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CEO MESSAGE

CEO MESSAGE

“企業の存在意義”を軸としたデンソーの企業経営
~“社会課題の解決”と“人の幸せ・成長”を目指して~

「企業の存在意義」
その普遍的原点に立ち返ることの重要性

社長就任から1年が経過しました。1949年の創業以来、連綿と受け継がれてきた経営の襷を受け取り、日々感じるのは、今日のデンソーを築き上げてきた先人たち、現在のデンソーを支えている社員、そして、すべてのステークホルダーの皆様への感謝の想いです。本当にありがとうございます。

さて、社長として2年目となる中、「企業の存在意義」という普遍的原点に立ち返り、経営の舵取りを行っていくことが、今まさに大切であると改めて感じています。

今、私たちは大きな変化の中にあります。自動車業界はCASE *1による転換期を迎えており、クルマの電動化やSDV *2による知能化の進展、そして、半導体やソフトウェア技術の進化により、クルマと社会がつながり、新たな価値をもたらそうとしています。さらに、社会全体に目を転じると、高度な通信技術により世界は一つにつながり、生成AIの進展が人々の働き方・生活様式を一変させていくことでしょう。

*1. CASE:自動車業界における新潮流 Connected(コネクテッド)/Autonomous(自動運転)/Shared(シェアリング)/Electrification(電動化)
*2. SDV:Software Defined Vehicle ソフトウェアの変更により価値や機能が変えられるクルマづくり

このような大きな変化の時代において、スピード感を持って変化を先取りしていくことが大切であり、当然、進めていくべきですが、その反面、変化への追従だけに目を奪われることにより、あるいは、目先の数値目標に縛られることで、企業としての本来の目的を見失い、結果として、迷走・低迷していくリスクがあることを認識しておく必要があります。刻々と変わっていく状況の中でも、“企業の存在意義、果たすべき目的”をぶれない軸として掲げ、その軸に沿って、経営戦略や事業方針の立案、そして、企業カルチャーの構築など、すべての企業活動に対して一貫性を持った経営を行っていくことが、今、正に重要であると考えています。

私たちデンソーの存在意義、果たすべき目的は、「環境・安心の軸で社会課題を解決する」ことです。

デンソーは創業以来、排ガスによる大気汚染や交通事故といったクルマがもたらす社会課題に真正面から向き合い、課題解決のために新たな製品を開発し続け、広く自動車業界に貢献してきました。創業から取り組んできたメカ領域に始まり、エレクトロニクス、ソフトウェアと領域を拡大させながら、それぞれの力を磨くとともに、それらを最適なバランスで組み合わせるシステム開発力を高めてきました。

これら高度で多様な技術を組み合わせシステム化する力を用い、モビリティの進化を力強くリードするとともに、モビリティとつながる社会システムを発展させていくことで、脱炭素や循環経済、交通事故死亡者ゼロなど、複雑化する今後の社会課題を解決していきます。さらに、モビリティで培った技術を、エネルギー、工場自動化(FA)、食農といったモビリティ以外の新たな領域に範囲を広げ、“環境・安心”という側面から広く社会課題の解決に貢献していく所存です。

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“モビリティ”から明るい未来をつくる、デンソーの3つのチャレンジ

“環境・安心”の軸で社会課題を解決し、モビリティから明るい未来をつくりたい。デンソーが描く未来を実現するための3つのチャレンジについて、ご説明します。

1つ目のチャレンジは、モビリティの進化です。事業領域を拡大しても、モビリティ・クルマは、デンソーが貢献すべき重要領域であり、“環境・安心”の理念の実現を追求していきます。

環境分野では、カーボンニュートラル実現に向け、電動車普及に取り組んでいます。足元ではBEV市場の拡大に減速感が見られますが、中長期で見ると、環境負荷低減に向けた大きな流れは変わらず、確実に電動化が進んでいくと考えられます。一方で、エネルギー事情やインフラ整備状況は、国や地域によって異なるため、電動車への転換は市場やお客様のニーズを見極めて進めていくことが大切です。世界各国のカーメーカをお客様とするデンソーだからこそ、システム、コンポーネント、部品の各レイヤーでの品揃えを拡充し、幅広い電動化ニーズに応えていくとともに、エネルギー事情により地域ごとに異なる市場ニーズに対して、カーメーカやパートナーと共に業界全体で多様な選択肢を提供し、カーボンニュートラル社会の実現に貢献していきます。

安心分野では、交通事故死亡者ゼロに向け、高度運転支援システムの普及に取り組んでいます。交通インフラやルールは国・地域によって異なります。デンソーは、安全技術の性能を高めるとともに、シンプルで安価な部品から、AIやセンサ技術といった最先端技術を搭載した先進運転支援システムまで、各国の事情に寄り添った多様な製品を提供し、一つでも多くの命を交通事故から守り、誰もが安心・安全な移動を享受できる社会の実現を目指して取り組んでいきます。

 

2つ目のチャレンジは、新価値創造への取り組みです。“環境・安心”という理念を軸に、エネルギー、FA、食農など、モビリティ以外の領域でも数多くの技術開発や事業化を進めています。

例えばエネルギー領域では、カーボンニュートラルな世界を目指し、水素エネルギーの事業化に挑戦しています。電気から水素をつくるSOEC *3といったエネルギーシステム製品を市場投入していきますが、それらの鍵となる水電解技術には、空気や熱、電気のマネジメント技術、セラミックの触媒をつくるノウハウなど、デンソーがこれまでクルマで培ってきた要素技術が数多く使われています。

*3. SOEC: Solid Oxide Electrolysis Cell 固体酸化物形水電解用セル

デンソーのモビリティの技術を結集させ、パートナー企業と共に、地球環境の維持と人々の豊かな暮らしを両立する「水素社会」の実現に挑戦していきます。

また、FA領域では、ロボットやIoT技術を活用し、環境や安全に配慮したモノづくりの進化を支えるとともに、食農領域では、農場の工場化を通じた環境にやさしい農業の実現、食糧の安定生産の実現に取り組みます。

 

そして3つ目のチャレンジは、半導体とソフトウェアを中心とした基盤技術の強化です。電動化や自動運転の進展に伴い、モビリティにおける半導体の役割は増大しています。デンソーは50年以上に及び研鑽を重ねてきた半導体研究開発と、40年にわたる車載ソフトウェア開発の歴史において、競争力を磨き上げてきました。モビリティ領域、そして新価値創造領域においても重要技術である半導体とソフトウェアの研究開発をさらに加速し、基盤強化を図ります。

新型コロナウイルス感染症の世界的なまん延に端を発した各業界の半導体不足は記憶に新しいですが、確かな事業成長と価値創出を果たすためには、高性能かつ低コストな半導体の安定的な供給が欠かせません。デンソーでは、半導体開発を加速させるとともに、国内外のパートナーシップ強化と協業モデルの確立を通じ、業界を挙げて半導体の供給基盤を盤石にしていきます。

半導体と同じく、モビリティにおける重要性が増しているのがソフトウェアです。ソフトウェアのアップデートでクルマの機能を高めるSDV時代が到来し、ソフトウェア開発はより大規模化・複雑化しています。また、クルマは人の命を運ぶモノである以上、品質・信頼性には一切の妥協も許されません。これまで40年間の開発を通して磨いてきたソフトウェアとエレクトロニクス・メカの三位一体システムを具現化する力、クルマ全体がいかなる時も安全に動くためのノウハウ、そして多様な開発パートナーと共創する力、これらデンソーの強みは、ソフトウェア開発の難易度が飛躍的に高まるSDV時代にこそ、唯一無二の競争力になると確信しています。

また、自動車業界におけるソフトウェアの標準化にも取り組んでいきます。モビリティの価値はソフトウェアによって飛躍的に向上していきますが、業界全体で見ると、大きな投資が負担になることも事実です。ソフトウェアによる価値向上を力強く推進していくために、ソフトウェアにおける競争領域と協調領域をしっかりと見極め、協調領域においては業界全体で積極的に標準化を進め効率化を図ることが重要となります。デンソーは、数多くのカーメーカとの共同開発やビジネスの実績を持つ立場として、積極的にクルマのソフトウェアの標準化や共通化を牽引し、業界全体での価値向上に取り組みます。

また、急成長を遂げるソフトウェア領域において、優秀人財の確保は喫緊の課題です。ソフトウェア人財は、特に日本国内ではいわば「取り合い」状態が続いています。グローバルで最適な開発体制を整えるとともに、クルマを熟知したデンソーのハードウェア技術者にリスキリングの機会を提供することで、ソフトウェア技術者に転身し、活躍先を拡大する取り組みも推進しています。事業ポートフォリオの変革により社内の人財バランスにも変化が生じることを見越し、デンソー社員が将来にわたり、高い志のもと活躍し続けられるような人財マネジメントを進めていきます。

社会課題解決を成し遂げるため、企業価値向上を続ける

デンソーは、“環境・安心”の企業理念実現と持続的な企業価値向上を果たすべく、財務面では2025年度ROE10%超の財務目標達成にもこだわり、収益体質の改善を着実に進めています。

ROIC経営の実践にあたっては、短期的な財務指標向上の手段とするのではなく、中長期での企業価値向上を目的に、経営メンバー、および社員に活動の意義を丁寧に伝え、一人ひとりの主体的な改善活動につなげています。また、持続的な社会価値の創出と事業成長を両立させるべく、事業ポートフォリオの入れ替えも進めており、“環境・安心”の理念の実現に合致するか、成長性・収益性の水準はどうか、財務・非財務両面で毎年検証し、注力事業の成長と成熟事業の縮小・撤退を敢行しています。

足元の部材費値上げや賃上げなどの環境変化に対しては、サプライヤーへの真摯な対応とお客様への丁寧な説明、サプライチェーンへの影響調査を通じ、取引価格への適切な反映を実践しています。さらに、一般社団法人日本自動車部品工業会など関係団体へも働きかけ、業界全体の取引適正化と競争力強化を牽引していきます。

また、保有資産の改革も進め、2023年には、トヨタグループ各社を含む政策保有株式を大幅に縮減しました。現状を是とするのではなく、時代の変化を捉え、合理性に基づいた決断・実行をするデンソーらしさは、財務資本の最適化プロセスにも息づいています。引き続き、適正に政策保有株式の縮減を遂行するとともに、手元資金の圧縮や在庫の適正化を通じた資産効率の向上にも努めます。

これら事業ポートフォリオの入れ替えや低収益資産の圧縮などの取り組みを通じ、2023年度は過去最高となる7兆1,447億円の売上を達成し、2020年度から2022年度までの3年間で1.7兆円の営業キャッシュフローを創出しました。2023年度からの3年間では、これら取り組みを加速させ、3.0兆円以上のキャッシュ創出を見込んでいます。生み出したキャッシュは、成長投資と株主還元に充当していきます。成長投資については、前述「3つのチャレンジ」で示したような重点成長領域におけるM&A・アライアンスを今後さらに加速させていき、2030年度には売上7.5兆円、営業利益率・ROE12%水準を達成します。

デンソーの活動をご理解・応援してくださる株主の皆様に対しては、DOE(株主資本配当率)を意識した長期安定的な還元を継続します。2023年度は3年連続のDOE向上を達成するとともに、過去最大となる2,000億円の自己株式を取得しました。市場では、日本企業に対しPBR(株価自己資本倍率)改善を求める声が高まっていますが、デンソーでは従前から資本コストを意識した経営を続けており、2020年以降、最低基準であるPBR1.0倍を定常的に上回る水準を維持してきました。今後も、社会への提供価値創出に向けた着実な実践と、さらなる成長に向けて株主・投資家をはじめとする社会の皆様にご理解・応援をいただける質の高い対話活動を通じて、適正な株価上昇を目指していきます。

「環境・安心の軸で社会課題を解決する」という私たちの大きな目的は、デンソー1社で成し遂げられるものではありません。競争の構図が複雑化する中で、業界全体の中長期的な成長に向けた選択と集中で業界内の再編を促すとともに、志を共にする様々なパートナーと業界の垣根を超えて連携しながら、将来にわたり成長を続けるための業界構造の変革に挑戦していきます。デンソー1社の事業成長にとどまらず、業界全体の発展を目指していくことは、資本主義市場経済という社会の発展に向けた合理的なシステムを維持・進化させるための責務と捉えています。まず自らが変革し資本効率を高め、企業価値を向上するとともに、業界全体の明るい未来に向けて力強く歩みを進められる環境づくりにも、強い意志で取り組んでいきます。

“社会課題解決”と“人の幸せ・成長”の正の循環を生み出す企業カルチャーの追求

これまで述べてきた多くのチャレンジを実現する原動力は、いうまでもなく“人”です。

社会の環境変化が人の役割・価値に変化をもたらし、経営における“人”の重要性が高まっています。情報のボーダレス化・均一化により、地域間、あるいは、企業間の実力が拮抗する中、“戦略”と同等、あるいはそれ以上に、戦略を遂行する“人”の力が大切になってきています。また、社会がより成熟し、働きがいや生きがいを大切にして自身のキャリアを描く時代が到来しており、会社は“人”がそのキャリアを実現する場と捉えるべきでしょう。さらには、今後、生成AIなどの革新技術がより進展していく中で、働く意義や幸せのあり方から”人”の役割や働き方を定めることが経営課題となってきます。そんな背景から、“人”の力を高めるために、デンソーという会社が、社員一人ひとりが“内発的な想い”から仕事に挑み、働きがいを感じ成長していく場となるよう、企業カルチャーをつくり上げていきます。

内発的な想い、すなわち“志”は、人それぞれ異なります。例えば、「自らの腕を磨き、未来に向け価値ある仕事をしたい」「日々、笑顔と感謝を大切にし、仲間と共にそれを広げていきたい」「生まれ育った国や地域、あるいは、家族のために尽くしたい」と様々な“志”があるはずです。ここで大切なことは、会社の果たそうとする目的と、社員一人ひとりの“志”が互いに共鳴し合うこと。デンソーが掲げる「環境・安心の軸で社会課題を解決する」という目的に社員が共感し、その実現に貢献したいとの想いを持ち、そして会社も、社員一人ひとりの志や内発的な想いを大切にし、挑戦を後押しし、働きがいある環境をつくる。この共鳴のサイクルを回すこと、そんな企業カルチャーをつくっていくことが必要だと考えています。

デンソーは、2017年に2030年長期方針を策定し、環境と安心の取り組みを通じて「地球に、社会に、すべての人に、笑顔広がる未来を届けたい。」とのスローガンを掲げ、事業を推進してきました。今では、この方針を知らない社員はいない、といえるほど、広く共有することができています。しかし、一方で、理念が深く浸透し、経営メンバーから現場レベルまで一貫して、目的を果たすことにこだわった対話・判断・行動がなされているかと問われれば、「道半ば」と答えざるを得ません。

私たちデンソーの存在意義、果たすべき目的を社内に浸透させ、一人ひとりの意識・行動指針となる企業カルチャーへと高めていくためには、理念・戦略・企業カルチャーに一貫した軸を通し、制度・仕組みといったハード施策と、経営・マネジメント・社員間のオープンな対話の連鎖によるソフト施策を整合させた包括的な取り組みが必要となります。

これまで、働きがい向上に向けたエンゲージメント調査・KPI設定、キャリアプラン実現を支援する研修、経営トップと職場リーダーが直接対話する「社長・副社長と語る会」などの取り組みを進めてきましたが、今後はさらなる施策の拡充に加え、それらが有機的につながるよう連動性を高めていきます。企業カルチャーの醸成は、経営者の役割そのものです。私自身の最重要ミッションとして、これまで以上に時間とエネルギーを割き、信念を持って継続的に取り組んでいきます。

最後に:
未来に向けて、道を切り拓き歩みを続ける決意

社会課題解決と価値提供を目指し取り組んできた中で、2020年3月より各カーメーカの皆様から届け出されています当社製燃料ポンプに関する一連のリコールで、多くの皆様にご心配・ご迷惑をおかけしたことに対し、心よりお詫び申し上げます。創業以来「品質と安全のデンソー」を標榜し、品質にかける精神を受け継いできたにもかかわらず、大きな品質問題を起こしたことを厳粛に受け止め、深く反省しています。改めて、「品質は経営の生命線である」ことを肝に銘じ、私自身が先頭に立って、信頼回復に向けて全社一丸となり、一つひとつ、一歩一歩、継続して取り組む所存です。

デンソーは2024年に創業75周年を迎えます。75周年という節目の年に、我が社の創業の精神に立ち返り、企業カルチャーを高め、未来につながる次の道を切り拓いていきたい。そんな想いのもと、16万人の社員と共に、力強く前進していきます。ステークホルダーの皆様には、今後とも変わらぬご支援を賜りますよう、お願い申し上げます。

 

2024年9月

代表取締役社長 CEO
林 新之助