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知財担当役員 MESSAGE

「知財経営」で挑む新たな価値創出

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経営役員
横尾 英博

 

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知財VISIONの制定とデンソーの知財活動の目指す姿

近年、カーボンニュートラルの実現や交通事故死亡者ゼロに向けて、電動化・自動運転技術が急速に進展しています。特に、SDV(Software Defined Vehicle)の登場により、クルマはソフトウェアを中核とする製品に進化しており、自動車業界以外の企業との連携機会、あるいは競争する場面が増えています。このように、技術革新と事業環境変化が進む中、持続的成長と企業価値向上を実現するためには、競争力や差別化の源泉となる知的財産を重要な経営資源として位置付け、戦略的に活用していくことが一層重要となります。

デンソーは創業以来、内燃機関関連技術を中心とした技術開発により、省燃費や排ガス低減などの環境面での社会課題の解決に取り組み、その開発成果を特許網として構築し、自社のビジネス発展の礎としてきました。その中で知財活動としては、他社と差別化できる独自技術を法的な権利として保護するために、特許権や商標権などの知的財産権を使った「守り」の活動を中心に進めてきました。

一方、電動化・自動運転などの技術開発では、システムが大規模化・複雑化しているために複数の知的財産を組み合わせて付加価値を創出することが求められます。そのためには、他社と差別化できる独自技術を知的財産権で保護することに加え、知的財産を他社との協業、あるいは標準化活動を通じた価値共創のための経営資源として活用する必要があります。こうした考えのもと、従来注力してきた特許権などの知的財産権に加え、ソフトウェアやノウハウなどの知的財産を広くIP(Intellectual Property)と捉え、事業成長に資する「攻め」の知財活動を実行し、中長期的な企業価値向上に貢献していく必要があると考えています。

そこで、デンソーは「攻めと守りの知財戦略により、デンソーの知財経営を実現する」ことを知財VISIONとして掲げました。知財経営の実現に向けては、全社員が知財リテラシーを向上させ、知財戦略を自然に事業戦略に組み込む姿を目指します。この知財VISIONを具体的な行動に落とし込むため、知財活動を「戦略」「ガバナンス」「内外対話」の3つの柱に整理し、活動を強化しています。

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第一の柱 知財戦略立案の強化

デンソーは、技術開発の方向性として、企業成長のドライバーとなる「モビリティの進化」「基盤技術の強化」「新価値創造」の3つの領域に注力しています。各領域における事業環境や技術特性に応じた知財戦略を策定・実行することで、持続的な競争優位の確立を目指すとともに新たなビジネスにも挑戦しています。

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モビリティ領域の知財戦略

  • モビリティ領域は、デンソーが最も強みを発揮する領域です。これまでは省燃費・排ガス低減などの技術の差別化により競争優位を築いてきた内燃機関関連技術を中心に、数多くの特許網を構築し、安定的な事業運営に寄与してきました。これらの技術が成熟期に入り、技術の重点が電動化や自動運転といった成長領域へと移行しており、特許のポートフォリオも車両のエネルギー管理、駆動部品のモータ技術などの電動車関連、車外センシング技術、インフラ-ヒト協調による事故防止技術などのAD/ADAS関連へと変換を進めてきました。

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成長領域におけるIPの活用では、ライセンス、アライアンス、パテントプールなど、社外に向けてオープンに知財を展開する仕組みを構築し、活用方法に関する知見の蓄積にも努めています。この知見の蓄積を通じ、どのようなIPが活用しやすいかを見極め、IPの創出活動へ活かすことで、より一層質の高いIPの創出ができると考えています。

さらに、特許の活用状況を定量的に評価するため、事業成長に貢献した特許の割合を示す「特許活用率」を新たなKPIとして導入しました。この指標により、IPの中でも特に重要な特許への投資対効果を可視化し、事業に真に貢献する特許網の構築を推進することで、知財戦略と事業戦略の連携を一層強化していきます。

基盤技術領域の知財戦略

ソフトウェア

クルマのSDV化によりソフトウェアの価値が高まる中、デンソーは継続的にユーザー価値の高いソフトウェアを生み出すことによって、クルマ全体の進化と未来のモビリティ社会に貢献していきます。SDVでは、従来の車両制御(エンジン、ブレーキ、ステアリングなど)に加え、インフォテイメント、ADAS、自動運転、通信、セキュリティ、エネルギーマネジメントなど、多岐にわたる機能がソフトウェアで制御されます。クルマ全体の知見に基づく大規模ソフトウェアの設計ノウハウや、様々なソフトウェアを実装する力は、デンソーが培って来た知的財産の集大成であり、それらの価値の見える化・最大化によってモビリティ社会の進化を支えることができると考えています。

デンソーは、ソフトウェアを構成する多様なIPに注目し、IPの価値を分かりやすくお客様に伝える仕組みづくりを進めています。SDV周辺のビジネス環境の変化に合わせて、どのような形でお客様へIPの価値を訴求することができるか、IPの使い方も含めて検討しながら、活動を推進しています。

半導体

クルマの電動化・知能化が進む中で、半導体はモビリティ社会を支える中核技術となっています。また、半導体分野は、市場の変化が速く、製品仕様や需要の変化に対応するためには、サプライヤーからの安定的な購入も含めた的確な戦略の立案が必要になります。こうした環境下で事業競争力を維持・強化するには、デンソーのコア技術をクローズ領域として独占しつつ、それ以外の技術をオープン領域として他社と共有するオープン&クローズ戦略が重要です。当社は、センサ、パワー半導体およびSoC領域において、それぞれの事業戦略と知財戦略を展開し、持続的な事業成長と市場競争力を向上させています。

パワー半導体領域
当社は、SiCパワー半導体を車載の厳しい条件に適合させながら、内製化による生産革新とパートナー企業との連携を通じたサプライチェーンの強化を図ることを事業戦略としています。ウエハ製造からパワーデバイス、それを組み込んだインバータまでの一連のIPを自社で保有し、車載パワー半導体に最適なIPポートフォリオの構築を行っています。

デンソーは、技術的価値と独自性の高い技術を特許権として取得し、ウエハ、エピ、素子に関しては、特許の件数・質(PAI)ともに競合に対して高い優位性を確保しており、製造分野におけるノウハウも含めて、保有するIPをどのようにパートナー企業と共有しながら成長戦略を描くかを検討しています。

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SoC(System on Chip)領域
クルマ1台に必要とされる半導体は増加の一途を辿っています。大量データの処理を実現しながら、燃費・電費の向上、発熱の抑制を実現するためには、将来を見据えた高性能半導体SoCの開発が競争力の根幹を成す重要な要素となっています。

デンソーは、車載用途に最適化されたSoC(System on Chip)の自社開発を戦略の中核に据え、半導体ベンダーとの連携を通じて開発を加速しています。SoCは、主要な半導体機能を1チップに統合することで、小型化・軽量化・高速化・多機能化を同時に実現し、コスト効率と製造効率の向上に寄与する重要な技術です。

この技術開発では、車載用途に求められるリアルタイム性や機能安全等を差別化領域としてIPを創出・保護し、持続的な付加価値向上につなげていきます。また、業界全体の発展と市場拡大を見据え、半導体コンソーシアム等を通じて共通IPのグローバル標準化にも貢献しています。こうした技術の標準化は、エコシステムの形成と市場の拡大を促進し、結果として当社技術の価値向上にもつながるものと考えています。

新価値創造領域の知財戦略

デンソーは、車載製品で培ったメカ、エレクトロニクス、自動化技術、ソフトウェア・半導体技術などの強みを活かし、新たな価値創造に取り組んでいます。

こうした新規事業の創出においては、特許や市場情報を活用した総合的なIP分析(IPL:IP Landscape)を、事業構想から企画・開発に至る各フェーズに活用することが重要です。

事業構想フェーズでは、IPLを通じて市場の既存プレイヤーやデンソーの強みとなる技術を把握し、事業の成立性を検討します。

さらに、企画・開発フェーズでは、IPLにより主要競合企業の課題傾向や強み・弱みを分析し、知的財産の視点も入れて競争優位性を確保できる開発戦略を描き、それに沿った知財戦略を立案します。これにより、特許やノウハウを活かしたオープン&クローズ戦略を展開しています。

例えば、サーキュラエコノミーを見据えて開発を進めているクルマの精緻解体におけるクローズ領域では、多様な車載製品や、かつて手掛けた医療関連製品(手術支援用バランスアーム)の開発で得た技術を活かし、解体自動化技術に関する特許を取得することで技術的優位性を確保しようとしています。一方、オープン領域としては、解体・リサイクル事業者、材料メーカなどと連携しクルマの精緻解体の普及に向けた技術開発や社会実装に向けたバリューチェーン構築を推進しています。

このように、デンソーは事業戦略に知的財産の活用を組み込みながら、事業拡大と新価値の創造の両立を目指しています。

さらに、新価値創造の領域では、策定される事業戦略のうちIPLの情報が事業戦略のストーリーに採用された割合を示す「戦略採用率」をKPIとして導入しました。これにより、事業戦略の精度を向上させるとともに、事業戦略の初期段階から知財戦略を組み込むことができると考えています。

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知財ポートフォリオの構築と特許データ開示の仕組み

デンソーでは、個別の事業の戦略策定強化に加え、社会課題解決につながる価値創造ストーリーや技術開発方針から目指すべき知財ポートフォリオを全社視点で構築することが重要と考えています。デンソーが注力する技術開発から重要なIPを生み出す知財活動と、社会に対して提供する価値との因果関係(価値創造パス)を明確化し、提供価値ごとにデンソーの特許価値スコアで検証すると、環境領域では、2014年比で約2倍、安心領域では、2014年比で約1.5倍に増加し、着実に成長していることが分かります。

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環境領域では、主なカーメーカや部品メーカと比較しても、デンソーの特許価値スコアは優位性を保っています。安心領域(高度運転支援技術および自動運転技術)では、主な部品メーカに対して優位性を維持しており、かつ主なカーメーカにも匹敵する競争力となっています。とりわけ、普及期を迎えた高度運転支援技術に着目した場合、主要なカーメーカに対しても高い優位性を維持しています。これはデンソーの技術開発の方向性とその結果として生み出された知財投資の成果を表すものであり、今後も高い知財競争力を発揮して、持続的成長につなげていきます。

  • 先行指標
    将来のポートフォリオ傾向を示す。社会課題を解決する新価値創造などの領域で重視

  • 現在指標
    現在のポートフォリオの強さを示す。モビリティ、ソフトウェア、半導体領域といったデンソーの成長領域で重視

  • 遅行指標
    ポートフォリオの実績を示す。エンジン関連製品など今までのデンソーの成長を支えてきた製品からなる成熟領域で重視

これらの情報提供をすることにより、特許への関心を高め、積極的にデータを活用した知財戦略の浸透を図ることができると考えています。

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第二の柱 ガバナンス体制の構築

デンソーは、強固な特許網の構築に向け、事業ごとに知財戦略会議を開催して特許戦略を議論してきました。この会議体での議論の対象をIP全般に広げるとともに、全社最適の戦略を強化するため、全社の知財戦略会議を新設します。事業に共通するテーマの検討に加え、知財体制や予算、リソーセスの議論を行うことで、知財戦略の実効性をより一層高めていきます。

また、知財経営の実現に向けて着実に前進していくために、前述の通り「特許活用率」や「戦略採用率」といったデンソー独自のKPIを設定しました。これらのKPIをフォローすることで、知財戦略を事業戦略に組み込む活動の進捗状況を把握し、関係者が共通の認識を持つことが可能になります。全社の知財戦略会議でKPIを明示し、年度ごとに目標達成へのプロセスを見直すことにより、全社一丸となった活動につなげていきます。

第三の柱 内外対話の強化

知財経営を実現するためには、知財分野に直接携わる社員のみならず、役員層や事業戦略の検討者から、カーメーカ・サプライヤーと対話する営業や調達部門などに至るまで、社内全体の知財リテラシーを向上させ、各社員が事業戦略の中に知財戦略を自然に組み込むことを目指しています。

IPが重要な経営資源の一つであるとの認識を高めるために、事業部のトップを含めた知財対話や戦略議論の頻度を増やすとともに、社内の技術展示会において日頃の知財戦略活動を紹介し、知的財産の知見の提供や情報発信を行っています。また、基本的な知識を身に付けるため、全社員を対象に、入社時からの定期的な知財教育も強化していきます。

さらには、外部との建設的な対話を通じて、社内では得られない第三者視点から貴重な気づきを得ることができると考え、社内の対話強化に加え、今後は社外との対話も重視していきたいと考えています。

 

技術革新のスピードが速く、変化の激しい事業環境だからこそ、知的財産を価値創造と競争力の源泉と位置付け、「攻めと守りの知財戦略」を強化する知財経営を推進することで、デンソーの持続的成長と企業価値向上を実現していきます。