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CEO MESSAGE

“社会課題”を確かな羅針盤とし、
技術と人の力で未来を拓く

~変化の時代における、デンソーの挑戦~

社会課題に向き合う経営 ~成長の羅針盤~

かつての「成長の時代」において、企業は豊かさを求め、量的拡大を重視し、経済成果を目的として成長を遂げてきました。社会全体が物質的な充足を追い求める中で、企業の役割もまた、経済価値の創出に集中していたといえるでしょう。

しかし、今私たちが生きるのは「変化の時代」です。環境が激しく変わりゆく中で、気候変動や資源制約、地政学リスク、交通安全など、グローバルな視点で捉えるべき社会課題は一層深刻化しています。また、人々の価値観も変化し、「どう生きるか」「何に価値を感じるか」といった本質的な問いへの関心が高まっているのを感じています。人生やキャリアを通じて、より豊かに生きたいという願いが強まっているのです。

変化の時代の中で確かな成長を遂げるために、企業は社会価値の創出を目的として活動すべきだと、私は考えます。社会価値とは、その時代時代に応じて形を変えつつ絶えず存在する社会課題を解決することそのものです。社会課題は、時代や地域を超えて存在する「確かな需要」そのものであり、それに真摯に向き合うことが、変化の時代における企業の確かな羅針盤となり、持続的成長の糧になると信じています。

この信念が私の中で揺るぎないものとなったのは、技術者として現場の最前線で経験した、忘れがたい出来事があったからです。若手時代、私はコモンレールシステムの開発に携わっていました。欧州の排ガス規制が急速に厳格化する中、制御技術の限界に挑む日々。時間との闘いの中で現場の緊張は高まり、開発が迷走しかけた時、共に開発に挑むカーメーカのチーフエンジニアから掛けられた言葉が、今も胸に刻まれています。「世界初の技術で、地球環境を守りたい!だから、力を貸してほしい!」、その一言に背中を押され、私たちは真に一つのチームとなって奮起し、困難な壁を乗り越えることができたのです。

企業が社会課題に挑む姿勢こそが、信頼を生み、未来を拓く力になる。そしてそれは、働く一人ひとりの誇りと情熱を引き出し、企業の持続的な力となる。この実感こそが、私の経営観の核を形づくってきました。こうした考えのもと、私は当社の経営目的を、確かな技術による「社会課題の解決」と「人の幸せ・成長」と定めました。これは、当社の存在意義そのものであり、これからの持続的成長の土台です。

私はこの原点を胸に、社会課題の解決を通じて人の幸せと成長に貢献し続ける企業を目指し、挑戦と変革を自ら先頭に立って推進していきます。そして、この経営目的のもと、デンソーは事業と財務の両面で着実な成果を積み重ねてきました。次項では、その具体的な前進についてご説明します。

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確かな前進 ~事業成長と財務戦略の成果~

2024年度は、アジア市場での販売の伸び悩みや、国内カーメーカの稼働停止といった外部環境の逆風があった中、構造改革の成果を確実に実らせ、力強い成長を実現しました。

売上収益は前年度比+0.2%の7兆1,618億円、営業利益は+36.4%の5,190億円と、いずれも過去最高を更新。ROEも8.0%まで上昇しました。EPSも過去最高の145円を記録し、5年間で年平均+29%という力強い成長を遂げています。

これらの成果の背景には、当社が重点的に取り組んできた3つの成長ドライバーの進展と財務戦略の進化があります。

① モビリティの進化 ~モビリティ領域の中核として果たすべき使命〜
成長ドライバーの一つ目は、「モビリティの進化」です。提供価値の最大化を目指す軸として定めた“環境”と“安心”の両面において、モビリティ領域の中核として私たちが果たすべき責任を明確に捉え、取り組みを積極的に加速してきました。

“環境”の軸では、世界的に多様化するパワトレインのニーズに対応するため、BEVだけでなく、HEV・PHEV・FCEVといったあらゆるパワトレインに対応した製品ラインナップを整備し、お客様の多様なニーズに応える体制を構築しました。また、“安心”の軸では、交通事故死亡者ゼロの実現に向けて、先進安全システムの開発と普及を積極的に推進しています。

こうした取り組みにより、2024年度の売上収益は、環境領域では10,100億円、安心領域では5,030億円と、2025年中期目標で掲げた目標値の達成に向けて着実に進捗し、社会への貢献と、選ばれる強い製品づくりを実現しています。

② 基盤技術の強化 ~電動化・知能化の要~
二つ目は、「基盤技術の強化」です。車両の高度化が進む中、半導体とソフトウェアはクルマの価値そのものを左右する基盤技術であり、当社の競争力の源泉として戦略的な投資を進めています。

半導体領域では、2023年度から2030年度までに累計5,000億円の投資を計画し、すでに投入を開始。パワー半導体やSoCなど、モビリティ分野での技術優位性を着実に築いています。ソフトウェア領域では、2030年度までに開発人財を2023年度比1.5倍の18,000人に増強する計画を掲げ、その実現に向けた採用・育成を進めています。

③ 新価値創造 ~モビリティの外へ、社会全体へ~
三つ目は、「新価値創造」です。モビリティ領域で培ってきた技術や品質を応用し、エネルギー、スマート農業、ファクトリーオートメーション(FA)といった新たな社会課題領域への挑戦を本格化。2024年度には各分野で事業立ち上げが進み、今後は一層の展開加速を図っていきます。

これら3つの成長ドライバーは、当社の将来成長を牽引するとともに、成長性・収益性の高い事業構成への転換を進め、収益の質を高める柱になっています。

財務戦略の進捗 ~資本効率と市場信頼の両立へ~

事業の進化と並行して、財務戦略の側面でも資本効率の向上と安定成長の実現を力強く推進しています。

低収益資産のスリム化を図るべく、政策保有株式の縮減を継続的に進め、2019年時点で44銘柄だった保有先を2025年3月末時点で13銘柄まで減少させました。2024年度の売却額は過去最高となる4,385億円に達し、成長投資や株主還元の原資として活用しています。資本構成の最適化では、2024年度には当社過去最大規模となる4,500億円の自己株式取得を公表しました。2025年度の自己株式取得額は過去最大規模の約6,100億円とし、中長期の資本コストを上回るTSR(株主総利回り)を安定的に実現するとともに、資本の増加を抑えていきます。加えて、DOE(株主資本配当率)は2024年度に3.5%(前年度比+0.2pt)と、4年連続で上昇し、資本効率改善と株主還元強化の両立を推し進めています。

これらの財務戦略は、単なる数値改善にとどまらず、当社の成長力を明確に示し、資本市場との信頼関係をさらに強固に築く重要な手段です。事業競争力と財務健全性の両方を高め、将来の成長基盤を自ら確立していきます。

ブレない経営目的と実行へのこだわり(課題認識)

一方で、2025年初には当社株価がPBR1倍を一時下回り、TSRもTOPIXを下回るなど、市場から十分な評価を得られていない現実があります。その背景には自動車業界全体の変化やEV市場の不透明感など、外部環境の影響があることも認識していますが、外部環境の振れによっては簡単にPBR1倍を下回るというこの現状を真摯に受け止めなければなりません。株価は市場の判断によって形成されるものであり、短期的な変動に左右される側面は避けられませんが、私たちに求められているのは、ブレない経営目的を掲げること、そして、実行で応えることです。デンソーの挑戦の方向性を誠実に説明し、市場の皆様との信頼関係を一層深めていきます。

技術と人の力で未来を拓く ~成長戦略と挑戦~

これまで確かな実績を積み重ねてきた当社は、さらに将来に向けた成長戦略を描いています。

デンソーは創業以来、技術と人の力を競争力の源泉として、社会課題の解決に挑んできました。この姿勢は現代においても変わることはありません。2025年中期方針の最終年度にあたる本年度は、中期目標完遂に向けて前述した3つの成長ドライバーを加速させるとともに、足元の課題分析を踏まえ、中長期視点に立ち、未来への挑戦を見据えた戦略の準備を着実に進めています。将来成長に向けた新たな戦略については改めて発表予定ですが、ここでは将来成長に向けた私の考えを述べたいと思います。

今後10年間で、私たちを取り巻く環境はさらに大きく変化していくでしょう。社会が変化すると、新たな課題解決を突き付けられると同時に、課題解決への挑戦の幅、つまり、未来に向けた成長の可能性も広がります。変化する時代の社会課題に対応し、持続的な成長を実現するため、当社は以下の取り組みを強化していきます。

まず、モビリティ領域では、電動化・知能化・社会システム連携といったモビリティの高度化に加え、地域やお客様ごとに多様化するニーズに応えるため、半導体・AI・材料といった基盤技術の強化、幅広い品揃え、開発プロセスの変革を通じて、競争力のある製品・システムの開発を加速します。モビリティが社会インフラと連携し、新たな価値を提供する時代において、デンソーはその中核を担う存在として進化していきます。

次に、非モビリティ領域においては、モビリティ領域で培った信頼性の高い技術を、半導体・食農・FA・エネルギーなどの領域へ水平展開し、新たな価値の創出と事業の柱の確立に取り組みます。非モビリティ領域におけるいずれの事業も、モビリティ領域で培った技術を活かしつつ、自社でカバーできない領域は、志を共にするパートナーとの連携を推進していきます。

複雑かつ不確実な変化の時代において、最も重要なのは、「人」の力です。どれほど高度な技術を有しても、それを製品・サービスに落とし込み、価値に変えるのは人であり、未来を切り拓くのもまた人です。私は、「人の幸せと成長」を経営の中心に据え、経営/事業戦略と人的資本戦略を連動させ、人的資本に積極投資し、人の価値と人が生み出す付加価値を高めることが非常に重要だと考えています。必要な専門性を備えた人財の獲得・育成・配置に戦略的に取り組むとともに、社員のエンゲージメント向上に注力します。個人の想いと企業の目指す姿が共鳴し合う組織文化の醸成を通じて、人と組織の力を最大限引き出し、未来をつくる原動力としていきます。

社会の大きな変化を見据え、技術と人の力を一層高めることで、未来に向けた持続的な成長の基盤を着実に築いていく。時代の要請に真正面から向き合いながら、より大きな社会価値と経済価値の創出に挑む。その決意のもと、現在、次期中期経営計画の策定を進めています。今後発表予定の戦略では、こうした構えをより具体的な成長ストーリーへと昇華させ、投資家の皆様に長期的な成長への確かな道筋をお示しします。

信頼をつなぐ ~社会・市場との対話に向けて~

これまで述べてきたように、技術と人の力を原動力に社会課題の解決と成長の両立を目指すデンソーの挑戦は、一層の進化が求められています。この挑戦を成果へと結び付けていく鍵は、「信頼」であり、「対話」です。

社員一人ひとりの力を最大限に引き出し、互いに共鳴し合いながら挑み続けることで、社会に大きな価値を創出すべく、私はまず、社員との間で経営への想いを共有し、一人ひとりの働きがいや成長の実感と、会社の目指す方向が共鳴する組織を築いていきます。ただし、いかに優れた組織になろうとも、社会課題の解決という大きな目的は、一企業の力だけで完遂できるものではありません。お客様、株主の皆様、サプライヤーの皆様をはじめとする多様なステークホルダーの皆様とのオープンで建設的な対話を通じて、当社の技術や人の力を磨き上げ、社会にとって真に必要とされる価値を共に生み出していきます。特に、投資家の皆様との対話は、経営の妥当性を検証し、経営者としての視座を高める大きな機会です。企業戦略やその進捗・成果についての発信をさらに拡充させ、フィードバックを真摯に受け止める姿勢を貫いてまいります。

「人の幸せを願い進化する技術が、社会の未来と企業の成長を導く」――これは、私が実行するすべての取り組みの根底にある考えです。市場からの一時的な評価に一喜一憂するのではなく、対話を通じた本質的な企業価値の向上に、経営者としての矜持と責任を持ち、取り組んでいきます。

これからも、先人たちが築き上げてきた「デンソーらしさ」と「強み」を次代へと進化させ、社員と共に未来を切り拓き、社会から真に信頼される企業であり続けることを、ここにお約束します。

 

2025年9月

代表取締役社長 CEO
林 新之助

林 新之助