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DIALOG:社外取締役鼎談

ガバナンス改革を加速し
社会やマーケットに開かれた経営の実現へ

新たな経営体制への移行、政策保有株式の大幅縮減など、デンソーのガバナンスは今、大きな転換点に差し掛かっています。一連の役員人事やガバナンス改革にも深く関わった独立社外取締役3名にデンソーが今、直面する様々な課題について客観的な立場から多様な視点で論じていただきました。

  • DIALOG
  • 社外取締役
    三屋 裕子

    スポーツ界の要職を歴任、株式会社PIT代表取締役などを務める。2019年から現職。

  • 社外取締役
    櫛田 誠希

    日本銀行を経て、日本証券金融株式会社取締役兼代表執行役社長を務める。2019年から現職。

  • 社外取締役
    Josephジョセフ P. Schmelzeisシュメルザイス, Jr.

    株式会社セガ取締役や駐日米国大使館首席補佐官を経て、Cedarfield合同会社職務執行者を務める。2022年から現職。

変革の過渡期にあるデンソー

櫛田  内外の事業環境が激変する中、デンソーは事業ポートフォリオ入れ替えや政策保有株式の大量売却など、大変な労力を要する取り組みを着実に前に進めています。役員報酬制度改定や一般社員の賃上げなど、上場企業への社会的要請にも真摯に対応しています。また2023年、林新社長が就任にあたり、基盤技術や半導体、ソフトウェア、あるいは新価値の創出にまでわたる将来に向けた骨太のコンセプトを打ち出されました。これからより具体的な施策の議論に入ってくるでしょう。

三屋  デンソーは、これまで会社を支えてきた内燃系事業から、電動化領域など将来の成長事業へシフトする過渡期にあります。非常に難しい局面ながら、社員のモチベーションに配慮しつつ、先を見据えた人財マネジメントを推進しています。デンソーという会社の真面目さ、あるいは、品質問題を受けて風通しの良い組織づくりに取り組んだ、その成果がよく表れているといえるでしょう。他方、将来に向けた戦略の具体化は、これからの課題になると考えています。

シュメルザイス  デンソーの真摯な企業文化は、株主をはじめ幅広いステークホルダーに配慮し、社員の賃上げやサプライチェーンの健全性を保つための価格転嫁など、社会に好ましいサイクルをもたらしています。事業ポートフォリオの入れ替えは、クルマを走らせながらタイヤを交換するような難しい課題ですが、社を挙げて取り組みを進めるデンソーの姿勢を高く評価したいと思います。

新たな3トップ体制へ

櫛田  2023年にスタートした新経営体制は、さらに2024年、松井・山崎両副社長が林社長の両脇を固める体制へバージョンアップしました。林社長は、メッセージの発信力でデンソーを牽引していくリーダーです。それに対し、事業計画やポートフォリオの管理に必要な、専門的な財務の知見を有するのが、松井副社長です。一方、人財育成や組織づくりの視点で経営を考えながら、モノづくりの優位性確保も含めた技術戦略を担うのが山崎副社長で、組織運営の面でも林社長をサポートできる人財です。3人がそれぞれ持ち味を発揮し、非常にバランスの良いチームが形成されていると思います。

三屋  経営者はジェネラリストたるべき、という世間の通念を打破するのが、デンソーのトップ人事です。確かに、この会社のグローバルな事業規模や時代の激しい変化を踏まえると、経営陣がチームを組む方が、より俯瞰的な視点から、よりスピーディに意思決定できるでしょう。松井副社長・山崎副社長は、それぞれの領域のスペシャリストです。2人の相性も良好で、何でもいい合える気の置けない関係性を感じます。林社長も、ご自身のメッセージを前面に打ち出されています。2023年、役員指名報酬会議で「林社長を支える優秀な懐刀を置くべきだ」という意見を出しましたが、その要求に十分応える素晴らしいチームになったと思います。

シュメルザイス  私も同感です。高度な専門性が求められる多くの戦略的課題に、たった一人で立ち向かうのは困難でしょう。今回の新チームは、松井副社長が戦略の定量化、資金調達、さらにはIR活動までカバーし、林社長と山崎副社長がコアの競争戦略、技術戦略に専念できるようになっている。役員指名報酬会議が期待した通り、あるいはそれ以上の、まさに三位一体のチームとして機能しています。2025年中期方針の実現に向け、これからが正念場ですが、有馬会長の経験や人脈も活用しつつ、様々な改革を推進してほしいと思います。

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向上してきた取締役会の実効性

櫛田  かつて社長/CEOと取締役会議長を兼務した有馬さんが、2023年、会長/CEOに就任されました。そして2024年からCEO職を林社長に譲り、より業界全体を見据えた発言をされるようになりました。これはガバナンスの観点からいうと、監督と執行の分離、取締役会における監督機能の強化を意味します。取締役会の議事を進行するにあたり、有馬会長自身がこの監督と執行の分離というテーマを十分意識されているのだろうと思います。

三屋  取締役会で有馬会長が、折に触れて、執行の長である林社長に発言を求めるシーンは象徴的です。執行サイドからの説明を受けた後で、林社長は、統括的な観点で議案の本質を非常に分かりやすく、実に論理的に話されます。私たちとしては執行側の意図が腹落ちするし、執行側における林社長のリーダーシップを感じます。

シュメルザイス  取締役会議長と社長のポジションを分けることで、当事者が1人増えた「プラス1」の効果が働くと同時に、上層部に良い意味での心理的余裕が生まれたと思います。社内役員一人ひとりに従来の役割プラスアルファの能力が顕在化し、非常に良いガバナンス体制になってきたと感じます。

三屋  私たち社外取締役の役割を改めて痛感させられる出来事がありました。ある事業戦略の計画案をめぐり、過去に例がないほどの激論になったのです。あまりに白熱したので、回を分けて2、3度議論しました。執行側としては、経営戦略会議や経営審議会などの場で時間をかけて積み上げてきた案であり、自信を持っていたのでしょうが、しがらみのない立場にある私たちは、まず会社のリスクを考えます。そのように振る舞うことが、会社に対しても株主の方々に対しても、重要な責務であると考えています。

シュメルザイス  取締役会に議案が上がってくる過程で、社内ですでに成立に向けた道筋や勢いがついてくることは避けられません。それに対し「NO」をいえる最後のゲートキーパーが取締役会です。私たちはその一員として、賛成・反対の二者択一だけではない、リスクを踏まえた丁寧かつ健全な議論を行っています。

櫛田  原則論をいえば、会社の方向性に関わるような重要なテーマは、監督の場である取締役会で決定を下すべきです。確かに経営審議会には、執行と監督の立場を兼務する社内取締役が出席しています。だからといって、そこを通れば何でも決められるというのは、健全な意思決定プロセスではありません。監督と執行の分離をより実質的なものとするためには、経営戦略や巨額の投資案件は取締役会が管轄し、粒度の細かいテーマは執行サイドに権限委譲してスピード感を高める、というガバナンスのあり方を目指していくべきではないでしょうか。

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よりマーケットに開かれた経営へ

櫛田  2023年にデンソーが大きく歩みを進めたこととして、トヨタグループ株を含む政策保有株式の縮減が挙げられます。これは、デンソーの経営陣が強い信念を持って問題提起し、グループ内で議論を重ねつつ、順調に成果を上げた好事例です。
今後は、トヨタ自動車株の扱いが焦点になるでしょう。これまでの政策保有株式縮減に対するマーケットの評価は総じて非常に好意的です。自動車業界に限らず、日本のモノづくり企業のサプライチェーンには、株の持合いが付き物と認識されている。それをデンソーが内部から変えていったことが評価されたのだと思います。この取り組みは今後も粛々と進めていくべきだし、執行部もそういう方針であると認識しています。

三屋  政策保有株式については、一定の目安、ガイドラインに従い、保有の是非を判断していると理解しています。執行側からは、トヨタグループ内での持合い解消により、良好な関係性が損なわれることはない、という明確な説明を受けています。一連のプロセスは、マーケットをより意識した経営への大きな一歩であり、私も肯定的に受け止めています。

シュメルザイス  日本の上場会社のガバナンスの歴史上、今回の株式売却は非常に重要な転換点となるでしょう。海外投資家から高く評価されていることは注目すべき点です。あらゆるトヨタグループ株を全数今すぐ売却すべきとは思いませんが、保有縮減は方向性としては正しいし、健全な動きであると認識しています。

サステナビリティ活動の内発性とは

櫛田  2022年度、役員報酬にサステナビリティ評価を導入するにあたっては、指標となるサステナビリティKPIの設定が焦点となりました。優先取組課題(マテリアリティ)のKPIを出発点に、実効性確保の観点から数を絞り込んでいった経緯があります。今、次期中期方針にマテリアリティを組み込む方向性が打ち出されており、その準備段階で、大変な数のマテリアリティがリストアップされています。かつての役員指名報酬会議での議論を教訓に、実効性の高いKPIにしていかなければなりません。
現在の動きは、欧州の新たな開示ルールに対応するため、致し方ない面もあります。ただ、考え方としては、デンソーにとって重要な社会課題、そしてデンソーにとって重要な事業という2つの軸から、注力すべきテーマを絞り込み、つくり込んでいくのが本筋です。経営の中核部分との親和性や内発性に乏しい取り組みは、十分な実効性を持たないし、企業価値の向上にもつながらないように思います。

三屋  サステナビリティKPIについては、導入自体に大きな意味があるという側面もあり、現在のものが最終形ではありません。今後、絶えず試行錯誤しつつ、役員指名報酬会議などの場で議論を重ねていくことになるでしょう。
本業との関連付けが不明なまま、ESGの数字が独り歩きするのは本末転倒です。数字は、単に出せばいいというものではありません。なぜその数字にこだわるのか、その達成によって何を獲得したいのか、きちんと掘り下げ、腹落ちしたものを出すべきでしょう。また、もし目標を達成できないならば、その原因を突き詰め、抜本的に見直していくべきでしょう。逆に、そうした取り組みができているのであれば、数値目標を公表することだけにこだわらなくてもいいように思います。

櫛田  確かに、目標はより本質的に掘り下げ、言語化すべきだと思います。ただ、取り組みの進捗状況を把握するためにも、KPIによる管理は必要ではないでしょうか。実態とかけ離れた数字は、本質的な目的に立ち返って抜本的に見直すことには大賛成です。

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中期方針のあるべき姿とは

櫛田  現時点で2025年中期方針の成果を振り返るのは時期尚早にしても、「新価値創出」関連が立ち遅れていることは確かです。ただ、これは売上収益など明確な目標設定があるからいえる話で、それがなければ取り組みの進捗を判断できません。中期方針のそもそもの位置付けを、より掘り下げて考えていく必要があるでしょう。
一般に中長期計画の策定段階で、4、5年先のマーケットを完全に見通すのは困難です。記憶に新しいところでも、コロナ禍や半導体不足といった、事前の想定をはるかに超える事態が相次ぎました。こうした大きな環境変化には柔軟に、弾力的に対応しなければなりません。スピーディな執行対応が求められる時に、取締役会が執行について延々と議論すべきではありません。
執行と監督の分離のメリットが削がれないように、権限委譲で執行のスピードを上げるとともに、取締役会では論点を絞り込んで研ぎ澄まされた議論をすべきです。デンソーのガバナンス体制は、近年間違いなく充実してきましたが、さらなる改善の余地があるように思います。

三屋  確かにこの5年間で、世の中もデンソーも大きく変わりました。品質問題を受けた変革プラン「Reborn21」の実施もありました。現在の2025年中期方針は2022年に策定されましたが、Reborn21を含め、それ以前のいくつかの計画を統合したものです。それらの策定時点で、こうした出来事をあらかじめ見通すことは不可能だったでしょう。
他方、5年前に大きく落ち込んだ業績は、その後、急速に回復し、売上収益は3年連続で過去最高を更新しました。このレジリエンス、復元力は、計画目標の進捗とは別に、十分評価に値すると思います。

シュメルザイス  次期中期方針がどれだけ具体的なものになるかが、経営陣にとって一つの試金石になります。現在進められている議論は、ESGに関連するキーワードが飛び交うブレインストーミングの段階です。5年後あるいは10年、15年後に向け、それらをどう絞り込み、具体的目標に落とし込んでいくか。これから本格化するその議論に積極的に参画し、貢献していきたいと思います。