DIALOG:社外取締役鼎談
変わりゆく時代の中、一歩先を見据え
創出価値を最大化する経営の実現へ
地政学リスクの拡大によるサプライチェーンの変化、車両生産の伸び悩みなど、厳しい事業環境下において、デンソーの売上収益・営業利益は、2024年度に過去最高を記録しました。
この成長は今後どこまで持続できるのか。
業界への逆風はデンソーの価値創造にどのような影響を与えるのか。
デンソーの独立社外取締役3名が、客観的な立場から多様な視点で論じました。
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社外取締役
三屋 裕子スポーツ界の要職を歴任、株式会社PIT代表取締役などを務める。2019年から現職。
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社外取締役
櫛田 誠希日本銀行を経て、日本証券金融株式会社取締役兼代表執行役社長を務める。2019年から現職。
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社外取締役
Joseph P. Schmelzeis, Jr.株式会社セガ取締役や駐日米国大使館首席補佐官を経て、Cedarfield合同会社職務執行者を務める。2022年から現職。
事業ポートフォリオ改革の方向性は不変
シュメルザイス 米国トランプ政権の関税政策が波紋を呼ぶ中、デンソーは一企業として可能な範囲で、合理的対策を講じています。今後の様々なシナリオを想定した上で、それらに臨機応変に対応するための体制づくりを、お客様やサプライヤーも巻き込み、サプライチェーン全体で講じている。また、企業単体での対応が難しい部分については、政府や業界全体との連携も推進しており、総じて私の期待を上回る対応ぶりです。事業ポートフォリオ入れ替えの方向性は維持しつつ、世界的な電動化の普及速度の鈍化など、事前に想定した環境変化と現状のズレに応じて投資の加減速を切り替えるなど、適切な舵取りを行っていると評価しています。
三屋 自社でコントロールできる部分、できない部分を切り分け、サプライチェーンへの影響抑制を第一義に、覚悟を持って最大限の取り組みを進めています。悲観的な情報に過剰反応したり、逆に政策転換や国家間の交渉進捗に過度に期待したりせず、今日の国際的潮流を踏まえながらも、常にその先を見据え、安定感のある対応を取っていると思います。
櫛田 例えば、CO2排出量削減やクルマの電動化でも、米国は従来と逆の政策を取るようになりました。欧州も企業レベルでは、環境問題を最重要視する対応から多少変化させている。将来、米国でトランプ政権が変わったら、この世界の潮流が完全に元に戻るのか、予断を許しません。結局これは、国際的なコスト負担の問題なのであって、短期的な微調整は常に意識していく必要がある。デンソーもそれは十分に理解しています。クルマづくりのサプライチェーンに対する責任感、Tier1のリーディングカンパニーとしての自負に基づき、概ね的確な対応を取っていると考えています。
三屋 組織の再編や知識・技術の横展開など、外部環境変化に応じた微調整は、十分にできています。持ち前の技術力でクルマづくりの可能性を広げていく戦略の大枠は、今後も変わりません。農業分野への投資にしても、農業の大規模化・生産性向上が課題となる昨今、興味深いアイデアです。
進化するデンソーのモノづくりと人財戦略
櫛田 デンソーでは、半導体やソフトウェアを注力分野に位置付け、取り組みを強化しています。その背景は、クルマの先進化・高付加価値化の流れです。自動車価格は近年上昇を続けていますが、消費者は、あえて高いお金を払ってクルマを買う意味、価格に見合った価値が得られるかを意識しつつあります。私自身は、実際に、クルマにはそれだけの提供価値があると思っています。さらに、その価値の源泉はメカの機能から半導体やソフトウェアといった心臓部の機能に移行しつつある。これこそ、デンソーが得意とする分野です。BtoBの部品メーカとはいえ、単にモノづくりの効率性を競えばいい時代ではありません。社会や消費者に「どんな価値を送り届けるか」という視点が不可欠になるでしょう。そうした価値創造の担い手となる、主体的で柔軟な発想を持った人財の育成・獲得に期待しています。
シュメルザイス 私も、デンソーの持続的成長の鍵を握るのは、人財だと思います。ハードからソフトへ移行しつつあるモノづくりの担い手確保に向け、積極的な人財戦略や外部連携による差別化を推進すべきでしょう。
三屋 デジタル系の優秀な人財を集めるには、採用手法にも一工夫必要になってきますね。いずれにせよ、林社長が「規制に合わせたモノづくり」から「マーケットインのモノづくり」への転換を打ち出されているのは、非常に重要な一歩であり、その成功を後押ししていきたいと思います。
櫛田 優秀な人財を確保するという意味でも、デンソーが2025年度にしっかり賃上げできたのは、歓迎すべき動きです。それも、昨今の物価高への配慮というより、社員の働きがい向上、「人財への投資」の視点が前面に出てきたように思います。
シュメルザイス 労務費をただ圧縮すればいいという従来型の製造業の発想とは、一線を画していますね。社員、さらには外部パートナーに至るまで、あらゆるステークホルダーと価値の共創を目指す、健全な経営姿勢の表れです。
三屋 特に画期的なのは、(株)デンソーで2025年度から導入することが発表された、一般社員を対象とした株式インセンティブ制度です。社員と経営者が一丸となって企業価値の向上を図り、成長の果実を分配していくこの施策は、日本の自動車産業を牽引する大企業の対応としても、高く評価できます。
取締役会の実効性と企業価値向上
三屋 取締役会の議論は、議長がCEO職を離れ、監督と執行の分離が進んだ2024年以降、一層活性化しています。有馬会長の取締役会議長としての論点整理や、執行トップである林社長とのやり取りは、私たちが議論の背景を理解するのに有益で、より是々非々の実質的議論が可能になりました。上程される投資計画案は、明確な投資判断基準をクリアしたものばかりですが、それでも私たち社外取締役が客観的にリスクを見て、反対したことによって否決になった議案もあります。
シュメルザイス 社外取締役の発言時間は一人ひとり十分に与えられ、こちらの問い掛けに対する執行側の応答が具体性を欠く場合には、議長が厳しく追及します。他社と比較しても、健全な議論が確保されているといえるでしょう。
櫛田
そもそもコーポレートガバナンス向上のための取り組みは、企業自体の持続的成長、企業価値の向上を目的としたものです。では、世のガバナンス改革は、その目的を達成できているのでしょうか。最近の規制当局の動きは、そのあたりの歯がゆさから、踏み込んだ指針を出しているように感じます。金融庁のサステナビリティ開示要請も、経済産業省の「企業買収における行動指針」も、経営の中身の話に終始しています。当局の視点も、経営の「形」の整備から本質である経営そのものにシフトしているわけです。デンソーにおける改革も、そうした問題意識と紐付ける必要があるでしょう。
デンソーは取締役会の実効性を向上させるべく弛まぬ改善を重ねており、意思決定の枠組み整備は相当程度、進んできたと評価しています。一方で、デンソーの時価総額は足踏みを続けています。一連のガバナンス改革が株価に正当に反映されるには、さらに何が必要なのでしょうか。
シュメルザイス 取締役会の議論そのものは、ここ1、2年、より本質的な経営戦略を論じるようになってきました。業績面でも、売上収益や各種利益は過去最高を記録しており、さらなる企業価値向上に向けた成長指標の開示姿勢も評価できます。こうした指標を経営陣が達成していけば、残る課題として重要になってくるのは、資本市場とのコミュニケーションなのかもしれません。
三屋 自動車業界が厳しい外部環境にさらされる中、デンソーもクルマ関係ということで業界と一括りの評価をされている可能性は否めません。デンソーの理念や独自性・成長性をより積極的に訴求し、差別化に努めていく必要があるでしょう。
社会の公器としてのガバナンス充実
シュメルザイス デンソーは2023年、トヨタグループを中心とした政策保有株式の縮減方針を打ち出し、着々と縮減を進めてきました。トヨタ自動車をはじめ、グループ各社とは以後も良好な関係性を維持しており、技術の共同開発なども順調です。開発した新技術はデンソーに帰属するので、デンソーとしても得るものが多い状況ですね。
三屋 トヨタ自動車の品質要求は非常に高度です。それに対しデンソーがどう応え、要望を上回る提案をしていけるか。これは、互いに刺激し合い、より良いクルマづくりを目指していく、対等なパートナーとしての関係性です。2020年にトヨタ自動車からデンソーに移管された広瀬工場(現・広瀬製作所)が、両社の知見を集結・継承した研究開発拠点となっていることは、その象徴的事例でしょう。
櫛田 政策保有株式とは、企業が取引関係を構築していく中で生じた副産物にすぎないと捉えています。デンソーは昔も今もトヨタ自動車にとって欠かせないグループ会社であり、トヨタ自動車はデンソーの最大顧客・重要パートナーです。この関係性に、政策保有株式の縮減が悪影響を及ぼすとは思えません。上場企業は社会の公器であり、しかるべき水準のガバナンス、収益性や資本効率は実現していくのが当然です。それができなかった場合のリスクを株の持合いによって担保する時代は、終焉を告げたということです。
マテリアリティと成長戦略の連動
三屋 次期中期経営計画は、優先取組課題(マテリアリティ)と連動したものとなる予定です。マテリアリティ改定に向けては、様々なステークホルダーの声を反映すべく議論しましたね。
櫛田 議論は非常に充実したものでした。先ほどの話とも重なりますが、マテリアリティは企業の長期的な企業価値としっかり結び付けられているべきです。社会課題の解決だけを単独で取り出しても、形式的な議論になってしまいます。大切なのは、長期的な価値形成を見据えた成長戦略を打ち出し、その進捗を適切に管理・公表することで、それがまた、資本市場に対するアピールにもなるはずです。
シュメルザイス ただ数値目標の種類がどんどん増えていき、盲目的にその達成を企業の至上命題として捉えるようになったら、正しい経営はできません。気づかないうちにデンソーが取り組むべき重点課題からかけ離れていないか、設定したマテリアリティと照らして経営の健全性を測ることにも活用すべきだと思います。
三屋 確かに、変にディテールにこだわってKPIの数字に縛られてしまうと、本末転倒ですね。長期的な価値形成のスタンスは忘れてはなりません。
安心・安全とAIの活用
三屋 AI活用や情報セキュリティといったテーマも、取締役会の議題によく上がっています。AIに関しては、アウトプットの平準化・効率化に威力を発揮していますが、独自性や差別化という面では、まだまだ活用の余地が大きいと捉えています。より効果的な機械・深層学習法や業務全体での位置付けなどを現在、模索している段階です。
シュメルザイス バックオフィスでのAI活用のみならず、セキュリティへの配慮を条件に、商品化やフロントオフィスへの導入も検討すべきでしょう。特に競合企業との競争上、デンソーが強みとすべきは、安心・安全そして快適な利便性です。事前に設定された条件に基づいて高精度に動くルールベース型AIと、機械学習によって複雑で予測不可能な問題にも対応可能なデータドリブン型AIを組み合わせた製品開発の取り組みが始まっています。これらを“セキュアなレベル”で使いこなし、デンソーの強みであり市場からも求められている安心・安全を追求していくことが、デンソーが目指すべきところでしょう。
戦い続け、勝ち続けるデンソーに向けて
櫛田 デンソーは技術の力で熾烈な国際競争を勝ち抜き、今日を築いた会社です。足元の好調な業績に満足せず、研究開発の優位性確保に向け、今後とも必要な施策を推進すべきですし、そのことを社内外にアピールしていただきたい。併せて、デンソーが社会の中で実現を目指す価値について、広範なステークホルダーの方々に、より分かりやすく発信していく ことが大切です。
シュメルザイス これだけ複雑で変化の激しい事業環境のもと、成功した経営を行っている会社は珍しいでしょう。この成功の背後にある、環境負荷低減や、安心・安全の価値創造について、具体的に分かりやすく説明していくことでデンソーは、より評価される企業になっていけるはずです。
三屋
デンソーは、今も昔も、世の中になかったものを形にし、未来をつくり出す会社です。実際に事業部からの話を聞くと、世の中の困りごとに対して、いろいろな提案をして解決しようと、とてもワクワクしています。単なる受注生産ではない、まだこの世に存在しない技術・解決策を生み出したいというワクワク感にあふれたデンソーのモノづくりの実像を、内外に広く伝えていくべきでしょう。
また今後、取締役会の場においても、これまで以上に迅速な意思決定が求められる局面も増えてくると予想します。私たち自身も覚悟を持って、果断で的確な判断を下していける
よう、さらに研鑽を積んでいきたいと思います。
シュメルザイス スピードですね。戦い続け、そして勝ち続けなければならない。
櫛田 全社的なスピード感向上と、楽しみながら新しいものをつくり出すデンソーの企業文化を結び付けることが重要です。まだこの世にないものは、イチからつくり出せばいい。そうした姿勢が、これからもデンソーの企業価値向上を支えていくだろうと考えています。