卒業生の声

“あのときの経験”が“今を支える技能”になる。

2006年度
工業高校課程 卒業
河野 悠

2004年工業高校課程にて入社。卒業後は技術開発センター特殊加工室に配属。主に機械加工に従事し、現在に至る。

卒業後はそのままデンソーに就職。
これが魅力で学園への入学を決意。

デンソー工業学園を知ったキッカケは何ですか?

テレビ放送がキッカケです。当時、企業内工高について放送されていて、興味を抱きました。その後、デンソー工業学園の存在を知りました。

学園の採用試験を受けようと思った決め手は?

実習では機械や設備が一人一台使えるなど、充実した実習環境で学べること。卒業と同時に正社員としてデンソーに就職できること。高校卒業後は就職を考えていたので、就職先を心配することなく、学園生活に打ち込めるのは大きな魅力でした。

学園時代で最も楽しかった思い出は?

やはり卒業製作です。うまくいかないことの方が多かったですが、それでもチームで協力し合い、指導員の方にも助けていただきながら最後まで完成させることができ、仲間と協力してやり遂げることの楽しさ、大切さを学びました。終わってみれば、製作期間はとても楽しい時間でした。

逆に最も大変だったことは?

入社半年ぐらいまでの寮生活。学校から帰って、ご飯を作って、洗濯して、と大変でした。女子寮は人数が少ないですが、楽しい先輩に助けてもらいながら、徐々に自分の生活リズムを作っていきました。

現在の仕事は?

技術開発センターの特殊加工室で機械加工に携わっています。

学園で学んだことは、現在の仕事にどのように役立っていますか?

様々な授業や体験実習を通して身につけたモノづくりの基礎知識、基礎技能は、そのまま今の仕事に生きています。また、職種は違いますが、各製作所や職場に苦労や喜びを共にした同期がおり、私の心の支えになっています。

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1985年度
工業高校課程 卒業
山口 晃章

1983年工業高校課程にて入社。卒業後は技能開発課程、高専指導員を経て、現在は、モビリティシステム事業グループ 評価室の管理者として従事。

学園で築いた「人との繋がり」は
プロジェクト推進の大きな力になっている。

デンソー工業学園を知ったキッカケは何ですか?

私が中学1年生の頃、母校の先輩が技能五輪国際大会で銀メダルを獲得したことを知り、日本電装(株)(現:株式会社デンソー)という会社と、技能五輪というものに興味を抱きました。

学園の採用試験を受けようと思った決め手は?

叔父が大工職人で、実家の小屋つくりでは一緒に屋根に上がって手伝うなど、子どもの頃から工作をすることが大好きでした。技能五輪が工作の腕を競うものだと知り、想像の世界で惹き込まれていきました。可能性があるなら早いほうが良いと、中学2年の時に決意しました。

学園生活で最も楽しかったことは?

当時は、3年間全寮制でした。同期40名が寝食を共にしましたので、みんなで苦労しながら取り組んだ様々な行事は達成感がありました。座禅合宿・五十鈴川での禊・野外総合訓練合宿・オールトヨタ洋上研修・体育祭・・・。洋上研修での洋上オリンピック総合優勝、体育祭での3年連続学年対抗リレー優勝は記録として残り、同期の結束力の証となりました。

逆に最も大変だったことは?

学力や技能を上げることも大変でしたが、2年間級長を担当し、クラスをまとめることに苦労しました。いざまとまれば凄い力を発揮しましたが、まとまるまでには様々な考え方や思いがあり、異論や批判をもらいつつ、納得できる答えを作り出していくのは大変なものでした。

学園時代に学んだことは、現在の仕事にどのように役立っていますか?

幸いなことに学園では、学園生、技能五輪、指導員という立場で10年間過ごし、それぞれの立場で様々なことを学びました。学園生では幅広い知識・技能に触れる機会があり、どういうことが仕事で必要かを体験し、得た基礎的な『引き出し』が新しい仕事の始まりで役立っています。技能五輪の経験は、100点を追い求める世界ですから、100点に向かって作り方や自身の腕の完成度を上げていく『仕事の進め方』が実務で役立っています。指導員という立場では、実技指導を通じ、力(体力・体格・理解力・器用さ)の違いに応じ、その人に合った指導で最大限能力を発揮させるための『教え方』が、職場運営において大いに役立っています。

様々な立場を経験した分、たくさんの出会いがあったと思いますが?

同期や指導員、先輩・後輩と築いた『人の繋がり』は私の財産です。将来を見据えた製品開発プロジェクトでは幾多の難関があり、自分ひとりの力では、また、自分の職場だけでは乗り越えられないことがたくさんあります。そんな時、学園で築いた『人の繋がり』が突破口となり、プロジェクト推進の大きな助けとなっています。私の同期は入社以来30年以上経った今でも、折に触れて集まって親交を深めています。いつまでもこの関係を大切にしていきたいですね。

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2013年度
高等専門課程 卒業
安藤 真悟

2013年高等専門課程にて入社。卒業後は技能五輪研修生を経て、配電盤・制御盤の製作およPLCプログラミングなどの指導を行なう。

技能五輪に挑戦する先輩の姿に憧れ
デンソー工業学園への入学を決意。

デンソー工業学園に入学を決めた理由はなんですか?

学園を見学した時に、モノづくりの技を競う技能五輪の訓練を見て、正確に、素早く作業する選手の姿に憧れたからです。自分も挑戦してみたいと思いました。

学園生活で最も楽しかったことは?

オリエンテーリング大会です。自分たちで作戦を考え、行動し、優勝することができた時は、言葉にならないほど嬉しかったです。また、仲間たちと切磋琢磨するなかで、行動力や団結力が養われ、絆を深めることもできました。

逆に最も大変だったことは?

仕上げ実習です。工高時代は電子工学を専攻していたこともあって、機械の知識はほぼゼロの状態。知識や技能を学ぶにつれ、刃具製作や寸法精度のレベルの高さに驚きました。

現在の仕事内容を教えてください。

卓越技能修練室に所属し、配電盤・制御盤の製作およびPLCプログラミングについて、技能五輪コーチとして日々、訓練生の指導にあたっています。

学園時代に学んだことは、現在の仕事にどのように役立っていますか?

学園での技能五輪の選手は、いかに速く、正確に仕上げることを競う大会です。日々の訓練を通して、技能の向上はもちろん、自分との戦いの中で精神面も鍛えられたと感じています。また、学園時代に学んだ「こだわりの心」は、デンソーのモノづくりの原点でもあります。これからも自分に満足することなく、さらに上をめざしていきたいと思います。

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1984年度
高等専門課程 卒業
鶏冠井 正文

1984高等専門課程にて入社。卒業後は工機部電気装置課に配属され、現在は工機部大安工場の責任者としての専用機製作電気調整部署のマネジメント業務。

「人の繋がりの大切さ」を学んだ学園生活。
仲間との絆は困難を乗り越える力になっている。

学園の採用試験を受けようと思った決め手は?

高校に掲示された求人票や進路指導教諭の話から学園の存在を知り、学びながら給料をもらえることに魅力を感じました。ただし、想像以上に学ばなければならなかったことがたくさんありました。

学園生活で最も楽しかったことは?

工業高校電気科出身であったため、旋盤やフライス盤を扱う授業は新鮮で、モノづくりの楽しさの基礎を学んだように感じます。中でも印象的なのは、タガネで鉄板を切断するハンマー振り。現在の配属先では、中々その経験を生かす場面はありませんが・・・(笑)。座禅合宿やオールトヨタスポーツ大会など、体を動かした行事も、学園生活の楽しい思い出です。

逆に最も大変だったことは?

工業高校で3年間自由に育ったあと、中学生に戻ったようなスケジュールがしっかりした日々。通勤途中、全く同じ制服(紺のブレザーに赤ネクタイ)の高校生がいた時、社会人としての自覚が揺らいでしまいました・・・(笑)。

現在の仕事内容を教えてください。

工機部・電気装置課に所属し、専用機製作電気調整部署のマネジメント業務を行っています。

学園生活を通じて学んだことは何ですか?

第一に、人の繋がりの大切さ。デンソーのモノづくりは、多くの人がそれぞれの役割を全うし、それを結集して成り立っていると思います。どんな苦しく困難な場面でも、苦楽を共にしてくれる上司・先輩・仲間がいることで、乗り越えられることができます。

学園時代の学びや人との絆が、モノづくりの現場を支えているということですね。

配属後、憶えなければならない事は山のようにありますが、それらを自ら学ぼうとする姿勢や行動は、学園の訓練があったからこそできたことかもしれないと感じます。また、学園の卒業生である職場の先輩たちが、そんな新人を厳しく、優しく受け入れてくれる雰囲気も、学園で学んできたことに影響されていると思います。

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