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DIALOG:社外取締役対談

透明で多様性あるガバナンスと企業価値の持続的向上に向けて

2022年、デンソーのガバナンス改革は大きな節目を迎えました。引き続き社外取締役を務められる櫛田氏、三屋氏のお2人に、一連の取り組みの評価や今後への課題などを自由に論じていただきました。

  • 社外取締役 櫛田 誠希

    日本銀行を経て、日本証券金融株式会社取締役兼代表執行役社長を務める。2019年から現職。

  • 社外取締役 三屋 裕子

    スポーツ界の要職を歴任、株式会社SORA代表取締役などを務める。2019年から現職。

スキルマトリックス開示の意味

櫛田 デンソーはガバナンス改革に真摯に取り組んできた会社です。監査役会設置会社の形態を取りつつ、監督と執行の分離、モニタリング機能の重視といったコーポレートガバナンス・コード(以下「コード」)の要請にしっかり対応している。例えば「役員指名報酬会議」は、2016年に設置された当初は「諮問機関」との位置付けであったのが、2021年「決定機関」に格上げされ、独立社外取締役の発言力が一層強化されました。

三屋 デンソーを見ていて感心するのは、常にPDCAを回し続ける姿勢です。1年やってみてうまくいかない施策は、バッサリ変える。私たちの取締役会での発言にも、何らかのボールを打ち返してきます。そういうところがデンソーは真面目で、おそらくコード導入以前からガバナンスの下地ができていたのでしょう。
ただ、グローバル基準での監督・執行の分離には、まだ課題を残していると思います。

櫛田 このほど取締役ごとのスキルマトリックスが開示されましたが、これには一般的に2つの意味合いがあります。
第一に、企業自身が「ボード全体にどんなスキルセットを求めているか」の表現です。製造業では通常、モノづくりの知見が重視され、したがって執行側が多いボード構成になるわけですね。一方、社外取締役には、企業経営、ガバナンス、財務・会計や人事などの知見が期待されることになります。
第二に、そうした構成をめぐる投資家と企業自身の考え方のズレを調整していくことです。ここは世の中の変化にも影響される動的な部分だと思います。

三屋 取締役会の多様性確保は重要なテーマですが、それをスキルマトリックスだけで把握するのは難しい面があります。社外取締役にしても、選任されるにはそれなりの実績や年齢が必要で、ややもすると「異業種だけど同質」な構成になりかねない。外部環境では近年、マーケットインの発想が求められ、また電動車の台頭などクルマづくりの常識が一変しつつあります。こうした変化へのスピーディな対応には、女性や外国人の活躍推進とはまた別の、より根本的な多様性が求められるでしょう。

役員報酬改定の2つの狙い

櫛田 今回の役員報酬改定の大きな狙いは、社内役員に対するインセンティブ強化、そして中長期的な企業価値へのフォーカスです。
インセンティブ強化に関しては、報酬全体に対し、基本報酬の占める割合を40~50%まで下げ、業績連動報酬の割合を高めます。また、個人の成果評価に応じた報酬差も±20%に拡大します。
一方、会社業績に関しては、連結営業利益に加え、ROICとサステナビリティ評価を新たに評価対象として導入します。ROICを入れたのは、資本効率を重視する姿勢の表れですね。そして、ここにESG視点が加味されます。様々なステークホルダーを意識しつつ、企業価値を持続的に高めていくための仕掛けです。

三屋 最初この案を見た時、結構思い切った内容だな、と思いました。結果次第で報酬が大きく動く厳しい評価体系ですし、非財務の指標を入れたことも画期的です。役員の皆さん にそれだけの覚悟を求めているわけですね。少なくとも日本の経営環境では、実にドラスティックな試みだと思います。

櫛田 こういう制度が機能するためには、個々の納得感を高める努力が大切です。達成目標の共有・可視化、結果の振り返りといった丁寧なマネジメントが必要になってきます。

Reborn21から2025年中期方針へ

櫛田 Reborn21の取り組みは、品質問題に限らず、足元の状況全体を見つめ直す貴重な機会となりました。例えば、未来に向けて大掛かりな投資を行うには、一方で経営効率 向上の努力が欠かせません。また、多様な人財が力を発揮するためには、働き方や組織のあり方をアップデートする必要があります。こうした基盤強化を全社一丸で進めたことは、デンソーにとって大変良かったと思います。

三屋 企業は大きくなると、しばしば情報が上から下への一方通行になります。また、日本の大企業の多くは、現在何らかの構造転換を迫られています。日々のキャッシュは従来の基幹事業が稼いでいるのに、経営資源の配分は、まだ成果に乏しい将来の成長分野に集中する。現場の人たちからは当然、不満が出てきます。企業の過渡期特有のこの問題に、デンソーも無縁ではなかったでしょう。
そういう意味でReborn21は、結果的に最高のタイミングで実施されました。コロナ禍においても感染対策を徹底しながら、様々な議論の場が設けられ、社員同士が本音をぶつけ 合いました。品質問題そのものは二度とあってはならないことですが、怪我の功名という見方もできるでしょう。

櫛田 そうした成果を踏まえつつ、今回新たな2025年中期方針が策定されました。幅広い取り組み内容が列挙されていますが、カーボンニュートラルに向けた事業ポートフォリオ変革という大きな方向性は、すでに示されています。あとはそれらを具体的な年度計画に落とし込み、スピード感を持ってやり切るのみです。

三屋 この新たな方向性には、最終消費者への意識が欠かせません。例えばDX推進にしても、消費者のデータがベースとなるわけです。データの活用とBtoC視点を軸に、従来とは異なるビジネスの流れができてくる。それを前に進めるのは人財の力です。ヒトづくりや人財確保といった「人事戦略」を具体的にどう詰めていけるか、しっかり見ていきたいと思います。

櫛田 これからデンソーを牽引していくのは、主体的な問題意識と前向きな未来志向を持った人財です。この大変革期を「100年に一度のチャンス」と捉えられるヒトづくり、そうした人財が自由にチャレンジできる組織づくりが、重要になってきます。

三屋 デンソーが様々なスポーツを支援する意味が、そこにあるのではないでしょうか。常に世界にチャレンジし、スポーツを通して人々の心を明るくするアスリートの姿は、デンソーのヒトづくりに貴重な示唆を与えてくれるはずです。

新たなガバナンスのステージに向けて

櫛田 新たなテクノロジーは、技術的に可能なだけでは実現できません。例えば自動運転には、道路(インフラ)、交通ルール(規制)、人々の交通安全意識といった幅広い要因が関係しています。したがってその実用化には、多方面からの社会への働きかけが欠かせません。カーメーカや他の部品メーカも含め、「外」の動きに目を配り、積極的に仲間を増やしていく姿勢が、企業価値向上の条件になっていくでしょう。

三屋 有用な知見やアイデアは、しばしば「外」から表れてくるものです。そうした外への窓を他人任せにせず、一人ひとりが自前のネットワークを構築していくことが重要です。そうした取り組みがその人自身の成長、ひいては企業価値の最大化を可能にするからです。
デンソーの方々はその点、少々真面目すぎる気がします。社外役員に対しても変な遠慮は無用です。櫛田さんやシュメルザイスさんの幅広い知見、ネットワークをもっと活用されてはいかがでしょう。もっと私たちを使い倒してほしいのです。

櫛田 デンソーのガバナンスは今、新たなステージを迎えました。将来のデンソーの発展につながる経営、ガバナンスのあり方を、自ら能動的に模索する段階がきたのです。そこでは従来にも増して、社内・社外の忌憚のない意見交換が重要になります。今後も刈谷のデンソー本社にも積極的に出向き、様々なコミュニケーションの機会を確保していきたいと思います。