クルマも社会とつながり、価値をアップデートし続ける時代へ

SDxへの挑戦。モビリティ開発もソフトウェアファーストにシフトする

近年は、モビリティにもさまざまなアプリケーションが搭載されるようになりました。いずれはスマートフォンのように同じハードウェアを使いながら、OSの更新やアプリケーションのインストールによって、自分好みに使い勝手を変えていくことができるのでしょうか。

こうした未来を実現するためには、従来のモビリティ開発を根本から変えていく必要があります。その変革は大きな苦難が伴うものですが、その変革が実現できた先には、開発サイクルの大幅短縮やユーザへの多様な価値提供が可能になるはず。

今回は、こうした変革をデンソーがどのように起こそうとしているのかについてご紹介します。

この記事の目次

    ソフトウェアがクルマの価値を決める?新たな時代の幕開け

    これまでのモビリティにおいて、その性能や機能の大部分を決めていたのはハードウェアであり、一度クルマを購入したら購入時の性能のまま使い続けることが前提でした。

    しかしいま、ソフトウェアがクルマの価値(機能・性能)を左右し、購入後もその価値がアップデートされ続ける「ソフトウェアファーストなモノづくり」の時代が訪れようとしています。

    このようなソフトウェアファーストなクルマのことを「ソフトウェア定義型自動車(Software Defined Vehicle:SDV)」と呼び、モビリティ業界がSDVにシフトすることによって、アプリケーションの追加によるモビリティの価値向上や、モビリティのパーソナライズ化、そうしたアプリケーションの販売やソフトウェアの更新による収益化などのさまざまな可能性が切り拓かれます。

    その変化を起こし始めた企業として知られるのが米国のテスラです。テスラが2016年に発表したModel 3では、ブレーキ性能の評価が低かったことを背景に、ソフトウェアのアップデートによってブレーキの性能を改良し、それを販売済みのクルマにインストールすることで、性能を向上させました。従来のプロセスでは車体パーツの交換などが発生するため長い時間を要していましたが、ソフトウェアアップデートのみで自動車の走行性能がこれほどの短期間で向上した前例はありませんでした。

    こうした変化は、テスラを筆頭とした新興EVメーカーを中心に起きています。その背景としては、従来の自動車メーカーがハードウェア中心にモビリティを構成していることに対し、EVメーカーはソフトウェアを中心に構成していることが挙げられます。

    新興EVメーカーに限らず、モビリティ業界はこのパラダイムシフトを非常に重要なものと捉え、それぞれ試行錯誤を重ねています。さらに近年のエネルギー問題やAIの飛躍的進化に伴い、モビリティという枠を超え、私たちの生活に関わる全てのモノを対象にソフトウェアファーストを適用していく変化はSDx(Software Defined Transformation)」と呼ばれており、デンソーもSDxに向けた挑戦を行っています。

    SDx時代を生き残るためのカギは、仮想化とデータドリブンな開発

    ソフトウェアファーストなモノづくりにシフトし、新しい機能追加やサービス搭載などをスピーディに実行するためには、開発環境やプロセスそのものを変えていく必要が出てきます。

    SDx開発の課題として挙げられるのが、ソフトウェア開発工数の増加です。メーカーや車種ごとにソフトウェアの仕様が異なっていたり、ハードウェアが変わるとソフトウェアの流用ができなかったりするなど、現状のままだとソフトウェア開発のために莫大な工数・リソースが必要となります。開発工数を抑えるためには、ハードウェアに依存しないソフトウェア開発が行える環境を整えることが必須であり、そのためには「仮想化」を行うことが必要となります。

    デンソーでは仮想化のアプローチのひとつとして、ECU(Electronic Control Unit)内のOSやミドルウェアなどのアーキテクチャを仮想化した「仮想ECU」でのソフトウェア開発を進めています。仮想ECUは、オープンかつ汎用性の高い要素技術を活用したアーキテクチャで構成されているため、どんなクルマやハードウェアであっても同じ条件で開発でき、バーチャル環境でもフィジカル環境でもソフトウェアを動かすことが可能となります。

    従来の開発プロセスでは、フィジカルなECUの開発が完了するまではソフトウェアの性能テストが行えませんでしたが、ECUが仮想化されると、フィジカルなECUの完成を待たずしてバーチャル環境上のECUでテストを行えるようになるため、開発効率が飛躍的に高まります。

    デンソーではさらに、クラウド上にデータドリブンなソフトウェア開発(※)のための「データドリブン開発環境」の構築も進めています。その環境上では、仮想ECUのアーキテクチャ上でソフトウェアの構想、実装、性能テスト、運用までのプロセスを行うことができます。

    ※データドリブンなソフトウェア開発・・・さまざまなデータの可視化・解析・予測をもとに、生活者の要求や社会課題を解決し、新たな価値を生み出す開発手法

    データドリブン開発環境での開発プロセス(以下、データドリブン開発プロセス)を用いることによって、これまで開発のフェーズが変わるたびに発生していたデータ形式の変換が不要になると、技術企画部 バリューチェーン基盤企画室の田内 真紀子は語ります。

    「これまでのモビリティのソフトウェア開発では、それぞれの開発プロセスが分離独立しており、フェーズ間でのデータ変換が必要でした。しかし、データドリブン開発プロセスでは、全てのプロセスを同じ環境上で行えるため、例えば実装後のソフトウェアデータをそのまま次のシミュレーション、エミュレーションフェーズにシームレスに受け渡せるようになります。

    また、開発環境で性能テストを終えたソフトウェアは、そのままフィジカルのECUにインストールし、すぐに実機上で動かすことができるため、開発のスピードは大幅に上がります。

    仮想化された環境の中で連続的に開発が行える。まさに『ソフトウェアファーストなモノづくり』ですね」(田内)

    開発スタイルやパートナー会社との連携

    仮想ECUやデータドリブン開発プロセスが導入されれば、従来のモビリティ開発と比較し、フローは大きく効率化されることが期待されます。しかしながら、こうした新しい開発スタイルに変えることは容易ではないと、田内と共に開発に取り組む技術企画部 バリューチェーン基盤企画室の三宅 正人は語ります。

    「実際のアウトプットを確認しながら適宜仕様を変更していく開発スタイルが、これからの時代の前提になっていきます。これまでモビリティ製品の量産開発の主流だったウォーターフォール型の開発をまったく新しい開発スタイルに変えることになるため、移行の難易度は高くなると予想されます。まずは、先行開発から事例を増やしていき、量産開発に移行していければと考えています」(三宅)

    ただ、そうした開発スタイルにシフトしていくことは、技術的にも、ビジネスの慣習的にも乗り越えるべき壁があると、三宅は語ります。

    「これまではお客様から仕様書をもらって、それに従ってソフトウェアを開発するというフローでした。役割分担としては、仕様書はお客様の責任で、開発部分の責任をデンソーが負うという体制だったんですね。これがデータドリブン型の開発になるとその責任範囲が混ざり合っていきます。こうしたビジネス的な責任分担の調整は、今後突破していかなければならない課題だと思います」(三宅)

    一方で、モビリティ以外の領域では仮想化された開発環境の先行例があります。トイプログラミングやIoTデバイスの作成などで用いられるRaspberry Piは、AWS(Amazon Web Services)が独自に設計したプロセッサであるAWS Gravitonにてインスタンス(※)を立て、クラウドと実機を行き来した開発が可能になっています。三宅は「同様の取り組みを、モビリティの開発にも導入していきたい」と語ります。

    「クラウド上に仮想ECUのインスタンスを立てることにより、複数チームでの開発がより効率良く行えるようになります。これまでは、別の拠点にいるチームには、ECUの実機を貸し出して性能テストをしてもらわなければならないというフローでした。しかし今後は、例えばドイツで開発中のハードウェアに、アメリカで開発したソフトウェアを配信するなどの、距離を超えた連携がリアルタイムに可能になります。もちろん、社内だけではなく、仕入先や協業先との共同開発の効率化にもつながると考えています」(三宅)

    ※インスタンス・・・オブジェクト指向プログラミングにおける概念のひとつ。クラスと呼ばれる設計図に基づいてつくられたオブジェクトそのものを指す言葉

    クルマも街も、私たちの暮らしも、アップデートし続ける未来へ

    デンソーはさらに、ひとつひとつのECUが制御している多様な機能をグルーピングし、車両全体で統合制御しようとする「統合ECU」の開発も進めています。ECUを統合化することによって、複数の機能を跨いた制御が行えるだけでなく、モビリティのシステム自体をOver The Air(OTA)、つまり無線経由で更新することも可能となります。

    関連記事:激変するモビリティアーキテクチャ、カギは「統合ECU」|DRIVEN BASE(ドリブンベース)- デンソー

    ECUの仮想化と統合化が進んでいくと、ひとつの開発プロセス上であらゆるクルマのソフトウェア開発が行えるようになります。デンソーは、データドリブン開発プロセス上にモビリティを模擬したバーチャルモックを構築しようと構想しており、バーチャルモックを用いれば、実機で行っている性能テストのほとんどもクラウド上で完結します。そうなるとクルマの開発スピードは大幅に短縮され、販売後のソフトウェアアップデートも頻度高く行えるようになると田内は語ります。

    「そういう未来が実現すると、さまざまな企業がクルマ向けのサービス開発に参入するようになり、これまでにないような価値や体験が次々と創出されていくでしょう。やがてスマートフォンのようにカスタマイズやパーソナライズができるようになると、クルマはただの『移動手段』ではなく、生活に欠かせない『ライフパートナー』になるに違いありません」(田内)

    ECUのみならず、クルマ全体における開発プロセスづくりに取り組むデンソーの強みはどこにあるのでしょうか。三宅は次のように解説します。

    「従来の車両のアーキテクチャを理解し、車載システム全体をオーケストレーションできることがデンソーの強みだと考えています。また、従来の車載品質を理解しているため、バーチャル環境でも同様の品質担保ができることも強みでしょう」(三宅)

    将来的にデータドリブン開発プロセスは、クルマの枠を超え、社会全体に貢献範囲を広げていくことも見据えています。

    以前の記事では、EVをひとつの電池として捉えたときに、充電器や蓄電池と組み合わせてビル全体の消費電力をコントロールしたり、緊急時に電力供給を行ったりするなど、EVを基盤として多様なサービスの展開が検討できると紹介しました。

    関連記事:EVの普及によって生まれる、エネルギーと暮らしのイノベーション|DRIVEN BASE(ドリブンベース)- デンソー (denso.com)

    EVが暮らしの中心となった社会においても、データドリブン開発プロセスが多様な価値やサービスづくりの基盤になっていくだろう、と田内は語ります。

    「EVだけでなく、インフラやエネルギーマネジメントに関するサービスもクラウド上で開発できるようにしていきたい。例えばエネルギーマネジメントの観点であれば、近距離のみを運転するドライバーがいたとして、電費をよくするために、目的地までの最適ルートの計算やエアコンのコントロールなどを、事前にクラウド上でシミュレーションすることが可能となります」(田内)

    ECUからクルマ、クルマから社会へと、モビリティの価値の輪を広げていく。デンソーはモビリティ社会のTier1として、さまざまなイノベーションを引き起こす土台のSDxを牽引していきます。

    技術・デザイン

    執筆:inquire

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    https://www.denso.com/jp/ja/driven-base/tech-design/sdx/

    ・現在、ソフトウェアがクルマの価値(機能・性能)を左右し、購入後もその価値がアップデートされ続ける「ソフトウェア定義型自動車(Software Defined Vehicle:SDV)」の時代が訪れている

    ・ソフトウェアファーストなモノづくりに対応するためには、開発環境やプロセスそのものを変えていく必要がある。デンソーでは「仮想ECU」でのソフトウェア開発を進めることで、バーチャル環境上のECUでテストを行い、開発効率を高めようとしている

    ・また、クラウド上にデータドリブンなソフトウェア開発のための「データドリブン開発環境」を構築し、仮想ECUのアーキテクチャ上でソフトウェアの構想、実装、性能テスト、運用までのプロセスを行える環境を目指している

    ・「モビリティ社会のTier1」を掲げるデンソーでは、そうしたデータドリブン開発プロセスを活用することで、EVだけでなく、インフラやエネルギーマネジメントに関するサービスもクラウド上で開発できる体制を目指していく

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