見えないところで世界を照らす、レーザー加工の技術開発。

学び続けることで、キャリアも人生も豊かにする技術者としての生き様

ひと目に触れキラキラとスポットライトを浴びる仕事ではないけれど、私たちが“あたりまえ”に、衣食住ができるように。“あたりまえ”に、安心安全な移動ができるように。見えないところで、確かな技術を持って、暮らしを支えてくれている人たちがいます。

今回ご紹介するのは、デンソー世界No.1のものづくりを支える「陰の立役者」生産革新センター・先進プロセス研究部の安田 浩一朗さんです。自動車部品を加工する技術の研究開発を担い、その中でもレーザー加工技術の開発を担当しています。「まだ世の中にない技術を研究開発すること」を使命として掲げ、世界の技術者と対等に議論をする学力を身に付けるために、働きながら大学院にも進学。博士学位を取得しました。現在は若手の育成にも力を注いでいます。

「技術開発は、とても苦しく長い道のりです。100回、1000回と実験を重ねてやっと成果が見える。まるでフルマラソンを走っているかのようです。途中で歩みを止めてしまおうか。棄権してしまおうか。何度も頭をよぎります。それでもゴールテープを切るまで諦めないのは、“世界一の技術を生み出す”という仕事の尊さに心底、魅了されているからかもしれませんね」

切実な仕事への想いを語ってくれた安田さん。技術者として、夢を追いかけ続ける一人の人として「学び続ける」ことは、自分がこうありたいと思う人生を切り拓く糧になってくれる、と話してくれました。どんな逆境が押し寄せても、決して歩みを止めない。技術開発への揺るぎない信念を胸に、広い視野を持って若手を育てる。デンソーの陰の立役者・安田さんの技術者としての生き様を追いました。

この記事の目次

    見えないところで人の安心安全を支える、世界一の技術

    ───まず最初に、安田さんが取り組んでいる業務について教えてください。

    安田:私が担当しているのは、自動車部品を加工する技術の研究開発です。特にレーザーを用い、微細な形状を高精度に加工する技術の開発を行っています。これまでの開発で代表的なものはエンジンに搭載される燃料噴射装置の孔を加工する技術の開発です。今現在も刻々と変わる最新の事業ニーズに合わせて、様々なレーザー加工技術の開発を行っていますが、その事例の一つとしてご説明しますね。

    ───燃料噴射装置の孔を加工する技術の開発ですか?

    安田:難しく聞こえるかもしれませんが、要はクルマのエネルギーであるガソリンをより効率よく燃やすための技術開発、ですね。クルマを動かすには、ガソリンが必要ですよね。でもみなさん、ガソリンスタンドで給油をした後のガソリンはどのようにしてクルマの動力になるのか知っていますか?

    実はマルチホール直噴インジェクターという部品の先にある小さい孔からガソリンが細かい粒として噴き出され、それが燃焼することでクルマの動力になっているのです。

    ───そうした仕組みが内蔵されているんですね!

    安田:その際、重要なのは「ガソリンをなるべく細かい粒にして噴き出す」こと。そうすればガソリンを効率よく燃やすことができ、燃費が向上し、排気ガスも減ります。地球環境にとっても大変良い効果があるんですよ。

    ちなみに噴き出すガソリンの粒を細かくするには、高度な技術が必要です。孔の大きさは約100µmで髪の毛ほどの太さ。要求される加工精度は数μm。これは細菌ぐらいで、孔の大きさが細菌1個分でもずれると性能に影響を及ぼしてしまいます。

    ───ええ!そんなに小さいんですね!

    安田:数μmでも形状や大きさがずれてしまうとエンジン性能に影響を及ぼしてしまうため、加工は製品性能を決める重要な工程です。さらに生産する一般的な工場は、夏は暑く、冬は寒い、厳しい環境にさらされます。そんな中でも100台からなる設備で、毎日100万孔を加工し、不良をほぼゼロで何年も生産させなければならない。

    こうした技術は世界でも実現している企業はなかなかありません。デンソーが誇る世界一の技術だと思います。

    ───聞けば聞くほど、想像を超える技術の高さです...。見えないところで支えてくれている技術のおかげで、私たちは日々安心安全な運転ができているんですね。

    安田:デンソーの最先端の製品を加工技術の観点から支える。まだ世の中にない研究開発を行い、具現化する。それが私たちの使命だと思っています!

    「世界一の技術を生み出す」という仕事の尊さに魅了されて

    ───もともと、こうした技術開発の分野に興味があったのでしょうか。

    安田:そうですね。子どもの頃から"高度な技術の結晶"に憧れを抱いていました。最初はロケット開発に興味を持ったり。そこからより身近なものづくりへと関心が向き、クルマの技術開発に辿り着きました。世界一の技術を生み出したい!という強い想いは大学生の頃に芽生えていたと思います。

    ───大学生の頃からですか!

    安田:大学4年生のときに配属された研究室で切削加工技術の研究開発に従事していたときのことです。教授とアイデアを出しながら工作機械メーカーと共同研究を進めていました。そのときに、まだ世の中にない研究結果を発表することができたんです。

    ───すごいですね...!

    安田:世界一の技術を生み出す瞬間に立ち会うことができた───。あのとき全身を駆け巡った喜びと興奮は、今も忘れられません。そこから僕の技術開発者としての人生が幕を開けたように思います。

    ───大学時代の成功体験が、今の安田さんにつながっているのですね。とはいえ、世界一の技術を開発する道のりは、私たち消費者の想像をはるかに超える苦労や大変さがあるように感じます。

    安田:そうですね。世界一を目指すとなると、そう簡単ではありません。成功はほんの一握りです。理想と現実のギャップに打ち砕かれ、心が折れそうになることばかり。100回、1000回と実験を重ねて、やっといい結果の兆しがでるぐらい。それでも進むという気の遠くなるような苦しい道のりです。

    例えるなら、登山やフルマラソンに近いかもしれませんね。走っている最中はとにかくしんどい。周りの景色を見る余裕もない。それでも、山頂にたどり着いたときの感動、走り切ったときの達成感は、挑戦した人にしか感じることのできない“こころ震える感情”があるはずです。

    僕もその「こころ震える感情」を、もう一度味わいたい。もう一度、もう一度。と、追いかけて今も走り続けているのだと思います。ゴールをした後は、マラソン選手と同じようにその場に倒れ込んでしまうほど疲れ切っていますが(笑)。それでもまた新しいゴールに向かって走り始められるのは、苦しさ以上に「世界一の技術を生み出す」という仕事の尊さに心底、魅了されているからかもしれませんね。

    働きながら大学院へ。「学びと実践」を両立して見えたもの

    ───安田さんはデンソーの社員として働きながら、大学院に通い博士学位も取得されたと伺いました。なぜ、大学院での学びを選択されたのでしょう。

    安田:世の中にないものを生み出すため、世界に目を向けながら社外の技術者と対等に議論するための学力を身に付けたいと思ったからです。そのためには、学び直し、学び続けることが必要不可欠だと感じました。

    というのも技術開発を取り巻く環境は、決してポジティブなものばかりではありません。技術開発とは、本来新しいものを生み出し社会を良くする尊いものです。ですが成果がでるまでに膨大な時間とお金がかかるのも事実。「この開発に予算はどれくらいかかるのか」「進捗が遅れているが、いつ製品化できるのか」といった利益や成果に対する指摘を受けながら業務を進めなければならない。そんなプレッシャーに押しつぶされそうなときもありました。

    一方、大学の教授とお話をすると、自分の気持ちに正直で、純粋にやりたい研究に没頭している方ばかりでした。そうした姿勢に感化され、もう一度ゼロから研究開発に向き合おうと進学することに決めました。

    ───プレッシャーというお話もありましたが、大学院へ進学したことによってポジティブな変化はありましたか。

    安田:大学の先生方のモチベーションやエネルギー、探究心に突き動かされて、技術開発をポジティブに語れるようになったことは大きいと思います。大学院で学んだことを仕事で実践してみたり、仕事での疑問や違和感を学びの場で解消したり。「学びと実践」の循環をうまく回せたことは、僕のキャリアにおいて大きな影響を与えてくれました。

    ただ博士号という称号そのものは「足の裏についた米粒」であると肝に銘じています。
    足の裏についた米は、取らないと気持ち悪いけど、取っても食えない。学びだけでは「どう製品化するかの?」「どう世の中の人に届けるのか?」といった事業展開や消費者目線には辿り着けません。かといって実践だけでは、行き詰まったときの打開策が打ち出せない。称号に甘んじず、「学びと実践」の両輪を回すことが重要だと感じています。

    ───とはいえ、働きながら学び続けるのは容易ではないと思います。その原動力についてもお聞かせください。

    安田:一つは危機感ですよね。変化が目まぐるしい現代社会では、新しい情報や知識をキャッチアップすること、つまり学び続けることは必要不可欠です。過去の成功体験は素晴らしいことですが、アップデートをしないまま同じやり方を続けていては世界から取り残されてしまいます。

    世界に目を向けると、すごいと感じる人たちはしのぎを削って必死にやっていますよ。そこに食らいつき、追いつき、追い越して行かなければならない。そう考えると学び続けることは、“呼吸”や“食事”と同じくらい必要な行為だなと思いますね。

    ───なるほど。とてもストイックな姿勢が伝わってきます!

    安田:もちろん、学びによる「本質的な楽しさ」も原動力になっています。「こんなふうになりたい」「こんなことをやってみたい」「目標を達成したい」という未来を描いたとき、“学び”は夢を叶える架け橋になってくれます。新しい気づきや発見によって成長できた。ありたい自分に近づけた。

    テスト勉強や誰かにやらされる勉強ではなく、自分の人生において必要な学びとはなんだろう?という視点を持てたとき、初めて学ぶことが面白く感じられるのではないでしょうか。

    それに海外の研究者の話を聞くと、決して追いつけないレベルではないなと感じます。昨今は、加速度的に技術が進歩していますし、その使い方も多様化しています。学びながら自分ならではの使い方を編み出せばすぐに第一人者になれ、自分しか生み出せない成果に結びつきます。学ぶことで成長の実感が持てれば仕事が楽しくなり、さらに学びたくなる。こうした好循環が、いくつになっても学び続ける原動力になってくれていますね。

    ───安田さんのエピソードから、キャリアにおいて「学びと実践」の場を両方持つことの大切さが伝わってきます。デンソー社内においても、そうした風土があるのでしょうか。

    安田:そうですね。デンソーは学びを後押ししてくれる環境だと思います。常に世界一を目指している企業なので、どの部署や職種であってもやはり学びは必要不可欠なんですよね。僕と同様に大学院に行かれる方も、もちろんいます。

    社内の意識が高い人たちとコミュニケーションを取ることでモチベーションも上がりますし、高いレベルでの切磋琢磨ができる。特に30代前後の若手のメンバーは、今後のキャリアを見据えて自分の頭で考え主体的に動く人が多い印象です。

    そして「いざ、ここを目指そう!」と決まったときは、資金や体力面においても安定的に技術開発が進められる。やりたいと思ったことに対して「学びと実践」の両方を後押ししてくれるのは、デンソーならではの環境なんじゃないかなと思いますね。

    これからは「ものづくりをする、人づくり」にも力を注ぎたい

    ───安田さんの背中を見て成長していく、若手の方々の様子が目に浮かびます!学びを経た現在の安田さんは、この先どのようなことを見据えているのでしょうか。

    安田:最近は「自分の手で技術を生み出したい!」という気持ちよりも「いかにしてプロフェッショナル集団を育てられるか」「一人ひとりの可能性やモチベーションを引き出せるか」という人材育成への興味関心が強まっています。

    ───ぜひ詳しく伺いたいです!

    安田:世界一の技術を生み出し続けるためには、実際に手を動かす「技術開発者たちの力=モチベーション」が何より重要です。過去の栄光に甘んじることなくそれを土台に、どんどん新しい知識を吸収する、アップデートを続ける。一つ達成したら、また次の技術開発に向けてチャレンジを続ける。決して平坦な道ではありません。だからこそ自分の奥底から湧く「やってみたい」という原動力がどんな困難も乗り越えていくパワーになってくれます。

    でもそのパワーを最大化させるためには「みんながやりたいことを共鳴できる環境」を整えることが重要です。仕事だからやらなきゃいけない。会社の指示だから、従うしかない。そんな雰囲気では自ずと限りが見えてしまいます。だからと言って全員がやりたいことばかりを好き勝手やっていればいいという話でもない。大切なのは、「やりたいこと」と「やらなければいけないこと」をミックスして、一人ひとりのモチベーションをマネジメントすること。そしてみんなの「やりたいこと」を共有し全員でモチベーションを高め合うことです。

    それぞれの「やりたい」が叶い、再現性を持った技術開発を進められる組織づくりができたなら、成果はもっともっと最大化されると信じています。

    ───世界一の技術力、を掲げているからこそ、それを担う「人づくり」の大事さや必要性を実感されているんですね。

    安田:そうですね。そんな風土を持つ組織を作れたら最高ですね。デンソーが持つ良い風土をきちんと受け継ぐ一方、みんなのやりたいことを共鳴し進められる集団。その中で生み出す技術を、より広い世界に羽ばたかせたとき、どんな景色が見られるのだろう────。

    そんなことも考えながら、また新しいステージに向けて準備を進めています。

    技術開発に限らず、新しいことを始めるのは大変です。労力もかかりますし、うまくいかずに心が折れそうになることもある。それでも自分の気持ちに正直に、一歩ずつ歩みを進めていけば、いつか必ず実現します。いくつになっても「学びと実践」を繰り返して、人生を通じて“こころ震える感情”を味わって生きていきたいですね。

    キャリア・生き方

    貝津美里/ BLUE COLOR DESIGN 中嶋史治

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