してもらっていますが、その中でも防災・災害情報の発信用途でのニーズがとくに高いです。伊根町でもライフビジョンの導入の背景には 「これから防災行政無線をどうアップデートしていくか」 という課題感があったんですよね。

吉本:防災行政無線は、町民の皆さんに重要な情報を発信する大切な手段として長く重宝されてきたものでした。ただ、「聞き逃した住民が後から確認することができない」 「コストがかかるわりには用途が限定的すぎる」 などといった課題があって、扱いをどうするか悩んでいたんです。

加えて、数年前に国の方針の変更によって、アナログだった防災行政無線をデジタル化しなくてはいけなくなった。そのコストを試算したら膨大に膨れあがった上に、単純にデジタル化したところで現状の課題は何も解決されない。そこで、防災行政無線の代替となる、よりよいツールはないかと職員にリサーチをしてもらっていたんです。

杉山:その流れでライフビジョンを見つけていただいたと。

吉本:多分、デンソーさんの営業にまんまと引っかかったんでしょう(笑)。でも、そこで知ることが出来て本当によかった。防災以外の用途でも幅広く活用できる上に、コストも大幅に抑えられる。「これだ!」 と思いましたよ。それで、すでにライフビジョンを導入している香川県の直島町まで、職員チームに視察に行ってもらったんです。

杉山:直島町では2014年よりライフビジョンを全戸に導入していただいていますが、現在に至るまですごく上手に活用してもらえていて、モデルの自治体として私たちも嬉しく思っています。

吉本:帰ってきた後の視察チームの報告プレゼンは、とても魅力的でしたね。防災だけでなく、予防接種や地域の催しの案内など、行政からのお知らせが一元化できて、住民はそれをいつでも確認できると。それだけでなく、住民から情報を受け取る場としても優秀だということも伝わってきました。実際に活用されている様子を見てきた職員たちの前のめりな語りを聞き、あらためて「これをやらない理由がないな」と感じましたよ。

杉山:「導入したい」 と相談をもらった当初から、吉本さんをはじめ職員の皆さんが、すごく積極的にお話を聞いてくださったのが今でも印象に残っています。導入にあたって、内部での反対意見などはなかったのでしょうか。

吉本:一切出ませんでした。これはおべんちゃらではなくて、コストや利便性、将来的な拡張性などあらゆる面で検討して、ほとんどデメリットがなかったからです。少なくとも、防災行政無線の代替としては申し分なかった。現状の課題は解決できるし、付加価値がわんさか付いてくるしで、職員との検討の場でも 「導入するかどうか」 の話はほとんど出ず、最初から 「どう活用しようか」 という議論で盛り上がっていましたね。

顧客中心であることに、わがままであれ

杉山:伊根町ではライフビジョンを導入してから1年半ほど経ちましたね。吉本さんは、この1年半で町にどんな変化があったと感じられていますか。

吉本:大きな変化があったというよりは、ライフビジョンが自然に町の生活の日常に馴染んできた感触がありますね。防災の情報だけでなく、ゴミの日や大小さまざまな集会の開催、朝の港の水揚げ状況など、日々いろんなお知らせに活用させてもらっています。

杉山:伊根町さんのオーダーを受けて各戸を最小単位とした情報配信機能を開発しました。予防接種や健康診断などそのお知らせが必要な世帯だけへ情報配信ができるようになりましたが、使用感はいかがでしょう?

吉本:すごく便利で助かっています。受信者にとって 「自分と関係のない情報が延々と届き続ける」 のはストレスになりますから。発信者側からしても、範囲を限定できるからこそ気兼ねなくお知らせできることは、たくさんあります。学区に依存する学校関連の情報などは、まさにそうですよね。

情報というものは、やっぱりただ集めるだけ、ただ伝えるだけじゃ意味がないんです。目的に合わせて、きちんと整理整頓されていないと、届いてほしい相手に的確に届かない。デジタルツールはこの整理がやりやすいのが利点ですよね。反面、整理をしないと情報量がすぐ膨れ上がるので、注意は必要ですが。

杉山:私も使用状況は時折チェックさせてもらっていますが、情報の仕分けが適切にされているおかげか、すごく狭い範囲の、けれども大事な情報共有が目立っていますね。地域の納会のお知らせや、畑の草刈りの手伝いの募集などが頻繁に投稿されている様子から、先ほど吉本さんが仰った「地域力」の広がりを感じています。

吉本:それと合わせて、行政と住民の距離感も近くなりましたね。今まで肌感で言うと、100のうち20くらいしか伝わっていなかった行政からの情報が、ライフビジョンで60、70くらいまでは確実に届くようになったんじゃないかなと。

この「自分たちの発信している情報が、しっかり住民に届いている」 という実感が、行政職員の仕事の姿勢にも良い影響を与えています。ライフビジョン上のリアクションやデータを見ながら「こういう伝え方が効果的なんだな」「こんな困りごとがあるのか、すぐに対応しなくちゃ」などと、住民の声に柔軟に反応できる瞬間が増えてきました。

杉山:今のお話を聞きながら「自分の声が相手に届いている」と感じられることがとても大事なのだなと、あらためて思いました。届いている実感が持てるからこそ、その先で「もっと届けたい、もっとアクションしてみよう」といったモチベーションが生まれるんですよね。

吉本:だからこそ、私たちはもっと住民の声を拾いにいく必要があるし、その声をライフビジョンにどんどん反映させていきたいと思っています。それこそ、Amazon創業者のジェフ・ベゾスのように「顧客中心であること」にわがままになって、どんどん機能を充実させていきたいですね。

デンソーさんにはこれからどんどん、「もっとこうしてほしい」といったユーザー目線に立ったわがままを言っていきますから、よろしく頼みますね(笑)

杉山:自治体向けの情報インフラの事業は、導入して終わりではなく、むしろそこからがスタートだと私は思っていて。実際に住民の皆さんに使ってもらいながら、どうやってその土地に最適化しつつ、サービスの質を上げていけるかが大事なんです。なので、わがままはぜひ、遠慮なくどんどん聞かせてください。

失ったものを数えるな。 残されたものを最大限に生かせ

杉山:吉本さんは伊根町の未来について、どんな理想を描いているのでしょうか。「町が豊かな状態、幸せな状態」をどのように定義されているのか、ぜひ聞かせてください。

吉本:私にとっての町の豊さ、幸せは 「誰もが暮らしやすい環境であること」だと考えています。過疎化は大きな課題ではあるものの、それを補うために頑張って外から人を呼び込むのは、少し違うような気がしていて。それよりは、論語でいう 「近き者説(よろこ)び、遠き者来たる」 の精神でありたいなと。

杉山:住みやすい町にすれば、希望して外からやって来る人は増える、ということですね。その考え方、とても共感します。

吉本:人口1万人未満の小さな田舎町にとって、少子高齢化と過疎化はみな共通の課題です。「このまま人口が減り続けたら、共同体として立ち行かなくなるだろう」という不安がついて回るのは、致し方のないこと。ただ一方で、私は「町づくりは数で論じるものではない。」と思っているんですよ。

人口が減ることは、別にネガティブなことじゃない。減ったっていい。町にとって大事なのは、そこに住んでいる人たちのための生活と生産のシステムが、しっかりと整えられていることです。私はそういう視点で、人口の増減は気にせず、伊根町を 「先進的な少数社会」 にしていきたいなと考えています。

杉山:先進的な少数社会、というと?

吉本:少数でも互いに支え合いながら、都会にはない田舎暮らしのよさ、強みを積み重ねていける社会です。ここには他のどこでもない、京都の北の端の伊根町だからこその景色や文化があります。どんなに小さな町でも、その町にしかない豊かさは絶対にある。それを育てていくことができれば、誰かにとってのかけがえない“まほろば”になり得るんです。

杉山:いま残っている伊根町の舟屋は、まさに積み重ね、受け継がれてきた豊かさのひとつですね。「先進的」という要素は、新しさが重要なのではなくて、「今あるものの中でかけがえのないものを、大事にし続けること」からも生まれるのだなと、吉本さんの言葉から感じました。

吉本:少し話が飛びますが、“パラリンピックの父”と呼ばれているルードウィッヒ・グットマン博士は、身体に障害を負った人たちに 「失ったものを数えるな。 残されたものを最大限に生かせ」 と言って励ましたそうなんですね。

この言葉に初めて出会ったとき、ビクッとしました。町の行政と向き合う中で「金がない、仕事がない、人がいない。だからできない」と、失ったもの、ないものばかりに目を向けてしまう瞬間が、それまでに何度もあったからです。

ないものねだりをするな。お前が持てるものを、町が持っているものを最大限活かせれば、活路は拓ける――私にはグッドマン博士の激励がそんな風に聞こえて、手と心が震えたんですよね。反省と希望が、一緒にどっと湧き上がってきました。この言葉のおかげで「ないものねだり」を卒業できて、自然や歴史、文化、産業などの持てるものを最大限に活かしていこうと、心が切り替わったんですよ。

杉山:とても素敵なエピソードですね。

吉本:こうした町の「あるもの」と住民たちを有機的に繋いで、暮らしに最大限生かしていくためのツールが、ライフビジョンなのだろうなと捉えています。現状でも便利さは感じていますが、まだまだ繋ぎきれていないもの、拾いきれていない声はたくさんあるので、引き続き頼らせてくださいね。

杉山:もちろんです! 伊根町にある「人・モノ・情報」をテクノロジーの力で繋ぎ合わせることで、地域力を最大限に引き出す情報インフラであり続けられるように、これからも伴走させてください。