DRIVEN BASE

DIALOG:社外取締役鼎談

変わりゆく事業環境を生き抜く経営体制/コーポレートガバナンス構築に向けて

「Reborn21」「2025年中期方針」の策定を経てデンソーは2023年6月、新たな経営体制に移行しました。
今回の新体制発足が持つ意味、デンソーのコーポレートガバナンスやサステナビリティ経営の現状や課題について、新社長選出にも深く関わった社外取締役お三方に自由に論じていただきました。

  • 社外取締役 Joseph P. Schmelzeis, Jr.

    株式会社セガ取締役や駐日米国大使館首席補佐官を経て、Cedarfield合同会社職務執行者を務める。2022年から現職。

  • 社外取締役 櫛󠄁田 誠希

    日本銀行を経て、日本証券金融株式会社取締役兼代表執行役社長を務める。2019年から現職。

  • 社外取締役 三屋 裕子

    スポーツ界の要職を歴任、株式会社SORA代表取締役などを務める。2019年から現職。

足元の外部環境変化と中長期の課題にバランス良く対応

櫛󠄁田 ここ数年は新型コロナウイルス感染症をはじめ様々な問題が起きていますが、デンソーは経営のコントロールで事業面・ガバナンス面への影響を最小限に抑えられていると捉えています。取締役会ではこの間、CO2排出量の削減や電動化シフトといった、より中長期の戦略を議論してきました。これは製品のモデルチェンジに数年のスパンを要する自動車業界ならではの特徴でしょう。「2030年長期方針」や「2025年中期方針」に示された、その方向性は概ね妥当と評価しています。

シュメルザイス コロナ禍に伴う供給混乱や近年の地政学的緊張により、特定の国・地域への依存の弊害が、改めて浮き彫りになりました。サプライチェーンのレジリエンス確保が喫緊の課題となる中、経営陣はそうした問題意識を持ち、それを投資戦略にも反映させていると思います。

三屋 時期的にコロナ禍に重なって起きた品質問題は、デンソーの真価が問われる大きな出来事だったと見ています。経営の基盤を揺るがす事態に対し、当時の有馬社長(現会長)が見事なリーダーシップを発揮されました。変革プラン「Reborn21」を迅速に打ち出すとともに、CCRO(Chief Corporate Revolution Officer)の陣頭指揮により、経営陣の本気度を見せつけました。また、より風通しの良い組織づくりに向けて、社内で徹底的な話し合いが重ねられました。こうした取り組みによる品質・リスクマネジメントの抜本的向上が、その後、世界的な半導体不足を全社一丸となって乗り越え、2022年度に過去最高益を達成する原動力になったと考えています。

デンソーはCASE領域の研究開発に多額の費用を投じています。ここで難しいのは、そうした開発の原資を、将来的に縮小が見込まれる内燃領域の稼ぎで捻出していることです。縮小事業に携わる社員たちの気持ちに寄り添いつつ、着実に成長領域へのシフトを進めるデンソーの姿勢は、非常にバランスが取れていると感じます。

「人」を大切にする経営姿勢

櫛󠄁田 人的資本経営には様々な側面がありますが、まず重要なポイントとして、社員エンゲージメントの向上が挙げられます。企業の価値創出のあり方に共感し、その経営課題を自分ごととして動いてくれる社員を増やしていくには、経営側の考え方を社員と積極的に共有していく姿勢が不可欠です。「Reborn21」が好例ですが、デンソーはこうした社員とのコミュニケーションを非常に密に取っています。

また、社員エンゲージメントにも関わる要素として、職場環境の充実も重要です。この点、デンソーはコロナ禍が一段落した後も、テレワークなど多様な働き方を引き続き推進する立場を取っています。こうした取り組みを通じ、時間をかけて実現していくのが、人的資本経営であると考えています。

シュメルザイス ポートフォリオ変革の鍵を握るのは、人財の専門性です。執行側もそれは十分意識し、技術者のリスキリング、中途採用の拡大など適切な施策を推進しています。

新たな事業領域では、世界的IT大手との熾烈な競争が予想されます。彼らにはないデンソーの強みとは、モビリティの安心・安全を支え続けたレガシーであり、トヨタグループのみならず、海外を含む様々なカーメーカや国内外の業界で長く培ってきた信頼・評価です。それは、外部との協業においても基礎となる、他社には容易にコピーできない部分だと思います。

三屋 取締役会では、細かな数値の動向もさることながら、「人」に関する議論が一番の焦点となります。社外取締役として私たちは、ポートフォリオ変革を積極的に推奨する立場にありますが、一方で執行側は、「縮小事業」を将来に向けて社会全体で生み出す価値を最大化するための「総仕上事業」と位置付け、既存事業の縮小により影響を受ける社員・お客様への丁寧な説明を心掛けています。こういう経営姿勢が、デンソー社員の高いロイヤルティやコンプライアンス意識にもつながっていると思います。

シュメルザイス ポートフォリオ変革に際してお客様への影響まで考慮するというのは、アメリカ人的な感覚では少々驚く部分です。ただ、そうした姿勢こそが、デンソーブランドの持続性をもたらしていることは確かだと思います。

「チーム林」の新体制で変革をリード

櫛󠄁田 2023年6月、8年社長を務められた有馬さんが会長(CEO)職に就き、林新社長(COO)の体制がスタートしました。この社長交代に際して、私たちは3年以上前からサクセッションプランを立ち上げ、役員指名報酬会議で次期社長の選考を重ねてきました。同会議のメンバーは有馬社長(当時)も含め全5名で、うち社外取締役が3名と過半数を占めています。私は議長として、次期社長に最もふさわしい人物が、公正な基準・適切なプロセスのもと選出されるよう留意しました。具体的にはまず、デンソーの経営トップに求められる資質—「倫理観」「信頼性」「タフネス」「責任感」「前向きさ」の5つのパーソナリティ、「決断力」「戦略構築力」「リーダーシップ」の3つのスキルの軸で評価し、その上で何人かの候補者と面談し、社内の意見も参考にその印象を話し合いました。そしてその結果、新リーダーとして、林新社長の選任に至りました。

林新社長の強みはソフトウェアやデジタルの専門的知見にあり、そうしたバックボーンと、社内のハードやメカの知見を融合し、新たなデンソーの企業像を構築されていくことを期待します。確固たる信念と、組織をまとめ上げていく力を兼ね備えた人物であり、非常に良い人選だったと思います。

三屋 サクセッションプランの立ち上げは、ご自身の後継者を育成したいという有馬前社長の強い意向によるものです。選考プロセスはこれ以上ないくらい丁寧に、手順を踏んで実施されました。

新たに誕生した経営陣は、林新社長を中心に、有馬会長や松井副社長などが後方から支える「チーム林」体制です。考えてみれば、デンソーのような巨大企業がグローバルな事業変革を志向する場合、焦点となる成長分野への知見を持ったリーダーをトップに据え、みんなでサポートしていく形が合理的です。今回の選考を通じて、社内の優秀な人財を数多く知り、デンソーへの理解がまた深まったと感じています。

シュメルザイス 私はこの新体制に非常に期待しています。まず林新社長は、自動車向けのソフトウェア開発経験が豊富で、確信を持って次の一歩を踏み出せる人物です。そしてその周囲には、手厚いサポートがあります。

特に有馬さんが会長職に残られたことは、経営上大きなプラスです。有馬会長は長い経歴を通じて各事業領域を知り尽くし、海外経験も豊富です。カーメーカのトップとの太いパイプを持ち、業界内でも一般社団法人日本自動車部品工業会会長という要職にあります。社長就任中の8年間に行った様々な意思決定の成否や教訓を、林新社長に承継することができます。

また、松井副社長(CFO)は、数字への強さと利益を最大化させる事業バランスを組み立てるセンスを兼ね備え、ポートフォリオの管理・変革に最適任の人物です。この3人がタッグを組むことで、強力なチームができ上がったと思います。

三屋 林新社長は話しやすい人で、何をいっても受け止めてもらえる度量があります。それに財務の専門家である松井副社長の補足説明も加わり、取締役会の議論がより分かりやすく、ますます活性化してきたと思います。

櫛󠄁田 林新社長は若手の意見なども吸い上げつつ、一方で大所高所から物事を見るスケール感の持ち主です。おそらくそれは、電子技術の視点から複数の事業部を全社横串で統合してきた経験や、持ち前の視野の広さ、人間力によるものでしょう。新体制の3人の関係も理想的だと思います。

より実効的な取締役会の運営へ

櫛󠄁田 デンソーのガバナンスの方向性は、経営と執行の分離を目指す点で、コーポレートガバナンス・コードの精神と一致しています。機関設計上は監査役会設置会社の形を取りつつ、役員指名報酬会議をはじめ、デンソーのガバナンス対応は実質的に指名委員会等設置会社と引けを取らないレベルまで来ています。取締役会議長を会長が務めるようになり、執行のトップである社長との役割の分離が明確になったことも、さらなる前進です。とはいえ、取締役会での議題の絞り込みに関しては、もう一工夫必要ではないかと思います。

これだけ環境変化が激しくなると、事業ポートフォリオや市場全体の動向を見据えた、より大局的な戦略に議論の時間を割きたいところですが、取締役会の決議事項が会社法で定められており、難しい面があります。個々の細々した案件をめぐる決議・承認に時間を取られがちなのが現状です。他方、中長期の大きな方針を策定する場合には、先に社内でボトムアップの議論が重ねられ、完成形に近い原案が上がってくる傾向があります。社内の風通しの良さゆえともいえますが、本来はもう少し早い段階から取締役会で議論し、大きな方向性を各部署に落とし込んでフィードバックを拾い上げていくべきではないでしょうか。

シュメルザイス 私はデンソーの取締役会に参加してまだ1年ですが、この間を振り返ると、確かに議題のスケール感はまちまちながら、大きな戦略を踏まえた議論はできているように感じます。私たちは忖度なく自由に発言していますし、議論も非常に活発です。私たちが外部の視点から適切な注意喚起をすることで、取締役会は十分機能していますし、それが社外取締役の役目になっています。新たな経営体制のもと、こうした傾向がより明確になっていくでしょう。

個人的には、もう少し海外のメンバーを交えた議論ができればと希望します。現地の生の声を聞くことは、取締役会の議論を活性化させるでしょうし、社員の士気向上にもつながっていくはずです。

三屋 取締役会において過去の投資案件のフォローアップがしっかりなされる点、さらにその丁寧さは素晴らしいと思います。 他方、より良い取締役会運営に向けて、事前説明のさらなる効果的な活用を希望します。取締役会本番の限られた時間を、個別案件の込み入った背景事情の説明で潰してしまうのは、もったいない。事前説明と取締役会の切り分けをもう一工夫していただければ、取締役会でより大局的な議論ができるようになると思います。

財務と非財務の連動に向けて

櫛󠄁田 2022年5月、役員指名報酬会議および取締役会の決定を経て、役員報酬の抜本的見直しを実施しました。ポイントは2つで、まず業績連動報酬のウェイトを高めること。従来、報酬全体の4割だった業績連動部分を、一般の役員は5割、社長は6割などへ引き上げました。第二に、業績連動部分のKPI(会社業績指標)として、従来の連結営業利益に、ROICとサステナビリティ評価を新たに加えました。資本効率とESGをより意識した経営姿勢の表れです。

このうちサステナビリティ評価は、職場安全や品質、環境課題に加え、社員エンゲージメントやダイバーシティ&インクルージョンの達成状況などが評価対象です。現在、業績連動部分の1割程度ですが、将来的な引き上げも想定しています。

三屋 財務上の効率性ばかり追求すると、安全などのその他の問題が犠牲になる傾向がありますが、その点、松井CFOも非財務の重要性を十分認識していることは心強いです。統合的な価値創出という考え方は、「人」を重んじるデンソーの経営とも親和性が高いと思います。サステナビリティ評価のKPIには、そうした私たちなりのこだわりを込めたつもりです。

シュメルザイス 役員報酬との連動も重要ですが、経営の前提として、物事を数値で把握・可視化する姿勢は大切です。例えば、CO2排出をお金の出納のように管理するカーボンプライシングの概念。ダイバーシティや社員エンゲージメントにしても、大規模なサーベイで自社の現状を認識することが、様々な取り組みの出発点になるでしょう。

櫛󠄁田 環境や社会課題に配慮した企業経営が、長期的には財務指標に好影響を与えるだろうというのは、現段階では一種の「信念」に過ぎないかもしれません。それでも、多くの人々がそうした信念をもとに行動を起こすことは有意義ですし、長期の視点でサービスやビジネスを考える格好の契機になるでしょう。また実際、諸外国ではダイバーシティ分野を中心に、一定の具体的成果が生まれつつあります。

デンソーが非財務のパフォーマンスと財務の連動を図るKPIを導入したことは、日本企業の立ち遅れが目立つ中、大きな意味を持ってくるでしょう。今後、適宜必要な手直しを加えつつ、このKPIを大事に育てていってほしいと思います。