DIALOG アナリスト対談
資本効率を高めるために、膠着的な産業構造変革に挑み、
さらなる企業価値向上を目指す
自動車部品セクターのトップアナリストとして知られる坂牧史郎氏、当社の松井CFOがこの激動の時代にあってデンソーが目指すべき方向性、果たすべき役割について語り合いました。
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BofA証券株式会社 ディレクター
(対談当時 大和証券株式会社 担当部長)
坂牧 史郎氏 -
代表取締役副社長
CFO
松井 靖
古い産業構造に風穴を
坂牧 2023年11月、トヨタ自動車株式会社、株式会社豊田自動織機、株式会社アイシンのトヨタグループ3社が、保有するデンソー株の売却をアナウンスしました。その後、貴社でも株式会社豊田自動織機、株式会社アイシンの全株売却を発表されました。この動きの背景には何があるのでしょうか。
松井 株式の政策保有という商慣行に、私は常々疑問を抱いていました。2016年、財務戦略を担当する役員になった時から保有株式を系統的に売り進め、これ以上の縮減には、トヨタグループ株の問題を避けて通れなくなりました。私たちにとって重要なのは、強固なガバナンスと資本効率、株主を意識した経営です。成長投資を加速し、競争力ある事業展開のためには、古い産業構造に風穴を開ける覚悟が必要です。資本関係がグループ内の結束を強化する側面が全くないとはいえないにせよ、子会社がグループ株を持つ合理性は乏しいし、時代にそぐわないでしょう。
こうした決意のもと、2年前から各社と粘り強い議論を重ね、先般の大筋合意に至りました。デンソー株の売却が先行したのは、持合い解消の流れをつくり出す呼び水です。当社は2023年度、トヨタグループ7社を含む8社の全株を売却しました。この流れが後戻りすることはありません。
坂牧 こういう動きはそれとなく感じていましたが、実際、一報に触れて驚きました。その売出しの規模にも、また貴社が実際に先陣を切って実行されたことにも、非常に感銘を受けました。
政策保有株式の縮減は聖域なく敢行する
坂牧 松井さんはその少し前、相当規模の自己株式取得に言及されましたね。株式を全額買い戻すという見方も多かったようですが、現実には一部の買戻しにとどまりました。
松井 キャッシュの使い道は成長投資を優先すべきですし、それに今回、株主構成の調整を図る絶好のチャンスだったからです。海外機関投資家と投資パターンの異なる個人株主の増大は、以前から大きな経営課題でした。両者の最適なバランスの実現は、株価の安定と資本コスト低減につながります。
そこで2023年秋、1対4の株式分割で投資の間口を広げた上、売り出されるデンソー株の8割を個人投資家に割り当てました。これにより、当社の個人株主は前年度末から約10万人増加しました。今後も幅広い株主から支持を得られるよう継続的に努力していきます。
坂牧 貴社の手元に残った他社の政策保有株式は、今後どうされるのでしょうか。
松井 聖域をつくらず、取締役会で毎年決定する売却方針に基づき、力強く縮減を進めていきます。2023年11月に縮減方針を示したトヨタグループのすべての部品会社株式については、従前から説明の通り、遅くとも2024年内には売却するか、あるいは売却までの具体的な道筋を示していきます。トヨタ自動車本体の株式も、定義上は政策保有株式ではないですが、例外なく縮減検討対象に含めています。また、グループ外では2024年5月、ルネサス エレクトロニクス株式会社(以下、ルネサス)の持分の半分以上を売却しました。こうした当社の取り組みに対し、マーケットの受け止め方はどうでしょうか。
坂牧 株式売却に向けて、デンソーの腹は固まったと見られているでしょう。少なくとも私はそう考えています。
松井 トヨタ自動車、ルネサスともに、当社の非常に大切なパートナーです。今後、仮に資本関係がなくなったとしても、これまでの関係性を維持し、さらに強化していくことができると確信しています。事業戦略上、保有に合理性がある株式以外は、原則すべて売却していきます。
成長投資を加速し、価値提供領域を非車載にも拡大
坂牧 他社株式の売却で創出される莫大なキャッシュは、どんな使途に充てられるのでしょうか。
松井 売却対象となる政策保有株式などの資産は、約2兆円に上ります。その売却益は、成長投資と株主還元に充当します。そのうち成長投資は、内燃機関からCASE関連へ、また車載から非車載へと、2つのベクトルで事業領域の拡大を図ります。
特に今注目しているのは、クルマの電動化において必須となる、パワー半導体分野です。当社は次世代パワー半導体向けの技術や商材を保有していますが、大型M&Aの積極検討などを含めた垂直統合を加速させることで、さらなる強化が実現可能だと考えています。この分野は車載のみならず、産業機器などへの水平展開の可能性もありうるため、新たな収益の柱として半導体事業を成長させていきたいと考えています。ただし、当社は100種類以上のハードルレートを用いてM&Aの実施可否を判断しており、高値掴みはせず、より高いシナジーが生み出せるM&Aを検討しています。
そして、パワー半導体分野に次ぐのがソフトウェア分野です。クルマの電動化や高機能化が進むと、車載システムが複雑に連携した制御をしなければなりません。この制御の要となるのが、ソフトウェアです。より大規模かつ高難度なソフトウェア設計ができる人財の獲得・育成に力を入れていきます。
こうした分野への積極投資と並行して、株主還元のさらなる充実に向け、DOEを意識した配当水準の安定的向上に努めます。また、現在の割安な株価水準を踏まえ、今後も大規模な自己株式取得を機動的に実施することも検討していきます。こうした施策により、自己資本比率を50%程度に低減し、よりレバレッジの利いた資本構成とする方針です。
坂牧 かつての貴社は、キャッシュの蓄積による資本効率の慢性的低下に悩まされた時期もありましたが、方針を明確に出していただいたので、今後はROEの持続的向上が期待できるだろう、と私も予想を転換していますし、投資家の見方も変わってきていると思います。
クルマのソフトウェア化が意味するもの
坂牧 これからの自動車業界の鍵を握るのは、SDV化の流れです。クルマの価値の鍵を握るのがハードウェアからソフトウェアに変わり、付加価値を生み出す工程がシフトしていけば、この国にもテスラのような会社が誕生する可能性がある。それはどこかと考えると、貴社にはそのポテンシャルを強く感じています。
松井 ソフトウェアづくりは、莫大なリソースを投入する必要があり、OEM(カーメーカ)をまたぐビジネスです。OEMにとっては、自身が生み出した垂直統合のモデルを超えることは現実的にかなり困難でしょう。それが可能なのは、Tier1の会社、それも総合システムを開発できるTier1企業のみです。当社はまさにそうした会社です。強固な財務体質と技術力を擁するだけでなく、多くのプロジェクトで実績を積み、ビジネスモデルの設計にも熟達しています。
自動車部品メーカの枠を超えた幅広い領域における将来価値創出に向けて、確固たる成長力を持つデンソーの姿を、多くの方々に見ていただきたいと思います。
坂牧 日本の自動車産業は、長きにわたり日本経済を牽引した功労者です。ただ残念ながら、それに並ぶ国際競争力を持つ産業が育っていない。近年はその傾向が一段と顕著です。社会全体に新陳代謝のダイナミズムが失われる中、ほかならぬ自動車業界から、旧来の産業構造を打ち破る企業が登場してきた意義は計り知れません。貴社にはグローバルな舞台でさらに飛躍し、日本経済の新たな牽引役に成長していただくことを期待しています。
坂牧 史郎氏
2000年 早稲田大学政治経済学部卒業後、大和総研入社、企業調査部に配属。
2004年からニューヨークに駐在し、GM、Ford、VW、Renaultなど欧・米自動車セクターを担当。
2010年より、自動車部門・タイヤセクターをアナリストとして担当。
2024年、BofA証券株式会社に移籍。日経ヴェリタス・Institutional Investorのアナリストランキング自動車部品セクター6年連続1位(2019~2024年)