DRIVEN BASE

社長COO MESSAGE

新たな価値を創造し続け
変化の時代を力強く生き抜く企業へ

社長就任への想いと決意

2023年6月に代表取締役社長兼COOに就任し、創業以来70年以上にわたり脈々と受け継がれてきた経営の襷(たすき)の重みに、身の引き締まる想いです。先人の方々が積み上げてきた経営基盤を受け継ぎ、より強固に成長させるとともに、その歴史の中で培ったデンソーらしさを持って、変化の時代の中で新たな価値を生み出し力強く生き抜いていく企業へと進化・飛躍させるべく、ステークホルダーの皆様の支えのもと全力で取り組んでいきます。

近年、新型コロナウイルス感染症の世界的な拡大とそれに伴う経済の混乱や、地球環境問題の進行など、世界は急激な環境変化に直面しています。自動車業界では半導体不足が深刻化しましたが、地経学的分断がより現実味を帯びる中で、資源・資材の安定供給は広く社会で課題になっています。また社内では、過去にない規模の品質問題の発生など、自分たちの本質を見つめ直す時期でもありました。

デンソーとは何者なのか、変わりゆく社会の中で何を成し遂げることができるのか。自社の根幹と向き合う只中でのこの度の社長就任の命は、変わりゆく時代にふさわしい形で自動車業界に貢献せよ、との天命だと受け止めています。大変な重責ではありますが、社長という大役に就き、このご縁に感謝すると同時に、デンソーという企業の成長を率いて企業理念を実現させることへの覚悟を新たにしています。

デンソーは環境と安心の取り組みを通じて、「地球に、社会に、すべての人に、笑顔広がる未来を届けたい。」という2030年長期方針のもと、事業を推進してきました。社会全体・自動車業界が環境変化に直面する中、将来にわたってすべての人に笑顔を届けるためには、安心、かつ環境にやさしい高付加価値な事業を通じて循環型社会を具現化し、人々の幸せが相互につながる「幸福の循環」を社会全体に広げていくことが必要であると考えています。

グローバル約17万人のデンソー社員一人ひとりが、内発的な想い・志を共鳴させ、明日の価値を生み出すための一歩を踏み出す原動力として高め合うことで、社員も含めた社会の幸福循環を促進することが、私の使命だと受け止めています。

自身のルーツとマネジメントとしての信念

私の人生は、常にモノづくりとともにありました。三重の小さな町工場を営む家庭に生まれ、幼い頃からモノづくりに触れて育ち、高校進学後に自らの進路を選択する際にも、生産管理や品質管理を大学で習得する道を志し、学位取得後は導かれるようにモノづくり・品質管理に強みを持つデンソーに入社しました。しかしながら、入社後は電子技術部でソフトウェア開発を担当することになり、想定外の社会人生活の幕開けに、正直、当時は戸惑いも覚えました。今振り返れば、ソフトウェアを基軸とした自身の技術者としての基盤固めはそこから始まり、現在までつながる道となっていることを感じます。

そこで担当したのはディーゼルエンジンECUの設計。当時、エンジンを完全に電子制御することは、性能面、機能安全面でのハードルが高く、実質的には不可能とさえいわれていました。それでも、リーダーの指揮のもと、チーム全員が「完全電子制御こそがディーゼルによる環境汚染を撲滅するために最も有効な手段である」と信じ挑んだ、“世界初のディーゼルコモンレールシステム実用化”への道でした。

システム・メカ・エレクトロニクス・ソフトウェアという、技術バックグラウンドや考え方が異なるメンバーが、「ゼロからイチをつくる」、「これで世界を変える」という一つの志を共有し、振りかかる難題から目をそらすことなく真剣に向き合い、突き進む日々。世界初に挑むということは、すべてに前例がないという過酷な挑戦です。超えられない技術の壁、さばき切れないタスク、迫り来る納期、そして、一つにならないチーム…、多くの課題や失敗、悩みや苦しみに直面しました。

押しつぶされ、心が空っぽになり出社できなくなったことがあります。自分が情けなく、もう仕事を辞めるしかないかと考えた時に、上司からもらった今も忘れられない一つの言葉、「すべての荷物を降ろしていいぞ。後は何とかするから」。今思えば、その一言が自分自身を見つめ直し、自分の働きがいを再構築するきっかけになったのだと感じています。

一つの課題に向かい、その日の最善を尽くす。大きな壁にぶち当たり悩み苦しむ時は、上司・先輩・友人と話し、書籍から先人の知恵を借りる。技術だけでなく、組織マネジメント・心の持ち方など、様々な壁を乗り越える考え方を学ぶ。学んだことを仕事の中で実践する。ただそれだけの、しかし、果てしなく繰り返す挑戦・失敗・学びの積み重ねの中で、自らの歴史観や世界観が育ち、自身の価値観が磨かれていくのを感じました。物事を前向きに捉え、人から素直に学び、感謝の気持ちを持って実践してみることは、自身の信条でもあり、現在の行動・決断の力となっています。失意の底で何気なくかけられた一つの言葉が、事態を好転させる契機となったかつての経験は、自身の組織マネジメント像の礎でもあります。

デンソーとは何者か? 3つの“デンソーらしさ”

デンソーには、過去から脈々と培われてきた企業の軸・強みである“デンソーらしさ”があります。

まず挙げられるのは、社会に新たな価値を生み出す源泉、“人”です。デンソーは1949年の創業以来、“人”を最重要経営資源と位置付け、モノづくりを支えるヒトづくりに注力してきました。グローバル約17万人の多種多様なプロ集団が、「必ず実現させる」という強い意志を持って、時流に先んじた価値の創造に挑戦する。これは、一朝一夕では決して築くことができない、デンソーの最大の強みだと確信しています。

2つ目は、多様なお客様ニーズに寄り添い、製品としてつくり上げることができる確かな技術力・製造力です。創業から取り組んできたメカ領域に始まり、エレクトロニクス、ソフトウェアと、それぞれの領域で技術を磨き上げるだけでなく、それを最適なバランスで組み合わせ、高品質な製品として実装・量産する技術力・製造力が培われてきました。これは、過去・現在・そして未来の変わりゆく社会課題を解決するための大きな武器となります。

3つ目は、自由闊達な組織風土です。社員および組織が、より高みを目指して成長するには、労使相互信頼のもとに育まれた活気あふれる職場風土が欠かせません。デンソーでは、数々の危機を乗り越える中で、異なる知見を持つメンバーが安易な妥協を許すことなく意見を交わし、知恵を絞って、互いの強みを最大限発揮し、課題解決を完遂する風土が育まれてきました。手段の違いを超えた「共通の目的」に目を向け、デンソー最大の強みである多様な“人”の力を、高次元で調和する力が備わっているのです。

さらなる企業成長に向けた取り組みと達成目標

創業以来培ってきた強みを、現在、そして未来の社会において価値を生み出すための資本とし、環境・安心・共感の実現を通じた社会課題の解決と、デンソーの企業成長を両立させます。

2025年中期方針では、価値創出の最大化を目指しROE10%超を財務の最重要目標に掲げ、資本コストを意識した経営への変革を果たすべく、社員一人ひとりにROIC経営の意義と企業価値向上意識を浸透させてきました。取締役の業績連動報酬基準へのROIC追加や、目標の開示を通じ、マネジメントのコミットメントも明確にしています。これらの取り組みの積み重ねが確実にROIC向上に寄与していることを実感しており、今後も目標達成に向けさらに企業体質に磨きをかけていきます。

また、2025年営業利益率10%、ROE10%超の目標に向けた中間目標として、2023年度は売上収益6.7兆円、営業利益率9.0%、ROE9.3%を見込んでおり(2023年度第1四半期決算公表時点)、2025年目標の実現の確度が高まりつつあります。市場の皆様のご期待に沿うべく、2022年度に続き2年連続での過去最高益更新を掲げ、規律を持った成長投資のバランスを見極めていきます。

環境理念の実現に向けては、カーボンニュートラルに貢献すべくBEVをはじめとする電動車の普及により一層注力します。デンソーは、電動領域における技術開発やグローバル生産体制拡充を他社に先んじて実行してきました。車両の電動化が加速する中で、幅広い出力領域をカバーする豊富な製品ラインナップとお客様の多様なニーズに応える提案力は当社の強力な優位性です。電動化の主力製品の一つであり世界シェアNo.1のインバータは、日本と北米、中国で量産を開始していますが、2023年度は欧州でも生産を開始し、 2025年度1,200万台/年の目標に向け、生産能力増強と着実な拡販を遂行します。

安心理念の実現においては、先進安全技術開発への注力で、交通事故死亡者ゼロの自由で安心な移動ができる社会を目指します。当社は、1980年代から衝突・予防安全製品を提供するなど、早くから世界の交通事故死亡者低減に向け取り組んできました。2022年より、事故カバー率を大きく向上させる第三世代運転支援システムの量産が本格化し、安全価値のグローバル提供が順調に進展しています。今後はデンソーが持つセンシング・半導体技術とアルゴリズム・ソフトウェア技術の強みを組み合わせ、高付加価値製品を提供することで、成長力と収益力の加速を図ります。

交通事故死亡者を発生させない安心な社会を実現するためには、自社だけではなく、関係省庁やカーメーカ、他業界と連携し、人・クルマ・交通環境が一体となって対策することが必要です。デンソーは、一般社団法人日本自動車部品工業会の一員として、関係各所への働きかけも率先して取り組んでいきます。

クルマの電動化・知能化が進む中で、その機能向上を担う半導体の技術進化と安定調達・供給にも取り組みます。近年、新型コロナウイルス感染症の拡大などの影響で、自動車業界では深刻な半導体不足に陥りました。逼迫状況は足元で改善傾向にあるものの、クルマにおける半導体の重要性が高まる中、より良い製品を社会に届けるために、さらなる技術開発と調達基盤の盤石化は不可欠です。

デンソーは、自動車・半導体領域での半世紀以上にわたる経験・知見をもとに、先端技術開発から生産体制まで一貫して強化します。研究開発子会社での最先端技術開発だけでなく、先端半導体の国産化に向け設立されたRapidus株式会社への出資などを通じ、2nm以下の次世代半導体の開発を進めています。生産・供給面では、ユナイテッド・セミコンダクター・ジャパン株式会社との協業や、TSMC子会社への出資などのパートナー企業との連携強化を通じ、さらなる安定供給体制を確保しています。また調達面では、サプライヤー様との長期確定発注契約締結や代替部品切り替えの体制など、自動車産業特有の業界慣習の見直しまで踏み込んで安定供給に向けた活動を進めています。自動車と半導体の両業界に長く携わり、深く理解している会社として、両業界がともに成長するための懸け橋となり、サプライチェーンの最適化をリードしていきます。

電動車の電力マネジメント、AIによる自動運転など、 環境・安心の理念実現のためにソフトウェアが果たす役割はますます大きくなっています。当社は業界に先駆けてソフトウェアを重点領域と定め注力してきましたが、ソフトウェア領域では今後3つの戦略を柱として活動を加速します。

1点目は、クルマ全体視点でのクロスドメイン開発の強化です。当社はクルマの全機能ドメインにおいてソフトウェアのノウハウを蓄えてきました。今後クルマがさらに高度化し、クルマと人、クルマと社会が多様な形でつながっていく中、クロスドメインでのソリューションによりお客様価値最大化を実現する提案を進めます。

2点目は、基盤ソフトウェアの標準化推進です。ソフトウェア開発の増大・複雑化は業界全体の課題です。カーメーカがクルマごとに異なる魅力を生み出すことに注力できるよう、業界の皆様との議論を通じ、協調すべき領域においては基盤となるソフトウェアの標準化に貢献していきます。

最後は、グローバル開発体制のさらなる強化です。2025年度に12,000人の開発体制を実現するとともに、人財の「質」を大幅に高めるべく、他分野からの転身リカレントも含めソフトウェア人財のスキルアップ・キャリア開発を強化することで、人財育成や人財ポートフォリオの充実を図ります。

「ソフトウェアは手段であり、お客様価値向上が本質である」。この考え方を忘れずにソフトウェア開発力強化に取り組んでいきます。

これら成長領域においては、より尖った技術開発と市場にフィットした開発スピードを意識し、開発体制を変革させていきます。デンソーは過去10年間で研究開発投資と設備投資を合わせて業界トップレベル水準である約8兆円を将来成長領域への投資に振り向けてきました。諸外国企業やIT企業など、従来のデンソーの開発スタイルと異なる企業が参入する中で、当社がこれまで持つ強みを保持しながら競争力を高めていくためには、経営戦略に連動したメリハリのある研究開発投資が肝要です。将来価値を生む競争力の源泉たる研究開発費は、今後も積極的な投入を続けながら、より質の高いアウトプットを生み出す資源配分へとシフトさせます。これらのアウトプットとして、今後10年間で約10兆円規模の将来投資を力強く実行していきます。

開発スピード向上の観点から、開発から製造までのバリューチェーン全体で、仕事の進め方の見直しも敢行します。グローバル本社である日本と、世界各地に広がる拠点の役割を再定義し、日本は開発戦略を担う司令塔として各地の情報の収集・分析・戦略立案と実行管理力を強化するとともに、海外拠点は各地域市場の変化の兆しを捉えた開発への集中度を高め、時流に先んじた大胆な開発を後押しします。

将来にわたり成長を続けるための最適な布陣を追求し、事業ポートフォリオの入れ替えも着実に遂行しています。「理念の実現」「成長性」「収益性(ROIC)」の3つの軸で全事業の方向性を判断し、「成長」領域と「総仕上」領域を明確に層別して社内議論を進めています。成長分野であるCASE・新事業領域においては、社内に保有する蓄積してきた内製競争力の強化・拡張だけでなく、シナジーを発揮できるパートナー企業とのアライアンスも活用していきます。

2022年度までの5年間で約40社、約2,700億円のアライアンス投資を実施してきましたが、さらなる成長に向けたアライアンス戦略を加速させていきます。一方の「総仕上」事業においては、QCD(品質・コスト・納期)の信頼の置けるベストオーナーと当社が持つ技術・モノづくりを融合させ、内燃機関の製品力向上を目指します。こうした取り組みにより、内燃機関車や電動車など自動車市場全体で、消費者にとって性能面においても価格面においても魅力ある製品ラインナップを揃えるとともに、カーボンニュートラル社会の早期実現に貢献できるものと考えています。これまでにも、フューエルポンプモジュールやⅢ型オルタネータの事業譲渡を実施し、 2023年度はスパークプラグや排気センサなどの事業譲渡の検討を開始しました。当該製品で培った要素技術、ノウハウ、人的リソースを次なる成長領域で活用することで、新たな企業価値創出にシフトしていきます。

これら短期・中長期両面で設定した目標に実直に向き合い、ステークホルダーの皆様とともに課題を乗り越えていくことで、2023年度も前年度に引き続き、必ず過去最高益を達成できると確信しています。

最後に

デンソーは、これからも環境と安心の理念のもと、持続的に企業価値を高め、社会の皆様から共感していただける会社になれるよう、人々の幸福がつながる「幸福循環社会」の実現に向けて邁進していきます。

社内はもとより、サプライヤー、カーメーカ、株主の皆様など、様々なステークホルダーとのオープンな対話を積極的に行うことで、多くの学びや気づきを経営にフィードバックし、社会に価値を提供できる企業としてあり続けたいと考えています。投資家をはじめとするステークホルダーの皆様との対話機会を大切にし、戦略の加速に加え、その進捗や成果の発信も拡充していく所存です。

会社を応援してくださる株主の皆様には、DOE(株主資本配当率)を意識した長期安定的な還元と機動的な自己株式の取得を通じ、ご期待に応えていきます。昨今、日本企業のPBR(株価自己資本倍率)改善への注目が高まっていますが、皆様から多くのご支持をいただき、デンソーは業界内では比較的高水準を維持しています。現状に満足することなく、着実な企業成長と提供価値に連動した適正な株価上昇を目指すべく、今後とも、皆様からの温かいご支援を賜りたく、どうぞよろしくお願い申し上げます。

私自身の経営者として最も重要なミッションは、社員の力を最大限に引き出すことだと考えています。前述の目標に向け着実に成長するために、社員一人ひとりが価値を生み出し社会に届ける存在であるべく、個々人がそれぞれに安心して挑戦を続けられるような環境をつくること、それは、自分自身がかつて上司から受け継いだマネジメント像の一片でもあります。

CASEの進展により自動車業界が大変革期を迎える中、長年、エレクトロニクスとソフトウェアに携わってきた自分だからこそ果たせることがあると信じ、過去先人たちが積み上げてきたデンソーらしい経営をさらに進化させ、社会に価値を生み出し、着実な成長を遂げるための経営を執り行うことをお約束します。

 

2023年9月

代表取締役社長  COO 林 新之助

S.Hayashi