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循環型社会の実現に向け、自動車産業が直面している課題は、クルマを解体して得られるリサイクル材の質と量を経済合理性が成立する形で担保できないことです。デンソーは、この問題を「⾃動精緻解体システムの開発」によって解決し、クルマのサーキュラーエコノミーを実現しようとしています。
この記事の目次
「持続可能な製造業」に向けた挑戦
いま、製品をできるだけ長く使い、再利用やリサイクル、そして廃棄をなくすことで、資源を経済システムの中で循環させる「サーキュラーエコノミー」への移行が始まっています。
私たちの身近な領域では、素材の再利用が可能な衣服や、生活者が自分で修理できる電子機器など、サーキュラーエコノミーに関する取り組みが進んできています。
一方で、製造業では、廃棄物を資源に変える取り組みはまだ途上にあるともいえます。
例えば、「クルマの循環」を実現するためには、廃車の解体・選別作業において高純度のリサイクル原材料を抽出する必要がありますが、現状では不純物の少ない原材料を取り出すことが難しく、素材の有効活用が十分に進んでいません。
クルマの素材のリサイクルが容易になれば、社会にもたらすインパクトもより大きくなり、持続可能な製造業やものづくりの実現につながるはずです。しかし、その未来を実現するためには、乗り越えなければならない壁が存在します。
クルマの循環が進まないボトルネックは?
クルマの素材循環がなかなか進まない背景には、どのような理由があるのでしょうか。それは、「使用済み自動車(ELV:End-of-Life Vehicles)」と呼ばれる廃車の解体作業において、素材を分別しないまま一遍に破砕するため、種々の材料が入り混じった状態でしか素材を取り出すことができないことが大きな要因となっています。
廃車のリサイクル工程は、一般的に解体事業者が廃車を仕入れるところから始まります。エアバッグを安全に爆発させて処理をする、フロンを回収するといった法定処理を経て、売却(再利用)可能な部品を車から手作業で外し、残った本体は破砕事業者に渡り、シュレッダーを用いて破砕します。
破砕後、磁石にくっつくか、溶液に浮くかなど、あらゆる方法を使って材料を仕分け、そこで選別された材料はリサイクル材として売却されます。サーキュラーエコノミー事業開発部の奥田英樹は、このプロセスにおける大きな課題を次のように語ります。
「手作業の解体と破砕後の選別の組み合わせでは、材料の純度の点で限界があります。不純物が混ざった原材料としてリサイクル市場に流れていくことになるため、材料の品質要求が高い製品には採用できないケースが非常に多くなるのです。ましてや、命を預かるクルマへの再利用は極めて困難です」(奥田)
例えば、摘出された樹脂の大半が選別から漏れることになり、それらは最終的にASR(Automobile Shredder Residue:自動車シュレッダーダスト)と呼ばれるダストに変わり、サーマルリサイクル(廃棄物の焼却処分時に発生するエネルギーを再利用するリサイクル手法)に用いられます。
クルマで使われている樹脂の約70%は使われずに焼却されてしまっており、再利用されてクルマの部品として戻ってくる樹脂はわずか約2%にとどまっているのが現状です。一部の新興国では人の手による細かい解体・選別は行われていますが、先進国においては経済合理性上不可能といえます。
クルマの総重量の約90%をクルマに戻すために
デンソーの社会イノベーション事業開発統括部は、この課題を解決すべく、「サーキュラーエコノミー事業開発部」を設立。限られたクルマ資源の「捨てる(廃棄)」をなくし、クルマのすべての構成部品を原材料に戻し次なるクルマの製造へと循環する「Car to Car」の事業化に挑戦しようとしています。
循環型社会に向けた大きなうねりに対して、製造業として率先して貢献するために、デンソーでは複数の部署が一丸となってサーキュラーエコノミーの取り組みを行っています。一般的に「資源循環のプロセス」を人間の血液循環のようにたとえられることがありますが、クルマにおいては原材料調達や製造のプロセスが「動脈」と呼ばれ、使用後の廃車の回収や解体、リサイクル材生成などのプロセスが「静脈」と呼ばれます。
サーキュラーエコノミー事業開発部は、この「静脈」にあたる、製品の使用後の「廃車」「分解」「リサイクル」に注目し、著しく低いクルマの素材の循環率を高める役割を担っています。高純度・高品質のリサイクル材を安く大量に摘出するために、ロボティクス技術やAIの認知・判断技術を駆使して精緻な解体・選別を行う「⾃動精緻解体システム」を開発し、解体事業者に提供する事業の検討を進めています。
サーキュラーエコノミー事業開発部の實松 敦は、同システムの詳細と可能性を次のように解説します。
「廃車から部品を取り出したあと、すべてをシュレッダーで裁断してしまう前に、ロボットによって自動で精緻に解体・分別を行います。特に、現在は樹脂を高純度に取り出して再生する技術に注力しており、クルマの総重量の約90%の再利用を目指して挑戦しています。
自動精緻解体システムは、解体事業者に使っていただくことを想定しています。このシステムを導入することにより、いままでまったく使われてこなかった資源を高純度のリサイクル原料に変えることや、大量かつ高速な選別・出荷が可能になると考えています」(實松)
手術支援ロボットの技術が、クルマの解体につながる
廃棄されるクルマの再資源化を推し進めるための「⾃動精緻解体システム」には、これまでにデンソーが培ってきた技術が生きています。それは、意外にも医療分野の「手術支援」で培われてきたものでした。
世の中には約2,500車種のクルマが存在するといわれています。また1台の車に使用される部品点数は、多いもので3万点程もあり、メーカーやニーズによって規格が異なることも多々あります。さらに、「材料に戻すもの」「中古部品として再利用するもの」など部品ごとに用途が異なるため、それに応じて解体方法も変える必要があります。組み合わせが無限にあることが、解体の標準化を非常に難しくしています。
こうしたハードルに対して、手術時に医師の腕を支え、生理的に生じる手のふるえや、疲れを軽減する手術支援ロボット「iArmS(※)」や手術室情報融合プラットフォーム「OPeLiNK(※)」で培ったデンソーのロボティクス技術が大きな強みのひとつとなります。世界80億人に合わせた個別手術技能を忠実に記録するデジタル化技術が、クルマの解体動作を入力するプロセスに応用されているのです。
参考:デンソー、手術支援ロボットiArmSを発売
参考:東京女子医科大学・デンソー・日立がスマート治療室開発で 日本オープンイノベーション大賞「厚生労働大臣賞」を受賞
「手術支援ロボットを応用した解体支援ロボットを用いて、まずは人の手でクルマ・部品を解体することを通じ、解体をデジタル変換し、そのプロセスをAIに学習させます。学習させて最適化したAIは、次に同類のクルマ・部品が来たら、自動で解体を行ってくれるようになります。その作業を繰り返し、将来的にはすべての解体を自動化していきたいと思っています。
またデンソーは、クルマのどこにどんな部品や材料が使われているのか、現場の作業をどう標準化すべきかを熟知し、形式知化してきました。そういったノウハウやデータは、AIに解体パターンを学習させるところにおいて活用することができます。生産工程の自動化・標準化に取り組み続け、そこで蓄積した知見や技術、ノウハウがコアコンピタンスにあるからこそ、クルマの精緻な解体の自動化に挑戦できると考えています」(奥田)
静脈産業を、「子どもたちの憧れる職業」にするために
サーキュラーエコノミーが実現された社会では、解体やリサイクルを担う、いわゆる静脈産業の方々が主役となります。
そんな中で實松は、静脈産業に対する思いを一層強くする出来事があったといいます。静脈産業の現場調査の一環で、解体事業者の方々と約2週間ともに過ごす機会があり、その中で彼らから聞いた言葉が忘れられないといいます。
「最終日に解体事業者の方とご飯に行く機会があり、何気ない話をしていたときのことです。
彼らは笑いながら、次のように語っていました。
『相手先から“ゴミ屋”と言われることがあるんだ。ひどい言われ様だよな。街に解体工場を建てますとなったら近所の人から煙たがれるし、ましてやそこで働いていますなんて言えない雰囲気。これだけフィーチャーされている産業なのにね。
でも、これが現実。同業者はみんな同じ経験をしていると思う』
私は大きなショックを受けました。自分の力で、少しでもこの現状を変えていかなければならない、と。
静脈産業を子どもたちが憧れを抱く仕事にするために、自分も役に立ちたい。そのうえで、クルマがクルマへ還る未来を目指したいと、強く思うのです」(實松)
デンソーが目指すのは、クルマの資源循環のなかで、サーキュラーエコノミーに貢献するパートナーたちに光を当てることです。新しい技術や仕組みの導入により、これまで静脈産業を支えてこられた方々に負のインパクトが生まれる状況をつくることは絶対に避けねばならないと、サーキュラーエコノミー事業開発部の山北 博士は語ります。
「これまでほとんど使われてなかった高純度のリサイクル材料が大量に市場に流通し、資源の流れが根本的に変わったとき、『他の低品質なものと混ぜられて使われる』『低価格で買い叩かれる』のではまったく意味がありません。そうした状況を生まないために、バリューチェーン全体での、サステナブルな仕組みの構築が不可欠です」(山北)
そうした思いが背景にあり、本プロジェクトは、解体・リサイクル事業者の方とも手を取り合いながら進めています。さらに素材メーカー、自動車部品メーカー、研究機関などとも連携し、技術実証や社会実装に向けて準備を進めています。
モノづくりとサーキュラーエコノミーが両立する未来を目指して
現在、「自動精緻解体システム」の開発は、人による解体作業を、最適化するAIに学習させていく、データ入力のフェーズにあります。その後、2027年までに主要な作業の自動化を行いながら事業の基盤を固め、同時に海外にも展開していく予定です。さらに2035年にはあらゆる車種や複雑作業を含む全作業の自動化を実現するロードマップを描いています。
2035年の理想の未来像として、奥田は「モノづくりとサーキュラーエコノミーが両立する社会をつくっていきたい」と語ります。
「サーキュラーエコノミーでは、新しくモノをつくること自体を減らすことが是とされています。つまり、我々のような製造業は、サーキュラーエコノミーにおいては“悪”のように思われるかもしれません。
しかし、モノづくりとは、私たちの生活を豊かにし、人の創造性をより高める活動なんです。モノづくりをライフサイクル全域で捉え、人類の幸福のために、サステイナブルかつクリエイティブなモノづくりを実践していきたいと思っています。
もし、『つくったモノを、つくる前の状態にきれいに戻して、また新たなモノにつくり変える』ことができる世界が実現するのであれば、モノづくりは決して悪とはいえないでしょう。
モノづくりとサーキュラーエコノミーが両立する社会。そんな未来を実現していきたいです」(奥田)
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